◆終了フェイズ◆

第33話 きっと、スペシャルな物語

「これは、言わない方がいいな」


 紅理子ちゃんが雪花を探っているのは感じていたが、まさか雪花が紅理子ちゃんが大好きなネット小説の作者だったとは、思いも寄らなかった。


 ただ、話が終わるのを待っている間に一つ、気づいたことがある。


 雪花がペンネームにしていたという『南日乃々』と言う名前。


 ちょうど目の前にノートパソコンがあったからこそ気づけたのもあるが、一般的な日本語配列キーボードで『な』『ん』『に』『ち』『の』『の』と書かれているキーに一緒に書かれているアルファベットは『な→U』『ん→Y』『に→I』『ち→A』『の→K』『の→K』。


 UYIAKK。


 並べ替えればYUKIKAだ。


 さすがに、これを指摘されたら雪花は恍けられなかっただろう。


 紅理子ちゃんがこれに気づいていれば、もっと早く答えに辿り着けていたはずだ。


 だけど。


 謎が解けないことで生まれる物語があることを、俺はTRPGに教えてもらった。


 紅理子ちゃんがこれに気づかなかったからこそ、今、いい感じに話がまとまったのだ。今更伝えるのは、無粋だろう。


 そんなことを考えていると、ひと段落してようやく話に入れそうなので、


「なんだか、すごい巡りあわせだったんだな」


 そんな風に、雪花に声をかける。


「本当に。わたしも、まさかあの作品の熱心なファンが後輩になるなんて想像もしていなかったから、びっくりしているわ」


 相変わらず表情は変わらないが、先ほどの言葉通り、泣くほど喜んでいるのだろうな。

 そんな雪花がどんな小説を書いているのか、すごく興味がある。


「俺も読んでみたいな。『スペシャルな物語へ、君を』という作品を」


 そう、口にしていた。


「それなら、公開していた第三十五話までのデータを送るから……連絡先を、交換しましょう」

「そうだな」


 早速送ってくれるというのはありがたい。スマホを取り出して連絡先の交換をしようとしていると、


「って、それだけ親しくて一年以上のつきあいで、連絡先も交換してなかったんスか!」


 紅理子ちゃんにツッコまれたのだが。


「ここに来れば、会えるから」

「文芸部で、会えるから」


 ほぼ同時に、俺と雪花は同じような答えをしていた。


 文芸部の空気が、なんというか盛り上がっているのを感じる。部長は三杯目のご飯を食べている。本当に三杯いくのか。


 そんな風に温かく見守られながら、俺と雪花は一年と少しを経て、ようやく連絡先を交換したのだった。


 スマホをしまってひと段落したところで、


「そういえば、鐘太に聞きたいことがあるんだけれど」


 雪花は俺をじっと見て、尋ねてきた。


「鐘太に弾幕のことを教えてくれたのって、どなたかしら? 鐘太の吸収が早いのもあるとは思うけれど、あの短期間で弾幕の知識と、実践方法を伝えられるって、相当できる人じゃないかと、一弾幕シューティング好きとして気になるのよ」


 その気持ちはわかるが、紅理子ちゃんの個人情報に関わりかねないところだ。


 とはいえ、言葉で聞くとその時点で紅理子ちゃんに関係あると思われてしまう。チラリと紅理子ちゃんの方を見ると、手を差し出して、どうぞ、の仕草。


 言っていい、ということか。


 紅理子ちゃんとの関係は伏せておけばいいし、名前だけなら大丈夫、か。


「『ルージュ』という人だ。ネットのランキングとかでもよく出ている、確かにすごい人みたいだな」


 俺が答えると、しばし、雪花は無表情に固まって。


「待って、それはエントリー名にRUG、ROUGEの三文字省略系を使う、弾幕シューティングだけじゃなくて色々なゲームの超絶プレイ動画をアップしたり、過去にはゲームセンターの大会を総嘗めにして一時代を築いた、あのルージュさん?」


