廃校の増え鬼

燻製マーガリン

第1話

「なあ、増え鬼やらね?」



大学一年生の夏休み。


秋人あきひとからグループラインに送られてきたその一言により、俺たち幼馴染グループは増え鬼をやることとなった。


グループは合わせて7人。増え鬼をやるにはちょっと少ない気もするが、問題はない。


というのも、ただそこらへんの空き地を使ってやるのではなく、学校で・・・いや、廃校でやることになったのだ。


廃校でなら行動範囲も広いし、隠れられるスペースもある。


例え鬼が6人、逃げる側が1人になったとしても十分に逃げることができるだろう。



「はいは~い。みんな集まってくれてありがとう!」



主催の秋人が声をかける。


今日は午前1:00の集合だったが、毎度のことながら、みんなちゃんと5分前にはここに着いていた。


家がとなり近所だから、という理由もあるとは思うが、集まりが良いというところも、このグループが長続きしている理由だろう。


・・・とはいえ、午前1:00である。


つまりは、深夜の集合だ。


俺を含め、ここ・・・“元”第一中学校の校庭に集まった幼馴染グループは、異例の事態に若干の動揺を見せている。



「ね、ねぇ?葉町ちょっと怖いんだけど・・・」



そしてグループの一員であり、俺の彼女である葉町はまちもまた、その一人だ。



「ああ・・・俺もちょっとな、こうゆうのには慣れてねぇから・・・。」




「えぇぇ?てっちゃんも・・・?」




俺の言葉を聞くや否や、葉町は表情をまた一段と曇らせる。


ちなみに“てっちゃん”とは俺ーー伊丹 哲也いた てつやのことで、ここのグループではみな俺をそう呼んでいる。




「でも、大丈夫。二人でいればへっちゃらだ。」




「・・・うんっ!」




俺が言葉をかけると、子犬のように葉町が俺の腕に飛びついてくる。


「ふふふん♪」と上機嫌に俺の目をのぞき込む姿はあまりにも可愛らしく、ドキッとさせられてしまう。


・・・付き合って日が浅いわけではないが、まだこの物理的な距離感に慣れるのには時間がかかりそうだ。




「あ~照れてる~♪」




「・・・うるさい。」




なにはともあれ、葉町の不安がちょっとでも晴れたならそれに越したことはないな。




「は~いそこ!いちゃつかない!一応人前なんだからな!」




「あ、いや、わりぃ。」




「えへへ、ごめん。」




2人して頭を下げると、軽い笑いが起こる。


なんともあったかいグループだ。




「さて!場も和んだことだし、さっそくルール説明と行こうか!」




事前に何も聞かされていない俺たちは、秋人の説明に耳を傾ける。




「まず、増え鬼の意味は分かるよね?最初にじゃんけんで決まった鬼一人からゲームが初まって、鬼にタッチされた人は順次鬼の側につくんだ。そうして全員が鬼になったらゲーム終了。」




うんうん。とみんなでうなずく。


ただの増え鬼なら何度もやっているから問題はないだろう。


ただおそらくは、ここからが重要になってくるルールだ。秋人の真剣な表情からも察しが付く。


用心して聞かねばな。




「そしたらルールだ。


その1、行動範囲はこの学校の敷地内に限定する。ただし、校庭とトイレに入っては         いけない。

その2,午前3:00を過ぎても終わらなかった場合、逃げる側の勝利とする。逆にその時間までに全員が鬼になれば鬼の勝利。

その3、スマホを持参して、ライングループの通知を受け取れるようにする。そして、鬼は十五分に一度、一分間だけこのグループに電話することができる。

その4、鬼に捕まったら、このグループでその旨を報告する。

その5、校内の電気をつけてはならない。


こんなところかな。」




なるほど。行動や時間に制限があるのは当然だが、スマホの着信機能を使うとは・・・なかなか面白い。


これをうまく使いこなせれば、鬼は着信音で人がいる場所を特定して、隠れている人を見つけ出したりすることが可能だろう。


それと、スマホを通しての情報交換ができるという点もまた、このゲームを面白くするポイントとなるだろう。


敵、味方が混在したライングループ内でのやり取りにより、戦略の幅が広がりそうだ。




「っていうかさ・・・これって実質肝試しじゃね?」




秋人の説明を受け、花ちゃんがそんなことを言う。


深夜に廃校で鬼ごっこ。


うん。間違いなくこれは肝試しだ。


ちなみに、花ちゃんは大学生になってから髪を金色に染めて、ギャル“風”になった女の子だ。




「あれ、まだ怖いの苦手なの?」




「そ、そんなことねぇし!?」




本人曰く、自分を変えるためのイメチェンだったらしいが・・・どうやら怖いのが苦手という部分はまだ克服できていないみたいだ。


花ちゃんも、この鬼ごっこを機にその苦手意識を克服したいと思っているようで、それ以上文句を言うことはなかった。




「っていう訳で説明は以上!何か他に質問のある人はいるか?」




「は、はい!」




「お!メーちゃん!どうぞ!」




ここで手をあげたのは花ちゃんの妹で中学3年生のメーちゃんだ。気弱な性格で、いつも姉頼りだが、ことゲームの話になるとすごく頭のキレるタイプの子だ。


確か、姉とは違ってメーちゃんはホラー好きだったと思うが、何か気になることでもあったのだろうか。




「あのさ、私ゲームは得意だけど、ゆう君みたいに運動・・・できないから。もし、最初に鬼になっちゃったら嫌だなって思って・・・。」




「そうだね、僕も最初の鬼がメーちゃんなのはちょっとかわいそうだと思うよ。」




名前を出されたゆう君がメーちゃんの意見に賛同する。


ゆう君はメーちゃんと同い年ながらも、このグループ1の脚力を持つ男の子だ。




「オッケー!それじゃあメーちゃんは特別に、最初のじゃんけんには加わらなくてもいいことにしよう!みんな異論はないね?」




異論なし。そうみんながアイコンタクトを取る中、一人茶々を入れるものがいた。




「あぁ、じゃあ俺もその枠に入れてくれねぇかなぁ?なんつって。」




則男のりお




こいつは俺と同じ大学一年生。めんどくさがりで、いつも家に引きこもっているぽっちゃりさんだ。


家をでるのは大学の授業か、このグループでの集まりくらいで、それ以外のすべての時間を家に捧げている。


・・・まあ確かにこいつも運動をするタイプではないのだが・・・。




「ダメでしょ。大学一年生の男子が言う事じゃないよね。」




秋人に即時却下された。


そしてこれに異論のある者ももちろんいなかった。




「ふん。まぁいぃけどぉ。」




「でも、待ってな。俺らはこの学校に初めてくるけど、秋人は来たことあるんだろ?ずるくねぇ?」



確かにこの廃校の存在を知っていた主催の秋人は俺たちよりこの学校のことをよく知っていると思われ、不公平な気もするが・・・。




「あーそれなら大丈夫。僕も初めてだから!」




「へぇ。」




おいおいまじかよ。主催者がここに来たことないっていうのは、それはそれでどうなんだろうか・・・。



ともかく廃校で増え鬼を行うメンバーはこの7人。


俺(てっちゃん)、彼女の葉町、主催の秋人、ギャル風の花ちゃん、その妹で中学3年生のメーちゃん、足の速いゆう君、引きこもりの則男。


これが幼馴染グループのいつメンだ。


「それじゃあ、ちょっと休憩したら始めちゃおうか。」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


『最初はグー!じゃんけんポン!』


もうとっくに日を隠した闇夜の下。


第一中学校・校庭で行われたじゃんけんは、だが、その静寂に負けないくらいの白熱っぷりを見せていた。




「はぁはぁ。ふ、みんなやるね。」




「そりゃぁ、鬼になんてなりたくないからなぁ。」




相手の目を見据え、校庭の砂を踏む足に力を込め、次の一手を熟考してはあいこを繰り返し・・・。


次でちょうど10回目を迎えるところだ。




「そういえばてっちゃん?さっきから葉町の手にわざと負けるように出してるでしょ?」




「は、はぁ?そんなわけないだろ。」




花ちゃんから鋭い指摘が入り、一瞬うろたえる。


俺がわざと葉町に負け続ければ、葉町が鬼になることはない。


だから俺は常に葉町の手を読んで、負け続けていたのだ。




「てっちゃん・・・確かに鬼になるのはすごく嫌だし、気持ちは嬉しいけど、ここは公平にやろう?」




・・・葉町自身にそう言われてしまっては仕方がない。


というかなんで俺がわざとやってるって確信してるんだ・・・?



「そう・・だよ。もしそれが本当なら・・・ちょっと不公平。そ、それに1/6なんだからそうそう当たらないよ。」




それもそうか・・・。


このじゃんけんに参加していないメーちゃんが言うのはちょっと違う気はするけど、ずるはだめだな。




「すまん。次からはちゃんとやる。」




「オッケー!じゃあ次いくよ!」




『最初はグー!じゃんけんポン!』


・・・。




「わ、私・・・だね。」




10回目。きれいに一人だけグーを出し、鬼に決定した者がいる。


・・・葉町だ・・・。




「じゃ、じゃあ5分数えるね!」




・・・後悔しても仕方がない。・・・何も起こらなければいいのだ・・・。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ゲーム開始から少し。




俺は今、スマホの明かりと月の光を頼りに、薄暗い廊下を歩いている。


あの後、俺たちは昇降口に入り、それぞれが思い思いの場所へと散らばっていった。


よし。とりあえず、あそこに隠れようか。


見えてきたのは「保健室」の3文字。


第一校舎の一階。


つまり、ここは昇降口から最も近く、一番最初に鬼の目につくであろう場所だ。


なぜそんなところに隠れるのか。


その理由は言ううまでもなく、鬼の側になって葉町を助けるためである。


扉を開き、中の様子を確認する。


ベッドが2つに、受付と、医療器具が少々。


廃校になってから何年経つのかは分からないが、保健室にある備品はそのまま残されているようで、そこに人の手が入った形跡がない。



・・・妙だな。




光を照らして教室内をちょっと探索してみようか。



・・・



・・・



・・・



・・・これは・・・女の人の髪の毛?



教室の中央付近だろうか。


保健室の備品があるというだけでもおかしいのだが、もう一つ気になった箇所がある。


床に数本の長い髪の毛が落ちているのだ。


・・・ゴミって普通、時が経てば端の方へたまるものだよな・・・。


外見から推察するに、この学校が廃校になったのは最近ではなく、少なくとも5年は経過しているだろう。


俺たちと同様、ここに遊びに来た女性でもいるのだろうか・・・?


