異世界転生して神になったけど、地の文だった

椎菜田くと

異世界転生して神になったけど、地の文だった

「うわ、なんだ? 雲の上に立ってるぞ、おれ!」

 ここは死後の世界だ。

「だれだ、どこにいる!」

 われは神だ。おまえの頭のなかに直接語りかけている。われの姿は人間には見ることができない。

「神様だったのか。納得」

 のみ込みが早いな。単純なだけかもしれんが。まあいい、そのほうが好都合だ。

「なんか言いました?」

 いや、こっちの話だ。気にするな。

「そっすか。そういやおれ、なんで死んだの?」

 自分の死をすんなり受け入れすぎだろ。まあいい、教えてやろう。おまえは一日二十時間もゲームをするという過酷な生活を送ったために死んだのだ。

「それって……いわゆる過労死というやつか」

 働いてないんだから過労ではない。強いて言うなら過ゲー死だ。

「大好きなゲームのやりすぎで死んだんだ……悔いはないな」

 少しは悔い改めろ。まあいい、本題に入ろう。おまえにはわれの後継者として異世界の神になってもらいたい。

「いやです」

 なぜだ。

「神様の仕事なんかしてたらゲームができないでしょうが」

 死んでるんだからどっちみちできないぞ。

「なんだってええええ! ゲームができないなら死ぬしかない……」

 だからすでに死んでるんだって。

「もう終わりだあああ!」

 神になればいい。

「仕事はいやだ」

 たいした仕事などない。ファンタジー世界でぶつぶつ独り言を言っているだけでいい。

「ゲームできる?」

 それはできないがもっといいことがある。女湯を覗き放題だ。

「マジ? 神様になる!」

 ほんとにバカで助かった。同意も得たことだし、あとはよろしくねー。

「オッケー、まかせろ!」


       ○


 すっかり騙された。あの神ヤロー、なにが覗き放題だ。嘘じゃねーか。


 おれが神になってから半年がたってようやく気づいたことがある。どうやらおれは小説の地の文、いわゆる神の視点になったらしい。主人公の女勇者が率いるパーティが、世界を滅ぼそうとする破壊の神を倒しに行く、というありがちなストーリーだ。そしておれはその物語の語り手というわけさ。


 そこまではいいとして、問題なのは自由に動けないってことだ。いまのおれには体がなく、見る、聞く、考えるしかできない。足がないから好きに動けず、手がないから触ることもできない。勇者一行のまわりを漂う風船にでもなった感じだ。


 一番の目玉である入浴シーンはどうかというと、おれはなぜか脱衣所や風呂場に入ることができない。なぜだ! 少年漫画だって入浴シーンぐらいふつうに描かれているじゃないか! この世界には神をも超える存在──PTA──がいるに違いない。


 しかもパーティメンバーはどうだ。女勇者はいいとして、残りは筋トレしか頭にないゴリラ男と、いつも本ばかり読んでる陰気な魔法使いの男しかいないときた。どうして美少女だらけのパーティじゃないんだ、ちくしょう。日常パートにも戦闘シーンにも華が足りないんだよ。


 そして一番の苦痛はなにかというと、早送りができないということだ。マンガもアニメも旅の見どころ部分を切り取ってくれているが、おれの場合はそれ以外の退屈なシーンをずーっと見せられている。長旅のほとんどは移動か睡眠だ。無言で歩き続けて休憩、また歩き出しては休憩。暗くなったら宿屋で寝るか、交代で見張りをしながら野宿。朝が来たらまた歩く。これの繰り返しだ。


 敵との戦闘になればおもしろいだろう、とはじめは思ってた。しかし実際にはエグすぎて見てられない。どうして入浴シーンは規制されてるのにグロテスクシーンはそのままなんだ。この世界のPTAよ、聞いてるか。ちゃんと仕事しろ。そして必要のない規制はするんじゃない。


「敵襲だ! 魔道士は後方支援、わたしと戦士が前に出る!」

「おうよ、まかせな!」

「承知しました」

 うわあ、はじまっちゃったよ……しかも敵は人型モンスターときた。最悪だ。スライムならまだいいんだけど、人型相手は特にグロいんだよなあ……はあ。うわ、むりむり、見てられませーん。描写なんてできませーん。いつもやってないけど。読者の想像におまかせしまーす。

「たあっ! せいっ!」

「どうりゃあ!」

「炎よ、燃やし尽くしなさい」

 この番組は音声のみでお送りしております。放送事故ではございませんので、チャンネルはそのまま。

「うぎゃあ!」


 ────おわったかな? ふう、どうやらいまのが最後の一匹だったみたいだ。楽々勝ったようだが、今回は残念だったなあ。女勇者のパンチラがおれの唯一の楽しみなんだけど、スライム相手の時じゃないと見れないんでな。さて、バトルが終わってまた退屈な時間が……むむ! 


