目を覚ますとそこは、オーディオ・ルームだった……

「う~ん、むにゃむにゃ……」


 あれ?


 なんで俺、寝てたんだっけ?


 そうだ。


 千夏の家に来て、晩飯をご馳走になって、急に眠気が差してきて……


「あ、あれ……?」


 体が動かないぞ?


 どうやら手足が固定されているようだ。


「ここは、オーディオ・ルーム……って、ええっ!?」


 俺が座っているのは、千夏のパパが特注した豪華なひとりがけソファだ。


 そして、なにやら手足にバンドのようなものがハマっている。


 これは……


「ふぁ、ふぁ、ふぁ! お目覚めかな? 公平くん!」


「ちょ、千夏……これは、いったい……」


「ああ、それ、パパとママが夜のおともに使ってるジョーク・トイだよ?」


「ジョーク・トイって……これ、どう見てもあれ用の……」


「パパが好きなんだよ~。もう、本当にしょうもない趣味なんだから~」


「それが、なんで、俺に……?」


「それはね、公平、君を動けなくするためだよ?」


「なん、で……?」


「単刀直入に言おう。公平にはこれから、わたしの音楽鑑賞会につきあってもらう。そのための下準備というわけなのだよ」


「何を言って……これ、あからさまにヤバいぞ……?」


「そうですね」


「そうですねって……おい、犯罪だぞ?」


「それは大丈夫。なぜなら、イベントが終わったころには、証拠や痕跡などは一切、消えてなくなるからであ~る」


「ど、どういうことだ? 何を言ってるんだ?」


「これはわが偉大なる魂、グスタフ・マーラー先生に捧げる儀式であり、すなわち、天国へといたる道なのであ~る」


「だ、誰か……」


「名づけて、ロード・トゥ・エリュシオン! これから公平には、先生の音楽をぞんぶんに堪能してもらうのであ~る!」


「た、助けて……」


「無理だね~、逃げられないよ。さ、時間が惜しいから、さっそく行ってみよう!」


「あ、あわわ……」


 正気じゃない。


 千夏のやつ、どうしたっていうんだ?


 マーラーの鑑賞会?


 天国へといたる道?


 そして、証拠が消えるとかどうとか。


 ま、まさか……


 このあと、俺、始末されるとか……?


「まずは交響曲第1番『巨人』……」


「おい、千夏! 冗談はよせって!」


「だと思ったでしょ~!? ちっ、ちっ、ちっ! 違うんだな~。最初にかけるナンバーは、マーラー先生の偉大なる習作、『嘆きの歌』なのであ~る!」


「話を聴け~っ!」


「いいや、聴くのは公平、あなたのほうだよ? 音楽による救済者、グスタフ・マーラーの音楽をね~」


「ぐ……」


 狂ってる……


 いったい何の脈絡があって、こんな流れに?


 と、とにかく、ここから脱出しなければ……


「音源はジュゼッペ・シノーポリ指揮、フィルハーモニア管弦楽団の演奏でお送りしま~す!」


「……」


 なんか知らんが、マジのようだ。


 バカでかいスピーカーから音楽が流れてくる。


「公平、これが『嘆きの歌』だよ?」


 嘆きたいのは俺のほうだっつ~の!


 だ、誰か、たしゅけて~


 こっ、こ〇される……


 とにかくこんなふうにして、彼女主催の「鑑賞会」はスタートしたのである――

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ロード・トゥ・エリュシオン ~ マラヲタの幼なじみに拉致・監禁されてマーラーの音楽をひたすら聴かされつづける話 朽木桜斎 @Ohsai_Kuchiki

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