[5] サポート

 みなが懇親会を楽しんでいる中、ジルヴェスターは会場を抜け出していた。

 彼は人を探しており、廊下を歩きながら視線を彷徨わせている。


 さすがグレードの高いホテルなだけあり内装が豪奢だ。

 絵画、オブジェ、照明器具、絨毯、家具など、どれも意匠の凝ったデザインで価値の高い代物だと一目でわかる。

 ただ豪奢なだけではなく、派手すぎずに心の休まる落ち着いた雰囲気を作り出しているのは内装をデザインした者のセンスが成せる業だろう。


 ジルヴェスターがエントランスに辿り着くと、探していた人物の後ろ姿が視界に映った。思いのほか、労せずして見つけることができたのは僥倖だ。

 その者はエントランスで部下と思われる男性と話していた。あまり距離が離れていないので会話の内容が聞こえてくる。


「本部長……急に予定を変更されては困ります」

「いやー、すまないね」


 部下に注意されて申し訳なさそうに頭を掻いている。


「もう少し早めに仰って頂ければ、こちらも余裕を持って調整できるので思い付きで行動しないでください」

「ははは、耳が痛い」


 部下に口酸っぱく注意されても嫌な顔一つしない辺りに懐の深さが窺える。


 いつまでも機会を窺っていては埒が明かないので、ジルヴェスターは背後から声を掛けることにした。


「――マクシミリアン」


 既におわかりのことだろうが、ジルヴェスターが探していた人物は魔法協会本部長のマクシミリアンであった。


 名を呼ばれたマクシミリアンが振り返るが、元からジルヴェスターと向かい合う位置にいた部下が先に口を開く。


「――こら! 君は学生だろう? 本部長のことを呼び捨てにするとは何事――」

「ジェフリー君」

「……なんでしょうか?」


 部下の男性はジルヴェスターに対して厳しい目線を向けて注意するも、途中でマクシミリアンに遮られてしまう。

 当然、部下は怪訝な顔になる。


「お気持ちはありがたいですが、彼は私の友人です。なので、注意は控えてください」

「……差し出がましいことを致しました」


 マクシミリアンが努めて穏和な口調と表情で言うと、ジェフリーと呼ばれた男性は戸惑いながらも頭を下げた。


 ただの学生と魔法協会の本部長が友人関係を築いているのが不思議なのだろう。

 年が近いわけでもなければ立場も違うので尚更だ。


 もしジルヴェスターが特級魔法魔法師第一席だということを知ったら卒倒するかもしれない。


「ジルヴェスター君、うちの者が済まないね」

「気にするな。むしろ当然の対応だろ」

「そう言ってもらえると助かるよ」


 本部長であるマクシミリアンでも、ジルヴェスターの不興を買うのは避けたいことだった。なので、頭を下げることを厭わない。

 そもそもそんなことでジルヴェスターが怒ることはないとマクシミリアンは承知しているが、だからと言って詫びを怠る理由はなかった。


「ジェフリー君、少し彼と話すので先に戻っていてもらえるかな」

「わかりました」


 ジェフリーは頭を下げるとホテルを後にし、魔法協会本部へと戻って行った。


「気を遣わせて悪いな」

「構わないさ」


 マクシミリアンが部下を下がらせたのは、ジルヴェスターが自分の立場を気にせずに会話ができるように配慮してのことだ。

 そのことに気がついたジルヴェスターはマクシミリアンに感謝した。


「それで私に何か用かい?」

「ああ」


 マクシミリアンの問い掛けにジルヴェスターが頷く。


「わざわざお前が来るとは思わなかったからな。何かあったのかと疑問を抱いただけだ」

「なるほど」


 日々忙しくしている本部長のマクシミリアンが、学生の懇親会で激励する為に足を運ぶのは過分な対応だ。


