[6] VIP

 翌日――対抗戦に出場する各校の選手、作戦スタッフ、技術スタッフは、開催場所のオーベル・フォルトゥナート・コロシアムにいた。各校毎に割り当てられた控室で待機している。


 ちなみにオーベル・フォルトゥナート・コロシアムは、十万人以上収容可能な国内最大のスタジアムだ。以前はコロシアムと呼ばれていたが、現在は剣闘以外にも様々な用途で使用される為、スタジアムと呼ばれている。


 オーベルは魔物が大量に溢れた魔興まこう歴四七〇年の時点でチャンピオンだった最強の剣闘士の名で、フォルトゥナートは当時サントロローデ周辺を治めていた貴族の姓である。


 コロシアム内は隙間がないほど観客で埋め尽くされており、対抗戦開始前から熱気に包まれているが、とある場所だけは優雅な時間が流れていた。


 その場所の入口にたたずむ影が四つ。


「ほ、本当に私が入ってもよろしいのでしょうか?」

「問題ないよ。フィローネは第一席の弟子でもあり部下でもあるんだから」


 恐縮しながら尋ねるフィローネに、アーデルが落ち着きを与える優しい声色で答える。


「それに我が家の使用人でもあるから尚更問題ないよ」

「なんにしろ、隊長の連れってことなら問題ないさ」


 何故かグラディスが得意顔で補足する。

 彼女は特級魔法師第三席であるアーデルトラウト・ギルクリストが率いる隊の副隊長を務めている。


 アーデルとグラディスの姉が幼馴染であり、その縁があって二人は昔から姉妹のように育った。

 豪放な性格のグラディスだが、彼女には頭が上がらない人が四人だけ存在している。それは、母、姉、グラディス、フェルディナンドの四人だ。


「フィローネさん、姉さんの言うことはあまり真に受けないでくださいね」

「姉の扱いが雑じゃないか……」


 レイチェルの言い様に、グラディスが不服そうに肩を竦める。


 フィローネからしたらレイチェルもグラディスも雲の上の存在だ。

 どちらか片方だけを立てるようなことはできない。なので、愛想笑いで誤魔化すことしかできなかった。


「姉妹仲がいいのは微笑ましいけど、そろそろ中に入るよ」


 いつまでも扉の前を陣取っているわけにはいかないので、アーデルが先を促した。


「アーデル様……」

「隊長……」


 姉妹仲がいいという言葉を素直に受け入れられなかった二人は、反論できずに口を閉ざしてしまう。


 アーデルが特級魔法師というのもあるが、二人にとっては姉のような存在だ。

 幼い頃から面倒を見てもらっていたので完全に頭が上がらない存在だった。


 何より、万が一アーデルの幼馴染である長姉に口答えしたと伝わったら、二人はこの世の終わりとでも言うかのように顔面を蒼白させてジルヴェスターの背に隠れることになる。


 二人にとっては長姉が最も恐ろしい存在であった。母よりもだ。――もちろん尊敬はしているが。

 さすがの長姉もジルヴェスターには甘いところがあるので、盾にするのにちょうど良いのだ。


「――失礼しました……!」


 一番下っ端のフィローネが慌てて扉を開ける。

 年齢も階級も彼女が一番下だ。


 開かれた扉の先には、フィールド側だけガラス張りになっているVIP室が広がっている。スタジアムの高層にある場所なだけあり見晴らしがいい。


 四人はアーデルを先頭に室内へ足を踏み入れる。

 すると、室内には数人の人影があった。


「アーデル先輩も来られたのですね」


 ガラスの前に突っ立ってスタジアム内を見下ろしていた特級魔法師第六席の『貴公子プリンス』――ミハエル・シュバインシュタイガーが振り返って声を掛けた。


 アーデルはランチェスター学園の卒業生であり、ミハエルの一学年先輩だ。

 彼女は三年生の時に生徒会長を務めており、当時二年生だったミハエルを副会長に任命して共に仕事をしていた仲でもある。故にミハエルは直属の先輩であるアーデルには頭が上がらない。


