二十八口目 握手⁉

「……あんた、一体何往復するつもりよ」

「いや、これは……」


 動揺する俺達の視線の先には、一台の小さなハンドカートがあった。特に真夏のキャンプ場などでよく見かける、保冷ケースを乗せて運ぶような折り畳み式のアレである。


 確かに俺が望んだ通り、金属製のパイプと二輪の空気入りタイヤで構成されている運搬具ではあるものの、想定していた物よりも非常にコンパクトな設計の代物であった。


「とにかくもう一度やってみなさい」

「お、おう!」


 ハンドカートの具現化を解き、再度頭の中で大きくて頑丈な運搬具を想像してみる。

 すると即座に物体が再構築されて、


「こ、これは……!」


 現れたのは、天秤棒と二つの平籠だった。棒の両端に籠を取り付ける、昔の行商人が肩にかついで野菜などを運んだアレである。


「逆に時代を遡ってんじゃねえか!」

「ねえ……あんた、本気でこれを使って運ぶつもりなの? あたしを馬鹿にしてるの?」

「んなわけねえだろ! わざわざ自分を追い込むような真似はしねえよ!」


 反論し、すぐさま具現化を解く。


 それから一呼吸置いてもう一度竜具の力を発動すると、今度は背板が出現した。板に荷を結び付けてリュックサックのように背負う、二宮金次郎がまきを運ぶ為に使用したアレである。


「ちょっと、やっぱり馬鹿にしてるでしょ!」

「だから違えって!」

「それならもっとマシな道具を出しなさいよっ!」

「わ、分かったからすぐに踏み付けようとすんな!」


 背板が彼女の叱咤怒号に掻き消されるように姿を消した。

 その後、俺は幾度となく運搬用具の具現化と再構築を繰り返すが、現れるのは木と縄で構成された粗末な道具ばかりであった。


「……あんた、民族史との癒着ゆちゃくでもあるわけ?」

「民族史との癒着って何だよっ⁉︎ 確かに、そういったたぐいの資料集でしか見たことの無い道具ばかりだけども!」

「ふざけるのもいい加減にしないと殴るわよ!」

「殴るのにどうして脚を振り上げる⁉︎ それに俺だって大真面目にやってんだから、とりあえず暴力はやめろ!」


 つかの間、睨み合いが続いたが、先に目を逸らしたのはルミナの方であった。何かを考えるように瞳を閉じ、一呼吸、二呼吸して、ゆっくりと目を開ける。


「……はぁ。センスが無いのか能力が低いのか、どちらにせよ上手く力を発揮できていないように見えるわね」


 ルミナはあごに手を添えて「所詮は鶏だものね」と呟いた。

 その言葉が頭のどこかで引っ掛かった俺は、


「まあ確かに鶏だけどな、決して弱いなんてことは無いんだぞ。こう見えて戦闘もこなせるし、一時はドラゴンを圧倒したこともあるくらいだ」


 と、ファイティングポーズをとってみせる。


「……」


 ルミナはそんな俺をじっと見つめると、


「……はぁ。分かったわ、あたしが悪かったわよ」

「は?」

「下等生物にそんな恥ずかしい妄想を口にさせてしまうなんて、あたしも言い過ぎたかもしれないわね……」

「おい待て、俺は本当にドラゴンを」

「うん、あんたはとっても強い鶏よ。だから一緒にブロックを運びましょうね」


 同情のような、哀れみのような色を含んだ目で見つめて言った。

 悔しい気持ちもあるが……まあ信じてもらう方が難しいだろう。俺自身、あの時の力が何だったのかを知らないのだから。


「ま、この際一度に複数のブロックを運べる道具だったら何でも良いわ。たくさん積んでも加護の恩恵で然程さほど重くはないだろうし」

「積載量重視ってことだな」

「そ。落ち着いて集中すればきっと上手く反映されるはずよ」

「……分かった、やってみる」


 俺は小さく頷くと、素材や使い勝手は考えずに、とにかくブロックを多く積めそうな道具を漠然と頭の中に描いた。

 すると、


「これ……か」

「……まあ、今までで一番それっぽいけど」


 俺達は一様に微妙な表情を浮かべた。


 そうさせたのは一台の、いな、一枚の大きな木の板であった。運搬具と呼ぶにはあまりに粗末な見窄みすぼらしいソレは、申し訳程度に麻縄が取り付けられており、原始的なそりに見えないこともない。


