警察を呼ぶと脅す
【原文】
「ちょっとぉ、それ以上近づかないでくれる?
【清書】
「貴君の軍隊が国境近くに集結している事は、近隣住民の不安を煽り立てており、予はこれに重大な懸念を抱いている。即刻軍を解散し兵を故郷に返さぬなら、予は予の軍隊を招集し、予の権威と領民の安寧を守るため、貴君に破滅をもたらすよう命じるであろう」
【解説】
古来より国境近くに軍隊を集結させる事は「攻撃の意図あり」と見做される。そもそもその情報を掴んだ時点でこちらも軍隊を集結させるべきであるが(対応が遅れていると見做されれば、攻撃を誘発してしまうからだ)、メスガキ君主は慢心しているのか未だ招集していない事が伺える。メスガキとはそういうものなのかもしれない。
さて「近隣住民の不安を煽り立てており、予はこれに重大な懸念を抱いている」の部分であるが、あくまで「不安に思っている」のは住民であり、メスガキ君主ではないという形にする事で威厳を保っている。また無辜の民を脅かす事に対する非難も含まれており、道徳的優位に立とうとしている事も伺える。成人男性と女児であれば、社会は常に女児の道徳的優位を信じる傾向にあるが、メスガキ君主はこれを補強しようとしていると思われる。
「即刻軍を解散し兵を故郷に返さぬなら」という言い回しであるが、(近世までの傭兵主体の軍であると仮定すれば)傭兵は戦争が終わって契約を切られるとそのまま山賊化するのが常である。つまるところ国境付近で契約を切ると、山賊がメスガキ君主領にやってくる可能性があるのだ。メスガキ君主はこれを憂慮し、「人員をすっかり国境から遠ざけるべし」の意を込めたのが「兵を故郷に返す」である。そもそもメスガキに限らず、家の付近に成人男性がうろうろしていたら恐ろしいと感じるものである。帰れ。
これに対する返答例を挙げる。
【原文】
「大人ナメるんじゃねえ、警察来る前にメスガキ1人どうにかするなんて簡単なんだよ……」
【清書】
「我が軍がどこに集結しようが、またどこに行こうがそれは命令者たる予の権威にかけて自由である。またクセノフォンやカエサルがそうしたように、我が軍は行った先で必要なものはそこで手に入れるであろうし、何者にも邪魔されないと確信するものである」
【解説】
非常に好戦的であり、およそ道徳的な成人男性とは言えない態度である。しかし道徳とは国家理性によって(特に戦時下にある場合は)容易く押し潰されてしまうものであり、また非難が避けられない状況にあっては傲岸に押し切る事が正解にもなり得る。
「我が軍がどこに集結しようが、またどこに行こうがそれは命令者たる予の権威にかけて自由である」は「大人ナメるんじゃねえ」に対応しており、メスガキ君主の主権より自らの主権が上位にあると言外に誇示している。
「またクセノフォンやカエサルがそうしたように、我が軍は行った先で必要なものはそこで手に入れるであろう」とは、クセノフォンの『アナバシス』、ユリウス・カエサルの『ガリア戦記』においてその著者がそうした通り、軍隊が村々を襲い穀物などを徴発・略奪した故事などを参照したものであり、近代に入るまで戦争においては一般的な行為である。またイングランド軍が百年戦争で見せたそれは「騎行戦術」と呼ばれ、騎兵隊により敵の領地を荒らし回ったという。
これに対抗するためには待ち伏せや対応する機動力を持った騎兵隊の組織などが必要であるが、前述の通りメスガキ君主は未だ軍を招集していない様子であり、早期の対処は困難と思われる。よって「警察来る前に~」の下りと「何者にも邪魔されないと確信するものである」とが対応し、メスガキ君主の対処の遅れを言外に嘲笑する文となっている。
いずれにせよ己の行為を正当化するために古典を引くことは古今東西で行われており、君主の基本技能であると言える。最低限、古典に精通した家臣は抱えておきたいところである。
補足になるが、あえて一文を付け加えるのであれば「仮に邪魔立てするのであれば、予は自分の武運を試す事に何の躊躇いもない」と挿入する事によって、断固たる決意を示す事が可能である。無敵の人となってしまった成人男性の恐ろしさを見せつけよう。
総括すれば、このように慢心は致命的な対応の遅れを招きかねないため、良い子の皆はまず慢心して大人を挑発しないこと、次に、怖いと思ったらすぐに助けを呼ぶ事を心がけましょうね。
成人男性諸氏は、そもそも如何なる理由があろうとも子供に手をあげるべきではない。帰れ。
メスガキ君主外交書簡集 しげ・フォン・ニーダーサイタマ @fjam
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。メスガキ君主外交書簡集の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます