固いうどん

逢明日いずな

赤いきつねは5分待たねば


 少し前に参加した「緑のたぬき」の話を気にしつつ、他の人の作品を読むのが日課になっている。


 私の食の好みは、「緑のたぬき」なのだが、せっかくなので、「赤いきつね」の話も考えようと、今日は、「赤いきつね」を用意した。


 今日も、「赤いきつね」「緑のたぬき」ショートストーリーコンテストの出品作品を読む。


(みなさん、レベルの高い作品を出している。 私のように、ちょっと前に、書き始めたのではないわ。 勉強になるわぁ)


 思いつつ、タブレットを見ながら、赤いきつねのパッケージを開き、中の出汁を取り出す。


(ああ、この人の、面白いわ。 ふむふむ)


 いつもの「緑のたぬき」のように、出汁の袋を、タブレットを覗きながら、手探りで破って、中に入れた。


 袋を手で切るのだが、今日は、タブレットの中の話に夢中になってしまい、視線は、タブレットに釘付けになり、右手で袋を開いて、左手でカップの中に出汁を入れる時も、視線はタブレットに釘付けなので、手探りで行っている。


 袋を切るのは、いつもの感覚で途中の、唐辛子の部分と、分かれている部分までは切っている感覚で、なんとなくわかるのだ。


 出汁の方の袋が切れた。


 途中で、切れ方が少し硬くなる部分までで構わないのだ。


 いつもなら、ここで、視線を手元に向けるのだが、今日は、タブレットから目が離せないでいる。


 時々、右手でスクロールはするのだが、面白いと思ったら画面からどうしても視線が離せないでいる。


 手の感覚だけで、横にある赤いきつねに出汁を入れた。


 それを今度は、電気ポットの前に持っていく。


 出汁は入っているので、後は、お湯を注ぐだけなのだ。


 タブレットの中の話が、丁度、区切りのところに来たので、ポットの前の赤いきつねを持ち上げて、急いでお湯を注ぐが、話の続きが気になっていた。


 早く、話の続きが読みたいので、お湯が出てくるのも、遅く感じている。


 規定の位置まで、テーブルのポットの高さから、少し横から中を覗く程度にしか見えてないが、立ち上がって見る必要はないと思い、横から覗き込むようにして、お湯の入った量を確認する。


 「赤いきつね」を、テーブルに置くと、箸を蓋の上におく。


 割り箸なら、蓋のところに挟むのだが、割り箸が手に入らず、誕生日に、某健康食品メーカーが、プレゼントしてくれた重ね塗りの箸を今は、使っているので、その箸を蓋の上においた。


(これでよし。 じゃあ、今の話を読んでしまおう)


 この、「赤いきつね」「緑のたぬき」ショートストーリーコンテストは、800文字以上、4000文字以下と決まっているので、1話読むにしても大した時間はかからない。


 「赤いきつね」にお湯を入れて、途中で止めていた作品を、また、読み始めた。


(ふむふむ、なるほど、こんなふうにオチをつけるのか。 流石にコンテストに出す人達は、組み立て方も読ませ方も、上手く作っている)


 読み終わったので、時間を確認してから、先ほどお湯を入れた「赤いきつね」の蓋を開ける。


(? ……。 あれ、お湯が透明だなぁ)


 そんな事を思いつつ、出汁の袋を見る。


 その瞬間、私は固まった。


(しっまった。 間違えて、先に唐辛子を入れてしまった!)


 カップの中のツユが、透明だった意味が分かった。


 話に夢中になっていたので、間違えて、出汁ではなく、唐辛子の方をカップの中に入れてしまったのだ。


(今日は、お湯を入れた後に、何もしなかったから、そのせいで、ツユの出汁が下に溜まっているのかと思ったのにぃ!)