「私の本命は明日だけど、フィローネにとっては今日の方が大事だからね」


 アーデル、グラディス、レイチェルにとっては、今日の新人戦よりジルヴェスターが出場する本戦の方が大事だった。

 しかし、今日はフィローネのかわいい弟が出場する日だ。なので、観戦に連れて来てあげたのである。


「なるほど」


 諸々の関係性を把握しているミハエルは、事情を察して納得顔で頷く。


「そういう君も同じ理由でしょ?」

「そうですね」


 アーデルの指摘通り、ミハエルも目的は同じだった。

 フィローネの弟は彼の弟子なのだ。


「ミハエル様、弟がいつもお世話になっております」


 アーデルの背後に控えていたフィローネが前に出て頭を下げる。


「弟君は真面目でしっかりしているからあまりお世話はしていないよ」


 苦笑するミハエルの言葉は本心だ。

 レアルの性格もあるが、本当に手間の掛からない弟子であった。


「ご迷惑をお掛けしていないようで安心しました」

「むしろ私が迷惑掛けていないか心配だよ」


 ほっと息を吐いて安堵するフィローネに対し、ミハエルは笑みを浮かべながら冗談めかしに言う。


「どんどんこき使ってあげてください」

「程々に頼りにさせてもらうよ」

「今後とも弟のことをよろしくお願い致します」

「こちらこそ」


 挨拶を済ませたフィローネは下がってアーデルの背後に控える。


「私のことは気にせずに自由に過ごしていいんだよ?」

「いえ、そういうわけには……」


 アーデルが気遣いは無用だと告げるも、フィローネは困り顔になってしまう。

 使用人として同伴している以上は、しっかりと務めを果たさなければならないと思っていたからだ。


「ラディほどとは言わないけど、レイくらいは肩の力を抜いてもいいと思うよ」

「うちの姉はいないものとして扱ってください」


 VIP室にはドリンクや軽食などが用意されている。

 それをグラディスは遠慮なく味わっていた。


 レイチェルはドリンクを片手にグラディスの背後に控えているので、彼女が姉に対して辛辣な発言をしてしまっても仕方がないだろう。

 本来は直々の部下であるグラディスがアーデルの背後に控えるのが筋なのだから。


「――若人わこうどは元気なくらいがじいとしては嬉しくなるがのう」

「さすが老師、良くわかってる」

「ほほ、お主は相変わらずじゃの」


 L字型のソファに座っている老人が孫を見るような温かい眼差しを向けながら会話に割って入ると、グラディスが快活に笑い返した。


「姉さん、失礼よ」

「別に構いやしないだろ。老師は私らの祖父みたいなもんなんだから」

「だとしてもよ。親しき仲にも礼儀ありって言葉を知らないのかしら」


 レイチェルは鋭い視線を向けるも、グラディスは全く意に介さない。


 その様子を横目で見ているフィローネは、緊張で冷や汗が止まらなかった。

 何故なら、グラディスが粗雑に対応している人物が彼女でも知っているほどの大物だったからだ。

 いや、むしろこの国で暮らしている人間で、この老人のことを知らない者がいたらそれこそ驚きだろう。


「うちの姉が申し訳ありません」


 レイチェルが申し訳なさそうに老人へ頭を下げる。


「ほほ、お主は少し肩の力を抜きなさい」

「はい。ありがとうございます」


 全く気にした素振りのない老人の言葉に安堵したレイチェルは頭を上げる。


「それにしてもお主が対抗戦を観に来るとは珍しいの」


 老人がアーデルに視線を向ける。


 アーデルが対抗戦を観に来るのは非常に珍しいことだ。彼女が対抗戦を観戦しに来たのは、コンスタンティノス姉妹が出場した時だけである。


「今回は観に来る理由がありましたから」

「ほう?」


 興味深げな視線を向ける老人。


「そのうちわかりますよ」


 しかし、アーデルは理由を述べずに話を切り上げてしまう。


「そういうことなら楽しみにしておくとしようかのう」


 すげなくあしらわれても全く不満を抱かないあたりは老人の懐の深さが窺える。


 特級魔法師のアーデルが丁寧な言葉で話している時点で、老人が只者ではないということがわかるだろう。


 老人の名は――ボグダン・パパスタソプーロスと言う。

 『賢者』の異名を持ち、特級魔法師第九席の地位を与えられている。

 現在七十歳の彼はさすがに年齢の問題で壁外へ赴くことは滅多になくなったが、五十年近く特級魔法師として国を守り続けてきた生き字引だ。


 白い肌に白髪しらがを蓄えた黒い瞳を持つ老人だが、膨大な魔力を有しているので実年齢よりだいぶ若く見える。

 また、多くの弟子を持ち、優秀な魔法師を数多く輩出していることから、魔法師としての実力だけではなく、指導者としても多くの尊敬を集める存在だ。


「師匠は毎年対抗戦を楽しみにしていますし、そんなことを言われては待ちきれないのでは?」


 L字型のソファの面積が小さい側に腰掛けているもう一人の男が苦笑気味に問い掛ける。


「魔法師の卵たちのことを見守るのは、老いれの趣味みたいなものだからのう」

「そんなことおっしゃって……目ぼしい人材を探しておられるのでしょう?」

「儂はもう魔法師として国に貢献できることは限られておるからの。未来の魔法師を育成することが今の儂にできる最大の貢献なんじゃよ」


 ボグダン自身は壁外へ赴くことに精力的だ。

 しかし、家族や弟子、政府が中々許してくれなかった。


 家族としては年齢を考慮するとただただ心配だし、弟子としてはもちろん心配もあるが、いつまでも年配の師匠に頼ってなどいられない、という気持ち故だ。


 政府としては特級魔法師をみすみす失いたくはないので、全盛期がとっくに過ぎているボグダンを壁外へ行かせるのは、余程のことがない限りは避けたいことである。

 また、人望厚い『賢者』が壁内に常駐しているという事実が国民に安心感を与えてくれるし、指導者としても優れているので若手の育成に注力してほしいという目論見があった。


 諸々の事情を理解しているボグダンは、見込のある若者を見付けては自分の弟子にして育て上げている。それが彼にとっては趣味と実益を兼ねていることだったので、誰も不満を抱かずにちょうどいいバランスのもと成り立っていた。


