十字町商店街の一日喫茶店。【後編】

「まず何がいるの明日美?」

 西村菊子は東原明日美に聞いた。


「うん、まずは電気ケトルね、南方君の話だとあそこガスを使うようにできてないみたい」

 東原明日美はこれは絶対って物を言う。


「ああそうだな東原、あそこは箱だけで基本料理するよに出来てないらしいからな」

 南方多助は父に聞いたあと商店会のホームページでイベントスペースの運用規約を調べていた。


「それじゃダメじゃん多助!」

 西村菊子は根本的に喫茶店カフェ出来ないと思った。


「大丈夫……だよ……」

 北川まもりは何かいいかける。


「それはなんとかなるわ菊子ちゃん」

 東原明日美は速攻言い返した。


「どういう事よ明日美?」

 西村菊子も聞き返す


「あのね……」

 北川まもりは……


「学園祭の模擬店思い出せよ西村、教室にコンロなんて無かったろ」

 南方多助は西村菊子に指を差し言った。


「あっ、そっか確かに調理は家庭科の調理室でやったしほとんど事前に作ったものだった」

 西村菊子は一年の時の記憶をたどる。


「そ、だからな」

 南方多助はそのまま東原明日美に「どうぞ」と手をやる。


「つまりコーヒーはネルドリップで淹れて、お菓子なんかは事前に作っておくの」

 東原明日美は人差し指を一本たて簡単な事よと言った。


「そう……あと……手間のかかる……」

 北川まもりは会話に入りたい感じだ。


「なるほどね作れる物は事前に作って、手間のかかるものはほら北川のおばさんのカウンターとか借りればいいか」

 西村菊子は自分のアイデアのように言った。


 北川まもりは西村菊子を見つめる。


「そうだよ、別にそこでずっと商売する訳じゃないんだ、あくまでも商店街を盛り上げるためのイベント、疑似学園祭だよ」


「おっ、良いね疑似学園祭♪」

 西村菊子は楽しそうだと思った。


「本当に楽しそう……」

 北川まもりも楽しいのは好きだ。


「じゃ何を出すかみんなで決めよ」

 東原明日美もなんだか楽しくなって来た。



***



「簡単なのはクッキーとかだよね明日美」

 前の学園祭でも出したし、お持ち帰りにも出来てお客さんの回転も早い」

 西村菊子は真っ先にそう言った。


「ああ、あとお菓子系ならチョコだな、クラッカーとかクッキーの割れたのとかいろんな豆とか入れて作った[チョコレートチャンプルー]結構ウケけてた」

 南方多助は学園祭の悪のりで作ったチョコレートが以外に美味しかったのを思い出す。


「でもちゃんとしたケーキとかも出したいの」

 東原明日美は固いものばかりだとお年寄りが食べれないし東原明日美の家の喫茶店では東原明日美の母、東原日々妃ひがしはらひびきの作ったケーキをレジ横に並べ喫茶店でケーキを食べたあとおみあげでも買って帰るお客さんもいたので、ケーキの無いカフェはさみしいと思った。


