第13話 夢

 フィルの動力源が一応完成したその日、僕は疲れすぎて研究室で寝落ちしてしまった。ベッドのふわふわした感触がないからとても寝心地がいいなんて言えないけど。テーブルは鉱石類で作られているからめちゃくちゃ冷たいけど体の体温で少しは暖かくなっている。冷たいのは最初だけだね。

 テーブルで寝落ちしていると思っていたけど、ふと意識が現実に戻った時背中にふわふわとした感触があるのを知った。さっきまでテーブルの上で突っ伏していたはずなのに。誰かが僕をベッドまで運んでくれたのかな。これなら快眠できそうだよ。疲れが取れるかどうかはわからないけど。

 お城のベッドはとてもふわふわで羽毛に包まれているような感触ですぐにでも寝れそうだった。流石は西洋のお城のようなところだねと思った。絶滅危惧種でもある人間族のお城だから外見は豪華でも内装は貧相なのかなと思っていたけど内装も豪華でまさか西洋のお城に住めると思っていなかった。

 西洋のお城に住む事なんてみんなの夢、一番ではないとは言え一回だけでも夢見た事があると思う。だけど大人になっていくと出来るわけがない、叶うわけないと思って忘れていく。そりゃあ、そうだよね。西洋のお城に住める人間なんて大金持ちくらいしか無理だ。いや、大金持ちでも厳しいのかもしれない。かなりの大金持ちで社会的地位が高い人間じゃないと住むことが難しい場所。難しいからこそみんなは憧れるのかもしれない。

 僕だって小さい頃は憧れていた。王子様の住むお城に住んでみたいって。前に海外旅行で家族と一緒にお城の中を見たことがある。どの部屋も、どの家具も僕にとっては高嶺の花に見えた。実際高嶺の花だった、僕程度では決して届くことのない領域。だからこそ憧れるんだろう、僕では決して届くことのない領域だから。

 妹も憧れていた。妹は王女様に憧れていたからお城に住みたいと家族の中で一番に思っただろう。大きくなっても小さい子のような夢を本気にしていた。お城じゃなくてもいいから豪華な家に住んでみたいって。だから妹はあんなに勉強を頑張っていたのかもね。

 「…ん」

 何故か急に目覚めてしまった。顔にいきなり熱湯か冷水をかけられたみたいだった。まぁ、二つともやられていないわけだけど。周りが少しぼやけているが、どうやら僕の部屋みたい。本当に誰かがベッドまで運んでくれたんだな。

 再度寝ようとしたけど自分が寝間着ではない事に気づいた。流石に寝間着には着替えておこうと思ってチェストの方へ行って寝間着に着替える。汗が染み込んでいる服で長時間寝ると汗がベッドに染み込んで匂いが移るからね。

 寝間着に着替えて改めて眠る。流石に寝ないと疲れが本当に取れない。というかお風呂に入っておけばよかったかな。…朝起きたらすぐにお風呂と言うかシャワー浴びよう。この部屋にはシャワールームが完備されているから。今、シャワー浴びようかなと思いつつ結局眠ってしまった。


 夢を見ていた。まだ僕が家族と一緒だった時の夢を見ていた。それは僕に家族のことを思い出させる悪夢かもしれないし、こういう道もあったのかもしれないという幸せな夢でもあるのかもしれない。悪夢とも捉えられるかもしれないし、いい夢だと捉えられるかもしれない。家族との間に何があったのか一番知っている僕だからこそこのような複雑な思いを抱いているのかもしれない。

 「繋。君は本当に天才だね。父親として誇りに思うよ」

 「貴方は正真正銘のわが子よ。貴方の妹と同じでね」

 あぁ、思い出したくもない両親の顔が見える。幸せそうに笑っている。両親の笑顔にはろくな思い出がないせいで無駄に警戒してしまう。ここは夢だからなにかされても現実世界の肉体には何も影響のないはずなのに。

 夢から出ようとした。だけど金縛りのような感覚の陥り、夢を打ち破る僕をこの夢に縛り付けようとしていた。ここから出ることを拒むように。まるで牢獄のようだ。脱出したくても脱出することが出来ないジレンマ。囚人の場合はほとんど自業自得なのだけど。

 「今日はごちそうよ!二人がテストでいい点数をとってくれたのだもの!」

 「二人はチーズケーキが好きだったよな。今から買ってこよう。喜んでくれたら僕達も嬉しいよ」

 チーズケーキ…か。うん、好き。今でも好き。あんまり食べたことはなかったけど。なんだっけ、おばあちゃんから手作りケーキをくれて、それがチーズケーキで美味しかったから好きになった。誕生日ケーキをあまり食べたことなかったから、初めての誕生日ケーキが染みた。だからチーズケーキがとても好きになったのかもしれない。当たり前のように食べていたら好きにはならなかったのかもね。

 「お兄ちゃん!」

 金縛りを食らっている僕の後ろから声が聞こえた。夢の中で後ろを振り返ってみる。フィルにとても似ている女の子がいる。僕に似ている女の子がいる。妹だ。

 「ご飯美味しかったね!やっぱり私はママが作ってくれるご飯が大好きだな」

 お兄ちゃんではある僕はそうではないと思うけどね。母親が作ってくれるご飯なんて好きではない。むしろおばあちゃんが作ってくれたご飯のほうが僕は好きだな。

 妹が満面の笑みを見せていて、僕は夢に対して怒りを向けていた。どうして今更妹のことを思い出させるのか。フィルと仲良くしているから本当の妹が嫉妬しているのだろうか。フィルと妹は別人だ、わざと似して作ったのは否定しないけど。もう妹の笑顔なんて見たくない。夢の中で目を瞑る。笑顔を見ずに済むように。

 「…ご主人さま?」

 妹のような声が聞こえるけど僕のことを「ご主人さま」と呼んでいるということは妹じゃない。僕を呼んでいるのはフィルだ。

 目を開けるとフィルが僕の顔を覗き込んでいた。僕の体に馬乗りしていた。

 「わぁ!?」

 「ご主人さま、失礼。フィルを化け物のように」

 「化け物のような反応はしていないよ。少し驚いてしまっただけ」

 そりゃあ目覚めたら目の前に女の子がいましたなんて誰でも驚く。驚きすぎて手が出てしまう時もあるよね。反射でやってしまいそうになったけど僕は何とか抑え込めた。

 「ご主人さま、へーき?」

 フィルが少し心配そうな顔をしている。

 「大丈夫だよ。疲れはもう取れたから」

 「うなされてた」

 …僕にとってはあれは悪夢だったんだね。見たくもない夢だったということかな。うなされていたというのなら。

 「悪い夢を見ていただけだよ。精神面では少し疲れがあるかもしれないけど、肉体面はもう大丈夫だから」

 別に肉体が問題ないからと言って精神面に少し疲れがあるのなら休んだ方が良い。精神が疲れていると精神病にかかる可能性だってあるのだから精神を休めたほうが良い。それでも僕はフィルに大丈夫を連呼している。それはフィルに対しての言葉でもあるし、自分に対しての言葉でもある。

 精神が少し削れていても頑張ろうと自分を奮い立たせている。そうすれば少しは精神が安定するかなと思っている。

 「さて、そろそろ戦が始まるかもしれないから作戦会議をしておこうか」

 「…承知した。ご主人さま」

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異世界下剋上 岡山ユカ @suiren-calm

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