第53話 外伝2
都会の明かりが届かないビルの上、月光だけが支配する真正の夜の中を跳ぶ黒い人影は全身を本当に黒い装束に包んでいた。
不思議なくらい夜目の利いている黒い双眸の持ち主は水守(みなもり)龍斗(りゅうと)、一度の跳躍で一〇〇メートル以上も進む彼の脚力の前では、街を我が物顔で見下ろす巨躯を誇っているビルも二つ飛ばしで越えられてしまう。
左右の風景が流星の如く後ろへ流れていくが、龍斗の目は視界に映る街の看板の文字まで一つ残らず正確に認識している。
いくら超常の殺戮者(カイン)と言えどこのような芸当はそうできるものではない、これも龍斗が長い鍛錬の末に殺戮者(カイン)の力に加えて、人間の肉体性能をフルに引き出した結果である。
やがて街の明かりが遥か後方へと遠ざかり、人里離れた山中へと龍斗はその身を投じた。
目指すは黒門会所有の第二八研究所。
黒門会とは、表向きは日本唯一にして世界でも五本の指に入る兵器会社で開発から売買までを独自に行い、傭兵の貸し出しまでやっている、まさに日本国ではトンデモない大企業である。
国内では警備会社としての色を前面に押し出して活動しているが、外国には世界有数の戦争請負会社としての活動を中心に行っている。
この世界で殺戮者(カイン)の存在を知る数少ない組織でもあり、裏では殺戮者(カイン)を使って多くの人間を殺しているらしいが、詳しい目的は未だ判明していない。
だが、それだけに殺戮者(カイン)の研究も進んでいた。
紗月の殺人衝動を抑える方法を探りつつ黒門会を潰す。それが龍斗の目的である。
龍斗個人がなぜ一企業を潰さねばならないのか、殺戮者(カイン)を悪用する連中が許せない、という理由がないわけではないが、そんなことは龍斗からすればオマケのようなものである。
倉島(くらしま)紗月(さつき)が持つ最高の能力、それは不老である、彼女には老化という概念が存在せず、今は実年齢通りの外見だが、この先、何百年、何千年経とうと彼女の外見は今のまま変わることが無い。
権力にまみれた財界の人間は金や地位だけでなく、どうやら永遠の命まで欲しいらしいこれまでは紗月のいない場所で彼女を狙う刺客達を倒してきたが、龍斗も二四時間紗月と一緒にいられるわけではないし、中学卒業を期に引っ越した今の住所も絶対にバレない保障はどこにもない、故に、龍斗は一日も早く黒門会を潰さねばならないのである。
あらかじめ、特定の防犯システムにはハッキングで細工を施してもらったおかげで、研究所内への潜入は簡単だった。
ハッキングに加えてこの施設の詳細な地図をくれた鈴村(すずむら)真弥(まや)という女性に感謝しつつメインコンピュータールームを目指す。
重要な部屋や廊下以外は電気が落ちているが、多少の明りと警備兵のいる所内はさほど不気味ではない。
それでも敵施設にいるという事実はいい気がしなかった。
敵に見つからず、なおかつ素早い行動を取るために、真弥とは電波を飛ばしてから一〇分間だけ監視カメラの映像をフリーズさせるよう決めている。
チャンスは勤務の交代時間にある。
「夜勤の奴ら遅いな、まっ、時間は時間だし、先に上がらせてもらうぞ」
同僚に断わりを入れて廊下に出た男の後頭部を突如強い衝撃が襲い、意識を失う。
その後すぐに忘れ物を知らせに別の男が部屋を出たがそこに同僚の姿は無く、その男の意識も刈り取られた。
理由は単純、龍斗が夜勤で来た研究員と交代で出て行った研究員を片っ端から気絶させて、向かいのトイレの個室に放り込んでいるからだ。
メインコンピュータールームにいるのは残り二人。
「おーい、ちょっと手貸してくれ」
龍斗の呼びかけにマヌケな二人の研究員はノコノコと現れ意識を飛ばされた。
まんまと部屋を空にした龍斗は服のボタンを右に回して電波を飛ばした。
動くものが映っていない時なら画面がフリーズしていようと監視ルームの人間にはすぐに気付かれない、すばやく部屋に侵入すると、にわかには信じられない速度でパソコンのキーを叩く、真弥と龍斗、施設の内と外からの二重ハッキングで研究成果などの重要情報のロックを全て外し、持ってきた小型の大容量記憶装置に全ての内容をコピーする。
置き土産にシワだらけの紙でくるんだ爆薬をゴミ箱に投げ込んで部屋を立ち去った。
研究内容の奪取と爆薬の設置、目的を終えた以上、あとは逃げるだけだ。
しかしその途中、予期せぬ気配に龍斗の足が止まる。
「……」
そこは生物兵器を作るための部屋だが、真弥からの情報ですでにこの部屋の動物は全てよそへ輸送されたはずだ。
無用心に半開きになった扉の隙間から覗くと電気が消えている、となれば研究員もいないはずだ。
真弥の情報では、その部屋での研究成果はメインコンピュータールームに転送されないが重要性の低さから、できるようならデータをコピーするぐらいに軽く言われている場所だった。
起爆時間には余裕をもたせてある。龍斗は室内に入ると暗い空間でぼんやりと光る巨大なガラスケースに注目した。
中にいたのは囚人のような服を来た十代後半ぐらいの少女だった。
茶色の髪は無造作に切られ、一応はショートカットと呼べる長さである。
見た目は完全な人間なのだが、研究所のガラスケースに入っているせいか、人外のような雰囲気がしてならない。
他のケースは空っぽ、では彼女はなぜここにいるのかと思案していると気配に気付いたのか、少女が目を覚ました。
「……だれ?」
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