「じゃケーキも事前に作って置いとく?」

 西村菊子は安易にそう言ったが簡単ではない。


「生ものは痛むから冷蔵庫がいるぞ西村」

 南方多助は頭の中ですでに自分の家の冷蔵庫を空にして持って来れないかの算段をし始める。


「うん、それもそうなんだけど、やっぱりショーケースがほしい」

 クッキーやチョコレートは透明な袋にラッピングすれば普通のテーブルでも販売出来るがケーキともなればショーケースは必要不可欠だと東原明日美は思った。


「ショーケースのレンタルは高くつくぞ」

 理想が高いと失敗する、学生の背伸びは危ないと南方多助は思いそれを止める。


「写真じゃダメ明日美? ほらレストランって別にショーケースで売ってないじゃん、写真なら多助が撮れるし」

 ここは南方多助の使い時だと西村菊子は言った。


「そっか、あたしケーキってケーキ屋さんとウチのイメージが強くって、レストラン、レストランね」

 その考えアリだと東原明日美は気づいた。


「そうよ、メニューとか可愛く描いてさ、いろんなスイーツで迷うのよ」

 西村菊子はすでにその喫茶店に座りあれやこれや何を食べるか迷っていた。


「わー……」

 北川まもりはみんなの会話を聞く観客のようになっていたが「キョロキョロ」とみんなの顔を見てるだけで楽しかった。



***



「ねえ菊子ちゃん、池田の奥さんに聞いたんだけどカフェなら大丈夫だって」

 西村菊子の母、西村桜子は自身の花屋に来た商店会会長の奥さんにそれとなく聞いてくれたらしいのだか、遺族が反対しないならカフェを出すのに異論は無いそうで、東原明日美の家の常連だった商店会会長いわく商店街に喫茶店が一日でも戻って来るとたいへん喜んでいたそうだ。


「おっ、じゃ本格的に始めんかな? 西村、東原に連絡して北川のおばさん協力もらえるか聞いといてくれ」

 西村菊子は真っ先に南方多助に連絡を取り、そのあと東原明日美に電話した。



***



「あの佐々江お、佐々江おばさんちょっと

いいかな?」

 東原明日美は今でも北川佐々江にものを頼むのに気が引けていた。


「なんだい明日美ちゃん?」

 実を言うとこの時、北川佐々江はイベントスペースの喫茶店の事を飲みに来た南方多助の父、南方哲人と娘の為の花を買いに行った際、西村菊子の母、西村桜子にすでに聞いていた。


「あのね、その」

 東原明日美は今でも北川佐々江にものを頼むのに気が引けていた、そして何時もなら北川佐々江はそれを察して話を聞き出すようにつとめてくれていたのだが今日はあえてそうしなかった。


「うん? 何? 明日美ちゃん」

 北川佐々江はじっくり待った、居酒屋の料理の下ごしらえもしなければならない時間だったが、ただじっと東原明日美が自分の言葉で北川佐々江を頼れるようにと思っていた。


「あのっ! 居酒屋のキッチン使わせて下さい! あの、友達とイベントスペースで、商店街の、喫茶店、する計画があるんだけど、そこキッチン無くて、だから、お店のキッチン、借りたくて、お願いします!」

 そう言うと東原明日美は深く深く頭を下げた。


「うん、わかった、いいよ、私何でも手伝うから」

 北川佐々江は東原明日美を「ギュッ」と抱き締めた。


「明日美ちゃん、お母さん、よかった……」

 北川まもりはそのようすを少し寂しげに、そして遠巻きに見てるだけだった。



***



「だからちゃんと支えろよ田村!」

 居酒屋に来た林のオジサンが東原明日美がイベントスペースで喫茶店をやると聞いた瞬間「手伝ってやる!」と宣言した。


「わかってますって林さん」

 そして池田のオジサンも「僕も協力するよ」と言ってくれ今、商店街のイベントで使う折り畳みの長椅子を喫茶店入り口のガラス窓に付けて並べ、東原明日美のウチの喫茶店をイメージした草原のウサギ柄のテーブルクロスをプレゼントしてその長机の上へと広げげてくれた。


「ありがとう林のオジサン、池田のオジサン」

 東原明日美は南方多助たちと商店会の倉庫のパイプ椅子が置かれた場所の奥に古い木の食卓と椅子を見つけだしそれを磨いて運んでいる。


「気にすんなよ、これから池田のやつと冷蔵庫かっさらってくるからよ」


「人聞きの悪いこと言わないで下さい林さん、取り引き先に廃棄前のショウケースがあって自分で運んでそもまま廃棄手続きすれば貸してもらえたんですよ」



「本当にありがとう、林のオジサン、池田のオジサン」



 東原明日美はこの二人の会話が楽しくてしょうがないようすで笑った。



 そしてイベントスペースの喫茶店は東通り再オープンイベント初日の開店と決まった、東原明日美の家の喫茶店は今でも愛されていて東通り再オープン初日には彼女の喫茶店以外にみな考えられなかったからだ。



