第55話 外伝4


 ほどなくして、圧倒的な体質量物質の嵐に自慢の戦闘機械ごとミンチにされた男の研究所は龍斗の仕掛けた爆薬で炎に包まれる。


 その様子を、離れた山の頂から無機質に眺める龍斗の傍らで、少女がゆっくりと目を開けた。


「気がついたか?」

「……ここは?」


 虚ろな眼差しは辺りを見渡すが、見たことの無い物しかないためか、唯一覚えのある龍斗の顔でその視点は止まった。


「これが外だ」

「ここが?」


 少女は眺めながら自分の下に生えている草を一掴み千切ると顔に当てた。


「冷たい……けど、いい匂い……あれは?」


 少女の見る先には、街では余計な明りのせいであまり見ることができない星達で満たされた雄大な夜空が広がっていた。


「あれは星だ」

「星?」

「そうだ、そしてあの一番大きいのが月だ」


 丸くて白い、感じたことの無い優しい光に思わず手を伸ばす少女の体を抱き抱え、少しでも近くにと龍斗は少女をお姫様抱っこの状態で支えた。


「死ぬんだよね? ……あたし」

「ああ、呪いを使った変身は殺さないと人間の姿に戻れないからな」


 淡白な返答に少女は苦笑する。


「そっか、だよね……あーあ、結局あたし、名前も付けてもらえなかったな……」

「じゃあ俺が付けてやるよ、そうだな、七五番だから、奈々子でどうだ? 女の子には割りと一般的な名前だぞ」


 目をつぶり、口元を緩ませて少女は呟く。


「奈々子か……はは、なんか可愛い」

「本当は、月や星以外にも色々と見せてやりたいところだが……」

「へえ、まだあるんだ……見たいなあ、でもね、なんか眠いの……」


 いよいよ秒読みになった命の鼓動に、龍斗は腕が震えないよう抑えるのに必死だった。


「そういえば……あなたの名前は?」

「龍斗……水守龍斗だ」


 声は、震わせずに喋りきれた。


「いい名前……じゃ、最後に……ありがとう、龍斗……」


 人間の欲望の過程で作られ、人間の都合で死ぬことになった奈々子は、最後に幸せを噛み締めたような笑顔で体温を失った。


「うっ……」


 涙腺と声帯が決壊した瞬間だった。


「うああァアアあああっああああっ!」


 何故この少女は死ななければならなかったッ!?


 否、自分が殺した、違う、殺す事でしか救えなかったッ!


 死ぬことでしか救われない命など、あっていいはずがない。


 彼女にはもっといろんな物を見て欲しかった。


 青い海を、夏の暑い日差しを、白い雪を、一生涯をあんなガラスケースの中で終るなど余りにも悲しすぎる。


 何が武神だっ! 何が最強の拳だっ! この手で少女に見せてやれたのは月と星、夜の世界だけではないか。


 内臓を吐き出さんばかりに慟哭して、龍斗は自らが仕掛けた爆薬で燃え盛る研究所に向かって叫ぶ。


「なんでお前らはこんなことができるッ!? なんでお前らはこんなことをするッ!?

何を守るわけでもなく、誰を救うわけでもなく、ただ自分達の欲望のためだけにどうしてだッ!? ……お前らこそ、本当の化物だぁああああッ!!」


 少年の訴えに、無常すぎるほど静謐を守る夜の闇は、何も返してはくれなかった……





 数時間後、涙が枯れた龍斗が自宅に戻ると、キッチンの上には一枚のメモ用紙が寂しく置いてあった。


「やはり龍斗君とは一緒にいられません、P.S 夜食に卵焼きを作っておきました……って、これじゃまるで離婚する夫婦だな」


 苦笑して龍斗は冷蔵庫の卵焼きを一つ手にとって食べると再び玄関へ向かった。


「帰ってきたばかりだが、五度目の家出娘を探すか……」


 家のドアを閉める時、龍斗は口に残る卵焼きの味を確かめ、奈々子にも食わせてやりたかったと牢記(ろうき)してから夜の街に姿を消した。


                                    終

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罪罰遊戯・無限再生能力でチートで無双する 鏡銀鉢 @kagamiginpachi

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