「何、大したことではないよ」


 マクシミリアンが微笑む。


「君が対抗戦に出場すると耳にしたから様子を見に来ただけさ」

「それだけか?」

「疑わなくても本当さ」


 予想外の答えに少しだけ怪訝な表情になったジルヴェスターの様子に、マクシミリアンは苦笑する。


「君が戦う姿は滅多にお目にかかれないからね」


 ジルヴェスターは一人で行動することが多い。故に人前で力を振るうことはほとんどない。

 共に行動するとしたら部下のレイチェルとフィローネくらいだ。


「明後日の本戦も観に来るよ」


 どうやらジルヴェスターが新人戦ではなく本戦に出場することも知っているようだ。


「お前は意外と暇なのか……?」

「はは、それだけ貴重な機会ということさ」


 マクシミリアンは決して暇なわけではない。

 事前に仕事を片付けて都合をつけているだけだ。


「それにエレオノーラ君の様子も見に来たんだよ」

「ああ……なるほど」


 マクシミリアンは苦笑しているが、表情を観察すると悩ましげにしているのが察せられた。

 どうやら魔法協会もエレオノーラには頭を痛めているらしい。

 おそらく彼女の件が本命なのだろうと思い至ったジルヴェスターは、マクシミリアンがわざわざ足を運んだ理由に納得した。


「やはり協会としても問題視しているんだな」

「手を焼いているのは事実だね」


 魔法協会でも手に負えない状態なので、エレオノーラから特級魔法師の地位を剥奪したらいいと思うかもしれない。しかし、ことはそう簡単ではない。

 特級魔法師になれるほどの実力と才能を有している者を遊ばせておく余裕がないからだ。


 それに一度特級魔法師にした者からネガティブな理由で地位を剥奪するのは、世間に悪い印象を与えてしまう。

 不安を煽るのはもちろんだが、何よりも反魔法主義者に攻撃される材料を提供するだけだ。


 広い視野で物事を考えると、エレオノーラから特級魔法師の地位を剥奪する方がデメリットが大きかった。故に頭を痛めている。


「君に手も足も出ずにやられて頭が冷えてくれることを願っているよ」

「逆に面倒なことにならなければいいんだがな……」


 プライドの高いエレオノーラがそんな簡単に心を入れ替えるとは思えない。

 今回の対抗戦を経て少しでも態度を改めてくれれば御の字だ。

 万が一、逆効果になってしまった場合は人目につかない場所で調教してやろうか、などと物騒なことを考えていた。


 二人共ジルヴェスターが手古摺てこずることなく、容易くエレオノーラのことをあしらえる前提で話している。苦戦したり負けたりすることなど全く考慮していない。


 傲慢に感じるかもしれないが、それだけマクシミリアンはジルヴェスターの実力を認めていて信頼している証拠だった。


 そしてジルヴェスター本人も驕っているわけではなく、ただ自信があるだけだ。

 幼い頃から死線を潜り抜けてきており、死にかけたこともある。幾度もだ。

 生まれ持った才能に恵まれているのもあるが、宝の持ち腐れにしないように血の滲む努力をしてきた。

 その結果、今の実力と地位を得るに至っている。

 だからこその自信だ。


「そもそもお前なら力づくで黙らせることもできると思うんだが」

「いやいや、私は文官肌だからね。争い事は御免だよ」


 苦笑しながら頭を掻くマクシミリアンはそう言って謙遜するが、彼は上級一等魔法師であり、ジルヴェスターも認める実力者だ。

 むしろ何故特級魔法師にならないのだろうか? と思っているほどで、魔法協会の本部長を務めているのは伊達ではなかった。


「俺も争い事が好きなわけではないんだが……」


 ジルヴェスターが肩を竦める。