「お主もそろそろ弟子を持ったらどうじゃ?」

「私にはまだ早いですよ」


 男は師匠の言葉に苦笑を返す。


「私は特級魔法師になって日が浅いですからね。今は自分のことで手一杯です」

「確かにまだ一年経っておらんかったか……。じゃが、器用なお主なら上手くやれると思うがのう」

「……考えておきます」


 愛想笑いを浮かべて話を受け流す男の正体は、昨年特級魔法師第十六席になった『導師』の異名を持つ――トリスタン・アデトクンポだ。

 昨年特級魔法師になったのは第十五席のエレオノーラも同じだが、トリスタンの方が少し時期が遅かった。故にエレオノーラが第十五席で、トリスタンが第十六席になっている。

 もっとも、エレオノーラとトリスタンでは保有している魔力量に歴然とした差があるので、その一点に関しては席次通りの順序で間違いはない。


 黒い肌に茶色の髪と瞳を持ち、清潔感のある見た目から真面目な印象が窺える。

 二十八歳の彼はボグダンの弟子の中で最も出世した最高傑作だ。


「話を蒸し返してしまいますが、ギルクリスト三席が注目していることには私も興味がありますね」

「アデトクンポさんは相変わらず堅苦しいですね……。昔みたいに「さん」でいいですよ」

「いえ、三席は特級魔法師としての先輩であると同時に、上位の席次でもありますから」

「非常時ではない限り特級魔法師は席次関係なくみな同格なので、そう畏まらなくても……」


 アーデルはむず痒そうにしているが、それには理由があった。


 彼女は現在二十七歳なので、トリスタンの一つ下になる。

 アーデルがランチェスター学園の二年生だった時に、トリスタンはサジコート魔法学園の三年生だった。


 当時二年生にしてエースだったアーデルは、対抗戦の本戦で生徒会長を務めていたトリスタンと相対している。

 なので、彼女にしてみれば、他校の上級生だった相手に畏まられているというわけだ。

 昔と今とでは立場が異なるとはいえ、どうしたってむず痒くなってしまう。致し方ないことだろう。


「そうか……お主らは学生の頃に対戦しておったか」


 ボグダンは目を細めて思い出したように呟く。


「ええ、私は三席に手も足も出ませんでしたけどね」

「それは大袈裟ですよ」


 トリスタンの言葉に肩を竦めるアーデル。


「私からしたらお二人とも別格でしたよ」


 しみじみと語るミハエルは当時一年生だった。

 当時から才能溢れる生徒だった彼からしても、アーデルとトリスタンの実力は雲の上の存在に感じられるほど抜きん出ていた。


「シュバインシュタイガー六席にそうおっしゃって頂けるのは光栄ですが、お二人と違って私は凡人ですから……」


 特級魔法師になれている時点で決して凡人ではないのだが、アーデルとミハエルの二人に比べたらトリスタンの実力は明らかに劣る。それは覆しようのない事実だ。いくら努力しても越えられない才能の壁というのは存在する。