ちょっとした疑問を抱えつつも、時計の針が3分進んだのを確認する。


葉町に捕まろうとは思っているのだが、自分から捕まりに行くのはマナー違反だし、葉町も納得しないだろう。


隠れ場所を選ぶ。


医療器具の入った棚の中、受付テーブルの下・・・意外な場所ということでカーテンの中にくるまるというのもありかもしれない。


だが・・・やはりここは定番、ベッドの下にしておこう。


俺はさっそく床に寝そべり、ベッド下への侵入を試みる。


・・・よし。


やはりほこりがたまってはいるが、割と余裕をもって入ることができた。


ここからならドアの方も見えるし、葉町が来るまではスマホでもいじっていればよいだろう。



ポワン♪



さっそくスマホを開く。


・・・と。


ライングループの通知が来ているではないか。


開始早々にラインを使うとは何かの作戦か?とも思ったが、




『青空教室』




という文章と、共に送られてきた写真を見て、ただのネタであることを確信する。


これは今さっき校庭で集まった時の写真だ。


秋人の説明を校庭で座って聞く俺たちの様子は、まさに青空教室だ。




『いや、空は真っ暗だから青空ではないけどな笑』




と、そう返信して、反応を待つ。


既読が1・・2・・3・・・4つ目が付いたところで言葉が返される。




『👍』




則男からグッドのスタンプが送られてきた。


ちょっと悲しい。


おそらく、他のみんなはまだ移動中ということだろう。


だが、それもそのはずだ。


行動範囲が校舎内に限定されているとはいえ、今俺が隠れている4階建ての第一校舎の反対には、それと全く同じ規模の校舎である第二校舎が建っているのだ。


第二校舎へは2階にある連絡通路を渡って行く必要があるため、そちらに行くのであればかなりの時間を要することになるだろう。


・・・逆に考えれば、すぐラインで返信した者はそんなに移動していないということがバレることになる。


俺がすぐ近くにいるということに葉町は気付いただろうか。




『避難訓練』




今度は俺たちが校舎の方へと駆け出す写真が送られてきた。


・・・避難訓練ならむしろ校庭の方へ走るんじゃないだろうか?




『ずぅっとあいしてる♡』




・・・さてはもうネタ切れだな・・・。



そんなくだらないやり取りが少し続き、スマホを確認すると時刻は現在1:25。


開始から5分・・・いよいよ葉町が動き出す時間だ。




『ゲーム開始だ!』




秋人のメッセージが届くと、メーちゃん、花ちゃんがそれぞれ『準備できました!』『来な!』と返答する。


さて、みんなはどこに隠れただろうか。


そんなことを考えていた矢先、さっそくドン・・ドンという音が聞こえてくる。


誰もいない学校というのは思っていた以上に静かなもので、その音は廊下に響き渡り、壁越しにこちらへと聞こえてくる。




音はこちらに近づいてきて、ついに保健室のドアの前で止まった。




・・・。




なんだろう。


俺は幽霊など全く信じてはいないが、わずかに月明かりの差す薄暗い闇の空間で音が近づいてくると、さすがに恐怖を感じる。


そこに立っているのはおそらくは葉町だ。


だが、もしそうでないとしたら?


もし、刃物を持った人が現れたら?


お化けが出たら?


そう考えると急に冷や汗が背筋を伝う。




・・・




・・・




・・・




ガチャ。




「えぇぇっと、誰かいます・・・かぁぁ??」




・・・うん、葉町だ。


ここからでは顔は分からないが、一声聞くだけで葉町だと確信した。


どうやらかなりビビっているようで、声はかなり上ずっているものの、持参してきた懐中電灯を駆使して辺りを必死に捜索している。


葉町がここに来るという俺の予想は正しかったみたいだな。




「誰かぁ~?」




頼りない声で人を呼ぶが、当然そこに返事はできない。


なんだかすごくかわいそうで罪悪感がわいてくるが、ここで返事をするのはマナー違反だろう。


だから


頑張れ


と、そう心の中で願うにとどめた。




「うぅ・・・いないのぉ?」




葉町はビビりながらも保健室の奥までやってきた。懐中電灯の明かりが徐々に近づいてくる。


そしてその明かりはベッドの下を照らし・・・




「・・・あっ!てっちゃんみっけ!」




「あっやべ!」




ついに発見された。


距離はもう1メートルもないし、今からベッドから這い出て逃げ出すのは難しい。


・・・が、捕まった後の展開が脳裏をよぎった瞬間、俺はすばやくベッドから這い出し、ゆっくりとこちらに近づいてくる葉町の横をすり抜け、ドアから逃げ出した。




「あっ、こら!待ってーーー!」




走り出した俺は即座にスマホのライトを灯し、ドアを出て右に、そして昇降口のすぐ近くの階段を駆け上がる。




「遅いぞ~葉町~。」




「も~~~!!!てっちゃんのいじわる!!!」




何を思ったのか、というとそれは簡単な話だ。




“葉町に追いかけられたい”




愛嬌あいきょうの化身である葉町から追われる。


そんなシチュエーションを想像した瞬間、俺は駆け出していたという訳だ。



階段から2階へ上がると俺はすぐさま廊下に出て、その近くの部屋のドアを開け、身をひそめた。


すぐに葉町の足音が近づいてくるが、俺を見失ったようだ。




「ねぇ~どこ行ったの~??」




さあ、どこだろうな。


ってまあ君の目の前の部屋なんだけどね。


体力面では葉町に劣るので、こうして隠れてみたわけだが


・・・ここ、あまりよく確認しなかったけど・・・。


どこかのクラスの教室だろうか。


葉町がここの教室に入ってくるのも時間の問題だろうから、少し周りを見てみようか。


・・・ライトを照らすと右側に並ぶのは中学生用の机とイス。


その奥には存在感のある黒板が設置されている。


壁にはひびが入っていたり、よく見ると蜘蛛の巣が張っていたりして、少々廃れている感じはあるのだが、きちんと掃除をすればまだまだ使えそうな感じだ。




そもそもなぜこの学校は廃校になったのだろうか・・・。




と、そんなことを考えていた時、






ガタン











自分のすぐ近くから何かの音が聞こえた。


これは物がきしむ音などではない。



何かが動いた音だ。



葉町は今反対側の教室を見に行ったはずだが・・・?


恐る恐る左を照らしてみる・・・





・・・?





掃除用具入れだ。





おそらくはここから、





音がしたのだろう・・・。





・・・





・・・





・・・






考えても仕方がないし、開けてみるしかないか。









ガチャ






・・・





・・・





・・・






・・・






「なんだお前かよ。」




「・・・はぁ。なんで鬼でもないやつに見つかるんだぁ?」




則男だ。


俺の伸長くらいある掃除用具入れに、膝を抱いて体育座りですっぽりとはまっている。


両手に持ったスマホには充電器までついているが、こいつは見つかるまで快適にゲームを楽しむつもりだったのだろう。




「まるで家だな。」




「はぁ?お前家の快適さなめてんのかぁ?」




「いや、ごめん。俺が悪かった。」




だめだ。


こいつの家への執着をなめてはいけない。


素直に謝るのが吉だ。




「はぁ~。じゃあ早く閉じてどっかいってよねぇ~。」




「あ~うん。まあそうしたいところなんだけどね・・・。」




「ん~、なんだよ。早く復帰しねぇと負けちまうだろうがよぉ。」




則男はバトルゲームをやっているようだが、復帰しなければいけないのは現実のゲームの方だ。




「俺は葉町に追いかけられてここに逃げてきたわけで・・・。」




「ほお。」




「そろそろこっちに来るわけで・・・。」






ガラガラ






「・・・。」




「あっ。」




「あーーーーてっちゃん発見!!!・・・ってあれ!?則男もいるじゃん!」




教室のドアの前。


俺と則男はもう目と鼻の先に迫った鬼を前に、目を合わせる。




(おい、お前。俺を置いて逃げるんじゃあないだろうなぁ?)




(はは。当然だろ。俺たち友達じゃないか。)




(ふ。まぁ腐っても仲間だからなぁ。)





そんなアイコンタクトを交わす。






・・・さて。



逃げるか。




「あ!こら!待って!!!」




「おいこら!どこに行きやがるぅ!?」




俺は反対側のドアに向けて全力疾走を開始し、それを見た葉町も俺を追って来る・・・







が問題はない。






「葉町。あそこに捕まえやすそうなやつがいるぞ。」




「あ・・・っ!ほんとだ!」




悪いな則男。


だが、俺ももうちょっと逃げる側を楽しみたいんだ。




「お前ぇ・・・覚えておけよぉ!!!」




そんな則男の断末魔を聞きながら俺は2階の連絡通路を使い、第一校舎から第二校舎の方へ逃げるのであった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


第二校舎4階。


俺は次の隠れ場所を探すべく、廊下をさまよっていた。


さっきまで葉町に捕まろうとしていたが、プラン変更だ。


則男がいれば心配はない。


このフロアには美術室、美術準備室があり、隠れ場所の候補なのだが、これらの特別な教室は鬼サイドから見ても探すべきポイントであることに間違いない。


ここはあえて複数あるクラスのホームルーム教室で隠れるのもありだろう。


この悩ましい選択はだが・・・





ガタン





またしても近くから響いた何かの音によって選ばれることとなった。




・・・美術室から聞こえたな。




俺は則男と葉町がいる場所からまっすぐここへ来たのだから、少なくとも今の音を立てたのは鬼側の者ではないだろう。


となると、誰かいるとすれば花ちゃんか、メーちゃんか、ゆう君か・・・あるいは・・・


ガラガラ




「お~い。哲也だが、誰かいるのか~?」




・・・




・・・




・・・




・・・




誰かが動いた音だと思ったが、予想に反して美術室からの返答はない。


スマホのライトを当てて室内の様子をうかがう。




・・・




・・・




・・・




・・・




中央に9つの工作机が点在していたり、後ろの棚に首から上だけの白い顔の像が複数体置かれているが、どうやら人の気配はなさそうだ。


それにしても、やけにキレイなそれらには、どこか迫力を感じさせる存在感がある。


壁を見渡せば絵画も並んでおり、この廃校に似つかわしくない色鮮やかさだ。




・・・




・・・




・・・




・・・




ん?なんだこれ?


美術室内を探索している途中、またしても気になるものを発見した。



壁に立てかけられた絵画スタンドが一つと、その近くで倒れている絵画スタンドが一つ。


そして、そのどちらにも白い布がかぶっており、下にある絵を隠している。


ガタンという音はこのスタンドが倒れた音かもしれない。




「なぁ~誰かいるんだったら出て来いよ~。」




・・・。


一応呼び掛けてみるが返事はない。


このスタンドが倒れたなら、誰かが倒したと考えるのが自然だと思のだが・・・美術室内には隠れられそうな場所はないな。




・・・




・・・




・・・




あれ?