 彼も本質は研究者肌であり、戦闘を好んでいるわけではない。

 好き好んで争いの場に赴くタイプではなく、必要に駆られて仕方なく戦っているだけだ。――研究が目的で自主的に壁外へ赴くことが多々あるので説得力に欠けるが。


「戦闘を好む特級魔法師が少ないのは意外だよ」

「そうだな」


 マクシミリアンの言う通り、実際に好き好んで戦闘を行う特級魔法師は少ない。

 第一席であるジルヴェスターが戦闘を好んでいないのが影響しているのだろうか。


「――さて、私はそろそろ失礼するよ」

「時間を取らせて済まないな」

「またタイミングが合えば話そう」

「ああ」


 マクシミリアンは暇ではない。いつまでも談笑しているわけにはいかなかった。

 忙しいことはジルヴェスターも理解しているので引き止めたりはしない。


「それじゃ、また」


 そう言うとマクシミリアンは軽く手を振ってホテルを後にする。

 去っていく後ろ姿を見送ったジルヴェスターは懇親会の会場に戻った。


 ◇ ◇ ◇


 懇親会が終わった後、ジルヴェスターは自分に割り当てられたホテルの部屋にいた。椅子に腰を下ろして読書に興じている。


 静寂が室内を支配する中、ページをめくる音だけが鳴り、耳心地が良く心が穏やかになっていく。心なしか読む速度が上がっている気がした。


 本来は二人一部屋なのだが、人数の関係でジルヴェスターは一人で一室を使っている。

 お陰で誰にも邪魔されることなく読書に没頭できていた。


 もしかしたら裏でクラウディアが手を回したのかもしれないと思ったが、都合が良かったので問い詰めることはしていない。

 真実はどうであれ、ありがたく一人部屋を満喫させてもらうつもりだった。


 次のページをめくろうとした時、扉をノックする音が室内に響く。

 ジルヴェスターは本をテーブルに置くと立ち上がり、来客を出迎える為に扉へ向かう。


 そして扉を開けると、そこにはステラがいた。


「ジル」

「こんな時間にどうした?」


 今は既に夜が更けている。

 寝るのが早い人なら既に休んでいてもおかしくない時間だ。


「MACのことで相談」

「そうか」

「中……入ってもいい?」


 室内を窺うようにステラが尋ねる。


「今からか?」

「ん」


 今の時間帯に女性が一人で男の部屋を訪ねるのは外聞が悪い。

 故にジルヴェスターは渋っていた。

 そのことに気が付いたステラはいつもの通り無表情で言う。


「ジルはわたしの担当だから大丈夫」


 ジルヴェスターは技術スタッフとしてステラのMACを調整する担当を務めている。

 なので、彼女がジルヴェスターを頼るのは何もおかしなことではない。

 例え夜分遅くに部屋を訪れていたとしても勘違いされる可能性は低いだろう。


「それに仮に誤解されたとしても相手がジルならいい」

「そういう問題ではないだろ……」


 ステラとしてはジルヴェスターと男女の仲だと疑われても一向に構わなかった。


 しかしジルヴェスターとしては簡単に流されるわけにはいかない。

 自分が既婚者だからというのもあるが、ステラの場合は大企業の御令嬢なのが最大の問題であった。


 処女性を重んじている魔法師界とはいえ、一般家庭出身の魔法師は男女交際に関して名家ほど厳しくない。


 ステラの実家であるメルヒオット家は魔法師界の名門というわけではないが、財界では確固たる地位を築いている。

 財界の名家であるメルヒオット家の令嬢として異性に関する外聞は足枷になってしまう。婚姻問題にまで発展しかねないので安易な行動は控えなくてはならない。最悪、一生結婚できなくなる恐れもある。本来は自由な恋愛を許される立場ではないのだ。


