Avici

高黄森哉

町が下がる


 地震だ、今度は大きいぞ。唸るような地鳴りも聞こえる。やっ、大きい大きい。ここ最近、頻発しているが、その中でも一際でかいのが来た。


 窓の外で電線が波打つ。アラートが鳴っても、またどうせ大したことないだろうと机に座ったままだった俺は、地震の揺れる間、ずっと机の端っこを掴んでいた。ひとたび指を離せば、このローラー付きの椅子はどこまでも進んでいくだろう。ほら、現に、離したから硝子を突き破って、道路に出た今もまったく止まらないじゃないか。

 空が赤かった。まだ昼間なのに、夕方か朝焼けのような色をしていた。俺は揺れが止まってもまだ、惰性で動き続ける椅子にしがみつきながら、何事だ、と思った。何事だ、何事だ、と辺りを見回すと、


 そとは光景だった。


 沢山の人が路上で死んでいた。多くの者が、ミンチになっていた。体の部分部分が、束になって落っこちていた。死体を見ると、部品が足りないならまだしも、多すぎる場合も多々あった。例えば、この死体には目が四つある。しかし、注意深くみると、それが二人分の死体だと判明するのだ。二人が何かに強く挟まれて、死体が合体して、一つのものになったらしい。

 ザクロのように穴が開いた人間が、走っていく。または、ザクロのように裂けた人が散らばっている。それもこれも、どれもこれも、どこもかしこも、ザクロ色で、ふざけた強烈な色彩が鉄の匂いと共に、脳みそを激走した。

 血の匂いがひどい。これはなんだ、なんなんだ!! 赤いビー玉みたいなのが、落ちている。何かは分からないが、不思議と人体のどこかだと判明する。

 死体があった。腕から見える骨の球節に、鼻くそみたいな脂肪片が、米粒のように引っ付いている。足には、ウジがたかっている。脂肪の黄色とウジの白が交互に繰り返されて、死体をびっしりと覆っていた。その光景が舌触りに迫って、口の中で鼻くそ味の冷えた米粒を、転がしてるような錯覚を再生した。その楕円の汚物は、舌の上で波打つ。そう、それはちょうど、蛆虫のようになんだ!

 電線が、絡まっていた。その下には、どこからか漏れ出した水が溜まっており、子供が三人、感電死していた。その水溜りは弛緩や緊張の作用で飛び出た、尿や固形物が混ざっており、非常にくさい。一番太っている少年は左目が飛び出しており、眼球は視神経で辛うじてつながっている。肥満体を踊るように、じたばたさせるたびに、眼球は水風船のような動きで跳ね、ついに勢いよく千切れてしまう。それを、俺の椅子の車輪が踏みつぶす。みずみずしい音を立てて、液体が飛び散って、一滴の体液が俺の眼に入り不快な思いをする。


 足で蹴って椅子の進行方向を変え、八百屋の有る角を折れると、事故が起こっていた。八百屋の正面に、大型トラックが刺さっており、燃えている。もしかしたら、この火事のために世界は赤かったのかもしれない。そうであってくれと切に願った。

 煙の中から這い出してきた、生焼けの八百屋の店長が、俺を見つけて、話しかけようとするが、その店長には顎が無かっため、本人は喋ってるつもりなのだろうか、もごもごと聞こえる。どうやら、右手首から先を探して欲しいらしいことが辛うじて分かった。

 俺は椅子から降りて、手伝うことにした。八百屋の中を覗こうとしたその時、ブチュッと後ろで鈍い音がする。後ろを振り向くと、さっきの店主の頭がハンバーグのパテみたいなミンチになって、皮一枚で繋がっていて、ねちょねちょしながら、首から垂れ下がっていた。驚いたことに首がない彼は、まだ立っている。それも痒そうに、首の断面をほじりながら。


 もっと赤い者は、その後ろにいた。


 そいつは俺が良く知る造形をしていた。筋肉の権化、虎のパンツ、金棒にツノ。鬼だ。恐怖に形を付けたようなそんな怪物が、あり得ないの等身大が、俺の前に立ちはだかった。

 遂に目の前まできた、赤鬼に、おそるおそる問うてみる。


「ここは、地獄なのですか。ぼくは知らぬうちに死んだのですか」


 鬼は意外にも礼儀正しく、そして懇切丁寧に説明してくれるようだ。もしかしたら、助かるかもしれないと、希望の光が一筋見えた。


「否、違う。正確には違った。ここは確かに現世だった。でも今は地獄だ」

「なぜですか。なぜ、地獄が現れたのですか」

「地獄の定員問題を解決するためだ。このままいけば、人類は全員地獄に落ちることになるだろう。すると地獄の定員を遥かに超えてしまうのだ。だから、新しい場所が必要だった。現人類をすべて収容できる場所が。そこで現世に白羽の矢が立ったのだ。文字通り、全人類を補完できるからな。そして地獄が現実にせり上がってきた。こちらから君たちを迎えに来た」

「僕はなにも悪いことをしてません。なのに理不尽だ! こんなの許されるはずがない、許されるはずが、ないじゃないか!! 地獄に落ちろ! このクソ。ジンガイめ!!!」

「悪いことをしていないだと。ただ知らないだけ」

「そんな、でも!」

「無知は罪」


 鬼は金棒を振ると、身体が霧散する。血液で出来た赤い霧が空へ登り、この天井の赤さにまた一つ貢献した。空以前に、全ての物が紅色だった。地獄に落ちろも何も、ここが地獄だった。

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Avici 高黄森哉 @kamikawa2001

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