第6話 これからも

「……なんでわかるの」

「旧校舎に行くって言ってたし」


 そういえば私が旧校舎に行くと告げた時、異常に燐斗は心配していた。初めて奈緒の名前を教えた時の反応が蘇り、燐斗に視線を向ける。奈緒は元々学校の生徒。もしかしたら二人は私が奈緒の存在を知る前から関わりがあったのかもしれない。


「燐斗。奈緒と関わりがあったりした?」


 だとしたら全て繋がる。


「まあ、あるよ。あいつは元々、高校一年の時同じクラスだった。入学してすぐいなくなったけど、覚えてる」

「同じクラスだったの?」

「紫乃花は俺と違うクラスだったから知らないと思うけどな…それでお前は寺里の事情わかったのか?まあでも、すべてがわかったからそんな顔してるんだろうとは思うけど」

「…見抜かれてるの怖いんだけど」

「何年一緒にいると思ってんだよ。変化には気づくって」

「一番知られたくなかった」

「残念、わかるんだよ」

「だんだん夕神君に似てきてる」

「はああ!?俺あいつみたいにチャラくないって」


 反抗する燐斗を差し置いて、私は夜空を見上げた。静けさの中に微かに響く鈴虫の鳴き声。清々しい秋の夜の空気。さわやかな夜風。カバンに入れた奈緒のスケッチブックを取り出す。今頃病院に戻っているだろう。いつか奈緒に返せるよう、大切に保管しておこう。


「おい、紫乃花。いつまでそこにいるんだよ」


 いつの間にか前を歩いている燐斗のもとに足早で向かう。不意に吹いた風は暖かく優しかった。


 *********

 あれから月日が流れ、私は高校三年に進級した。特に変化はなく、勿論奈緒にも会っていない。今でも旧校舎に行くと奈緒と過ごした思い出がよみがえる。校庭に可憐に咲き誇る桜。奈緒の手術は成功したのだろうか。今頃何をしているのだろうか。病状はどうだろうか。そんな様々な疑問が湧き上がってくる。あの日交わした一つの約束。私にはやるべきことが沢山残っている。肌身離さず持ち歩いているスケッチブック。これを渡せる日はいつ来るのだろう。にぎわう廊下を一人で歩く。去年より騒がしい場所はなれたような気がする。今日は久々に旧校舎の図書室に行こう。そう思い歩を進めると、階段を駆け下りるような騒がしい足音が響いた。どこかで聞いた懐かしい音。まさかと思い振り返ると、柔和な笑みを浮かべた1人の少女が姿を現した。


「紫乃花ちゃん?」

「……え?」


 息が詰まる。嘘だ。そんな偶然ある訳がない。そう思うものの、私は無意識に近づいていた。待ち望んでいた姿。聞きたかった声。


「奈、緒?」

「そうだよ、紫乃花ちゃん。手術成功したの」

「嘘……」

「本当だよ」


 ふわりとほほ笑む奈緒。変わらない笑顔だった。震える手でスケッチブックを取り出し、奈緒へ差し出す。こんなに取り乱したのは久しぶりだ。奈緒は大事そうにスケッチブックを抱え込む。


「ねえ、紫乃花ちゃん。私ね美術部に入ろうと思うんだ。さっき先生に見せたらすごく褒めてもらえて」


無邪気に笑いながら自分の絵を眺める奈緒。その表情を見ていると再会できた実感がふつふつと湧き上がる。


「そうなんだ……いいと思う。私も奈緒の絵もっとみたい」

「ありがとう!そう言って貰えると嬉しい。入部希望、早速書かないと」


 並んで廊下を歩く。隣を見ると彼女は談笑する生徒達をどこか楽しげに見ていた。誰よりも学校生活を望んでいたからこそ、彼女は辛い手術を乗り越えられたのだろう。きっと人は諦めずに前を見据える事ができれば、どんな困難にも立ち向かうことが出来るのかもしれない。何事にも真っ直ぐな奈緒の後ろ姿をみながら、私は内心で呟く。


 ──きっと、大丈夫


 もう去年のように自分を取り繕う必要も、無理に完璧を演じる必要もない。関係が壊れる事に怯えて、1人の方が楽だと言い聞かせていた私は過去にしまいこもう。これから私は私らしくいればいい。

 麗らかな春風が、廊下中に流れ込む。私たちの新しい学園生活が始まる予感がした。

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過ぎていく日々に彩りを 東雲紗凪 @tutunome

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