 もっとも、ステラの父であるマークは実力と実績で先代当主――ステラの祖父――を黙らせて想い人と添い遂げている。相手が優秀な魔法師だったのも認められた大きな要因だ。


 マークは自分が自由恋愛だったので、子供たちの恋愛事情には比較的寛容だ。――もちろん相手が誰でもいいわけではなく、認めた相手に限るが。


 その点、既婚者でさえなければジルヴェスターは縁談を持ち掛けられていたであろう。マークとは友人関係を築いているので尚更だ。


「せめてオリヴィアが一緒ならいいんだが……」

「オリヴィアは今お風呂」


 良く見るとステラの顔が火照っている。

 おそらく二人でホテルの浴場に行き、ステラだけ先に上がったのだろう。


「……そうか」


 二人きりよりは三人でいた方が誤解は生まれにくい。

 最悪誤解されてもオリヴィアが泥を被ればステラの評判は守られる。

 オリヴィアはステラのことを守る役目があるので文句は言わないだろう。

 そもそもステラのことを実の妹のように可愛がっているので自主的に守るはずだ。

 それにジルヴェスターとオリヴィアの関係上――一部の人しか知らない事情――仮に二人の間に良からぬ噂が立っても問題はなかった。


「なら、また後でオリヴィアと来てくれるか?」


 せっかく足を運んでもらったのに申し訳ないが、オリヴィアと共に出直してもらうことにした。

 ステラの名誉を守る為には致し方ない判断だ。


「……わかった」


 ステラは少しだけ残念そうな表情になったが素直に頷いた。


「それじゃまた後でな」

「ん」


 その言葉を最後にステラはホテルの自室に足を向けるが、少し寂びそうに見える背中が彼女の心情を物語っていた。


 ◇ ◇ ◇


 約三十分後、ステラはオリヴィアを伴ってやって来た。

 風呂上がりのオリヴィアは身体が火照っており、男なら誰もが見惚れてしまう色気があった。

 石鹸の匂いだろうか? オリヴィアから鼻腔を擽るいい香りがする。

 ジルヴェスターでなければ間違いなく鼻の下を伸ばしていただろう。


「こんな時間にごめんなさいね」

「気にするな。これも俺の役目だ」


 オリヴィアが申し訳なさそうにしているのは無理もない。

 本来、夜分遅く訪ねるのは非常識だ。

 三人の関係値があるからこそ許されることである。


「それに技術スタッフは好きでやっているからな」


 ジルヴェスターは技術スタッフを務めている以上、ステラを始め担当している人の要望には可能な限り答えるつもりだったし、趣味も兼ねているので全く迷惑ではない。むしろ嬉々としているくらいだ。