 カップの中には、唐辛子のお湯に浸かった、うどんと油揚げが乗って、湯気がたっている。


(仕方がない。 後入で出汁を入れよう。 世の中には、出汁の後いれもあるのだから、今日の順番は目を瞑ろう)


 そう思いつつ、出汁の袋の封を切って、カップの中に出汁の粉を振りかける時、袋の切り口が湯気で出汁の粉が付着しないように気をつけて、出汁の粉をカップの中に入れた。


 出汁の粉が切り口に付着しても、その部分をスープの中に入れてしまえば、きれいに出汁の粉は、スープの中に入るのだが、それをした時、どうしても負けたような気分になるので、湯気で粉が付着しないようにするのだ。


 出汁の粉をかけると、袋の切り口を確認する。


 そこには、3・4粒の粉が付いていた。


(うん。 勝った)


 私は、切り口全体に粉が付着してない。


 わずかな粉だけしか付着してないことに満足すると、箸で軽く麺を揺すり、スープを全体に回すようにする。


(? ……。 まあ、うどんだから、こんなもんだよな)


 いつもは、「緑のたぬき」なので、そばとうどんという太さの違いから、解れにくいのかと思ったのだ。


 うどんを食べ慣れていなかったこともあり、こんなもんなのだろうと思って、大して気にもせず、スープがお湯の中で完全に混ざったと確認する。


 すると、タブレットの中は、次の作品を読むべく、今読んだ隣の作品をクリックする。


 最初の数行を読み始めると、「赤いきつね」を食べ始める。


「いただきます」


 そう言って、一口目を箸で掬って食べる。


(あ!)


 その麺は、とても硬かった。


(なんだか、芯があるぞ。 鰹出汁のスパゲッティーだったっけ?)


 いや、自分の食べているのは、「赤いきつね」なのだ。


 決してスパゲッティーではない。


(なんで、3分はたっているはず。 こんなもんなのか)


 少し硬い一口目を、音を立てて啜る。


 口の中で咀嚼するが、なかなか、噛み切れない。


(うどんは、コシがある方がいいらしいが、これは、硬すぎるんじゃないのか?)


 だが、せっかくなので、そのまま、タブレットの小説を読みながら食べることにする。




 読みながら、「赤いきつね」を食べる。


 いつもより噛むのに時間がかかった。


 少し、口の中が気になるが、読みつつ、「赤いきつね」を食べる。


 結果、最後の方は、丁度良い硬さになった。


(うん。 最後位の硬さが、丁度良いと思うなぁ。 まあ、これより少し柔らかくても構わないと思う)


 麺を食べながら、途中で油揚げも食べて、最後に出汁を飲み干す。


(うん。 最初は、少し硬かったが、美味かった)


 作品も一つ読み終わった。


「ごちそうさまでした」


 そう言って、カップの中に出汁の袋と外側のラミネートを入れて、その上から「赤いきつね」の蓋をカップの中に入れる。


 片付けようと立ち上がった時、何気に、蓋のバーコードの下の文字が目に入った。


「熱湯 5分」


 私は、それを見てしまった。


(しまった。 いつもの、「緑のたぬき」のつもりで、3分で食べてしまった!)


 私は、「緑のたぬき」のつもりで、お湯を入れて3分で食べれると思っていたのだ。


(5分じゃねぇか〜っ!)


 私は、その数字が、食べ終わって、片付けようとして初めて目に入ったのだ。


 タブレットの中の作品を読むのに夢中で、「赤いきつね」が、5分待つのだと気付かず、3分で食べてしまったことを、片付ける時になって気がついた。


(いつもの「緑のたぬき」のつもりで、3分で開けていたのかぁ。 それなら、硬いのもうなづける)


 私は、少しがっかりした気分になって、「赤いきつね」のカップを持って、台所のゴミ袋の前に行くと、プラスチックと紙にに分けて、捨てていた。


 捨て終わると、ため息が出てしまった。


(次は、5分待ってから、「赤いきつね」を食べよう)


 私は、「赤いきつね」の待ち時間を心に刻んで、ゴミ袋の前を後にした。

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