第二頁 旅路は自ら拓くもの

 車窓を覗けば、緑萌える草原が広がっていた。奥に見えるエーデルワイスが緑の中にぽつぽつと咲いている。

「風が気持ちいいねーっ、空気もおいしいし」

 4両ある汽車の最後尾。窓の席に座っているメルトとファイは窓から吹き抜ける風を浴びながら景色を眺める。その隣にはエシラとネアが座っていた。通路を挟み、反対側の四席にはシード、リオラ、オウガ、ゼクロスが座っていた。エンディアとシェルフィーは列車の最後尾の外にいる。

 いつもなら彼らの衣食住の場である「旅船」で移動していただろう。しかしこのような空気の澄んだのどかな世界はそう多くはない。久しぶりに船から離れた移動手段をとった方が気分も良い。


「まさか列車があったとはな。よく知ってたな」

 シードは目の前の席に座っているリオラを見る。彼は腕を組んだまま、

「散歩してた時にな」

「車窓の旅も悪くはないのぅ。あとは駅弁と酒がありゃあ満足じゃき」

「おまえは酒あればどこでもいいだろ」

 景色を眺めるオウガに対し、無機質なシードの声。というのも、赤と金のデザインがされたノートパソコンで何かを調べながら彼は話していた。

「なーに調べてるのっ?」

 ネアがひょいと顔をのぞかせる。

「セイシアのこと」

「ネットないのに?」とメルト。

「偵察機でどういう場所か調べてんだよ」


「お、なんか街っぽいのあるじゃん」とネアはグイグイ詰める。彼女の豊満な胸がシードの腕に当たるも、冷静を装った彼は説明口調で返す。

「ここまではよかったんだけど、いまさっき接続が遮断されたんだよ。街に近づいた途端にブツッてな。これはその瞬間にスクショした画像」

「えー!? まさか電波も逃がさない感じ?」

「君の偵察機ももう少し役に立つと思ったが」

「……だったら自分の分身使って偵察行ってこいってーの」

 シードの顔はピクピクしてたが、ゼクロスはどこ吹く風と相手にしない。

「どうやら、村人らの話よりもスケールが大きくなっているみたいだね。直接見て確かめるほかなさそうだ」

 興味深そうにゼクロスはうなずく。


「や、やっぱり行くのですね」

 ファイは気が乗っていない様子。冒険心あるシードも呪いの類となると乗り気でないようだ。

「わかってると思うけど自殺行為だぜこれ。人助け探検隊じゃねーんだぞ俺たち。それに今回はイノが行きたいと言ってるわけじゃないんだしよ」

「行きたくないとも言っていない。それに、この事件はただの魔女の仕業だとは思いにくくてね、どうもひっかかるんだ。とはいえ、その根拠となるものは揃ってない」

「つまり直感?」とメルト。

「そうだね。ただ直感も案外、侮れないものだよ。そう思わないかい」

「おまえの言うことは相変わらず回りくどいんだよ」

「直感を信じるたぁゼクロス殿らしくないのぅ」

「生憎、僕もあの旅人に染まったみたいだね」

 素っ気なく返すリオラと意外そうな顔で言うオウガに、ゼクロスは微笑する。企むようなそれは、とらえどころのない不可解ミステリアスなものを思わせる。

 列車のドアが開く音が数人の意識を逸らした。


「あ、みなさま来ましたよ」と嬉し気にファイは振り返る。線路の音と足音を重ねて、迷子にならないようにイノの手を繋いだエンディアが車両内に入ってきた。シェルフィーはというと、ふたりの後ろで浮遊しながらついてきている。噂をすればだ。

「いつのまにか隣にいた」

「ホント心臓に悪いよねこいつ」

「まぁまぁ」と反省していないイノはふたりをなだめる。神出鬼没を地で行く白髪の旅人は性格もふわふわしている。いつものことなので、どこで何をしていたのか、誰も訊くことはなかった。強いて言えばメルトくらいだが。

「それよりも、そろそろ次の駅着くみたいですよ。どこで降りますか?」



 汽笛の音色は空へと響き、遠のいていく。

 蔦の生えた古い駅には人気がなく、列車から降りたのはイノ達十一人のみだった。見渡す限り緑が広がり、風がみんなを包む。高山の為か雲が地面に触れている。空を見上げれば青い空が広がっていた。

「この駅ってセイシアへの乗り換えの駅だよね。ほら、あそこに列車が」

 メルトが指差した方向には寂びれた古い列車があった。苔で覆われており、使われていない線路の周りには雑草が生えている。立ててあった白看板にはセイシアと思わしき文字がペンキ塗料で塗られているのがわかる。

