27(完)

 老女ふたり。


「奥様、奥様。澄川です」

「ああ……良子さん」


 床に伏せる彼女の手を澄川は、二度、三度、撫でて温めた。


「良子さん」

「旦那様が帰ってきますよ」

「じゃあちゃんとしなきゃ……」

「ご無理なさらないで下さいね」

「ありがとう」


 風鈴が鳴って、とたん、縁側に強く陽が射す。

 澄川は戸を引こうとした。


「良子さん」

「はい」

「私が死んだら……あなた、純君と一緒になっていいのよ」


 互いに、微かに笑った。


「秘密は秘密のままにしておくのね」


 その日その時、入江凜香は儚くなった。




 49日を経て、澄川は様々な書き付けと、ニュースの端書きを数度確かめた。どれも澄川没落の旨を書いてある。なんということもなく、澄川蓮子の死後、経営不振がそのようにさせた。

 良子はしばらく、およそ報より20年間は怪しんでいたけれど、『澄川はもう済んだ。 貴橋』の文言にどうにかされた。


 ついでの準備をようやっとする気になった。


「純さん。いま、そちらに往かれました。私も必要なことをしに行きます」


 色々荷物を引き集め、玄関戸を引くと、いつか住んでいたアパートを目端に見て、一礼をした。夏空に入道雲が立っている。




「いつのことですか」

「50年ほど前になります」

「そりゃ時効ですね」

「いえ」

「……こちらに」


 中年警官は取調室の戸を押し開けながら、息を深く吐いた。


「浜家さん」

「あのばばあ、満足げに自首しやがって。傍迷惑なヤツだ」

「何があったんですか」

「拾われた義理だかなんだかで、50年ごしに自首してきたんだよ」

「そりゃまた」

「ああいう、社会善より独善を優先する輩が俺たちの敵だ。覚えとけよ」

「そっすね」


 けれど若い警官は目を逸らした。

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いずれ堰を切る言々よ 和菓子辞典 @WagashiJiten

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