目に映ったのは部屋の隅。


扉が半開きになっている。




あれは隣の準備室に続く扉だろうが・・・。




これは勘なのだが、どうにも最初から半開きだったようには思えない、不自然な開き方だ。






「・・・誰かいますか?」






扉に手をかけて中の様子を伺うが、返事はない。


準備室内は6畳くらいの部屋で真ん中にテーブルがあり、そこを中心に壁や床、窓際など、あらゆる場所に様々な作品が置かれている。


そんな小さな部屋に、見たところ人が隠れられそうな場所は一つしかない。





・・・テーブルの下・・・・か。





テーブルは白い布のようなもので覆われており、ちょうどその下は見えなくなっている。


隠れられるとすればここくらいだ。





・・・




・・・





開けるか。





・・・





・・・





・・・





パサッ





・・・





・・・





・・・





・・・あ





「ぎゃああああああああ!!!!!」





「ひょぇぇぇぇええ!!!!」





「・・・。」





「・・・。」





「・・・なんだてっちゃんか。」





「お、おう・・・。」




中にいたのは花ちゃんだった。


顔が青ざめていた花ちゃんだったが、俺だとわかるや否や安堵の表情を浮かべ、かがみこんだ俺の足にすがり付いてくる。




「・・・そんなにびっくりすることか?だって俺の声聞こえていただろ?」




「・・・扉が開く音が聞こえてから怖くて耳をふさいでたんだし。」




「いや、でもさすがにあの慌て方はないぜ?俺までびっくりしちゃったじゃねーか。」




「・・・は?うるせーわ!なめてんの?」




俺の軽い挑発にギャル風に威嚇する。


髪が染まっていることもあり、ちょっと恐怖を感じる。




「でもよかった、鬼じゃなくて。あ、そういえばさ、則男のやつ捕まったってね。まじウケるんだけど!」




「あーーーそれね。あいつはどんくさいからな~。」




「ん?なんでそんな棒読みなんだ?」




いや~だってそりゃね?あれはほぼ・・・いや、100%俺が悪いから・・・。




「ところで~・・・・」




と、話題を変えようかと話しかけた時、






ガチャ






と、また誰かが美術室の扉を開く音が聞こえてきた。 





・・・誰だろう。






「則男が追ってきたんじゃね?」





「ああ、確かに。とりあえず隠れようか。」




2人で狭いテーブルの下に入る。


肩が触れ合うくらい近づいてやっと収まった。




「ねぇ・・・狭いんだけど?」




「・・・仕方ないだろ。」




葉町以外の人でここまで接近したのは初めてかもしれない。


葉町にバレたら殺されかねない状況だが、仕方がないよな、隠れる場所ここしかないんだから。




・・・




・・・





カチッ




電気をつける音とともに、目の前の白い布が薄く光る。


壁越しにもそこにいる誰かの足音が聞こえてくる。




「・・・そういえば、電気をつけたのか。」





「へ?それがどうかしたん?」





え、いや、だってさ、





「電気ってつけちゃいけないってルールだったよね?」




「え、あーなんかそんなこと言ってたっけ。」




最初にあった秋人の説明でそんなようなことを言っていたはずだ。




「一応確認してみるか。」




ライングループの会話履歴をさかのぼる。


秋人はゲーム開始前にグループにルールを載せていたのだ。



お、あった。


その1、行動範囲はこの学校の敷地内に限定する。ただし、校庭とトイレに入ってはいけない。

その2,午前3:00を過ぎても終わらなかった場合、逃げる側の勝利とする。逆にその時間までに全員が鬼になれば鬼の勝利。

その3、スマホを持参して、ライングループの通知を受け取れるようにする。そして、鬼は十五分に一度、一分間だけこのグループに着信を入れることができる。

その4、鬼に捕まったら、このグループでその旨を報告する。

その5、校内の電気をつけてはならない。



「これだな。



ーその画面を花ちゃんに見せると、「ほぇ~」といった反応を返すー



葉町や則男がルール違反をするとは思えない。」




「ま~そういうところはきちっと守る人達だからね。ただ、ルールを忘れてるだけじゃね~の?ってあれ?


ー花ちゃんがもう一度俺のスマホを覗きこむー


もう1:35じゃん。」




「ほんとだ・・・。」




1:35ーーつまりゲーム開始から15分が経過しているということ。


15分経つごとに鬼は一回電話をすることができるのだから、もし、今電話を掛けられたらおしまいだ。



・・・と、そんなことを考えていると。




ギギギ




すぐ目の前のドアが開く音が聞こえる。



どうやら美術室の探索を終えて、こちらに目をつけたようだ。





「・・・。」





「・・・。」





二人で肩を寄せて息を殺す。





カツ・・・・カツ・・・・





カツ・・・・カツ・・・・




何者かはゆっくりと俺たちのいるテーブルの周りを歩いていく。




カツ・・・・カツ・・・・




カツ・・・・カツ・・・・







ピコン♪  ピコン♪






「・・・っ!」





「~~~~!」





まずい・・・通知だ。






・・・・




・・・・







パタ
















・・・・・






・・・・・





・・・・・







カツ・・・・カツ・・・・




・・・・




・・・・




・・・・





ギギギ






再びドアを開ける音が聞こえる。




通知が鳴り、何者かの足が止まった時には終わったかと思ったが、どうやら俺たちは許されたらしい。




しばらく待っていると電気が消え、美術室のドアが開閉する音が聞こえる。




「・・・怖かったな。」



「・・・そうね。」



通知音は聞こえたはずなのに、なぜ無視したんだろうか・・・。


ここで二人捕まえたらゲームがつまらなくなると思ったのかな?



「あ・・・っ!」



2人で抱き合っていたことに今更気づき、あわてて腕を離す。



「と、とりあえずここから出ようか・・・。」




「そ、そうね~・・・。」




人の気配がないことを確認し、スマホのライトをつける。



ドアが閉まっていること以外には変わったところはなさそうだ。




「結局誰だったんだろうな。」




「ん~。怖さに怯えながら捜索しに来た葉町ちゃんとかじゃね~?」




まあ確かに。


怖すぎて電気をつけてしまったという可能性もあり得るが、




「則男が俺のことを捕まえたい一心で電気をつけたっていう可能性もなくはないな。」




「そうね~。」




あれ、



一瞬頭が真っ白になる。






・・・というかさ、







なんでここ廃校なのに電気がつくんだ?









そしてなぜ、秋人は“初めて来たはずの”この廃校に電気が通じていることを知っていて、ルールを設定できたんだ?








「てっちゃん話聞いてんの?」




「へ?あーすまない。ちょっと考え事だ。それで、なんだって?」




「いやさ~。さっきラインに通知来たじゃん?何かな~って話。」




「あ~見てみるか。」




ラインを開き、確認する。


ゆう君からのメッセージだ。



『葉町と則男に追っかけられてる!今第一校舎4階から下に降りるところ!』




そうか。じゃあ第二校舎は安全だな・・・





・・・





・・・





・・・あれ?






「じゃあさっき来た人・・・あれは誰だったんだ?」





「・・・さあ?メーちゃんか・・・秋人・・・じゃね?」





俺と花ちゃんは当然違うとして、ゆう君、葉町、則男は第一校舎にいるはずだ。となると必然的に残るのは秋人か、メーちゃんということになるが・・・。




「秋人が自らルールを破るなんて考えにくいよな。」




「確かに。でも、メーはあんな足音出さないと思う・・・けど・・・。」




「・・・」




「・・・」




「ま、まあ大丈夫っしょ!」



俺は基本的に幽霊とかそういう存在はフィクションだと思っているので、あの足音は誰かは分からないけど人のものだと思っているのだが、花ちゃんの顔はちょっと不安そうだ。


だが、本人が大丈夫というならば無駄口はたたくまい。


それに、こういうことを乗り越えることこそが花ちゃんがこのゲームに挑んだ理由でもあるからな。




「・・・とりあえずここから出ようか。」




「・・・ういっす!」




準備室のドアを出て、足早に美術室のドアへ向かう。






カチャリ




・・・




・・・





廊下に出たところで左右を確認し、念のため安全を確認する・・・


どうやら誰もいないみたいだ。




ん?なんだあれ?




美術室にある2つドアのうち、今いるところと反対側のドアの上にある『美術室』と書かれた看板に何かが掛かっているのが見える。




ちょっと見てみるか。





・・・




・・・これは・・・カギ?




「・・・どうしたん?」



「ああ、何かのカギを見つけたんだ。おそらくはここのカギだろうな。」



この教室にはもともとカギはかかっていなかった。



誰かがここに置き忘れたということだろうか・・・?




「なら、もうここ閉めちゃおう?ここに誰かが入って変なことにあったらいけないし。」




「そうだな。もし、他の人が入って同じような目にあったら大変だ。



ードアを引き、カギがしっかりかかっていることを確認するー



そしたら、どうする?」




「そう・・・ね、一応メーと合流しよかな。」




「場所は分かるのか?」




「うん。あたしとメーはこの校舎の3階まで一緒に来て、そこから分かれたんだ。」




「そっか。じゃあ3階まで行こう。」





俺たちは美術室を後にし、メーちゃんとの合流を図るのだった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





風の吹き荒れる音が聞こえる第二校舎の階段を、俺は一人で下っている。



ライト代わりにしているスマホを確認すると、1:52という表示が見える。


つまりゲーム開始から32分が経過しているということだ。


今のところ鬼は葉町と則男の二人。


ゆう君はどうやら逃げ切れたらしく、ラインのグループには👍マークが送信されていた。


そしてラインのグループ上にはもう一件の報告がある。




『なんかおねぇちゃんとてっちゃんが美術室で怪奇現象みたいなものにあったみたい!』




『怪奇現象なんてあるわけないよ。』




あの不思議な体験を伝えるメッセージと秋人からの返信。



さっきまで俺とともにいたメーちゃんが、俺たちの話を聞くや否やグループに発信したのだ。


俺はそこまですることもないと思っていたのだが、連絡して損はないだろう。



その後には




『ふ、今美術室の付近にいるのかぁ?いやいや、違うよな。そう思わせて実は全然違う場所にいるんだろぉ?』




という則男の返信に




『僕は今第一校舎の4階にいるよ~!』





『おぉ?ケンカ売ってるのかなぁ?』





というゆう君の挑発、則男の返信が続いている。



どうやらみんなはメーちゃんからのメッセージを作戦の一つとしかとらえていないらしい。



今も続いている『どこにいるのか、いないのか』という謎の心理戦を横目に見ながら、俺は階段を下り切って一階へと到着する。



廊下に出て隠れられそうなところを探すのだ。








・・・と、その時。






「おわっ!!!!」





プルルルルルルルルル♪


プルルルルルルルルル♪





開いていたグループラインの画面が突如として切り替わり、着信音が響き渡る。




則男からの電話だ。




・・・音量に、めちゃくちゃビビってしまった。



もうゲーム開始から30分以上経っているが、鬼が電話を掛けるのはこれが初めてだ。


則男が誰かを追っていて、そこで見失ってしまったから電話をしたのか、あるいはみんなの隠れ場所が全く分からなくなり、電話をしてみたのか。


いずれにしても、この音量ならこの階はもちろん。上の階にまで聞こえている可能性がある。


この音を聞きつけて誰か来るかもしれない。



ダッダッダッダダダダ



と、思っているとやはり階段の方から誰かが駆け下りてくる音が聞こえてくる。


その距離はもうすぐそこ。


おそらくは俺が今さっき通った2階の階段の近くにいたのだろう。


・・・まずいっ!