「閉鎖されたんじゃろうな」

「つったって一年ちょっとだろ? ここまで廃墟みたいになるか?」

 頭をひねるシードだが、

「い~い雰囲気だね。こーゆーとこ落ち着くなぁ」

 ネアが感心するように古びた列車を見る。

「廃墟マニアにはたまらないだろうね」

「ってテメェが廃墟マニアかよ」

 どこから出したのか、一眼レフカメラで撮影するゼクロスを見たリオラがおもわずツッコむ。「ついでに鉄道もね」とゼクロス。

「あ、あの、こんな錆びれた列車も、シード様なら直せるのですか?」

「トーゼン! 俺様の手にかかれば朝飯前だ」

「え、エンジニアってすごいですね……!」

「だろぉ? もっと褒めてもいいんだぜ」

「ファイ、あんまり持ち上げちゃこいつ調子乗るから」

 シードとファイ、シェルフィーが駅のホームでそう会話している傍ら、列車とは真逆の景色をエシラは見眺める。桃色の髪を揺らし、横にいた白髪頭に声をかける。

「特に道らしい道はないわね。どうするイノ、ここから旅船に頼った方がいいと思うけど」

 "旅船"は世界と世界を渡るための移動手段であり、旅団イクシードの家に等しい。それに乗ればすぐだろうが、わざわざ大掛かりな船に乗る必要もないだろう。

 彼女の相談にイノは「んー」と考えているような声を出した後、

「歩いていきましょう」

 その一言は、幸か不幸か、10人の耳に届いた。

「……本気で?」と言いたげな、唖然とした顔がイノの八方から向けられていた。


       ※


 三時間後。

「やっぱり旅は徒歩ですよ」

「景色全く変わってねぇ……」

「つ、疲れた……」

 楽しげなイノに対し、シードとメルトはぐったりとしている。子ども体型のファイに至っては疲れ切ったあまり体の大きなリオラにおんぶしてもらっている。使われていない線路に沿って歩くも、道らしい道はない。ただ草原を歩き続けるしかなかった。

「せめて車での移動とかあったでしょ。なんで歩きなの」

「旅人だからです!」

「理由になってないって。てかなんでドヤ顔してんの」

「旅人だからです」

「いや聞いてないし関係ないし徒歩で旅人らしさとかないからマジで。あんたたちもよく反対しないわよね」

 宙に浮いていて疲れはないも退屈そうなシェルフィー。訴えるように全員に顔を向けるも、「イノだしな」の一言で返される。ますます肩を落とした。

「ま、それだけじゃなかろうて。空見てみ」

 オウガに言われた通り見上げると、いつからいたのか、無数の節足を生やす何頭もの蛇龍が泳ぐように飛んでいるのを目にする。しかしその甲皮は透過しており、空に溶け込んでいなくもない。うわ、と声を漏らした。


「"空守の主"じゃ。早く動くものや大きい音に反応する龍蟲じゃき、シード殿のカラクリなんて乗ろうもんなら面倒なことになるわい」

「ウチもいわれるまで気づかなかったよ。というかこの世界にもいることにびっくりしたけど」とネアは笑う。「イノは最初から視えていたみたいだけど」

「いるはずのない生物がここにいるのも不思議な話ね」

「まさか呪いの仕業だったり」

 考えるエシラの傍ら、ネアは冗談を言う。どうだかな、とリオラが呟いたとき、冷たい粉が顔に当たった。


「あ、雪だ」とメルト。シードにいたっては嫌そうな顔をするだけだった。寒いのが苦手なのだろう。風もなんだか冷えてきた気がする。

「こんな気候で?」とシェルフィーは呟く。気候を読める彼女でも、この不安定な空になっている理由はわからずにいる。

「雪が降るなんて珍しいですね、なんだか雪でも降ってきそうです」

「もう降ってるんだよ」

 イノの嬉しそうな一言にシードがつっこむ。不思議そうに見上げるファイやメルトを一瞥し、ゼクロスは彼女らの疑問に答えるように話した。

「天気雪だね。上空で一時的な寒波が発生しているんだろう」

「けどなんで寒波が……」とシェルフィーは呟く。

 

「なぁ、あれじゃねぇか? セイシアの入口」

 シードの指した方向には底の見えない真っ暗な渓谷と、それに架かる石畳みの大橋があった。渓谷の先はまるで世界が変わったように、険しい山岳が広がっており、生える木々の葉も赤く燃えている。

「ここを通ったら、もう帰れないのね」

 エシラが揺れる髪を抑えながらそう呟く。フンと鼻を鳴らしたリオラは笑みを浮かべていた。

「おもしれぇじゃねぇか、呪いを魔女ごとぶっとばせばいいんだろ」

「ぶっとばせるものだっけ」とエンディアは無表情のまま水を差すが。


「向こうの土地の奥に街がありますね。んじゃ、さっさと行きましょう♪」

 我一番と皆を追い抜き、一切のためらいなく橋へと足を踏み入れた。

「ホント楽しそうよねあいつ」

「イノだったら呪いなんて吹き飛ばしちゃいそうだね」

 呆れるシェルフィーと笑うメルト。あとをついていくように一同も歩を進める中、エシラは踵を返し空を見上げる。いつからか、凪いだことに違和感を示すも、呪いの街へと足を運んだ。

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Burle Sarla -深海の詩-(神王伝史 -GOD CHRONICLE- 外伝) 多部栄次(エージ) @Eiji_T

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