十字町商店街の一日喫茶店。

山岡咲美

十字町商店街の一日喫茶店。【前編】

「や、やっぱりさなんか盛り上げなきゃいけない訳よ」


 西村菊子にしむらきくこが沈黙に耐えかねて口火を切る、彼女の両耳の上であちらこちらに跳ね上がった天然の茶髪が学習机の前、キャスター付きの椅子に前後逆にまたがり滑り転びそうになるほど身を乗り出した瞬間「ブワッ」と揺れた。


「なんかってなんだよ、あとスカート!」

 南方多助みなみかたたすけは自分の部屋の真ん中に陣取られた安物のローテーブルの前にあぐらをかき西村菊子に指をさして注意した、南方多助は西村菊子の「盛り上げる」と言う発言が少し気に入らないようすだった。


「そっ、そうだね、盛り上げるは」

 西村菊子は少し「しゅん」となり、一度立ち上がると高校のブレザーのスカートを整え正しく椅子に座り直した。


「ねえ、今度出来るイベントスペースで喫茶店カフェしない? ほら学園祭でやって楽しかったし、あたし喫茶店なら手伝えるから」

 東原明日美ひがしはらあすみは当たり前のように南方多助のベットに座り南方多助を見つめそう言った、東原明日美の家はこのあいだまで喫茶店だった、確かに高校一年のクラス企画が喫茶店で東原明日美がそれを手伝ったとき、肩くらいの黒髪を二つ小さく結んだ東原明日美は大活躍だった。


「でも、いいのか? イベントスペースって東口の」

 南方多助はしばらく二つに結ぶことのなくなった東原明日美の髪を見てそう言った。


「私も賛成……」

 沈黙し続けた北川きたかわまもりが南方多助の座るローテーブルの正面で正座し少し悲しげな目をその眼鏡の奥から除かせた。


「うんいいの、その方がみんな喜ぶよ」

 東原明日美は南方多助の学習机の上に置かれた写真立ての写真を見てそう言った、南方多助の家はこの十字町商店街じゅうじまちしょうてんがい南通りの写真館で彼の部屋にはコルクボードに張られた数多くの写真が張られてあったが、写真立てには一年の時に金髪に染めたばかりの南方多助と西村菊子、東原明日美、そして何時も変わらず三つ編みを二つさげ、少し長い前髪を眼鏡にかけた北川まもり姿が写っていた、それは彼らにとってとても大切な写真だった。


「でも商店街の人が許可くれるかな?」

 南方多助はそもそも論を話す、学生がイベントスペースを借りれるのか、食品を扱う許可が降りるのか、そしてその喫茶店が商店街のみんな、お客さんに喜んで貰えるのかというものだった。


「アタシ、商店会の人に話せるかママに聞くよ、よくウチの花屋に商店会会長の奥さん来るから!」

 西村菊子は東原明日美がやりたいた言うなら自分のも絶対に協力すると思った。


「わたしも佐々江おばさんに聞いてみる!」

 東原明日美も西村菊子の言葉に勇気付けられ今お世話になっている商店街北通りの居酒屋店主北川佐々江きたかわささえに聞くと言う。


「そうね、お母さんなら食品のこと解るし道具とかの手配も出来るかも……」

 そう言うと北川まもりはベットのに座る東原明日美の方を応援するとばかり見つめた。


「わかった」

 南方多助は彼女らがそう言うならと、自分も協力しようと思った。



 一年前この十字町商店街で火事があった、それは東通り、商店街の四分の一を全半焼させるほどの大きな火事だった。



***



「ただいま佐々江おばさん、遅くなってごめんなさい今手伝うから」

 東原明日美はヘアゴムを手首に通すと髪を後ろに一つに束ね、カウンターの奥にある居住区と店舗を分ける廊下にかかった店のロゴ[まりも屋]と入ったエプロンした、それは北川佐々江が毎日洗い廊下の壁にあるフックに三着かけて置くものだった。


 十字町商店街北通り、北川まもりの母親、北川佐々江が経営する居酒屋[まもり屋]は奥へと長く続くカウンターテーブルと壁に寄せられた四人がけテーブルの並ぶ小さな居酒屋だった。


「明日美ちゃん? 佐々江お母さんは?」

 北川佐々江はしっかりと和服を着込み長く艶やかな黒髪を後ろにまとめたその上から今日も元気に[まりも屋]と娘の名の入ったエプロンをしていた。


 その姿はどんなときも真っ直ぐ立ち何事にもどうじはしないだろうと言った風だった。


「あっ、あの、お」

 東原明日美は「お母さん」と言いかけてその言葉を止めてしまい、少しうなだれる。


「気にしないで、明日美ちゃん……お母さん明日美ちゃんが居てくれてとても助かってるんだよ……」

 北川まもりはいつも洗い立ての自分のエプロンと[まもり屋]の名前を見て何時ものように笑う。


「佐々江さん、ビール!」

 店の方でお客さんの声が聞こえる、東原明日美は「あっ、はーい!」と大きな声をかけて佐々江さんからビールを受け取るとお客さんの元へ向かった。


「おっ、おお! 明日美ちゃんかビックリした!」

 いつもスーツがよれよれになってまで営業するオジサンが東原明日美に声をかける。


「何ですか田村たむらのオジサン、幽霊でも出たような声で」

 東原明日美はこの田村のオジサンをよく知っていた、田村のオジサンは東原明日美の家の喫茶店によく来てくれていた常連客でよくコーヒーとパンケーキを運んでいた。


「いや、明日美ちゃんが居ると驚くんだよ、喫茶店があんなことになって、東原のご夫婦と二人も娘さんが」

 田村のオジサンは目の前に置かれたビールを眺めながら言葉を濁らせる。


「田村! 辛気臭い話は止めろ! 幽霊だろうとなんだろうといいじゃねーか、ピチピチギャルがビール持って来てくれてんだぞ! 有り難く思いやがれ!!」

 すでにカウンターでクダを巻いていた作業服の男が田村のオジサンに食ってかかる。


はやしのオジサン、ピチピチギャルって」

 東原明日美は林のオジサンにひきつった笑い顔を見せる、林のオジサンも東原明日美の家の喫茶店によく来てサンドイッチをよく注文してくれた常連さんだ、東原明日美が喫茶店にいないと機嫌が悪るくなるので父の東原日出朗ひがしはらひでろうに言われて出来るだけ喫茶店に出るようにしていたほどだ。