 淡々としているがいつにない早口で雪花が言う。


 すごい人だとは思っていたけれど、そこまでの人だったのか。そういや、言葉を濁しつつアイドル扱いされているとは紅理子ちゃんも言っていたな。


「間違いなく、そのルージュさんだ」

「そう。なんて縁かしら。わたしが弾幕シューティングにハマったのもルージュさんの動画が切っかけよ。色々と参考にさせてもらっているわ。心の師匠と言ってもいい人よ」


 今になって、なんというミッシングリンクが繋がるんだ。


「なるほど。ルージュさんの力を借りていれば、弾幕の扱いがわたしの嗜好にあうはずよね。それだけ鐘太がわたしのことを想ってくれていると感じつつも、ちょっとあいすぎていて気になっていたのよ。すっきりしたわ」


 なるほど、これも縁だな。


「実は、ルージュさんは、作品のキャラクターのモデルにしたこともあるのよ。さっき言った、『スペ「雪花パイセン、ストップ!」」


 そこで唐突に紅理子ちゃんが話に割りこんできた。


「あの、キャラクターのモデルは、言わないで欲しいッス。なんというか、読者の夢を壊さないで欲しいというかなんというか」

「どうして、わたしが尊敬するゲームプレイヤーがモデルだと夢が壊れるのかしら?」

「そ、それは……」


 紅理子ちゃんは言い淀む。

 雪花が疑問を感じるのはもっともだが、紅理子ちゃんの気持ちもわかる。


「みんなに聞かれると困るので、お耳を拝借ッス」


 紅理子ちゃんは、他に聞こえないように雪花に真実を伝えることにしたらしい。


「……理解したわ。さっきの言葉は忘れて」

「ありがとうございまス」


 すんでのところで、読者の夢は守られた。


 そりゃそうだな。ずっと好きで続きを心待ちにしていた作品のキャラクターのモデルが実の母だとか作者に聞かされたら、色々微妙な気分になってしまうよな。それがあのルージュさんなら、尚更だ。


「でも、それだけ縁があるなら、ルージュさんに会えないかしら? 正直、鐘太だけ会っているのは狡い」


 淡々としているが、珍しくグイグイくる雪花だった。それほど憧れているのだろう。確かに、なんかカリスマ性もある人だし、解る気はするが。


「ルージュさんはTRPGもやってるッスから、一緒に遊ぶッスか?」


 紅理子ちゃんが話を持ちかけてきた。TRPGなら彼女の周知の趣味なので、自然とルージュさんと繋げられるか。


「ルージュさんがTRPGを? デジタルだけでなくアナログにも手を伸ばしていたなんて、もう神ね」


 なんだろう、雪花のキャラが推しを尊ぶ感じでおかしくなっている。


 いや、憧れの人の知らない側面を知ったら、こういうものか。


 俺も、雪花のこういう側面を見て、なんだか嬉しくなってはいるからな。


「雪花パイセンが参加するなら、鐘太パイセンも参加するッスよね? 早速次の土曜はどうッスか?」


 TRPGとなると、紅理子ちゃんの領分だ。さっさとあれこれメッセージを送って調整を始めていた。


「面子は大丈夫そうッスから、予約入れといたッスよ!」


 あれよあれよで、土曜にTRPGをすることは確定事項となっていた。

 いつぞやのルージュさんを彷彿とする光景だった。やはり、母娘だな。


「鐘太、そうは見えないと思うけれど、多分、ルージュさんと会ったらすごく緊張すると思うから、フォローをお願いするわ」

「ああ、できる限りのことはするよ」


 あのルージュさん相手にどこまでフォローできるかは自身がないので、ちょっと消極的な返事になるのはご愛嬌。


 かくして、俺は、雪花も交えてTRPGをプレイすることになった。


 弾幕とTRPGが、俺に色んなことを教えてくれた。


 その二つが、一同に介するのだ。


 どんな物語になるのか予想もつかない。


 でも。


 ここで、雪花の言葉を借りるなら。


 きっと、スペシャルな物語が生まれるだろう。


 それだけは、確信できた。


【第一部 完】

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弾幕とTRPGとスペシャルな物語 ktr @ktr

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