第54話 外伝3


 

 半開きの焦点の定まらない目を向けて聞いてくる少女は、どうやら言葉は通じるらしい。


「その前に応えろ、ここで何をしている?」


 しばらく途惑って少女は視線を泳がせる。


「えと、かいん、とか言うやつのコピーらしいんだけど、あたしもよくわからない」


 殺戮者(カイン)のことを正確に理解していない、おそらくクローン技術で殺戮者(カイン)の大量生産を試みたのだろう、黒門会がやりそうなことだと龍斗は内心で歯噛みする。


「ここの生活は辛いのか?」

「えっ? うん、いつも恐い動物と戦ってばかりだし、あまり良いことはないかな……」


 予期しない質問に少女は当惑しながらなんとか力のない声で応える。


「ここはもうすぐ爆破される、逃がしてやるからロックを外す方法を教えろ」

「……そこの機械で操作できるはずだけど」


 いまいちピンときていない様子だが彼女に言われた通り、パソコンの電源を付けるとなんとかわかりそうだった。ついでにここのデータもコピーする。


 しかし、逃がしてやると言っているのに、少女は少しも嬉しそうなそぶりをしなかった。


「何か不満なのか?」

「そういうわけじゃないけど、あたしこの建物から出たことないし、外がどうなっているのかも……」

「すくなくともここよりはマシだ」


 パソコンを操作する龍斗をしばらく眺めてから、ケースを脱出した少女は不意に言う。


「どうやって逃げるの?」

「今なら見つかっても逃げ切れるからな、ドアをブチ破って駐車場から脱出する」

「じゃあカギ持ってきてあげるよ、侵入がバレるのは少しでも遅いほうがいいでしょ?」


 思いがけない笑顔を見せて少女は龍斗の返事を聞くことなく部屋の隅に設置されている扉の中に入っていく。


 データのコピーが取り終わり、少女もカギを持って出てくると二人は駐車場に向かった。


「他の奴らは輸送されたのか?」

「うん、昨日死んじゃった子もたくさんいるんだけどね」

「悪いことを聞いたな……」

「気にしないで、あそこじゃそんなの日常的なことだから」


 言葉とは裏腹に力を失っている少女の声に龍斗は同情の念を抱くと同時に、何故この少女を助ける気になったのかとも思う。


 紗月のためならどんな犠牲も払うと決め、ミッション中は感情を殺すようにしてきたつもりだったが、まだ生まれ持っての甘さが拭え切れていないのかもしれない、龍斗は心の中で自嘲しながら最後のドアを開いた。


 電気の落ちた駐車場は所内よりも遥かに暗く、立ち並ぶ輸送用の大型トラックが闇の中で不気味な威容を放っている。


 今にものしかかってきそうなトラックの重圧をくぐり出口へ向かう、前方にあるはずのシャッターを貫けば外のはずだが、途端に少女が龍斗から離れ、シャッターへと走り出す。


 さっきまでは不安そうな顔をしていたのに、いざ外が近づくとここから脱出できることが急に嬉しくなったのかも知れない、そう考えると少し愛嬌(あいきょう)を感じるが、その考えはすぐに裏切られる。


 突然駐車場全体を光が照らした。誰かが駐車場の電気を点けたようだ。


 天井から降り注ぐ光に、そしてシャッターの前に並ぶ存在に、龍斗は瞠目して見る。


 数十機にわたる戦闘用二脚型ロボット、F―08式、高い跳躍力を誇る逆間接の脚部と銃火器になっている両腕が特徴で、四つの広角レンズが蜘蛛の目のように怪しい光を放っている。


