第6話・記憶喪失という選択肢
「おい、お前そんな状況やったんか?状態はどうなんや!?」
LINEを送った友人と電話で会話することになった俺は、事故で起きたことを簡単に報告していった。
「そうか・・・。車で事故をして、気がつけば病院のベットの上やってんな・・・。頭も13針くらい縫ったって?なんか、記憶喪失にでもなってないか心配やな。」
「ん?記憶、喪失・・・?」
俺は友人が放った記憶喪失という言葉にすぐに反応した。記憶喪失。それも、悪くないかもしれない。
「そういえば、病院の先生が頭を酷く打ちつけているから、記憶障害が起きていることもあるかも知らんって言ってたわ。一応、MRIでは異常なしって出てたみたいやけどな。」
「そうか、まあ、今普通に話せてるし、俺のことも覚えてるから、大丈夫そうやな。また容体が落ち着いたら、一緒に飲みに行こうや。ほなね。」
こうして友人と何気ない電話をした俺に、ある閃きが起きていた。
「いっそのこと、部分的に記憶喪失になってるていで、過ごしてみようかな・・・。その方が、なんか生きるのが楽な気がするぞ・・・。」
俺は内気な性格で、人前で思っていることをハッキリとはいえない性格だった。小学校時代はそうでもなかったようだが、中学に上がったタイミングで大人しくなっていく。その理由の一つには、家庭環境の悪化も起因している。
真面目に仕事をしながら独立した父親。個人経営で焼肉屋を展開していた。細々とは営業しながらも、お客様をしっかりとつけながら、そこそこ繁盛はしていた。そして俺も親父が焼肉屋をしているのが自慢で、仲が良い友達とよく店に行って、親父にご飯を振舞ってもらっていた。
でも、そんな期間も束の間で、気がつけば営業がうまくいかなくなり、親父の夢だった自分の店は閉店に追い込まれた。そのこともあってか、俺が中学校に上がったタイミングで転職しつつも、そこからは自暴自棄になるようにギャンブルに嵌まって、みるみる借金が膨らむようにもなっていた。
そうなると泥沼で、家庭環境は毎日毎日夫婦喧嘩が絶えない修羅場となった。ヒステリックに声を荒げる母親と、それに反発して暴力的になる父親。もう、その場所に居るだけでうんざりだった。
「なんか、この事故をきっかけに、いっそ記憶喪失になったていで生きてみたら、嫌なこと全部忘れられて、過去を引きずらずに生きていける気がするよね・・・。」
友人の何気ない一言から、俺の頭の中では「記憶喪失になりたい」という願望が渦巻くようになっていた。
「よし、もうこれは、部分的な記憶喪失から試してみるか!」
そうと決めた俺は、全治3ヶ月で仕事もできない状況になったこともあり、パチンコ屋のバイトも辞めることを決めていた。そして、バトを辞める挨拶のときに、記憶喪失のフリを実行してみることを決意する。
「あの、事故した瞬間に電話かけてきた先輩に、ちょっと試してみるか・・・。」
事故をする前の俺は、いつ死んでもいいと思っていた。でも、本気で死ぬかもしれない状況になった時に出てきた心の声は「もっと生きたい!」という言葉だった。
そして今、生きている。さらには「生きがい」を、感じ始めている自分もいる。記憶喪失のフリを楽しんでみる。この何気ない一歩から俺の生き方がまるで変わるようになることを、まだこの時のときの俺は知る由もなかった。
もしも俺が、記憶喪失だったら。 命煌社 @meiousha
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