「ふふ。ジルくんらしいわね」


 クールであまり表情が変化しないジルヴェスターだが、内心は楽しみで仕方がなかった。

 それがオリヴィアには筒抜けであり微笑まれてしまう。

 彼女に対しては何も恥じ入ることはないので、ジルヴェスターはこそばゆくならない。


「それでステラの相談はなんだ?」


 ベッドに腰を下ろして二人のやり取りを傍観していたステラに視線を向ける。


「わたしは攻撃魔法が得意だからMACはそれを中心に構成していたけど、治癒魔法や支援魔法も組み込めたらと思って」


 ステラが喋っている間にオリヴィアもベッドに腰を下ろす。ステラと横に並ぶ形だ。


「なるほど」


 腕を組んで耳を傾けていたジルヴェスターが頷く。


「苦手な魔法を無理に組み込む必要はないんじゃない?」


 オリヴィアが心配そうな表情になる。


「でも、その方がみんなの力になれる」

「攻撃魔法に特化しても力になれると思うわよ」


 支援魔法や治癒魔法は仲間の為に使ってこそ真価が発揮される。

 しかし、攻撃魔法に特化して敵を倒すことも仲間の力になれる。


 無理に苦手な魔法を行使しなくてもいいのではないか? とオリヴィアが心配するのは道理だ。

 それで本来の力を発揮できなければ本末転倒なのだから。


ランチェスター学園うちのエースはレアルくんだから、彼をサポートした方がより多くのポイントを獲得できると思う」


 ステラはジルヴェスター以外の同級生の男子は君付けで呼んでいる。おそらく付き合いの長さの違いだろう。


 それはともかく、彼女の言う通り新人戦のエースは間違いなくレアルだ。彼だけ実力が突出している。

 レアルのサポートに徹すればより多くのポイントを獲得できるのは間違いないだろう。


「だけどステラは対抗戦を楽しみにしていたわよね? 本当にそれでいいの?」

「ん」


 サポートに徹するのは誰にでもできることではない。

 派手に魔法を繰り出して戦う人や場面に注目が集まってしまうので、どうしても地味な立ち回りのサポーターは目立たない存在だ。性格的な適正が伴う役目でもある。


 元々控え目な性格の人や目立ちたくないという者にとってはうってつけの立場なのだが、ステラは対抗戦のファンだ。

 自分が出場する日をずっと楽しみにしていたに違いない。サポーターとしてではなく、前線で戦いたいはずだ。


「わたし個人のことよりもチームが勝つことの方が大事」


 ほとんど表情が変わらないのでわかりにくいが、オリヴィアとジルヴェスターにははっきりとわかった――ステラの瞳には確固たる意志が宿っていると。


 対抗戦のファンだからこそ、出場する個人個人が自分の役割を把握した上でチームを勝利に導くことが大事だとわかっているのだろう。


「そういうことなら俺もできる限り力になろう」

「ありがと」


 苦手な魔法でもMACに埋め込んである魔晶石に刻む術式の精度によって上手く行使できることもある。

 そこは技術スタッフを務めるジルヴェスターの腕の見せ所だ。


「お前の適正属性を考慮すると……そうだな、いくつか試してみるか」


 ジルヴェスターが考え込む時間はあっという間だった。

 数秒で考えを纏めると、早速作業に取り掛かる。


「MACを貸してくれ」

「ん」


 ステラは身に付けている指輪型のMACと、腕輪型のMACを取り外して手渡す。


 魔法師は異空間収納アイテム・ボックスに多くの私物を収納している。

 なので、異空間収納アイテム・ボックスの術式を保存してあるMACは常に身に付けていることが多い。

 就寝中もだ。仮に取り外しても手の届く範囲に置いておくのが常である。


「しばらく待っていてくれ」


 デスクに向き合ったジルヴェスターは、異空間収納アイテム・ボックスから紙の束を取り出し、必要な術式を書き出していく。


 慣れた手付きで術式を書き込んでいき、ステラは目で追うのもやっとな速度だった。

 研究者肌のオリヴィアはステラよりは理解が追い付いている。


 そうして二人はしばしの間ジルヴェスターが作業する姿を見守るのだった。


 ◇ ◇ ◇


 同時刻――壁内某所の淫靡いんびな匂いが充満した一室では、生まれたままの姿である女が、同じく生まれたままの姿である十人の男と夜の営みに興じていた。


 特注で作られた非常に大きなベッドの上でお気に入りの男たちと乱れる女に声を掛ける者が一人いた。

 執事服を身にまとっているフランコだ。


「――姫」


 フランコは愛しの女が十人の男と楽しんでいるところを目の当たりにしても、眉一つ動かくことなく平然としている。

 彼にとっては女の幸せが自分の幸せだ。

 故に、他の男とよろしくやっていようと彼女が幸せそうならフランコも心が幸福感で満たされる。


「あん……何かしら?」


 快感に喘いでいるが、フランコの言葉はしっかりと耳に届いていた。

 一瞬だけフランコに視線を向けると、すぐに侍る男たちに視線を戻す。


明日あすから対抗戦が始まりますが、如何いかが致しますか?」


 各校の優秀な生徒が対抗戦に出場するので各学園が手薄になる。

 仮に襲撃があった場合は被害が大きくなる恐れがあった。


 逆に言えば、過激的な思想を持つ反社会的な組織にとっては襲撃する絶好の機会でもある。

 つまり、フランコは十二校ある国立魔法教育高等学校のいずれかを襲撃しますか? と尋ねているわけだ。


 無論、そういったことを想定して各校はそれぞれ対策を講じている。

 警備員を増員したり、宿直する教員を増やしたりなどだ。

 元々学園の敷地内にある教員寮で生活している教員もいるが、住宅街で暮らしている者もいる。なので、街中で暮らしている教員に対抗戦の期間だけ宿直勤務を命じていた。


 これだけ聞くと街中で暮らしている教員だけ宿直を命じられて不公平に感じるかもしれないが、教員寮で生活している教員は日頃から警備の一旦を担い、生徒の暮らしを見守る役目をこなしている。