「これってさ、つまりはそういうこと……だよな?」

「でしょうね。この板にブロックを積んで、トナカイのように引いて運ぶしかないわ」

「……ですよね」


 自分で具現化した橇もどきを見て、僅かに眉が寄る。馬車馬とトナカイで、狙わずして〈馬鹿〉の実績を解除してしまう俺であった。


 名誉挽回、汚名返上のチャンスだと思ったけれど、今となっては何を言ってもむなしいだけなので、この場はありのままの現実を受け入れることにした。


「さあ、どんどんブロックを積んじゃいましょう。まだ作業は始まってすらいないんだからね」

「お、おう。一緒に頑張ろうな」


 俺が自分の左胸をトンと叩くと、ルミナは黙って頷いた。が、ほんの少しだけ彼女の口元がほころんだように見えたのは気の所為だろうか。


「まずはその辺にあるブロックを集めてそりに乗せましょう」

「了解だ」


 俺達は手分けして、あちこちに散らばった大量のブロックを集め始める。


 すると、作業を続けているうちに、棒状のブロックだったら水色、四角形のブロックだったら黄色、といった具合に形ごとに配色が決まっていることに気が付いた。


 この世界に来た時と同じ、不思議な既視感デジャブに襲われる。


「あのさ、この世界も何かのゲームの舞台で、どこか別の世界でプレイされてるんだよな?」


 両手で拾い上げたブロックを見ながら訊ねると、


「そうよ。それがどうかしたの?」


 ルミナは山積みのブロックを運んでいた足を止めて、こちらを振り向いた。


「あっ、いや、その。あの時……君と出会った時にさ、俺は前世で別の世界に住んでいたって話をしただろ?」

「ええ。確か地球ってところなんでしょう?」

「ああ。そこには〈零化士〉っていう職業は存在していなくてさ、寧ろ俺なんかはゲームをプレイする側の人間だったんだ。もしかすると、この〈リキューヴ〉を舞台としたゲームをやったことがあるかもしれないって思ってさ」


 ブロックの形状や色からして、所謂いわゆる〈落ち物パズルゲーム〉に酷似している。画面上部からブロックが落下するように動き、特定の条件を満たすことで当該部分のブロックが消滅するアクションパズルである。有名どころを挙げるならば、例えばテ〇リスなんかがその部類である。


「で、それがどうかしたの?」

「異世界に転生したのに、前世でプレイしていたゲームに別の形で関わっているかもしれないって思うと……何だかな」

「何、後悔してるわけ?」

「そうじゃないけど……」

「なら、今は自分の役割を全うしなさい。あんたが本心で何を望んでいるのか知らないし興味も無いけど、一つ言えるのは、過去の自分の選択上にしか現在いまはないってこと」

「……」

「それに、いつの間にか昔の事なんか忘れちゃうものよ。だからあたしも――いえ、何でもないわ……さあ、作業を続けましょう」


 そう言ってルミナは作業を再開したので、俺もそれにならってブロックを運ぶことにした。


 正直、過去の生活に微塵も未練がないわけじゃあない。とはいえ、例の鶏や学院長、そしてルミナとの出逢いによって、この世界に興味を持ち始めていることもまた事実であった。


 それに……。

 黙々と作業を続けるルミナの脳裏に浮かんだ物の正体は分からないが、その台詞は彼女自身にも言い聞かせているように思えた。


「……うん、そうだよな! 俺は、君……ルミナと出逢えた事が嬉しいし、一緒に居たいと思ってる。だから、これからも宜しく頼むよ」


 いくつもの感情が入り混じった息苦しさから意識を逸らそうと、俺はルミナに握手を求めた。


「なな、何言ってんのよ、馬鹿っ!」

「あべしっ⁉」


 頬を紅く染めたルミナに例の如く頬を踏み付けられる俺氏。


「ふ、ふんっ! あたしは成り行きで、仕方無くあんたと一緒に居るだけよ!」

「そっ……それへも良いよ。俺達が出逢っら事には何か意味があると思うんら」


 鶏が少女に踏まれる構図でさえなければ格好良い場面シーンだったに違いない。


「そ、そんなに一緒に居たいなら……ちゃ、ちゃんと今後もあたしの言う事聞きなさいよね!」

「……努力はするさ」


 ルミナの脚が俺から離れ、俺は座るようにして彼女に向き直った。

 それから「ほら」と言って右の翼を差し出すと、


「……ふんっ」


 そっぽを向く素直じゃない少女の手が、ぎこちなく、それでも確かに俺の翼と交わった。

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とりから⁉︎~異世界(ゲーム)の初期化は鶏からスタート⁉︎ 下僕と零化士のRe:Quest〜 无乁迷夢 @Meimu_Mui

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