第3話 選択

 



 水を並々なみなみんだ手桶から右手を離し、大理石の道へとこぼれない様に丁寧にそっと置く。顔も覚えていない両親が眠っているであろう墓石に向かい一礼を行い、両手を合わせて合唱を行う。


 目を閉じると写真などの記録媒体でしか見たことのない笑顔の両親の顔が瞼に浮かぶ。左に立っている男性が嬉しそうに赤子を抱いており、右で女性が微笑み男性の方へと寄り添っている。

 男の方は眼鏡をかけており背丈は恐らく成人男性よりも大きい175ちょい上であろう、女性の方は黒髪のロングの着物でthe大和撫子と形容できるような雰囲気を漂わせている。この写真を見たとき両者ともの第一印象は顔立ちが整っている事だった。


 この記憶に残っている両親の写真は、全て昔叔父さんから譲り受けたものだ。そして一貰った写真の中で一番記憶に残っている写真は今この瞼に浮かんだ写真である。恐らくこの写真は交通事故にあう前に撮影されたものなのだろう。まさかこんな幸せが崩れ落ちるとは..神様っていうのは残酷だ。


 「史郎く~ん~大丈夫?」


 様子ねえの声で思考の世界から現実へと引き戻される。彼女の方を振り向くとおどおどした様子で肩に手を置き、こちらの様子をうかがっていた。


「目を閉じたまま静止して動かなくなっちゃってたから心配したよー。もしかしたら立ったまま寝ちゃったのかなーて。」


 動いたことに安心したのかすぐに笑顔で冗談を飛ばした。


「大丈夫です。ちょっと考え事を」


「そう。じゃあお墓の掃除始めましょうか。」


 そう言って持ってきた掃除用具セットから濡れ布巾と箒を手渡された。様子ねえは四ツ石などの墓本体の掃除を、俺は周りの墓石を囲んでいる塀や門柱などを掃除することにした。



               ・・・・・



「よし終わった~~。」


 墓石を見事に磨き上げた彼女は大きく伸びを行い肩を回している。取り敢えず一仕事を終えた俺たちは綺麗になったばかりの墓を見つめた。新品同様になった墓石は光沢こうたくを放っておりピカピカという擬音が今にも飛び出してきそうだった。


「じゃあ線香あげようか。」


「はい」


 様子ねえの一声で俺らは行動を開始した。


 まずここに来る途中にコンビニで買ってきた線香と六甲のおいしい水500㎖をビニール袋から取り出し、水鉢の水を横の草むらへと流す。そしてペットボトルの水を水鉢へと零れない様に注ぎ、生前両親が好きだったという藍の花を花立に入れ替える。

 その間、様子ねえはビニール袋から叔父さんに聞いた好きだったというどら焼きを供え蠟燭ろうそくに火を灯す。準備が終わった俺は束のままのお線香に火をつけそのまま立てる。

 墓石から一歩下がり膝を地面につけ黙祷もくとうを行う為に再び目を閉じる。 そして心の中で報告を行う。


(母さん、父さん、俺毎日頑張っているよ。高校も毎日通って、運動もそれなりにやってます。) 


(......だけど生きる意味が見当たりません。僕はどうすればいいんでしょうか。本当の自分が、なりたい自分ややりたい事が解りません。姉さんには心配をかけれません。もう限界です。生きることに疲れました。)


 俺は自分というものを見失っている。こう思い始めたのは丁度中2の頃である。いろいろな影響を受けるとされる中学2年生。俺は目的という物を作ることに迷走していた。もしかしたらただ生きるという事にこの年で疲弊していたのかもしれない。

 

 俺は今日までずっと目的を探し求めていた。難関大学に合格するために勉強をする人。全国大会へと行くために練習を頑張る人。生きるために頑張る人。ほかの人は持っているが自分だけは持っていない、その状態が自分を孤独感へと苛まさせていき心に大きな空洞を作り出す。

 

 様子ねえや西城さんにはお世話にはなったが割り切ってしまえば他人のような関係。ちょっとした違和感に耐えられなかったのと余計な負担や迷惑はかけたくないその一心で、中3の春に俺は1人立ちを決意して叔父さんに事情を話し住まいを貸してもらった。


 叔父さんは、言ってしまえば俺も遠い親戚で血があまりつながってないから他人だぞ。と言っていたが俺の熱意に負けたのか海外出張で今使っていない家の鍵を貸してくれた。そして俺はねえさんたち話をした後、逃げるように西城家から出ていった。


 自分の今の感情を吐き出した俺は立ち上がりかたずけをしようとするが、ねえが「ちょっと待って」といい祈り始めた。数秒の沈黙が流れるとねえはおもむろに立ち上がる。


「ok。ありがとうね。」


 そういってねえと俺は一礼を行い、新しい水をひしゃくでたっぷりと掛け合唱礼拝をはじめる。

 ひと段落を終えた俺らは片付けの準備を始めた。お供えした食べ物や線香を片付けている最中俺は


「様子ねえは...何を報告したの?」


 とふと気になったことを口に出す。ねえの家と両親は古くからの付き合いがあるらしく、ねえが小さかった頃は両親によく遊んでもらってたらしい。その為ねえも伝えたいことがあるのではと、いつも聞いたりしないのだが聞いてみた。


 ねえは突然の質問に少し驚いた様子だったが、すぐに口を緩ませ破顔はがんした顔で教えてくれた。


「ん?いやー史郎君は元気で優しい良い子に育ってますよー、だから心配しないでくださいってね史郎君の両親に報告したんだー。だけどあまり人を頼らない一匹狼だから、辛いことや悲しいことを一人で抱え込んじゃって私を頼ったり甘えてくれません。それに加えて自分を深く考えすぎる癖があります。だから天国の拓郎おじさんたち史郎のこと𠮟っておいてくださいってね!」


 その一言はなぜだか分からないが俺の心に温かみを与えた気がした。そして様子ねえさんを自然と避けてしまっていた自分自身に更なる嫌気とある欲求が芽生えきたのが理解できた。その欲求は今の自分にとっての解決策であると同時にでもあった。

 

 「あれ?史郎君泣いてるよ」


 そう言いながら自分のポケットの中からハンカチを取り出し目から涙をすくい上げてくれた。俺はなされるままだった。


 帰り道、ふと後ろを振り返ると霊園は来た時とは違う印象を感じた。その場所は墓地というよりは、まるで見捨てられた町のようにも見えた。そして曇天色の雲はどこまでも続いており、自殺日和の天気だった。



 





  

 

 

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アウラ @pokarikorude-

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