二十七口目 ブロックの世界⁉

「……なんじゃこりゃあぁぁぁぁああ!」


 まるで某天空の城のラストシーン。浮遊する巨大な建造物が崩壊したかのように降ってくるブロック群が、俺とルミナを襲う。


「上手く避けるのよー」

「ざけんなあぁぁぁああ!」


 何故こうなることを事前に教えてくれないのかと思ったが、徒然つれづれと文句を並べている余裕もなく、俺はブロックをかわすことに尽力する。けられたブロックが次々と地面に衝突し、甲高い音を奏でる。


「ったく、こんなの当たったら洒落にならんぞ……」


 右にいるルミナにちらりと目を走らせると、


「あと二十個くらいかしら……っと」


 ルミナは舞のような華麗なステップで、降り注ぐブロックの雨を難なく躱していた。ルックスだけでなく、運動神経も相当なもののようである。この世は決して公平ではないのだと、つくづくと考えさせられた。


 晴れのちブロックのち晴れ。

 ほどなくして一時的なブロックの雨が止むと、全てのブロックを回避したルミナが身だしなみを整えながら近付いてきた。


「あら、生きてたんだ?」

「『生きてたんだ?』じゃねえよ! こちとらもう少しで死ぬところだったんだぞ!」

「死んでないんだから良いじゃない」

「いやいやいやいや、そういう問題じゃ――」


 言いかけた時、俺の白い身体は茶色のローファーに蹴倒された。


「ああもうっ、男のくせにぎゃーぎゃーわめくんじゃないわよ! あたしが忠告してあげたおかげであんたは怪我を負わずに済んだ、そうでしょう?」


 足裏でぐりぐりしながら俺を見下ろす彼女の態度は、寧ろ清々しさすら感じさせた。


「……あ、あいあろうおらいまふ(有難うございます)」

「ふんっ。最初から素直にそうしていれば良いのよ」


 ルミナは腰に手を当て、いかにも偉そうに言った。

 こうしてすぐに折れてしまう辺り、どうやら俺はこの数時間で「負け犬根性」ならぬ「負け鶏根性」が染みついてしまったようだ。


「ま、いいわ。歩きながら説明したげる」


 俺の事など歯牙にも掛けぬ様子で、ルミナはくるりと背中を向けてすたすたと歩き出した。……今度は説明があるだけ幾分かマシであろう。


 胸の中に渦巻くもやもやした感情を呑み込んで、俺は彼女の背中を追いかけようとした。が、まさにその時、ルミナはふと足を止めて振り返った。


「ちょっと、手ぶらでどうすんのよ」

「ん? どうするって……何が?」

「アレよ、アレ。あんたが運びなさいよ」


 ルミナの指差した先に視線をやると、そこにあったのは、ちょっと前に落下してきたカラフルなブロックだった。棒型、L字型、凸型など様々な形状をしているが、 どれも、平均的な成人男性の両手を広げた時の大きさに近い。


「……すまん、もう少し詳しく頼む」

「詳しく?」

「いや、俺からはブロックしか見えないからさ。これじゃあまるでブロックを運ぶみたいになっちゃうだろ?」


 俺は冗談めかして笑ってみせたが、ルミナはいやに真剣な眼でこちらを睨む。


「さっきから何を言ってるの?」

「何って……」

「あんたの仕事は黙ってそのブロックを運ぶこと。一つ残らずね、分かった?」

「……」


 一瞬、思考が止まる。

 ルミナの顔を確認してみるが、少なくとも冗談や戯言を言っているようには見えなかった。


「ええーっと、俺の聞き間違いかな? あの大きなブロックを運ぶとか何とか……」

「鳥頭なんて言葉があるけれど、あんたは少し前まで人間だったんでしょ? それなのに、あたしが言ったことはもう全部忘れちゃったのかしら。それとも、その都度一から十まで全て説明してあげないと分からないの? 鶏なのに馬鹿なの?」


 責め立てるような、それでいて呆れたようなその強い口調に、俺は下を向いて押し黙ることしかできなかった。


「……はぁ。あんたがあたしから奪ったんでしょ、その力を」

「俺が奪った力――」


 瞼を閉じ、彼女と交わした会話を反芻はんすうする。

 数秒後。俺の思考の片隅には、ひとつの答えが浮かびつつあった。


「……竜具りんぐ、か。俺が手にした〈メリュジオン〉の力を使えば、この大きなブロックも運べるってことか?」

「そ。あんたが竜具と一緒に手に入れた〈聖零術〉には身体能力向上の効果もあるわ。道具の具現化同様に、使い手の技量や性質によって振り幅が異なるけどね」


 ルミナはそう言うと、近くにあった赤色の正方形のブロックを両手で持ち上げた。


「す、凄い力持ちだな……!」

「ばーか、そんなわけないでしょ。あたしも少しだけど恩恵を受けられたみたいね」


 と、ブロックを俺の方へ投げてよこす。


「おわっ⁉ あ、危ねえ……って、本当に軽いな。まるでスポンジみたいだ」

「でしょ。だから、空から落下してくるブロックだって簡単に避けられるし、あんたみたいなちんちくりんでも、自分より大きな物を軽々持てるってわけ」


 しかも、竜具の効果で運搬具を具現化すれば、大量のブロックを運ぶのは苦でも何でもない。


「でもさ、竜具の力を使えるのは俺だけなのに、どうしてルミナまで加護の恩恵を受けているんだ?」

「さあね。指輪を受け取っていないだけで、あたしが加護を得るための儀式は完了しているってことじゃないかしら。これは仮説だけど、あたしは儀式で身体能力向上の恩恵と、竜具としてあんたを手に入れた。そして、あんたは竜具そのものだから力を引き出せるんじゃないかしら。言ったでしょ、竜具にも聖霊竜皇様の加護が宿ってるって」

「……俺自身が竜具そのもの、か」


 どうしてこうなったのか大きな謎は残ったままであるが、少なくとも俺が彼女の力の一部であることは間違いない。であれば、俺が彼女の指示に素直に従うことこそ、この世界の摂理というものなのかもしれない。


「ま、ここ〈リキューヴ〉における零化士の仕事は、基本的にはブロックの運搬と破損箇所の修復だけだから、経験がない鶏でも余裕でしょう?」

「チュートリアルとしては最適かもな」

「そうよ。簡単な依頼を選んであげたんだから、あたしに感謝しなさいよね」


 ルミナはわずかに胸をらし、誇るように言った。


「……こういうところがなければなあ」

「何か言った?」

「い、いや、何もっ!」

「そう。なら時間が勿体ないし、早速やってみなさい」

「え?」

「運搬具の具現化に決まってるでしょ。あたしに言われる前に理解しなさいよね」

「お、おう」


 その言葉に急かされるように、金属製のパイプと二輪の空気入りタイヤで構成された大きな荷車を頭の中でイメージした。するとすぐに、俺達の目の前に運搬器具が現れて――


「「……」」


 俺とルミナは同時に言葉を失い、口をぽかんと開けた。

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