 とはいえ、特級魔法師の彼が自らを凡人と卑下するのは皮肉と取られかねない。

 今この場には彼より下の階級であるグラディス、レイチェル、フィローネがいるのだから。


「――ところで、そちらのお嬢さんはどなたかな? 先程の会話からアーデルトラウト殿とミハエル殿の関係者というのは察せされたが……」


 ボグダンがフィローネに視線を向ける。

 すると、フィローネは緊張で身体が強張ってしまう。一介の魔法師が大ベテランの特級魔法師に見つめられて硬直してしまうのは無理もない。


「も、申し遅れました……! 私はフィローネ・イングルスと申します!」


 自己紹介が遅れたことに焦りを覚えたフィローネは勢いよく頭を下げた。


「彼女の弟はミハエルの弟子で、今日の新人戦に出場するんですよ」

「ほう」


 アーデルの補足にボグダンの視線が鋭くなる。


「お主が弟子を持つとはのう」

「縁がありまして」

「それは対抗戦が楽しみじゃの」

「ですね」


 対抗戦に出場する弟子の姿を見ることが初めての体験で、内心緊張しているミハエルの返答は歯切れが悪かった。


「そして事情があって我が家で使用人をしてくれています」

「ついでに『守護神ガーディアン』の内弟子でもあります」


 アーデルとミハエルが立て続けに追加の情報を述べると――


「――なんと!?」


 トリスタンが驚愕に満ちた表情で立ち上がった。


「それは……儂も驚いた。まさか、あやつが弟子を取るとは思わなんだ」


 ボグダンとジルヴェスターは旧知の仲だ。

 なので、ジルヴェスターが第一席の『守護神ガーディアン』であることを知っている。


「私は『守護神ガーディアン』様のことを存じ上げませんが、師匠でも驚くことなのですね……」


 残念ながらトリスタンは『守護神ガーディアン』の正体を知らない。面識すらなかった。


「あやつは基本的に他人に興味がないからのう……」

「酷い言い様ですね……」


 ミハエルが苦笑する。


「あながち間違ってはいませんが、自分のパーソナルスペースに入っている人以外は、という但し書きが付きますね」


 レイチェルがジルヴェスターのことをフォローするも、トリスタン以外の全員が苦笑したり、溜息を吐いたり、肩を竦めたりしていた。


 その反応に、まだ見ぬ『守護神ガーディアン』に対するミステリー度がトリスタンの中で一層格上げされてしまった。


 ◇ ◇ ◇


 時同じくして、スタジアムのフィールドでは魔法協会会長――ボニファーツ・アーベントロートが開会の挨拶を行っていた。


 第三位階の無属性魔法――拡声ラウドゥ・ボイスを行使しながら演説する声は、威厳がありながらも高圧的に感じない包容力がある。

 現在七十二歳のボニファーツは年の功なのか話術にも長けているようだ。


 その様子を選手たち――作戦スタッフや技術スタッフを含む――は各校毎に割り当てられている控室に設置されている映写板スクリーンで眺めていた。


 この映写板スクリーンは魔法具であり、同じく魔法具の投影機プロジェクタとセットで用いられる。

 投影機プロジェクタで撮影しているものをリアルタイムで映写板スクリーンに映し出すことができる代物だ。また、録画撮影もでき、任意のタイミングで映像を映し出すことも可能である。

 しかも録画した映像を記録媒体である記録円盤レコードディスクに移植して受け渡しすることも可能だ。ちなみに記録円盤レコードディスクも魔法具である。


 仕組みは機械に専用の術式を刻んだ魔晶石と、魔力を溜めておくことができる魔有石を埋め込み、スイッチを押すことで魔力を溜め込んだ魔有石に振動による信号を送り、魔有石が魔晶石へと魔力を送ることで術式が発動する仕組みになっている。