 そのとき一陣の風が吹き、女勇者のスカートが巻き上がった。


 うおっしゃあああ! やったぞおおお! ばっちり見えた! これだよこれ。うれしすぎてつい地の文らしいことを言ってしまった。このいつ終わるかわからない苦行の日々のなか、この癒しの瞬間がなければとっくに発狂してただろうなあ。


 あ、そうそう。どうやらおれはこの物語が終わるまで神を続けなければいけないらしい。勇者たちが破壊の神とやらを倒せばそこでおれの役目はおしまい。後継者を見つけたら無事に解放されるんだ。つまりおれを騙したあのヤローは、地獄のような仕事だと知りながら、おれにも同じ苦痛を味わわせてくれたわけだ。まったく最低なやつだな。まあ、おれもすぐに後継者を見つけておさらばするけどね。


「あった、あれじゃないかしら。魔道士、確認してちょうだい」

「お任せを」

 おお、とうとう見つけたのか!

「──間違いありません。これは破壊の神を封印するために必要な幻の花です」

「やったなあ! これで神だろうがなんだろうがぶっとばしてやろうぜ!」

「ぶっとばすのではなく封印するのですよ。しかしこれはまずいですね……」

「なにか問題が?」

「はい。これは百年に一度しか咲かないと言われているのですが、この生長具合から考えると……最低でもあと八十年はかかるでしょうね」


 なんだってえええええええ! 八十年だと! 半年でさえこんなにつらかったのに、八十年なんて無理に決まってるだろ! 懲役八十年とか、もはや無期懲役だろ!

「八十年か……さすがに待っているわけにもいかないわね。なんとかならないの?」

「無理ですね。人の手を加えると枯れてしまうという記録が残っています」

「そんな花がなくっても、おれがぶん殴ってやるよ!」

「それができれば苦労はしないわ。相手は破壊の神なんだから。なにか別の方法があればいいんだけど……」

「ぼくの知識ではどうにも……この封印以外の手段など聞いたことがありません」

 おいおいおい、困るんだよ! そんな気の遠くなるような時間がかかったら、おれの精神がイカレちまうぞ。なんとかしてくれよ!


 ──いやまて、おれは神だぞ。こいつらにできなくても、おれにはできるんじゃないか? たとえ体がなかったとしても、おれは神なんだ! うおおおおおお! なんだかよくわからないけど、いでよ、なんか!

「急に空が暗く……不自然です、注意しましょう」

「わかった。警戒態勢をとる!」

「お? 地面が揺れてるぞ!」

「くうっ、雷だ! すぐそこに落ちたみたいね」

「勇者様、あれを」

「雷が落ちたところに──剣が刺さっている?」


 はあ、はあ、うまくいったのか?

「もしやこれは……予言の書にある神殺しの剣ではないでしょうか?」

「神殺し?」

「歯で噛み殺すのか?」

「戦士、あなたは黙ってて」

「予言の書にはこうあります。悪しき神が世界を脅かすとき、邪悪な存在を滅ぼす剣が勇者のもとにあらわれるだろう、と」

「たしかにものすごいパワーを感じるわ。これなら破壊の神にも勝てるかも」

「他に方法がない以上、その剣に賭けるしかないでしょうね」

「よーし、そうと決まれば殴り込みだ!」

 やったぞ! 自由はもう目の前だ!


       ○


 そうことがうまく運ぶわけはなく、行く手を阻む強敵たちとの戦いや破壊の神の根城までの長旅で、さらに半年もかかってしまった。一年もよく頑張ったよ、おれ。破壊の神はずいぶん気が長いみたいだが、おれはもう限界だ。これで終わりにしてくれ。


「手下どもはすべて倒した。あとはおまえだけだ、破壊の神よ!」

「ふ、あんな雑魚を蹴散らしたぐらいでいい気になってもらっては困るな。われは破壊の神。人間ごときにはかすり傷ひとつ負わせることはできん」

「それはどうかしら」

「なんだと?」

「この神殺しの剣でおまえを斬る!」

「なんだそれは! すさまじいエネルギー……いや、執念を感じるぞ!」

「覚悟!」

「ぐわあああああああ!」

 やった! とうとう破壊の神を倒したんだ!


「いやあ、すごかったぞ!」

「お疲れ様です、勇者様」

「あなたたちもよくやってくれたわ、ありがとう」

 これでこの物語は終了だ。ということは、後継者という生贄を見つけて騙してやれば、おれは晴れて自由の身になれる! ぐははは! だれかは知らんがおれと同じ地獄を味わってもらうぞ! ぐはははははははは! 笑いが止まらん!


「ん? まって、まだ終わっていないわ」

「どうしました?」

「剣が悪しき神の存在を感じ取ったみたいなの」

「なんだって? でも、おれたち以外だれも見えねーぞ?」

「大丈夫、剣が教えてくれるから──そこね!」

 ぐはははは……ってあれ? どうして勇者がおれに向かってくるんだ? しかも剣を構えて…………ってまさか! まて、おれは悪しき神じゃない! 生贄なんて嘘です、ちょっとした冗談だったんです! ごめんなさい、許して。ってかおれはおまえの生みの親だぞ、神殺しの剣よ! 父に逆らうというのか! うわあ、来るな! 話せばわかr

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