「あーーーー!!!!てっちゃん発見!!!」





駆け下りてきたのは葉町だ。



俺を見るや否や、狙いを定めた百獣の王のごとく勢いでこちらに迫ってくる。




「つかまってたまるか!!」




俺は一階の廊下を全力で駆け抜けて距離を離そうとするが、その距離はむしろ近づいていると言えるだろう。


葉町は俺の目線くらいまでの伸長しかないが、それでも運動神経の差で俺よりも走るスピードは速い。




「はぁはぁ・・・!待てっちゃん!」




「・・・っ!なんだそりゃ!」




くっ!


このままではいずれ捕まるのが目に見えている。


ここは・・・




「おりゃ!」




一階をそのまま駆け抜けるかと思わせての急ブレーキ&側方へダッシュ!



右に見えていた階段へと足を進める。





が、




「浅はかだよ!てっちゃん!」





葉町はすぐに俺の動きに対応し、さらに距離を詰めてくる。




「・・・まじかっ!」




「・・・まじだよっ!」





3,4階に関しては、花ちゃんやメーちゃんが隠れているだろうから避けなくてはならない。


俺は2階の廊下に出ることを余儀なくされる。




「くっ!」




足音はもうすぐ後ろに迫っている。



・・・諦めるしか・・・



いや、



ふと右を向くと、そこにはトイレが見える。



ここは卑怯かもしれんが・・・




「せいやっ!」




またしても方向転換をし、即座にドアを開き、男子トイレへと入りこむ。




「・・・はぁ。ふふ、ここならば・・・入ってこれまい。」




ここは男子トイレだ。


女子ならば入ってくるのに抵抗があるはずだ。



だが・・・。



「ふふふ。」という声とともにゆっくりとドアが開かれてゆく。




「・・・こ、ここに入ってくる・・・と、いうのか・・・っ!」





「・・・葉町はてっちゃんの行くところへだったらどこへでもついていくよ。」





「ふふ・・そうか。嬉しいよ。


・・・だがそれは決して男子トイレの前で言うセリフではない。」




そして、次の瞬間。




「えいやっ!」




俺は葉町に捕まってしまった。



・・・いや、抱き着かれたと言ったほうが適切かもしれない。




「あの・・・葉町さん?」




「むふふふふん♪」




葉町は俺の腰に腕を回して上機嫌に俺の胸に頬ずりをしている。




「・・・そんなことしなくても、俺はもう捕まっているんだが・・・。」




「え~だめだよ!ちゃんとマーキングしなきゃ!」





マーキングって、野生動物じゃあるまいし・・・。




まあかわいいからいいんだけどね!?




スリスリ




・・・




スリスリ




・・・



スリスリ









「あ~・・・そろそろいいだろ?」




「え~もう?」




一分ほど自由にさせた後で、声をかける。



俺の胸から顔を上げ、上目遣いで残念そうな目を向けてくる。


この全生物1の愛くるしさにずっと心を奪われてれいたいのだが、これを手放さなければならない事情ができたのだ。




「・・・・後ろを見て。」




「え~やだ!てっちゃんを見る!」




「一回だけでいいから・・・。」




「え~・・・分かった。」





そう後ろだ。





葉町の後ろ。





俺の視界の先。





俺のすべてが葉町色で染まっていたがために今の今まで気付かなかった。





何者かの気配に。





・・・




・・・




・・・




・・・





「あ・・・。」





「いやあ!男子トイレでハグだなんてアツアツだな!」




そう。




そこにはカメラを構えた秋人が立っていた。





・・・そうか。ここ男子トイレだったな。




あーーーーーーーー




恥っっっずかしい!!!!




「えへへ、アツアツだなんてそんな・・・えへ。」



「あーーーだめだぁ!おしまいだぁ!SNSに載せられて拡散して炎上して見事バカップルの仲間入りだ。あ~~~~~~~っ!!!!」



俺たちのハグがいつから見られていたかは分からないが、恥ずかしすぎる。



「いやいや、まあさすがに本当に撮ってはないから安心しなよ。」



なんだよかった~。




「・・・でも」と秋人は表情を一転させ、続ける。





「ルール違反はダメだよね。」





「え?・・・あ~そっか。」






葉町から解放された腕でスマホを操作し、ルールを確認する。



その1、行動範囲はこの学校の敷地内に限定する。ただし、校庭とトイレに入ってはいけない。

その2,午前3:00を過ぎても終わらなかった場合、逃げる側の勝利とする。逆にその時間までに全員が鬼になれば鬼の勝利。

その3、スマホを持参して、ライングループの通知を受け取れるようにする。そして、鬼は十五分に一度、一分間だけこのグループに着信を入れることができる。

その4、鬼に捕まったら、このグループでその旨を報告する。

その5、校内の電気をつけてはならない。




確かに、その1のルールに反している。




「悪かった。俺もわざとやったんじゃないんだ。」




「そうみたいだね。」





素直に頭を下げる。



ルール違反はゲームをつまらなくさせるもの、ということはこのグループ内での共通認識だ。


特に秋人はそこら辺に厳しいのだ。


いつもなら違反者側に不利になるようなルールを追加するところなのだが・・・。




「・・・なんか罰ゲームとかあるのか?」




「・・・直にわかるよ。」と、そう言って秋人は立ち去ってしまった。




「なんかいつもと違うね~秋人君。」




いつもなら、反省した者に対しては明るくふるまってくれる。


それだけに今の秋人の表情は不可解なものだった。




「とりあえず出ようか。」




「うん。」




葉町は最後にギュッと俺に抱き着いてからドアの方へと歩き出した。


いつもよりスキンシップが多いのは、恐怖からなのだろうな。




「・・・ってあ~~~!!!!」




「ん?どうしたんだ?」




「秋人君まだ捕まってないじゃん!」




「あ~言われてみれば。」




「追いかけるよ!てっちゃん!」




そしてすぐにまた走り出す葉町。



ここは俺もと言いたいところなのだが・・・俺はさっきのでへとへとだ。




「ごめん!ちょっと休む!」




「分かった!任せて!」




その返事を最後に足音は遠のき、やがてまた暗闇と静寂が戻ってきた。



・・・まるで嵐だな。



トイレを出て、階段を上る。


さて、ラインで報告しようか。


スマホを開くと、また新たな通知が来ているのを発見する。




『おい。だましやがったなぁ!美術室にはカギがかかってるじゃないかぁ!』




則男からだ。


どうやら彼は(美術室の近くにいると思わせて、全く別の場所にいる)と思わせて実は美術室にいる作戦だと思ったのだろう。


バカだ・・・。


本当は裏も表もないのに。




『哲也だよ。さっき葉町に捕まって今から鬼だからよろしく。』




そう打つや否や花ちゃんから驚いた顔の絵文字が送られてくる。


さっきまで一緒にいただけに、驚くのも無理はないだろう。




・・・さて、これで鬼の側に回ったわけだが、どうしようか。




着信機能はもう使ってしまったので、あと10分は使えない。


そして葉町は秋人を追っかけて行ったし・・・。


とりあえず残りの逃亡者、ゆう君、花ちゃん、メーちゃんを探すとするか。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



・・・



・・・



・・・



見つからない。


あれから約9分。


俺は花ちゃんとメーちゃんが連絡通路を渡って第一校舎の方へ行ったと予測し、第一校舎を見て回っている。


一階の保険室、図工室、職員室、二階の食堂、図書室の探索を終え、次は三階の探索に入るところだ。


もちろん隠れる場所として無数にあるホームルーム教室も候補に挙がるわけだが、隠れるスペースがあまりないため、そこには行っていないだろうと思われる。


・・・本音を言えば、そこまで見るのは面倒くさいから行ってないのだが・・・。


まあそんなこんなでここまで誰一人として見つけられなかったわけだが、朗報だ。


スマホの時刻は2;08になり、いよいよ着信機能が解放されるのだ。


よし、早速だが使わせてもらおうか。


3階の階段の踊り場に立ち、スマホを構える。


ここでなら第一校舎3階だけではなく、2階、4階に人がいれば着信音が聞こえるかもしれない。



指を操作し、タップする。


さて、誰か見つかるだろうか。



プルルルルルルルルル♪


プルルルルルルルルル♪






                        (プルルルルルルルルル♪)  


                         (プルルルルルルルルル♪)




お!



着信音だ!



これは・・・近いな・・・



うん、今いる3階に違いない!



音の鳴った方へと急ぐ。



・・・



・・・



ここは・・・コンピュータ室だ。



部屋の標識にはコンピュータ室と書かれており、窓越しに複数のパソコンが見える。


ここならば隠れる場所が多いため、誰かがいるのも納得できる。




ここから着信が・・・




ん?近づいてきている?



俺がドアの方に駆け寄っていくと、室内の誰かもこちらへと近づいてきていることに気付く。



・・・ん?



なぜ近づいてくるんだ?



逃げる側なのに?



着信があるということは俺たち幼馴染グループの中の誰かではあるのだろうけど・・・



いや、スマホが何者かに奪われたなら話は別・・・?




と、そんなことを考えていると後ろの階段からもだんだんと足音が聞こえてくることに気付く。




ダッダダッダッダッダダダッダッダダダダダ




ダッダダダッダダダダッダダダダダッダッダ




・・・ん?




着信音が・・・ない?





背後から迫るその足音に、なぜか着信音はない。


ならば、その人はスマホを持っていないということ。


つまり俺たち幼馴染グループのメンバーでは・・・ない?







・・・




・・・




・・・













え、だれ?

















背中がゾクッと震え、全身が硬直する。




前から近づく誰かと、そして背後から近づく誰か。



その挟み込むように近づいてくる音に俺は逃げ場を奪われてゆく感覚に陥り、ついには膝を折ってしまう。













ダダッダダダッダッダダダダッダダダッダダダダダ












怖い。










プルルルルルrrrrrrrッルルルルルッルルルルルルルル♪











だれ?











ダダダダダダッダダダッダッダダダダッダダッダッダッダダッダ



ダッダダダダダッダダダダダダダダダダダダダッダダダダッダダ
















怖い。







目を閉じ、耳をふさぎ、その場にうずくまる。


もともと暗かったこともあり、視界をふさいでもあまり意味はないし、耳を手で押さえても音を完全に防げるわけではない。


少しでも気が楽になるかと思ったが、全くそんなことはない。







着信音と足音はそのまま絶え間なく続く。





そして俺が必死に気を奮い立たそうと足に力を込めたその時、






ガラガラ       パタ






ついに俺の目の前と真後ろで音が止まった。





・・・





・・・





・・・





・・・





・・・






「・・・なんだ、てっちゃんと則男か。ってあれ、てっちゃんどうしたの?」





「え?」





「はぁ~。なんだよお前たちかぁ。」





聞きなれた声にゆっくりと目を上げる。




そこにいたのは・・・・葉町と則男だった。




「そうか。」




考えてみれば単純な話だ。


鬼の立場である葉町と則男は、音が聞こえたからそちらの方へ走って追いかけてきた。


それだけじゃないか。




「何言ってんだぁ?」「てっちゃん?」




俺は頭では心霊現象なんてないと信じているつもりだが、もしかしたら本当は何かそういう不思議な何かがあるのではないかと思っているのかもしれない。


二人は訳が分からないといった表情をしているが、それを見ると少し気持ちが楽になった。




だが、一つ気がかりはある。




「なあ、葉町はなんでスマホ持ってないんだ?」




そう。葉町がスマホを持っていないのはなぜか。


ゲームが始まる時に持っていたかは定かではないが、少なくとも秋人はみんなにスマホを持ってくるように伝えていたし、このゲームをやるにあたってスマホは必要不可欠なものだ。




「え~。それはね。元から持っていなかったんだよ。家に忘れてきた。」




「え?本当に?」




「うん。だってほら、ライトも懐中電灯だし。」




なるほど?




