第39話 神崎郁人⑤&春野ミリアーノ③


(あいつら巧いな~)


 どういう訳か始まった4組と罰ゲームを掛けたバスケの試合。田中に頼まれた用事が思いのほか手間取って、その上迷子になったから授業にも遅れちまった。


(生徒会長にわざわざ手紙って何だよ。自分で渡せよなぁ。しかも会長教室にいねぇし。親切な先輩が教えてくれなきゃ永遠と彷徨ってたところだ。はぁ、それにしても俺も出たかったなぁ~)


 今の点差は11対10と一組が一点リード。相手にはバスケ部が二人、こちらはゼロとだいぶ不利なんじゃ?と、思ったら意外にもいい試合をしている。


「即席のチームなのに連携しっかり取れてんのな」

「みたいだね。春野君の指揮が見事なくらい適格だ。バスケ部には二人が付くようにしてるみたいだし。――おしい」


 ガンっと田中の放った3Pシュートはリングに嫌われ弾かれる。普段は適当な言葉やボケをかますくせに今は至って真剣な表情。そして積極的にプレーしている姿がちょっとカッコいいと思ったのは心の内に留めておく。得点には繋がってないが...。


「ちっ、またかよ」

「ッ!?」ビクッ


 その苛立ちを多分に含んだ舌打ちに思わず震える。視線だけ向ければ西郷と二人で試合を見ていた七貴が人殺しのような顔をしていた。


(は、外れたことを怒ってらっしゃる・・?)


 確かにそこそこ放っている田中のシュートは今のところ入っていない。だからこその苛立ちかと思いきや七貴の視線は試合をしている田中たちじゃなくその上、二階席で応援している4組の一団に向いていた。


「また・・ですか?」

「ああ。鏡か何かで反射させた光をあいつらに当てて妨害してやがる。それも一か所からだけじゃない」

「注意した方がいいんじゃ...?」


 鏡・・?――ッ、まさか4組のやつら邪魔して・・!!


(そんな卑怯なことしてまで勝ちたいのかよ・・っ)


 確かに試合に出てない4組の声援の中には明らかに1組への妨害目的の声があった。それには青木先生も注意はしているが、光の妨害は気付いていない。


「雪!今すぐ先生に――」







ダンッッーーー‥‥‥!!!!!






『―――ッ!!?!?』





 すぐさま青木先生に4組の不正を報告しようと俺が踏み出したその時。体育館全体に響き渡るほどの音がすぐ横から木霊した。丁度ボールがコート外に出て動きが止まった時だったせいか全員がその音の元凶である七貴に注目した。


 静まり返った館内にテンテンと床を跳ねるボールの音がはっきりと目立つ。そんな中、七貴は壁に叩きつけたのであろうその手をゆっくりと下ろした。


「どうしたんだ。七貴?壁に穴が開いたらどうする...」


 戸惑いながら青木先生が七貴に尋ねる。


「鬱陶しい虫がいたんで――、思わず叩き潰した。・・だけっす」

「そ、そうか。手、大丈夫か?」

「まあ、はい」

「な、ならいい」



――ピピッ!4組ボールから始めるぞ。



 青木先生は咳ばらいをした後、転がっていたボールを拾い4組の生徒に渡した。いや、それよりもだ...。

 

(こ、怖えええぇぇぇぇ!!!)


 俺はしっかりと見た。見てしまった。青木先生に軽く頭を下げた七貴だったが顔が上がるその瞬間、2階席の奴らを鬼の形相で睨んでいた。隣の西郷も負けず劣らずの怖顔でじっと睨んでいたし二人の迫力に俺まで腰を抜かしそうになったくらいだ。

 案の定妨害していた奴らは青ざめ、とにかく七貴たちと視線が合わないように彷徨わす。


「彼らも馬鹿なことをしたものだね」

「ほんとにな。一番怒らせちゃいけない奴を怒らせた」


 





「ちっ、腰抜け共が...」

「はっ、何や気になることでもあったんか?」

「くそっ――!」

「ほんま口の悪い奴やっ、――ね!」

「やろっ――!!?」


 パスッ ピピッ 2ポイント。


 健太のパスと見せかけてのジャンプシュートが綺麗に決まる。


 奈木君のお陰で外野からの妨害が無くなり、前半戦も残りあと少しとなったところで健太君が決め点差は19対15とじりじりと4組を引き離し始めていた。


 僕たちは兎に角、相手のバスケ部に仕事をさせず、他の3人がシュートを打つ分には仕方ないと切り捨てる作戦をしてきた。その作戦が功を奏して今のところこちらの思惑通りに試合を進めることが出来ている。


 そしてそのことに焦りを見せ始めたのはバスケ部の二人だった。彼らはレギュラーではない。とはいえ部員でも無い僕たちにここまで抑え込まれるとは想像していなかったようで、無理な態勢でドリブルを仕掛けたりとプレーに粗さが出始めた。

 加えて戸田君の怒声も原因の一つだろう。青木先生に何度も注意をされ控え始めているものの、彼のフラストレーションからくる味方へのプレッシャーが、余計な緊張感を与えていた。


 状況はこちらが優勢。このまま前半戦を終えればかなり有利。勢いも付く。



――――しかし僕は油断していた。



「ふん。二人掛かりとは言え素人に抑えられるとは使えない奴らだ。それに、面白くないね。少し痛い目にあってもらうとしよう。・・戸田、――まずは更科だ」

「・・やっとかよ」ニヤァ


 これまで試合を静観していた田口君が戸田君に何か指示を送る。するとさっきまでの苛立ちは何処へやったのか。戸田君は表情を一変させ嗜虐しぎゃく的な笑みを見せた。


(何か仕掛けるつもりか...っ!?)


 背中にいやな汗が流れる。すぐさま全員に警戒するよう指示を出そうとするも試合は既に動いていた。


「健太っ、行ったよ・・・っ!!」


 パスを受け取った佐竹君がそのままフェイントもかけずに健太君に得意のドリブルを仕掛ける。


――青木先生、ちょっとトイレに・・・

――ん、ああ。分かった。


 視界の端で4組の生徒が青木先生に声を掛けた。


「任せ――はぐっ!!?」

「おっと、行かせねえぞ?」


 佐竹君のドリブルに反応した健太に立ち塞がったのは戸田君だった。


「スクリーン!!?」


 スクリーン。簡単に言えば味方の動きに合わせて相手の妨害をするプレーの事。妨害と聞けば悪く聞こえるがれっきとしたバスケのテクニック。攻撃のリズムを崩したり、逆に今みたいにチャンスを作ることも出来る。

 今までしてこなかったそのプレーをこの場面でしてくるなんて予想外もいいとこだった。


「すまん...」


 そのまま佐竹君は齊賀君を躱しゴールを決める。ただその表情は険しく、自陣へと戻るすれ違いざまにぼそりと言い残していった。


(すまん...?どういう意味だ?)


「健太?どうしたのっ・・!!?」

「む、どうした?どこか痛めたのか?」

「ぐぅ・・あっ、あんの、ボケが・・っ!!」


ピィーーーー


 佐竹君が残した言葉の真意。それを考えるよりも先に隼人の焦燥の声に意識が向く。そこにはお腹を押さえ蹲っている健太に駆け寄る隼人たちの姿。


 そして前半終了を告げる笛の音が鳴り響いた。

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主人公の多すぎるクラスでラブコメは難しい。 カモミール @kamom-ra

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