「よく来たね、鼠くん」


 二脚型ロボット達を従えるように、中央で仁王立ちになっている白髪交じりの中年男性のもとへ少女が駆け寄る。


「所長!」

「七五番、よくやったな」


 男の賛辞に少女は口元を緩める。


「騙したのか?」


 冷淡な声質に少女は一瞬、悲しそうにうつむくが、すぐに顔を上げて叫ぶ。


「そうよ、悪いけどあなたにはここで死んでもらうわ!」

「なぜこんなことをする……」

「なぜ!? あなたに何がわかるの!? 教えてあげる、あたしがあそこに残っていたのはね、あたしが明日処分されるからよっ!」

「……!?」


 龍斗は咄嗟に声が出なかった。


 語る少女の目からはいつのまにか涙が溢れている。


「死にたくなかった。勝手に作られて勝手に殺されて、そんなの、何のために生まれてきたか分からないじゃない!」

「だから外の世界へ行こうと」


「そんなどんなとこかも分からない場所に賭けたくない! でもここなら、ここの人達なら、少なくとも成果を出せば喜んでくれる、実戦投入まで行ければ生きられる保障があるの! だから認めて欲しかった、あたしが役立たずなんかじゃないって、殺すには惜しい存在だって……そのためには、あなたを……」


 最後のほうは、もうかすれ声になっていた。

 少女の肩に男の手が乗る。


「ああ、お前は良く働いてくれたよ、近頃、我が黒門会が所有する各地の研究施設が荒らされていたが。その犯人を捕まえたとなれば大手柄だよ」


 気持ちの悪い位に優しい声をかけ、涙を拭いながら笑う少女に近づき再び告げる。


「だからね、君には最後にもう一働きして欲しいんだ」


 乾いた銃声が駐車場の静寂を破る。

 よろめいた少女の服はお腹の辺りが赤いシミになっている。


「なん……で?」


 汚い笑顔を浮かべ、男は銃を内ポケットにしまった。


「なあに、最後に実験データを取らせてもらうだけだよ」


 少女の体が肥大し、服を突き破る。


 悲鳴を上げながらのたうちまわる少女の体はなおも変形をやめようとはしない、時の歩みの果てに待っていたのは目を疑いたくなる光景だった。


 四メートルを超える巨躯は硬い体表に覆われ、長く太い手足の先にはナイフのような爪が指と同じく五本ずつ共存している。


 脇差ほどもありそうな牙を揃えた長い口はワニを彷彿とさせる。


 巨木のような腕を支えにして、床に爪を衝きたてて放たれた咆哮に男は肩を抱いて身震いをした。


「はははははっ、いいぞ、最高の化物だ、そのまま奴を食い殺してしまいなさい!」


 唸り声を吐きながら猛進する怪物に、黒い双眸は哀れみの念を以って見据える。


「……安心しろ、一撃で終らせる」


 一度は自分を陥れた少女に対する龍斗の顔は見方によっては泣きそうにも解釈できた。


 現代の獣など足元にも及ばない最上級の怪物でさえ、全ての武をその身に宿し、師匠や真弥から武神と言わしめた龍斗には恐れるに程遠かった。


 ビルの鉄骨を小枝のように切り裂く横薙ぎの爪を避けて懐に潜り込んだ龍斗の手掌が少女だったモノの胸にクリーンヒット、衝撃は内蔵全体に伝わった。


 体重差で言えば幼児に殴られた程度の衝撃しかないはずだが、喰らった当人は動きを止めて、ゆっくりと傾きながら床に伏した。


 気を失った獣の体は時間を巻き戻すように縮小し、もとの少女の姿を成した。


「ちっ、所詮は失敗作か……」


 毒づき、紳士の仮面が剥がれた男が右手に握られた機械を操作すると、今まで沈黙を守ってきたF―08式が一斉に銃口を龍斗に向ける。


 しかし、当の龍斗はそんなものなど無いかのように振り返り、黒いトラックの側に寄って車体の一部を掴む。


「おいコラ、貴様は自分の状況が分かっているのか!? このF―08式の銃が目に……」


 その瞬間、怒りを露(あら)わにする男の眼前になんの前触れも無くトラックの波が押し寄せた。


「なぁっ!?」


 原因は当然龍斗、荒ぶる血潮を滾らせパンプアップさせた腕力に物を言わせて駐車場中のトラックを根こそぎ投げつける姿や撒き散らす破格の威圧感は変身後の少女の比ではなかった。


「バッ……バケモノだ」


 恐怖で動かない顔面に黒い車体が迫った。

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