でも、確かにそれなら最初の30分着信機能が使われなかったのもうなずける?





「まぁ最低限鬼に捕まった報告さえできればいいわけだから、もともと鬼な葉町は持ってなくてもいいんじゃねぇの。」




「そうそう。逃げる側がスマホを持たないのはまずいけど、鬼がスマホをもっていなくても相手に不利になるようなことはないでしょ?」



















あんなに鬼を嫌がってたのに?
















「でもさ、スマホがないと鬼が増えた時、わからなくて不便じゃない?」




「大丈夫だよ!全員捕まえればオッケー!」




・・・葉町らしい答えだな。


俺のスマホを貸してやろうかとも思ったが、そうすると俺の足元を照らす光がなくなってしまう。


仕方がない。




「それで、どうするんだぁ?もう電話使っちまったけどぉ。俺、自力で探すの無理だと思うわ。」




「う~ん。そうだ、秋人はどうなったんだ?」





「え?秋人君?」





「ほら、トイレから追いかけて行ったじゃないか。」




「あ~。逃がしちゃったよ。てへ。」




「最後はどの辺に行ったんだ?」




「いや~第一校舎に来たと思ったんだけど、違ったみたいだね~。」




「そうか。則男はどこを見てたんだ?」




「あぁ~俺は今この校舎の4階から回ってたところだよぉ。」




「なんだ。ずっと美術室にいるのかと思ってた。」




「お?ケンカかぁ?」




でも、これで第一校舎には誰もいないという事が分かったな。


ならば探すべきは・・・。



「第二校舎だな。」




「みたいだなぁ。」




「オッケーじゃあ先に行くよ~!!!」




行先が決まりるとすぐに走り出す葉町。


俺と則男は顔を合わせアイコンタクトをとると、ゆっくりと歩き始めた。



「歳をとると体力も衰えるもんですな~。」



「そうですなぁ~。」



まあ葉町とは同い年だけどね!


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「それでぇ、どっから探すよぉ?」




「そうだな、美術室とかどうよ。」




「お前・・・マジでケンカする?」




首をかしげながら上から目線でガンを飛ばしてくる則男。


デブのくせに身長は高いので少し様になっている。




「いやいや、ごめん。でもさ、美術室って第二校舎の一番上の端にあるからさ、そこから探索を始めるのはありだと思うんだよね。」




「まぁ一理あるなぁ、端っこから探すという意味では。でも、階段って割と疲れるんだよねぇ~。」




「まぁダイエットだと思ってさ~?」




「ふん。俺は家で快適に過ごせればそれでいいんだよぉ、やせる必要はない。」




「じゃあいこっか。」




そんなこんなで第二校舎の4階へと向かう。


改めて思うが、やはり1人で行動するよりも2人の方がいいな。


恐怖心が全然違う。




「そういえばさ、この連絡通路も老朽化してるみたいだけど・・・落ちたりしないよね?」




「はぁ?もしかしてフラグ立ててる?」




「いやぁだって、よくみるとヒビが入っていたり・・・。」



天井や壁、窓、あらゆる場所を見渡す俺たち。


心の余裕ができたおかげで周りを見れるようになったわけだが、逆に恐怖心が芽生える結果となってしまった。



「・・・まぁ見なかったことにしようかぁ。」





「・・・うん。」





俺たちは少し怯えながらも連絡通路を渡りきり、第二校舎へと到着した。


こちらの校舎はどうやら後から作られたものらしく、第一校舎よりは廃れていない印象を受ける。


改装すれば何かに使えると思うんだけどなぁ。




「お~い。あちこち見るのはいいけど、方向は間違えるなよぉ。」




「あ~ごめん。」




2階の階段から3階へ向かう。




そして、3階の踊り場に差し掛かったところで、向かいの家庭科室の窓越しにおばさんと目が合う。




・・・




・・・




・・・




・・・え?




4階へと向かう足が止まる。




「ん?どうしたんだぁ?ついに寿命かぁ?」




「・・・」




いや、気のせいだ。


きっとそうだ。




「なぁ、顔が青白くなってるけど大丈夫かぁ?保健室行くかぁ?」




「あははは、大丈夫だよ。廃校の保健室を使う奴なんて聞いたことない。」




「おう。そのツッコミができるなら大丈夫か。」




再び歩き出す則男。


俺は平然を装ってその後を追う。


きっとあれは幻覚だろう。




・・・




・・・




・・・




そしてちょうど3階と4階の間にある踊り場に差し掛かり、向きを変える時、俺は横目で再び家庭科室を見るようにした。




・・・




・・・




・・・




そこにはやはり誰もいなかった。



・・・




・・・




・・・




「美術室だなぁ。っておい、大丈夫か?」




「え?ああ、うん。大丈夫。」




首を振って気を保つ。


考えない方がいいと、俺の脳は判断したのだ。


4階に到達し、次に景色を見た時には美術室が目の前にあった。


ここから探索を開始するのだ。




「あれ、美術室ってカギが閉まってなかったかぁ?」




「え?うん。そうだけど。」




「見ろよ・・・。」




スマホのライトを照らすと、確かに美術室のドアは開け放たれている。




「俺がここにカギをかけたんだけどな・・・。」




「え、そうなのか。」




なんで開いているのだろうか。


カギが複数個ある可能性はあるが、わざわざカギを開けてまでここを隠れ場所にしたいか?


そしてさらに周辺を見てみる。




・・・




・・・




「おい、あっち側のドア、壊されていないか?」




そう言う則男の視線につられ、反対側のドアを見ると、確かに窓が粉々に割れ、小さなガラスが床で反射しているのがえる。




・・・




・・・




近寄ってみると、窓にはバスケットボール一個分程度の穴が開いており、室内にはガラスの破片が散らばっていた。




「なぁ、これ、ここを割って内側からドアを開けたってことかぁ・・・?」




「・・・そうとしか思えないな。」




でも、なぜ?


その疑問は則男も同じらしい。




「・・・見てみるかぁ。」




「うん。」




ガラスがないほうのドアへ回り、恐る恐る室内へと入る。


2人で美術室全体に光を照らすが、誰かの気配はない。




「・・・変わったところはなさそうだなぁ。諦めて違う場所行くかぁ。」




若干肝を冷やした様子で言う則男。


だが、確認すべき場所はもう一つある。




「いや、ここには準備室がある。」




「・・・なんだそれは。」




指をさし、方向を示す。


そこには開け放たれた準備室へのドアがあった。




「・・・行かない?」




「・・・行かない理由は・・・ないなぁ。」




ふぅと息をつき、そちらへと向かう。


さっきまで聞こえなかった時計の針の音が鮮明に耳に入ってくる。




そろり




そろり




そろり




そして準備室のドアを通りすぎ・・・




・・・




・・・




・・・




・・・




・・・




「何も・・・ないなぁ。」




「・・・そ、そうだね。」




部屋の様子は俺たちがここに来た時とほぼ同じ状態だ。




ほぼ。




「もう・・・ここに用はないよなぁ?」




あまりここにいたくない様子の則男は部屋を出るよう催促する。


こいつも実は怪奇現象の話を聞いて怖がっているのかもしれないな。




「うん。」




俺としても正直ここにいたいとは思わないのできびすを返し、準備室から出る。


そして、まっすぐと部屋の出口へと向かう則男についていく俺は、だが、どうしても見逃せない変化を発見する。




・・・絵画スタンドが



・・・起きている。




白い布で覆われた絵と、そのスタンド。


倒れていたはずのそれは今、立っているのだ。




「・・・おい、どうしたんだよ。」




「この絵、さっき来たときには倒れていたんだよ。でも今は・・・。」




「・・・はぁ。


ー則男は白い布を見つめて、表情を曇らせるー


んなもん見てみるしかねぇだろぉ・・・。」




「・・・そうだな。」




布に手をかける。




・・・




・・・




・・・




そして、布をゆっくりと横へ引いていく




・・・




・・・




・・・



パサッ




「これ・・・は・・・。」




「・・・。」




そこには一枚の画用紙と、そこに描かれた






秋人のーー





体をバラバラにされた秋人の





絵があった。




「・・・何なんだよこれ。」




「・・・分からない。」




その一面すべてに赤い色が塗られ、生首、足、手、胴体はキレイに皿に乗せられて地面に並べられている。


これではまるで・・・




「・・・まるで食卓みたいじゃないか。」




「・・・。」




気味が悪い。


吐き気がする。


絵の中の世界とはいえ、自分の友人が血まみれで、バラバラで死んでいるのだ。


そして誰が、なぜこんなものを?




