蕎麦屋でモーツァルトを聴いた。

　鳴かず飛ばずの小説家である私は馴染みの蕎麦屋で六十がらみの男に声を掛けられた。男の話は米国のIT企業が密かに開発を進めた「六十歳のモーツァルト計画」だった。
　三十五歳で病死した彼をAI(人工知能)で甦らせる。六十まで生きたなら、どれほどの名曲を生み出しただろうか。それが目的だった。ストラヴィンスキーもビートルズも、生きていれば彼が原曲の担い手？しかし、AIモーツァルトは自分は人類を超える存在ではないかと意識し始めた。
　蕎麦屋でスマホからレクイエムのラクリモサ「涙の日」が流れ、冷酒を飲みながら男の話を、とんでもないホラ話として聞いていた私は次第にのめり込んでいった。古い飴色の蕎麦屋でモーツァルトとの出会いは私の想像を遥かに越えていた…