 失われたものが少しずつ戻ってくる。



***



「いらっしゃいませ、喫茶店[東の草原]へようこそ!」

 東原明日美たちの掛け声と共に商店街の小さなプレハブイベントスペースでカフェが再開された。


「コーヒーお待ちどうさまです」

 南方多助はコーヒーの淹れ方を東原明日美にみっちりと仕込まれていた、何故なら南方多助は今日一日コーヒー専門となり延々とコーヒーを淹れ続ける役をかってでて、どこのバリスタかって衣装をバッチリ着込んでいた。


「明日美、林さんにフルーツサンドと池田さんにパンケーキ!」

 西村菊子はウエイトレスと会計を担当していたがメイドと称した真っ白なお姫様のような衣装を着ていた為に小さな女の子からは「お姫様居た!!」とかどっかのテーマパークかって扱いを受けていた。


「はーい」

 東原明日美はブレザーの上に[まもり屋]のエプロンを着て火を通さなくても作れるサンドイッチと「ホットプレート使えんじゃね?」と一年のときの学園祭で他のクラスがホットプレートでクレープ作ってたのを思い出した西村菊子の提案でホットケーキがカフェの主力メニューとして作られていた。


 南方多助は開店前、久しぶりに肩くらいの黒髪を二つ小さく結んだ東原明日美を見て写真を一枚撮った。


 東原明日美は少し照れて笑った。


「菊子ちゃんショートケーキ追加持って来たよ、ショーケースに並べるね」

 西村桜子が北川佐々江の居酒屋で量産されていたケーキと焼きたてのクッキーそして北川佐々江が下ごしらえしたサンドイッチの材料を運んで来る。


 他にも西村桜子は紙コップや紙皿、プラスチックのフォークなどを使おうとしていた東原明日美にエコだなんだと言って趣味で集めていた食器の提供や洗い物をかって出てくれていた。


 ケーキの追加されたガラス張りのショーケースの上には南方多助の学習机にあった四人の写真が笑っている。


 一日喫茶店は開店時から商店街やそこに来た人々を笑顔にしていた。



「何故チョコレートがはけない」

 しかし南方多助が昨日の夜に大量に仕込んだ[チョコレートチャンプルー]とやらはその訳の解らない内容物と見た目からイマイチの売り上げを叩き出していた(こういうのはノリでしか売れないものだと南方多助が気づいたのは残ったチョコレートを延々と食べ続けた時だと言う)。



 そして北川まもりはショーケースの写真の後ろに静かに立ち、楽しそうなみんなをただ見つめていた。



 北川まもりにはみんなを手伝うことは出来ない……



***



「佐々江お母さん、今日、ありがと、」


 北川佐々江は東原明日美とそのよる洗い物をしていた時にその言葉を聞いた、北川佐々江はそのまま洗い物をしつづけ一言。



「うん」



 と言い、ただうなづいた。


 北川佐々江は思う、大切な娘、北川まもりをあの火事で喪って以来、正気を保っていられたのはこの東原明日美がそばに居てくれたからだと、東原明日美が居なければ毎日毎日泣きながら過ごし働く気力も立つ力も湧かなかっただろう、同じく家族を喪ったまだ学生のこの子を支えるという事が北川佐々江を立ち上がらせ気丈に振る舞わせ働かせてくれたのだと心の底からそう思った。



***



「ごめんね明日美ちゃん……日和ちゃん、助けられなくて……」


 北川まもりはあの日あの火事の中にいた、まだ小学生だった東原日和を守ろうとした。



「お母さん……もういいよね…………」



 北川まもりは今、消えようとしている、誰に見られる事もなくただそこに居ただけの幽霊、ただ残された人達が心配だっただけでここに留まり続けた北川まもりの一年が終わろうとしていた……



「ありがとう神様私に時間を下さって……」



 ここは十字町商店街、空から見たその場所は暖かな人の光に包まれた十字架のようだったと天に旅立つ少女は思った。

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十字町商店街の一日喫茶店。 山岡咲美 @sakumi

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