・・・分からない。




分かりたくもない。




「・・・。」




「・・・そういえば、ここで怪奇現象が起きたとか言ってたよなぁ。」




「・・・うん。」




「・・・それと関係があるんじゃないのか?」




どうだろう。


この学校にいる何者かがこの絵を描いたと考えるのが普通なのだろうが・・・。


俺たちがーー秋人がここへ来てからの短時間でこの絵を描くというのはどう考えても不可能だ。


嫌な予感がする。



「少なくとも、これは俺たちには描けない。だから、もともと学校にこの絵があったか、科学では説明できない現象が起きたか・・・だな。」




「・・・こんな事態だ。とりあえず、秋人に電話してみようかぁ。」




「そうだけど、とりあえずここから出ないと。」




「・・・それもそうだなぁ。」




写真を一枚撮り、ドアへと歩き出す。


さっき見かけたおばさんの顔が脳裏に浮かぶ。


あれは幻覚だと信じたいが、これだけ理解不能な現象が続けば、現実だと信じるしかなくなるのも時間の問題なのかもしれない。


誰かいるかもしれないという恐怖心から、美術室のドアから廊下をちらっと覗く。




・・・




・・・




・・・




カツ・・・・カツ・・・・





かすかに足音が聞こえてくる。




「誰だぁ?」




「この足音・・・。」




「ん?」




「怪奇現象の時の足音と同じだ。」




そう。これはあの時の足音で間違いない。




「・・・おい。やばいんじゃねぇかぁ?」




静寂の中、廊下に響き渡る一定のリズムはだんだんとそのボリュームを上げていく。


どうやら目的地はこちらの方らしい。




・・・




・・・




それが誰なのかはわからないが、俺の直観が正しければこの状況は非常によくない。




バレないように息をひそめる。




「なぁ隠れた方がいいんじゃないかぁ?」




ライトは消してしまったので表情を伺うことはできないが、則男の声からその不安が伝わってくる。




カツ・・・・カツ・・・・




カツ・・・・カツ・・・・




「・・・隠れないかぁ?」




カツ・・・・カツ・・・・




カツ・・・・カツ・・・・




「なぁ?」




・・・



・・・




「ダメだ。








「・・・なぜだぁ?」








だって、どこにも隠れられない。」







「いや、お前らここに隠れてたんだろぉ?」




「うん。正確には準備室の・・・机の下。」




「じゃあそこにいけば・・・。」




準備室の机の下。


確かにそこなら隠れられる・・・はずだった。


だが、




「机には布がかかってなかったんだ。」




「え?」




「そこに隠れたとしても、今は外から丸見えになってるんだよ。」



ほぼ同じ様子だった準備室にあったほんの些細な変化はだが、俺らには大きすぎる変化だった。




「おい、どうするんだよぉ?」




「・・・。」





カツ・・・・カツ・・・・




カツ・・・・カツ・・・・




「なぁ、何とか言えよ。」




「・・・。」




だめだ。


おしまいだ。


そんな言葉が頭の中で反芻はんすうする。


それが誰かも分からないのに、俺の本能は生命の危機を感じているのだ。




・・・




・・・




そして廊下から響く音はもう、ドアの向こうに迫っている。




「なぁ~っ!!!!!」




則男が振り絞るような小さな声で俺に感情をぶつける。


俺らにできることはないか。


考える。


考える・・・が、もう残された選択肢なんてこれくらいしかない。




「こっち。」




ドアのちょうど真横。


ドアから入ってくる誰かからは死角であろう部屋の隅に、デブと身を寄せ合う。


もし、そいつが俺たちの方を向いたら、アウトだ。




カツ・・・・カツ・・・・





カツ・・・・カツ・・・・





カツ・・・・カツ・・・・





パタ





「・・・。」

「・・・。」





その距離およそ1メートル。




暗くて何も見えないが、確かにその足音はここで止まった。




2人に緊張が走り、則男の震えが伝わってくる。




2つ分かること。




それは




こいつがさっきここに来たやつということ。




そしてそれは幼馴染グループのメンバーではないということ。




鼻を突くような悪臭が漂い、ブツブツと何かを言っている。




そいつは明かりすら持っていない。


動かない。


動かない。


こいつは何をしにここへ来た?


こいつの次の行動は・・・?




・・・




・・・




・・・






「・・・・・・ぁ」





・・・次、こいつが何をするか、






わかってしまった。





そして俺は頭が真っ白になった。





思い出すのは俺と花ちゃんが隠れたあの時。





あの時、こいつは・・・














パチッ









電気をつけた。














電気のスイッチはこちら側。











目が合う。














白髪の老婆が手に包丁を持ち、そこに立っている。








「・・・。」

「・・・。」




「・・・みぃつけた。」






表情は薄ら笑い。





殺される?





何も読めない。





わからない。





俺たちはただただ身を寄せ合う。





・・・




・・・




・・・



だがその老婆は俺と目を合わせたまま、何もしようとしてこない。









本当に何もしてこない?




・・・




・・・




・・・




しばらくあるこのが、完全に止まった俺たちの時間をゆっくりと動かす。




包丁を持っている。血がついている。




うん。異常だ。




だが、今、殺意を感じないのは気のせいだろうか。




・・・




・・・




・・・






「・・・ぁ・・の?」





言葉を振り絞る。





「・・・・・・・・・・・・どなた・・・・ですか?」




表情は変わらない。




その口がゆっくりと動き出す。






「・・・あぁ、わたしゃねぇ。ここの住人さね。」







「は?」





は?






え?






ん?






んん?






この人にそこまでの恐怖を感じない理由がなんとなく分かった気がする。






この人は透けてないし、手も足もあるし・・・確かに服装はボロボロだが・・・。






・・・さては幽霊じゃないな?









・・・っていうかつまりは










「ホームレスの方?」




「まぁそんなとこさねぇ。」







えええええええ!






なるほど。





なるほど?





捨てられた廃校を住処にするホームレスのおばあさん。




おかしな話ではない。



うん。













「っておい!!!!!!!!!!!俺の恐怖を返せぇぇぇぇぇぇ!!!!」




「はっはっはぁ。」




「・・・。」




まじかよ。




緊張がほぐれて肩の力が抜ける。


そして則男も安心したように俺にもたれかかる。



「死ぬかと思ったわぁ。」




「ほんとそれ。」




よく見れば優しそうなおばあさんではないか。幽霊なんているわけないってのに。




「ずっとここにいるんですか?」



「うん?そうだねぇ。・・・ずっとここにいるねぇ。それはもう、生活に困り始めてからはずっと。」



なぜ生活に困り始めたのかはあえて聞かないが、何かがあって働く意思がなくなってしまったという感じなのだろうか。



「食事とかは困ってないんですか?」




「あぁ。前までは困ってなかったんじゃがねぇ。同じ味に飽きてきてのぉ。・・・でもそれももう解決するから大丈夫さね。」




「その包丁で料理しているんですか?」




「そうじゃなぁ。」




ならば、家庭科室で見たあれは、料理をしている老婆だったということだろう。


でも食糧はどこから手に入れているんだ?


誰かからのもらい物だとしても、何か調理する必要があるものをあげるとは考えにくいど・・・。








「・・・。」









「おひとりですか?」










「そうだねぇ。・・・ずっとひとりだねぇ。」












「なんで美術室に?」













「あぁ。暇だからねぇ。・・・絵を描いているんだよぉ。」














「どんな絵を描くんですか?」













「あぁ、見せてあげるよ。














ーそう言うと、















老婆はゆっくりと動き出し、















一つの絵の下へと足を運ぶー




























・・・これ、いい作品だと思わないかい?」












ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



俺たちは駆け出していた。



美術室を飛び出し、転びそうなのを何とかこらえ、階段を飛び下りる。



後ろからの気配は感じない。



だが、ひたすらに走る。



・・・



・・・



・・・



3階の廊下に出て、しばらく走った後、後ろを振り返る。




「来ていない・・・か。」




「ああ・・・すぐに電話するぞぉ。」




まだあれから15分も経っていないが、ルール違反がなんだと言っていられる状況ではないことは明白だ。


ここは一刻も早く危険を知らせるべきだろう。




「あぁ、則男頼む。」




「もちろんだ。」




早歩きで3階の反対側の階段へと向かう。



プルルルルルルルルル♪



プルルルルルルルルル♪




ガシャン




プルルルルルルルルル♪



プルルルルルルルルル♪









「あれ?」









「・・・則男?」








・・・




・・・




・・・





則男が倒れた。




突拍子もなく。






「冗談だろ・・・?」





状況の理解ができない。










・・・後ろ?







・・・






・・・






いや、いない。





あの老婆は。




「おい!則男!しっかりしろ!」




肩を抱き、上下に揺さぶるが、則男からの返事はない。





・・・



・・・



・・・




「まさか・・・?」




脈をとるが、全く反応がない。



そんなことありえない。



ただ廊下を早歩きしていただけなのに。




「おい!」




「返事をしてくれ!」




だめだ。




と、まだ鳴りやまぬそれが目に入る。




一つきっかけがあるとすれば・・・電話をかけた時・・・。




恐る恐るスマホを手に取る。




だが、スマホにも特に変わった様子はないようだ。




どうすればいいのか。




心臓マッサージ?人工呼吸?




・・・




・・・が、もはやそんなことを考えている暇もなさそうだ。




暗闇で包まれた廊下の向こう。


ゆっくりとこちらへ歩みを進める者の気配。




プルルルルルルルルル♪


プルルルルルルルルル♪



一分以上経っても未だ鳴りやまぬ発信に応答はない。



・・・このままでは則男が何をされるか分からない。



が、俺が担いで移動するには則男は重すぎる。



・・・仕方がない。



近くにあったドアを開け、則男を引きずりこむ。


この一連の動きに廊下の向こうの老婆が気付いている可能性は否定できないが、何もしないよりはましだろう。


則男を部屋に横たえてスマホを回収し、ドアを開け、すぐに部屋を飛び出す。


一歩、二歩と大股に廊下を駆けると、徐々に近づいていたその気配はまた離れていった。







・・・




・・・




・・・        




秋人の絵。包丁を持った老婆。倒れた則男。




この学校はおかしい。




そして、ここに俺たちを読んだ秋人も。




さっきの則男を思い出すと、足がすくむ。原因が分からない以上、俺が今ここで倒れる可能性もあるから。


学校を出て、みんなと合流しよう。


そんな考えに思い至る。


則男を見捨てるようだが、何もわからないままずっとここにいるのは悪手だろう。


廊下の端の方まで駆け抜けると、階段が見える。


そして、下の階段の方へ向かおうとした、




その時。








                   (プルルルルルルルルル♪)


               (プルルルルルルルルル♪)





どこからか着信音が聞こえてきた。




則男のスマホは鳴り続けたままだが、それとは別の場所だ。





・・・これは・・・・上か・・・。





本当はもう今すぐにここを出たい。




が、着信音があるということはそれは幼馴染グループのメンバーがいるということだ。




行くしかない。




階段の上へのぼっていく。


後ろの様子はもう確認しない。


確認したらきっと俺はこの足を進める気力を失うから。



・・・



・・・



・・・



4階へ着く。




が、ここではないようだ。




・・・ここよりも・・・上?




音はこの上から聞こえる。




・・・つまりは





・・・屋上。





また嫌な予感がする。


上へ昇るスピードが次第に上がる。






       (プルルルルルルルルル♪)


    (プルルルルルルルルル♪)


・・・



・・・



・・・



   (プルルルルルルルルル♪)


(プルルルルルルルルル♪)





屋上へとたどり着く。




そのドアは開け放たれており、そのすぐそばに着信音を上げるスマホが落ちている。



・・・これは・・・。




青いケースに、サッカーボールのストラップ。





これはゆう君のものだ。





そして












ゆう君が倒れている。





屋上のドアを開けてすぐのあたり。




よく照らしてみると頭から血を流しているのが確認できる。




「お~い・・・ゆう君・・?」







・・・



・・・



・・・





そこに返事はない。





まさか、ゆう君も?そんな予感が頭をよぎる。





俺もこんなふうに・・・と考えるだけで頭がおかしくなりそうだが、頭を振って理解を拒絶する。





とにかく容体をみよう。





屋上のドアに手をかけ、意思を固める。





よし





と、屋上の緑色の地面に一歩を踏み出そうとしたその時。






“屋上に入ってはならない”





そんな言葉が頭をよぎる。


それは確か秋人が最初に話していたルールの一つ。


それが今更なんだというのか・・・。






いや、待てよ。





則男とゆう君の死因は分からないが、ルールを破ったという点は共通している・・・?





