下
「今回の事件は、金夜さんが自首さえしなければこれほどまでに時間がかかる様な事件ではなかったんですよ。……そうそう今から話す内容はあくまでも私、坂依
その言葉に私はただ、地面に縫いつけられたように立ち尽くしかない。
「まず事件の概要をおさらいしましょう。二十一日の午前十一時、近くの交番にとある男性からの通報がありました。『私が殺しました』と。通報を受け駆けつけた警察により、その事件は殺人事件と断定され、管轄の警察署によって捜査が開始されました。その結果、複数の事実が判明しました。
一つ目、第一発見者である金夜
二つ目、凶器となった包丁は成瀬こころ氏の家にあったものであること
三つ目、成瀬こころ氏は金夜花英氏の他に加賀野
四つ目、凶器となった包丁からは第一発見者である金夜花英氏の指紋しか検出されなかったこと
五つ目、その凶器は金夜さんが指紋をつける前に拭き取られたあとがあったこと
六つ目、現場の指紋は一部を除き、加賀野八重氏と金夜花英氏の指紋しか検出されなかったこと
六つ目、金夜花英氏は何故か、発見した段階ではまだ息をしていたはずの成瀬こころを見て救急車を呼ばず、息絶えたのを確認してから通報をしたこと
七つ目、加賀野八重氏が九時半頃に被害者宅へ向かい、その後、焦ったように出てきたこと
八つ目、加賀野八重氏と金夜花英氏は成瀬こころ氏のマンションのロビーですれ違っていること
これらの事実から警察も私も金夜さんが成瀬さんを殺した加賀野さんを庇っていると思いました。けれど加賀野さんは犯行を否定、更には自分が見た時にはまだ生きていたなどといいはじめたのですからね、警察も頭を抱えました」
ひとつ、ふたつ、と指を使って説明される事実に私は顔を覆いたくなった。かなくんが家に来た時、こころはまだ生きていたなんて。八つも出される事実を咀嚼していくには時間がかかる。私は三つ目のところで足踏みしたいのに坂依さんは止まらない。
「けれどね、やはり仲間というものは時として何ものにも変え難いものなのですよ。捜査陣は加賀野さんを何とかして口説き落とし──金夜さんは貴方を庇ってるなんて言ったりして──警察官と私同席のもと、加賀野さんに聞き手に回ってもらい、金夜さんが加賀野さんを庇っていると金夜さん本人に自白させました。そのおかげで次のことがわかりました。
一つ、加賀野さんは自分が来た時にはまだ息はあったものの死んだと勘違いし焦って出ていったこと
二つ、金夜さんが来た時、まだ息のあった彼女に犯人は誰かと問い掛けると必死に「や……や……」としか言わなかった為、詳しく聞こうとすると彼女が床に八の字を書いたこと
この二つの事実から金夜さんは『加賀野八重が成瀬こころを殺害した』なんて勘違いをする羽目となったのですよ。そうして加賀野さんが殺したと勘違いした金夜さんはとりあえず凶器に触れたんです。その結果、凶器には金夜さんの指紋しか検出されないという奇妙な事態が発生したんです」
私にはこれがよくわからなかった。かなくんが凶器に触ったのなら指紋はかなくんものしか出ないものじゃないのか。足踏みした私にはわからないことが多い。
「なぜ、金夜さんの指紋しか検出されないことが奇妙なのかと言いますと凶器となった包丁は成瀬さんの家のものなんです。つまり、金夜さんがわざわざ成瀬さんの指紋を拭いてから使う必要がないからですよ。と言っても凶器についていた指紋を拭き取ったのは金夜さんではなく、おそらく犯人Xでしょうが。現場から検出された金夜さんの指紋は凶器の包丁とドアノブだけですからね。そうやって成瀬さんが息を引き取ったのを見た金夜さんはあたかも自分が殺したかのように通報したんです」
ひひっ。と彼女は不気味に笑った。
「つまり、成瀬さんを殺した犯人Xは加賀野『八』重さんではないんです。なぜなら加賀野さんが犯人の場合、現場のドアノブからも検出されないはずなんです。わざわざ自分が殺したことを隠蔽する為に包丁の指紋を拭き取って起きながらその他の指紋を消さないなんておかしな話だからです。つまり、現場から指紋を拭き取る必要があった犯人Xとはだれなのか。という話ですが」
坂依さんが
「それはね、八楽さん。あなたしかいないんです」
「もう、もうやめて……!」
それがようやく発することのできた私の言葉だった。ステージの上に立つ坂依さんは相変わらずヘラヘラとしているのに、その雰囲気はあまりにも人間離れしすぎている。私はこの人に全てを見破られている。そう感じると何故だか安堵の感情が湧いてきて、その場に座り込みたくなる。けど私はなんとか二本の足で立った。ライブの途中で座るのはマナー違反だから。
「犯人Xが八楽さんである、という視点を我々が中々持てなかったのはやっぱり金夜さんの自首でした。なぜなら金夜さんが誰かを庇っているとしてそれが貴方である可能性はかなり低いうえ、あの犯行が極めて衝動的なものである以上、加賀野さんの可能性をギリギリまで消せなかったのですから。先程も言いましたが被害者である成瀬こころさんは金夜さんだけでなく加賀野さんとも身体の関係があり、痴情のもつれは衝動的な殺人の動機になり得るんです。しかし、私が加賀野さんの証言を信じたのは現場の指紋です。見える場所の指紋を消す必要があり、犯行時刻と思われる、つまりは成瀬さんに包丁が突き刺されたと思われる時間に被害者と会っていたのは貴方しか居ないからなんです──貴方は成瀬さんが未だ息を引き取っていないことに気が付かないまま現場の指紋を消して立ち去ったのでしょう──。そして、この推理を確たるものにしたのは私が犯人を指摘した時に言った貴方の言葉ですよ。貴方が犯人でないのなら「やめて」ではなく「ちがう」であるべきです、しかし貴方は「やめて」と言った。自分が冒した罪から目を背けるためにね」
気がついたら私はその場に座り込んですすり泣いていた。多分、坂依さんはステージの上に立ったままだと思う。
パンプスの足音が響く。私はよろよろと立ち上がって後ろを見た。鬼頭さんと、見たことのある男の刑事さんが私を捕まえにやってきたのだろう。坂依さんが繰り返し言っていたことを思い返す。
──金夜さんが自首さえしなければ
私のせいで推しが居場所を喪ったこと。私が償わなければならない罪は人殺しだけじゃない。私は、最後の力を振り絞った。涙でぼやけた瞳が、最後に見た坂依さんの姿はまるで、
*
「こころ、もうやめなよ」
「何を?」
「その匂わせ」
「別にはっきり言ってるわけじゃないからいいでしょ。ていうかまいに関係ない」
「私には関係ないかもしれないけどそういうこころの行動がかなくんの居場所を奪うことになるかもしんないじゃん」
衝動 聖崎日向 @shMint
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます