マスターシーン 紅理子とスペシャルな物語
「単刀直入に聞きます。『スペシャルな物語を、君へ』の作者は、雪花パイセンッスよね?」
ここまで来ると、もう疑念と呼ぶのも馬鹿馬鹿しかった。
ノベルゲームと弾幕シューティングの違いはあるが、今日の雪花の特殊文芸による告白は『スペシャルな物語を、君へ』の主人公とやっていることがまったく同じなのだ。しかも、わざわざ紅理子が弾幕のメッセージに気づけた理由として、雪花の方からそこを仄めかしてまでいる。
もう雪花に隠す気がないことを、そんなやりとりから感じ取っていたのだ。
果たして。
「そうよ。自分の言葉を信じてもらえない絶望で筆を折った気高くも中二病に苛まれてやらかした作家、
平坦に、だけれど言葉には自虐を含めて、雪花は認めた。
「え? 『スペシャルな物語を、君へ』って紅理子ちゃんが前に言ってた小説だよな? その作者が、雪花って……」
鐘太が驚いて雪花に何か聞こうとしているが。
「あの、今はあたしの番ッス。もうしわけないッスけど、鐘太パイセンは何かあっても、後にして欲しいッス」
ちょっと黙ってもらえるように、お願いする。
もちろん、そういうのが通じる人だという信頼があるからこそだ。
「わかった」
期待通り、鐘太は短く応じてくれる。こういうところは本当に好ましい人だ。あくまでLIKEだが。
「わたしは、心ない人たちの自作についての中傷を言葉で黙らせることができなかった。だから、自分の言葉が無力だと思い知って小説を書くのを辞めたわ。わたしがいないところで作品が引用されてあれこれ言われるのも嫌だったから、ネット上から作品も完全に消去したわ」
無表情ながら、内に秘めた苛烈さを感じさせる言葉だった。
「そんな風に消えておきながら高校で特殊文芸作家と言い張って文芸部に入ったのは、小説への未練もあったわ。特殊文芸作家としての活動自体は本望ではあったけれど、やっぱり、小説を書いてみんなと、鐘太と語りあいたいという気持ちは、ずっとあったわ」
わざわざ鐘太と言い直したのは惚気だろうが、ご飯が美味しくなるので何も言わないでおこう。
「でも、入部当時は本当に書けなかった。筆を執ろうとしても何も浮かばなかったの。特殊文芸作家として活動していても、小説を書けない後ろ暗さもあった。だから、みんなの小説を読んで部活動に貢献しようと思っていたわ。入部のときにそういう話もしたわよ。だけど、わたしは嘘をつけない。読ませてもらった作品に対して、忌憚なく容赦のない意見を連発して、すぐに誰も持ってこなくなった。一人の例外を除いて」
そこで、鐘太を見る。
「鐘太は、わたしの言葉を信じてくれた。正直、酷いことも沢山言ったと思う。それでも、真摯に受け止めて、なんとかしようとして。実際に、少しずつよくなってきた」
それが鐘太に想いを寄せるきっかけだったであろうことは、恐らく文芸部一同気づいているだろう。
「そんな風に過ごしている間に、鐘太に言葉で道を示すことで、鐘太の作品が一定のレベルになれば、自分の言葉を信じよう、って密かに思ってたのよ」
そこで、再び紅理子に視線をあわせてきた。
「それが、今日叶った。もう一度、標準文芸にも挑戦してみよう、と今は思っているわ」
『標準文芸』という言葉は耳慣れないが、『特殊文芸』に対する一般的な文芸を指す言葉であろうことは推察された。
ともあれ、今日になってまったく正体を隠す気が感じられなかったのは、鐘太の小説を読んだ時点で結果が出ていたからということか。
「でも、全部が全部、鐘太のお陰、とは言えないわ。紅理子ちゃんが文芸部に入ってくれたことも大きいわ」
「あたし、ッスか?」
これは、意外だった。
「確かに、鐘太パイセンの作品に協力したッスけど、鐘太パイセンが雪花パイセンの言葉を信じたからこそ、あたしの協力には意味があったッス。だから、あたしは雪花パイセンに対して直接何かをしてはいないッスよ」
前に、雪花と喫茶店に行ったときも謎の感謝をされたが、こういう話なら筋違いだ。
最近、やたらと可愛がってくれてそれ自体は嬉しいのだが、どうにもしっくりこないのはあった。
「全然違うわよ」
「え? じゃぁ、あたしが雪花パイセンにどうして感謝されるんスか?」
本当に、わからなかった。
「実は、紅理子ちゃんが文芸部に入ってきたとき、自分が昔デフォルメで書いた後輩主人公の口調そのままだったのが面白かったわ。もちろん、よくあるデフォルメ口調だし、それが自作の影響だなんて思いもしなかった。『事実は小説より奇なり』っていうのを感じていたわ」
何を言い出すんだ? と思ったが、
「でも、少し前に紅理子ちゃんの口から『スペシャルな物語を、君へ』というタイトルが聞こえたときは、耳を疑ったわ。まさかと思った」
あまり言葉の通りの表情ではないが、それでも驚いていたのだろう。
「よかったら教えて欲しいんだけど、紅理子ちゃんの口調に由来はあるのかしら?」
「『スペシャルな物語を、君へ』の後輩主人公、
元々省略しがちな口調だったのでしっくりきたのもあるが、それでも、確かに影響を受けている。
「嬉しいわ。本当に、紅理子ちゃんは可愛いわね」
「あ、ありがとう、ッス」
無表情にでも、露骨に可愛いと言われて、照れくさい。
「紅理子ちゃんが『スペシャルな物語を、君へ』を語る様子から、すごく熱心なファンというのが伝わってきて、嬉しかったわ。だから、一日限定でデータをアップした。あの流れなら、検索して拾ってくれるんじゃないかと思って」
「そういうことだったんスか。ありがたくダウンロードさせていただいたッス」
「それはよかったわ」
淡々と言って。
「でも、それなら、わたしの感謝の意味もわかるのではないかしら?」
紅理子に問うてきた。
だが、まだ、解らなかった。
ただ、ファンでいただけだ。むしろ、これだけ自分のことを作者が大事に見ていてくれたことがありがたい……そういうことか。
紅理子は、ようやく気づいた。
「もしかして、単に、あたしがファンでいたことへの感謝ッスか?」
雪花は一つ頷き。
「そう。単純な話よ。作者が自信喪失して抹殺した作品を、今でも好きでいてくれて。キャラクターの影響も受け続けてくれて。そんなファンに感謝しないなら作家失格よ」
無表情だけれど、強い言葉だった。
「だから決めたのよ。鐘太がわたしの言葉を信じて成長してくれたことで、また書くことと向きあうことにしたわ。でも、当初は新しい作品を書くつもりだった。だけど」
紅理子は、その先を期待して、ただでさえ大きい胸を期待に膨らませる。
その期待は、
「紅理子ちゃんのために、『スペシャルな物語へ、君を』の続きを書くことにするわ」
報われた。
「あ、ありがとう、ございまス」
ダメだ。こんなのは、泣いてしまう。
ずっと待っていた。
諦めていた。
それが、巡り巡って。
繋がって。
「お礼を言うのは、わたしの方よ。本当に、ファンでいてくれてありがとう。泣きたいぐらいに嬉しいわ」
雪花も、泣きたいぐらいの喜びを表現してくれた。
かくして、紅理子の疑念は晴れ、当初の目的は達成された。
続きを読むことが、紅理子の新たな目的だ。
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