つまり・・・。
















「どうしたんだい?」












思考を重ねる中、後ろから声がかかった。








ライトを逆方向に向けると・・・







「・・・秋人!」






音もなく、そこに秋人が立っていた。











「なぁ!則男が倒れたんだ!そこにゆう君も!」





まくしたてるように秋人に迫る。





・・・が、秋人が驚く様子はない。





「なぁ!一大事なんだぞ!」





そればかりか、どこか残念そうな顔で眉をひそめている。




こんな秋人・・・おかしい。





直観的にそう思う。


あの時もそうだ。葉町とトイレに入った時。秋人はこんな顔をしていた。





・・・





・・・





・・・






「なあ、秋人。お前、何か知ってるんじゃないのか?」





「何のことだい?」





「則男とゆう君はな、お前が最初に話したルールを破って倒れてしまったんだよ。そのお前が何も知らないわけないだろう。」





「ふ~ん。そっか。





ー瞬間、秋人が不敵な笑みを見せるー




まあせいぜい頑張れよ。」




「お前は俺の知ってる秋人じゃねぇ!!!秋人はどこだよ!!!!」





立ち去ろうとする秋人に声をかける。




「おい!則男とゆう君は助かるんだろうな!?」





が、秋人はただ一瞥いちべつしただけで、何も言わずに去っていく。





そして階段を降り、屋上と4階の間の踊り場に出た時、振り向きざま





「屋上の奥の方、照らしてみなよ。」





なぜか真顔な秋人がそんなことを言った。





屋上の奥・・・?





階段を下りる音がなくなると、また屋上から吹いてくる嫌に暖かい風の音と、それに吹かれるものの騒音だけになる。




秋人は・・・あいつはなんなんだ。




いつもは俺らのグループを引っ張るリーダーで、優しくて、みんなに慕われるようなやつだったのに。



もし、ゆう君や則男を殺したんだとしたら、それは秋人ではない別の誰かだと・・・そう信じたい。




はやく帰らないと・・・俺も・・・。




力の入らない足を必死に鼓舞し、階段に足をかける。




・・・・そういえば。



・・・屋上の奥。




今すぐここを出たいが・・・見てみたいという気持ちもある・・・時間もかからなそうだし、なにより・・・



秋人の表情が気になった。なにかあるのかもしれない。



恐る恐るライトを向ける。



屋上のドア、床、その先にゆう君・・・





・・・






・・・






・・・






・・・秋人。








ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





しばらく俺はその光景に絶句していた。




並べられた皿に乗せられた手、足、胴体、




そして生首。




全ては血でまみれ、その周辺はドス黒い赤に染まっている。




その手前にはフォークやナイフが置かれ、まさに食卓といったそれの気持ち悪さは、俺が今までに見たものをはるかに凌駕りょうがするものだ。




・・・しかもそれが、見知った者のーーさっきまで見ていた秋人の顔なんだから、もう何が何だか分からない。





ここは危険だ。ここにいてはならない。それは確かだ。





・・・葉町。





伝えなければいけない。あいつだけは守らなくてはならない。





俺は何よりもあいつを愛しているから。





震える両手を落ち着かせ、文字を打つことだけに神経を向ける。





「ーーーーー・・・・・・愛してる」





・・・なんかダイイングメッセージみたいだな。





そんな思考がよぎる。






ああそうか。





俺、死ぬのかもな。





だって足の速いゆう君に、頼れる秋人が殺されたんだもの。





そしてあの無残な秋人を見てなんとなく分かったことがある。





ここにいればゆう君もきっと食べられるんだ。





俺も捕まれば。





でもさ。





ごめんよゆう君。




ラインを送信し終え、スマホをポケットにしまう。




俺は死にたくないんだ。




頑張れば手が君の足に届くかもしれないけどさ、もしかしたら手が屋上に入っただけでもアウトかもしれないじゃないか。




だから、ごめん。




入った君が悪いんだよ。




俺は先に行くよ。




そうして俺は余計なことを何も考えように、手を合わせて、2人を追悼する。




死にたくない。




それが今、俺の頭で考えられる精一杯のことだ。










そして踵を返し、









・・・







・・・








下の階へと、







・・・








・・・
















「         ぁ。」















・・・




・・・








「みぃつけた。」







老婆。






血に濡れた包丁を片手に持ち、そしてもう片方に肉塊と、それを入れたカゴを担いでいる。





五感のすべてを奪われ、ただ足を崩してそれを見上げる。





「あぁこれかいな?ちょっと見てみるさね?」





俺の脳はもうとっくに機能を止めてしまっているが、「死にたくない」という、そんな俺の生物としての本能だけが、俺をこの世に引き留める。




老婆がこちらへ寄って、カゴの中身を見せてくるが、もはや何も思わない。



それがさっきまで俺と行動していた男の生首だったとしても。




「・・・」




ああ。



頬を伝うこの雫が、死んだこいつらのために流れていたならば、俺は天国へ行けたのかもしれない。



だが、どうにも人は誰よりも自分のことを愛しているらしい。





「君の番じゃなぁ。」





そんな声が聞こえた気がする。




・・・葉町・・・。




俺の彼女の顔が思い浮かぶ。




もし、彼女が危険にさらされていたら、自分の命を顧みずに助けにいけるのだろうか。



・・・死に際にそんな思考をする意味もない・・か。




俺の視界には包丁が映っている。




だんだんと近づいてくる。




まるでスローモーションの映像を画面の近くで眺めているかのようにはっきりと、その様子を捉えてーーただ、迫る死に何の抗いもなく、これを受け入れる。





俺の腹に突き刺さるそれは、幾人もの血を交じり合わせながら、俺の痛覚を刺激する。





ああ。死ぬ。





後悔はあるかもしれないけど。これが運命だったのか。












と、そう思った。









次の瞬間だった。








パリンッ!!!!!!!!







そんなワインの瓶が砕け散る音が響き渡り、老婆が倒れていく。






そしてその後ろ、朦朧もうろうとする意識の中でもはっきりとわかる彼女の姿。






「・・・・葉町・・・・。」






でも、ごめん。





一歩遅かったんだ。





俺はもう・・・。





「てっちゃん死なないで!!!!」





「っ!?」





「お願い!!!!てっちゃんを失いたくない!!!!」





そんな葉町の声が。





愛しい人の声が俺の意識に直接語り掛ける。




死ぬな。と。




もはや使い物にならなくなった俺の体を抱き、必死に懇願する。




命を懸けて俺を助けに来てくれた葉町のそんな姿を見て、気づく。




俺はーー俺の命は一人のものではないと。




俺を必要としてくれる人がいると。




ならば・・・・こんなところでくたばってられるかと!!!!!!




「ぅぐっ!!」




「てっちゃん!無理しないで!」




急速に回り始めた思考回路は、俺を生にしがみつける。




さっきまで動かなかったからだをフラフラと持ち上げる。




「・・・歩ける。」




「てっちゃん!!動いたら血が出ちゃうよ!!!!!」




「いや、思ったより傷は深くない・・・・。それよりも、早くここを出よう。」




「てっちゃん!!!!」




華奢きゃしゃな葉町が必死に俺の肩を持つ。




鼻腔をくすぐるいい匂いが、俺の意識をつないでくれる。




踏み出す一歩は確かに地を掴み、ゆっくりだが着実に進路を前へ前へと進める。


帰ろう。




「ありがとうっ・・・助けてくれて。」




「うんん。いいの。てっちゃんが無事でよかった!」




ああ。


こんなかわいい彼女がいるなんて、俺はなんて幸せなんだろう。


こいつが生きろというならば、胸を張って生きよう。



「愛してる。」



この感情を表すにはこれしかない。



恋人同士に許された言葉。



「えっあぁ・・・葉町も・・・てっちゃんのこと・・・愛してるよ。」



照れながら言う彼女を見て、胸の鼓動が激しくなる。



俺は葉町が好きだ。愛してる。



そう実感して、幸せをかみしめる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



・・・



・・・



・・・



「うっ!」




「いいよ!あともうちょっと!」




葉町に支えられながら、俺は第二校舎の2階に到達した。




ここから連絡通路を使って第一校舎に向かい、1階に降りればもう外へ出られる。




気付けば滴る血の量も、鼻血が出た程度に収まっている。




「いけるな。」




「うん!」




そうしてまた、葉町の肩を借りながら歩き出す。




則男が死に、ゆう君が死に、秋人が死んだ。




そんな悲惨な現実を受け止めている余裕はない。




他にのこるのは花ちゃんと、メーちゃんと、秋人(?)だ。




「あ、そうだ。メーちゃんと花ちゃんにラインをしよう。」




「そうだね。」




スマホを取り出して、すぐにラインを起動する。




メーちゃんと花ちゃんにそれぞれ今の状況を伝えた。




「なんて送ったの?」




「則男とゆう君が死んだ。危険だ。俺と葉町は今第一校舎2階に向かっている。逃げろって。」




ピロリン♪




「あ、返信だね。」




「早いな。」




『そっちにいくから待ってて。メーもいる。』



そう端的に送られてきた。




「連絡通路を渡ったところで待っていようか。」




「そうだね。」




老婆がまたいつ襲って来るか分からないが、そこまでの心配はないだろう。だってあいつらはルールを破って死んだのだから。


俺らはルールを破らなければいいのだ。




ピロリン♪



あ、またラインだ。















『今向かってるよ!!!てっちゃん!!!』








「・・・。」






・・・




・・・




・・・




「あれ、てっちゃんどうしたの?」





「葉町。お前ーー












今スマホ持ってないんだよな・・・?」





「え?うん。そうだけど。」





ダッダッダ



ダッダッダ




誰かが走る音がする。



ここへ向かっている。



・・・




・・・




・・・




ダッダッダッダダダ




それは間違いなく



・・・




・・・




・・・



ダッダッダダ



俺の愛する人の・・・




「あ!てっちゃん!!!!!・・・・・・・・・・・・・・・?」




「葉町・・・・・・・・・・・・・・???」




目の前に葉町が現れた。


左を向くと、当然そこにも葉町がいる。




・・・



「は?」



直観的に思い浮かんだのは秋人の一件。


死んだ秋人ともう一人の秋人。


葉町も秋人と同様、増えたということか?