 記録円盤レコードディスクだけは例外であり、投影機プロジェクタの再生、移植、それぞれの機能を作動させたら自動で起動する仕組みだ。


 今ではこれらを利用して映画や音楽を撮影するようになり、記録円盤レコードディスクに移植して一般向けに販売するようになっている。

 市井の娯楽に一役買っているのが影響してか、役者、音楽家、映画監督などを志す人が増えたという。


 国民の娯楽を豊にさせた三つの魔法具はジルヴェスターが開発した物で、メルヒオット・カンパニーが製造と販売を請け負っている。


 閑話休題。


 ランチェスター学園の出場選手に割り当てられた控え室では、新人戦の最終準備に取り掛かっていた。


 出場する一年生は作戦スタッフの言葉に耳を傾け、技術スタッフにMACの調整や確認を行ってもらっている。


 そんな中、技術スタッフの一員としても対抗戦に参加しているジルヴェスターは、ステラのMACの最終確認を行っていた。

 昨日の夜に急遽MACに保存してある術式の構成を変更したので、問題なく機能するか念の為確認していたのである。


「これで問題ないな」


 ジルヴェスターは作業台に置かれた腕輪型のMACを手に取ると、そばで作業を見守っていたステラに手渡す。


「試しに一度魔力を流してみてくれ」

「ん」


 頷いたステラは腕輪型のMACを右腕に装着すると、魔力を流して動作確認を行う。

 MACは魔力を流すだけでは魔法が発動されることはないので危険はない。もっとも、素人が調整したMACの場合は暴発する恐れがあるが。


「前よりスムーズに魔力が流れる」

「それは良かった」


 ジルヴェスターの作業は完璧だったようで、ステラの頬が緩んでいる。


「せっかくの晴れ舞台だ。楽しんで来い」

「ん。頑張る」


 ステラは両手の拳を胸の前で握って気合を入れるが、相変わらず表情の変化が乏しい。


「どどどどうしよう! 緊張してきた……!!」

「落ち着いて」


 少し離れた場所では、ベンチに座っているレベッカが緊張で青白い顔をしていた。

 そんな彼女のことをシズカが落ち着かせようとして声を掛けているが、残念ながらあまり効果がないようだ。


「お前そんな繊細な性格だったのかよ」

「うるさいハゲ」

「ハゲてねぇよ!」


 通常運転のアレックスは標的を見つけたとばかりにレベッカのことを揶揄からかって笑っている。

 しかし、レベッカに睨まれて反撃を食らってしまった。


「おいでレベッカ」


 緊張で生まれたての小鹿のように震えているレベッカのことをみかねた姉貴分のビアンカが、温かみのある優しい声で呼び寄せる。


 ベンチから立ち上がったレベッカは、幼馴染に導かれるままに胸に飛び込んだ。

 ビアンカの豊満な胸に顔をうずめるレベッカの動悸が少しずつ落ち着きを取り戻していく。


 そんなレベッカのことを抱き締めるビアンカが耳元で囁く。


「今のレベッカはとてもかわいくてわたしは好きだけれど、このままだと愛しのジルくんに情けない姿を晒すことになるよ」

「……別に愛しのジルくんではないけど、かっこ悪いところを見られるのは嫌かな」


 ビアンカの胸に包まれながらボソッと呟く。


「ふふ、そうだね。レベッカなら大丈夫。なんたってわたしのかわいい妹だもの」


 慈愛の籠った眼差しを向けながらレベッカの頭を撫でるビアンカ。


「がんばる」


 そう小さく呟くレベッカの瞳には薄らと闘志が宿っていた。