「ハイハイ止め止め! お酒は楽しむもんだよ!」

 北川佐々江はそう言うとお品書きを「パタパタ」と降り「何か注文しな!」と圧力をかける。


「あっ、はい、じゃ僕は枝豆と唐揚げを」


「じゃ俺は熱燗追加、あと焼き鳥、ネギま、ネギまね!」


 大の男二人が居酒屋店主、北川佐々江にびびって慌てて注文をした。


「カワイ♪」

 東原明日美はそれを見て大の大人に失礼と顔を背け「こっそり」笑った。


「流石お母さん……」

 そして遠巻きに居酒屋の会話劇を堪能した北川まもりも少し笑うのだった。



***



「佐々江お母さんか」


 そう呟くと東原明日美は北川まもりの部屋の畳の床に布団を引いて寝た、回りの家具や机には北川まもりの性格を表す多くの難しい勉強の本や北川まもりにしては意外と思えるドールハウスなどが飾られていたが、東原明日美はできる限りそれらの物に触れないよう過ごしていた。


「気にしないくていいのに……」

 北川まもりは味気のない黒色の木のベットに座りそのまま横になった。


「まもりちゃん、わたしがお母さんって呼んでも怒らないない?」

 東原明日美はそう呟くと布団を頭からかぶりそのまま眠ってしまった。



「怒ったりしないよ、明日美ちゃん……」



 北川まもりは眼鏡も外さず手を胸の上に重ねるとそのまま目を閉じるのだった。



***



「ねえママ、東通りの再開発で新しくイベントスペース出来るじゃん」

 西村菊子は[フラワーショップ花の泉]二階にある自宅のダイニングテーブルで小分けに梱包されたせんべいの入った袋を置いてそれを次から次に口にしながら喋っていた、横にはせんべいには似つかわしくない、薔薇の模様があしらわれたティーカップが紅茶の香りをたたえている、食器集めは西村菊子の母、西村桜子にしむらさくらこの趣味だった。


「ああ、東原さんの喫茶店の有った所ね」

 西村桜子は夕食の前に食べないでとそのせんべいの入った袋を取り上げる。


「そうそうあそこ借りるのっていくらくらいかかるのかな?」

 西村菊子は取り上げられた袋に手を突っ込みもう一枚取り出す。


「なに? なにかしたいの菊子ちゃん?」

 西村桜子は残った袋の中身があと一枚だと確認するとそれを取り出し食べることにした。


「ん? まあね」

 もうないと思うとゆっくり味わいたいのが人情だ、西村菊子はかっさらったまあるいせんべいを噛んだまま口の前で上下に揺らし遊び始める。


「たぶんだけど安いと思うわ、あそこプレハブだし、四人も亡くなられてるから」

 西村桜子はそう言うと再開発でもアノ土地は買い手が付かず空き地になる所を商店会で買い取りイベントスペースにした経緯があったと西村菊子にはなした。


「そだね」

 西村菊子は遊んでいたせんべいを静かに食べた。


「東原さんのところの日和ひよりちゃん、まだ小学生だったのに」

 西村桜子は東原明日美の妹、東原日和を思い出し最後のせんべいの小袋を開ける。


「うん」

 西村菊子は「あーん」と口を開け「それもちょうだいママ」という素振りを見せる。


「ん? なにかあるの?」

 母、西村桜子は娘、西村菊子の口にせんべいを向かわせUターンさせたあと、自分の口に入れた。


「いやー、アタシ達で喫茶店とか出来ないかなーって思ってさ」

 チッ! ケチンボ!


「アタシ達って?」

 アンタさんざん食べたじゃない!


「アタシ達はアタシ達だよ、南方のバカと明日美とまもり」

 西村菊子は何時も一緒だった四人の名前を西村桜子に伝えた。


「そう、四人で」

 西村桜子はせんべいをはんぶん食べると残った半分を西村菊子の口に突っ込んだ。


 ぼりぼりぼり


 西村菊子はせんべいを食べた。


「わかったわ、ママ池田さんに聞いといたげる」

 池田さんは商店会会長の奥さんだ。



***



「多助、そう言う訳だから」

 西村菊子は白に金色の装飾の施されたお姫様のようなベッドに横たわり天井にスマートフォンを向けてその向こうに居る南方多助と話していた。


「わかった、オレも父さんにそれとなく聞いたんだけどあのイベントスペース商店街の人なら予約制で無料で使えるらしい、審査はあるみたあだけど」

 南方多助の父、南方哲人みなみかたてつんどは趣味で[鉄道大写真展]とやらを計画しているらしくすでに調べていたらしいのだ。


「[鉄道大写真展]って、それは使用料、いえ商店街の被害を考えると慰謝料請求できるんじゃないの?」

 西村菊子さん鉄道ファンに謝ろうか?


「まあ[鉄道大写真展]はともかくオレの計画する[制服女子大写真万博]はいけると思うぞ」

 南方多助はとんでもないものを計画していた。



「お前はどこかの女性団体に叩かれろ!」



 西村菊子はそう叫ぶと心の底からキモいと思い電話を切った。

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