「あれは・・・偽物の私だよ。てっちゃん。」




横の葉町がそう言う。




「・・・?どういうこと!?てっちゃん!よくわからないけど私は葉町だよ!!!!」





目の前の葉町も自分は葉町だという。





分からない。




意味がわからない。




まただ。




俺に活力を与えてくれた葉町が、2人に増えた。




気が狂いそうだ。




「あのね、てっちゃん。葉町は一人しかいらないんだよ。


ー横の葉町が小声で俺に訴えかけるー


この呪われた学校からは葉町は一人しか出れないんだ。だからね、あいつを殺さなくちゃならないんだ。」



「あいつは・・・偽物なのか?」



「そうだよ。私は命を懸けててっちゃんを守ったじゃん!しかも葉町はスマホを家に忘れたんだ。それを持っているなんておかしいじゃん!」



「確かに。」




俺の命を守り、愛してると言ってくれた。



それは恋人からの真の言葉であったし、俺の守るべき葉町だった。








・・・もう、それ以上考えたくはない。







この状況の整理だけで頭はいっぱいだ。


どうして偽物なんかがいるのかなんてわからない。



・・・なぜ葉町が増えたのかは・・・考えたくない。



でも、スマホを持ってる葉町が偽物だというのは信じられるし、彼女の行動は俺を愛し、俺が愛す葉町だ。




「てっちゃん!どうゆうことなの!?ねぇわかんないよ!」




「・・・うるさい。偽物め!」




「なんで!?意味が分からないよ!ねぇてっちゃん!!」




やめてくれ。


葉町の顔で、声で、泣かないでくれ。




「なぁ葉町。あいつを殺せばこんなこと、終わるんだろ?」




「うん・・・そうだよ。」




「なら、早く・・・終わらせてくれよ。」




横の葉町がどこからともなく取り出した、あの血にまみれた包丁を構える。




「え・・・?」




俺は目を閉じる、頭を抱える、うずくまる、指を耳に突っ込む。



もう何も考えたくはない。



葉町がいるならそれでいい。



葉町はもともと一人だ。



だからこの記憶は後で削除すればいい。



たとえ本物がどちらでも、葉町は葉町だ。




・・・









・・・








・・・










「てっちゃん。行くよ。」



腕を引っ張られて、歩き始める。



赤に塗られた床は見ないように、葉町に頭をうずめる。




・・・




・・・




・・・




「・・・・・・・・・・・・・・てっ・・・・ちゃん・・・・。」




力ないその声に、俺の一歩が止まる。



振り向いてはいけないと、わかっていながら。



俺はそちらを向く。





















「ずぅっと・・・・・あ・・・い・・・し・・・・て・・・る。」

























なんで・・・。



こんな時にまで・・・。



お前はもう死ぬというのに・・・。



お前は偽物だというのに・・・・。



葉町はすぐ近くにいるというのに・・・。



どうしてその言葉は俺を・・・泣かせているんだろう。



愛してるなんて・・・。




・・・そうだ。




『ずぅっとあいしてる♡』




ゲーム開始前のあれは葉町からのラインだったっけ。




「あはは。」















「あははははっははははははははっはははははははははははははははははははははは!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「行こうか!葉町!」



足を軍隊のように大きく上げて、歩き出す。



ああ、素晴らしい。



だってもう階段まで走って、階段を一回下りれば帰れるんだから!



しかも葉町も一緒だ!!!!!!!




「・・・うん。でもメーちゃんと花ちゃんがまだだよ。」




「そっか!!!!じゃあ一分だけ待っちゃおうかな!!!!!」




リズムよく、足踏みを続ける。



俺はもう帰るんだ。



葉町と一緒にね!



ダッダッダッダダダ




「みんなお待たせ・・・。」




「・・・。」




2人が涙目なのも無理はないだろう。だって人が死んだんだもの!




「てっちゃんはちょっと狂っちゃったけど、気にしないでね。」




「うん・・・。」




「・・・。」




「あれ!?もう準備はいいのかな!?それじゃあ出発!!!!!」




2人がそろったのを確認し、猛然と走り出す。



さっきまでの傷なんて気にしない。



もう俺は帰るんだ。帰って寝る!!!



そしたらまた俺の日常が戻ってくるはずだから!!!!




廊下に風を感じながら、走る。




後ろのみんなが着いてきているかなんて気にしない。




まるで翼が生えたように廊下を駆ける。




「やっは~あ!階段へ一番のり!!!」




階段の前で急ブレーキし、方向を変え、1階へ駆け下りる




「ちょっとてっちゃん待って!!」




「!!」




「早いって!!!!」





3人の声は遠くから聞こえる。




・・・見えた!昇降口だ!



あそこを抜ければ帰れる!



もう嫌な思いをしなくて済む!



階段を下り切ってまた加速する。



あと5M




・・・4M




・・・3M




・・・2M




と、その時だった。






ドンッ







校庭への扉までほんの少しのところで何者かに突き飛ばされた感覚。






「ぇ?」





「悪いな。俺。」





鏡でしか見たことがない者がそこにはいた。





「・・・・?」





俺・・・・。




「今日からは俺が伊丹 哲也だ。」




掃除用具入れに頭をぶつけたせいか、俺の思考が回りだす。




ああ。



そうか。



そうだ。



葉町が増えた時にわかっていたじゃないか。



だって俺と葉町はトイレに入ってルールを犯したんだ。



ルールを犯したら、そちら側に不利になるような措置がなされるんだ。



鬼の則男がルール違反をしたから鬼が一人減らされて、逃げる側のゆう君がルール違反をしたから逃げる側が一人減らされた。



ーーつまり殺された。



逃げる側だった俺がルール違反をしたから鬼側が一人増え、鬼だった葉町がルール違反をしたから逃げる側が一人増えた。



ーーつまり、俺と葉町が一人ずつ増えた。



それだけじゃないか。




だからここに俺がもう一人いても不自然ではないじゃないか。




笑っちゃう話だ。




「おい!みんな!急いで!」



「うん!」



「今行く!」



「はい!」



偽の葉町はこう言っていた。



『この呪われた学校からは葉町は一人しか出れないんだ。だからね、あいつを殺さなくちゃならないんだ。』



だから多分。こいつが外に出れば俺は死ぬ。



この世に伊丹 哲也は二人もいらないのだから。



「よし!出よう!」



今日から俺なあいつはみんなに合図を送る。



こんな結末なんてな。



笑っちゃうよ。



でも、あれはそのまんまの俺だし、葉町もそのまんまの葉町だ。



ただ人殺しになっただけの。



だから今日からはあいつらが俺たちとして生活するんだ。



もう・・・・それでいいや。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





・・・



・・・



・・・





ドサァァァァァァァア



ドン



バタッ



ズドオオオォォォォ




校庭の方から奇妙な音が聞こえた。



・・・



・・・



・・・




全速力で走った勢いのまま校庭に倒れ込んだ4人が血を流して無残な姿で砂の上に伸びている。


まるで魔法がかかったかのように動かなくなった彼らは、もうすでに死んでいるのだろう。




「・・・ルール確認が甘いよね。みんな。



ーいつの間にかそこにいた秋人が俺に話しかけるー


その1、行動範囲はこの学校の敷地内に限定する。ただし、校庭とトイレに入ってはいけない。

その2,午前3:00を過ぎても終わらなかった場合、逃げる側の勝利とする。逆にその時間までに全員が鬼になれば鬼の勝利。

その3、スマホを持参して、ライングループの通知を受け取れるようにする。そして、鬼は十五分に一度、一分間だけこのグループに着信を入れることができる。

その4、鬼に捕まったら、このグループでその旨を報告する。

その5、校内の電気をつけてはならない。」



「そっか。校庭に出たらダメなんだもんね。」



はぁ~。



バタリ、と横に倒れる。



みんな死んじゃった。



偽物も、本物も、みんな。



笑うしかないよね、こんなの。




「なあ、もういいだろ?そろそろ説明しろよ。」




「・・・そうだね。ちょっと長くなるよ?」




「いいよ別に。どうせ俺このまま動けないし。」




「そうか。


ーそうしてゆっくりと秋人は話し出したー


これはつい先日の話。俺は何か面白いものはないかと思って、この周辺に散歩に来ていたんだ。


するとそこにすたった学校ーーそう第一中学校を見つけた。


面白そうだと思った俺は、何の疑いもなくこの学校に入り、いろいろと見回ったんだ。


そしたらさ、お前も気付いたとは思うが、ここは廃校のくせにやけにキレイで設備も割と整っているだろ?遊ぶにはもってこいだと思ったさ。


そんなこんなでいろいろ見回ったんだが、その流れでトイレに入ってみようと思って入ったんだわな。


そしたらいきなりトイレから別の場所に移されて、しかも目の前に老婆が立ってたんだ。


びっくりして動けないでいたら、老婆が話しかけてきてさ、『この学校にはお前さんが君ともう一人おってのぉ。そのうちのどちらかは必ず死ぬ運命にあるのじゃ』なんて言うんだぜ?


多分トイレに普通に入れた方の俺と、ワープした俺で2人ってことだと思う。


信じられないとは思ったけど、実際には起こり得ないワープなんて現象を目の当たりにしたってこともあって多分本当なんだろうって思ってさ、考えたら怖くなったんだ。


だって、俺かもう一人の俺が必ず死ぬんだから。


もしお前がこんな状況になったらどう考えるかい?


そりゃあ決まってるよね。


『死にたくない』


例えもう一人の自分を殺すことになったとしても、自分が生き残りたいと、そう考えるはずだ。



葉町や、哲也がそうだったようにな。



俺も同じさ。老婆から包丁を借りてもう一人の自分を殺した。


でも、俺を逃がしてくれるのに一つ条件を付けられたんだ。


『友達を連れて来い』と。


その意味は俺にはわからなかったけど、人がワープしたりするんだから何をされるか分からないと思ってね、


俺は自分が助かる最善の道を選んだ。


つまり、お前たちを連れてきたんだ。


どうだ?最低だろ?


保身のために友達を売ったんだから。


その結果多くを失っちまったよ。


でも・・・でもこれで俺は助かるはずなんだ!」



涙を見せる秋人。



確かに、確かに俺が秋人と同じ状況ーーいつでも殺せるんだぞと脅された状況なら、同じことをしたのかもしれないし、もし俺がもう一人の俺として生まれる側だったら、別の俺を殺していたのかもしれない。



・・・いや、実際そうだったのだ。



「人は醜いな。」



「ああ。」



死を前にしたとき、俺たちはあまりにももろい。



でも、仕方がないのだ。



だってそれが生物としての本能なのだから。



人だって他の動物たちと同じように、『生きて子孫を残す』ということが生物としての生きる意味なのだから。



だから他を蹴落としてでも自分が生き残りたいという欲求はむしろ自然であり、自己中心的であることは、生物として正しいのだ。



人間社会の中での話を除けば・・・な。



「それで、秋人はこれからどうするんだ?」



「・・・帰るさ、家に。それで生きるんだよ。」



「そうか。」



でも、秋人。



その願いは残念ながら叶いそうにない。



「ごめん・・・みんな。」



泣いたって、いくら反省したって、仕方がないじゃないか秋人。



だってさ、ほら、























「後ろ。」



















「えっ?」

























グサッ















バタン






















秋人がこちらへ倒れこむ。























「それで、君は何人の友達を連れてきてくれるのかね?」

























「連れてきませんよ。

























だって・・・

























全員殺されたんだもの。」













  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

廃校の増え鬼 燻製マーガリン @batakoge

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