「リアは大丈夫かい?」


 近くでレベッカの様子を見守っていたイザベラがリリアナに尋ねる。


「ええ」


 リリアナは微笑みながら頷くと――


「そういうイザベラはどうなの?」


 と首を傾げながら問い掛けた。


「はは、私も問題ないよ」


 イザベラはエアハート家の長女として表舞台に立つことに慣れている。なので、今も平常心を保つことができていた。


 その点、リリアナもディンウィディー家の娘としてある程度は表舞台に立つことに慣れている。

 彼女の場合は長女ではないし、家庭の事情もあってイザベラほど表舞台に立つ機会はないが、対抗戦で緊張してしまうようなことはない。


 魔法師界の名門出身の二人と、一般家庭出身のレベッカとの違いが、今の精神状態に表れている。


「お前は大丈夫か?」


 友人たちのやり取りを視界に収めていたジルヴェスターがステラに尋ねる。


「ん。オリヴィアが一緒だから大丈夫」

「そうか」


 ステラは社交界などの表舞台に出ることに慣れているし、対抗戦に出場するのを目標にしていたからイメージトレーニングを欠かしていなかったので、自分のメンタルをコントロールできていた。


「むしろわたしの方が緊張しているかもしれないわね」


 そばにやって来たオリヴィアが苦笑しながら吐露する。


「お前がか?」

「ジルくんはわたしが図太いとでも言いたいのかしら?」


 オリヴィアは意外感をあらわにするジルヴェスターにジト目を向ける。


「そういうわけではないが……」


 若干気圧され気味のジルヴェスターは言葉に詰まる。


「オリヴィアは大人びていてかっこいいから、余裕があるように見えるってことだと思う」


 ステラがお馴染みの無表情でフォローする。

 ジルヴェスターにとってはありがたい助け舟だったが、ステラ本人はフォローしているつもりはなかった。純粋に思っていることを口にしただけだ。


「ふふ。今回はステラに免じて、そういうことだと思っておくわ」


 オリヴィアは一度ステラに穏やかな笑みを向けた後、ジルヴェスターに意味深な視線を向けた。


 その視線に晒されたジルヴェスターは反射的に「あ、ああ」と頷く。


 彼はいつも余裕があって冷静な態度を崩さないが、やはりステラとオリヴィアといる時は年相応の少年に戻るようだ。

 本来の彼なら相手の機嫌を損ねるような失言を口にすることは滅多にない。しかし、二人と一緒にいると幾分か気が緩んでしまい、口が軽くなってしまうのであった。


 もっとも、オリヴィアは機嫌を損ねていたわけではなく、冗談を口にしていただけだ。それをジルヴェスターは理解しているから真に受けてはいない。


「――さあ、みんな、今のうちに作戦の最終確認をしよう」


 一度手を打ち鳴らして注目を集めたレアルが声高に提案すると、新人戦に出場する選手と、作戦スタッフの二、三年生が賛同する。

 そして新人戦のリーダーを務めるレアルを中心にして一同が集まっていく。


「行ってくる」


 ステラはジルヴェスターにそう声を掛けると、オリヴィアの手を取ってレアルのもとへ足を向けた。

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最強魔法師の壁内生活 雅鳳飛恋 @libero

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