 その代わり教員寮の家賃は格安で、学園の敷地内にある施設を利用できる。


 教員寮を利用する教員は独身者が大半を占めており、街中で暮らしている者は家族と生活している者がほとんどだ。


 宿直勤務中は家族と離れることになるが、その分の宿直手当は支給される。

 教員寮で暮らす者は少々負担が大きい代わりに、格安の家賃と利便性のある場で暮らせている。

 どちらも一長一短だが不平等による不満は出ていない。みな納得しているからだ。


 また、今は夏季休暇中なので実家に帰省している生徒が多い。

 守る対象の数が少なくなるので、万が一、学園が襲撃されても残っている生徒を守る負担が減る。――もっとも、人手が足りずに施設に対する被害が増す可能性はあるが。


 他にも各校毎にそれぞれ対策を講じている。

 防衛面に関して抜かりはなかった。


 そもそも生徒がいないなら襲撃する意味がないと思う者もいるだろう。

 しかし、国立魔法教育高等学校が襲撃された、被害を負った、という事実だけでも魔法師界にとってはダメージになり、反社会的な組織にとってはパフォーマンスとなる。

 有力な反魔法主義者が支援を申し出るきっかけになるかもしれない。

 故に学園側としては軽視できない問題だった。


「そうねぇ……今回は静観しようかしら」


 女は一人の男に跨りながら吐息を多分に含んだ声色で答える。

 身体と身体を打ち付け合う音と粘り気のある音が室内に響く。

 両手はそれぞれ別の男に伸びており、女のことを男たちが囲っている。


「魔法師の卵の実力を見させてもらうことにしましょう」


 今後の計画を練る上で情報を集めることは欠かせないので、対抗戦で生徒たちの実力を推し量ることを優先する。


「それに対抗戦の人気と注目度は侮れないわ。下手したら反感を買ってしまいかねないもの」


 国立魔法教育高等学校を襲撃するメリットはあるが、当然デメリットもある。

 国中で盛り上がる対抗戦の隙を狙って襲撃した事実が反感を買う恐れがあった。


 反魔法主義者は魔法師から反感を買うことはいとわない。

 しかし、非魔法師からの悪評は無視できないものがある。


 反魔法的な思想を持つ者は非魔法師が大半だ。

 コミュニティも主に非魔法師で構成されている。

 故に反感を買うと生活基盤が揺らぎかねない。


 反魔法主義者は魔法師に対して友好的、中立的な態度を取っている非魔法師が完全に魔法師の味方になってしまうことを最も恐れている。


「今は敵を作るリスクを負う時ではないわ」


 そもそも女は反魔法主義者ではない。

 だが、支援者や懇意こんいにしている者の中に反魔法主義者がいるので、無関係だと知らん振りするわけにはいかなかった。


 彼女は自分の望むままに行動している。それでも最低限の配慮は欠かしていない。

 こういったバランス調整が今でも組織を維持できている理由であった。


「暇になったらその時に考えればいいもの」


 以前ヴァルタンを使ってランチェスター学園を襲撃させたのは、単なる暇潰しにすぎなかった。

 使える駒自体はいくらでもあるが、ヴァルタンのように大規模な組織で使い潰せる駒を現状は持ち合わせていない。

 今は機会を待ちつつ準備を整えるべきだと判断した。


「畏まりました」


 慇懃いんぎんな態度で頭を下げるフランコ。


「面白い子がいたらいいのだけれど」

「それは始まってからのお楽しみですね」

「ふふ。そうね」


 女は気に入った男子生徒がいたら手籠めにする気だった。

 タイプではない男や、そもそも対象外の女は手駒として飼うのも悪くない、と皮算用している。


「それでは私は失礼致します」

「ええ」


 フランコが物音一つ立てずに退室する。


「さあ、もっと楽しみましょう」


 女は侍らせている男たちに期待と興奮を宿した眼差しを向ける。

 すると、とろけた表情に吸い寄せられるように男たちは女に手を伸ばす。


 その後、行為は一層激しさを増し、夢中で淫奔いんぽんに耽って朝方まで静まらなかった。

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