第50話 時間稼ぎ

 一方凛空は、二階に逃げた怪物を追いかけ、階段を駆け上がった。


 まだ病み上がり気味で、術式が上手く使えるかはわからない。だが、あれほどの戦闘を経験した上なら、こんなことは朝飯前だ。


 それよりも、悠莉がなぜ自分を呼んだのかが気になって仕方が無かった。


 悠莉が、怪物二体くらいを一人で倒せないわけはない。なら、わざわざ凛空を呼んだ理由があるはずだ。


 単なる時間稼ぎかもしれないが。



 凛空は戸惑うこともなく怪物に迫って行く。

 一方怪物はその場で何かを受けるかのように両手を広げ、無防備な状態になった。


 すると、周りに光が舞い始める。


 何か見たことあるような術式モーションだな……と凛空は感じたが、何の術式だったかは思い出せない。そもそも、凛空はあまり過去の戦闘のことを覚えていない。


 凛空が火蹴を発動させて向かって行く。


 ちょうどあと数歩というところまで迫ると、怪物の胸の前に白い球体が作り出された。


「あ……」


 凛空は、この術式がどんなものだったか、やっと思い出した。


 だが、もう遅い。


 凛空はその球体から放たれた光線によって、一気に吹っ飛ばされてしまった。


「っ……」


 まだ威力が弱かったからよかったものの、凛空は病み上がりにはキツイダメージを受けた。


 この術式は、凛空が学校選前の六月に、三年担当の白雪しらゆき颯希さつきと三年の紫雲しうん知樹ともきと二年の愛野あいの桜愛さくらと行った高校で戦った、陽乃女ひのめという怪物が使っていた術式――『星光せいこう光線』だ。


 星光光線は星の光を集めた光線。それが室内で有効なのかは定かではない。


 室内だからこそ、この程度の威力で済んだのかもしれない。まだ怪物化したばかりというのもあるのかもしれないが。


「……弱いな」


 凛空はそう呟く。


「本家は教え子に抜かされたみたいに言ってたけど、お前よりは上だな」


 凛空は多少強がってそう言うが、怪我はしている。


 しかも、陽乃女を最終的に倒したのは凛空ではなく、突然現れた優多うたと名乗る少女だった。


 でも、この怪物の強さは陽乃女と比べるまでもないくらいに弱い。凛空が倒せない相手ではない。


 凛空は立ち上がり、怪物を睨み、火生を発動させる。


 怪物は何発も放たれる火生をどんどん横にかわしていくが、ついに部屋の端にまで来てしまった。


「っ……」


 そこを狙って、凛空は火蹴で畳み掛ける。


 怪物は凛空の素早い火蹴の連撃を避けることはできず、攻撃の全てをもろに受け、息途絶えた。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 病み上がりだからなのか、これだけの戦闘で息が上がっている。だが、リハビリにはちょうどよかった。聖響には悪いが。



「終わったか? 凛空」


 凛空が一息ついていると、悠莉が二階に上がって来てそう言った。


「見てわかる通り。そっちは?」

「放って来てるわけ」


 そりゃそうだろ。


「……怪我は?」

「ちょっとあるけど、そんなに酷くないと思う」

「見せてみろ」


 そう言って悠莉は凛空に近付き、不意に背中を叩いた。


「いった……何すんだよ」

「完全に折れてはないけど、ヒビ入ってるかもな」

「えぇ……」


 今のでわかるのは凄すぎる……と凛空は少し引いていた。


「あんま動かさない方がいい……って言っても無理か」

「あはは……」


 凛空は痛みに耐えながら、そう苦笑いした。その理由のほとんどは悠莉が叩いたせいとも言えるが。


 そんな凛空を気にすることも無く、悠莉は誰かに電話をかけた。

 電話の相手は、関西の事後処理部だった。


「そろそろ行けます?」

『もう準備してます』

「じゃあお願いします」


 悠莉が電話を切ると同時に、事後処理部が家の中に入って来ていた。


 元々、可能性として報告はしていた。

 もちろん、上層部に知られないように、自分の信頼できる人に、だ。


 そして、悠莉はさらに聖響に連絡をした。


『……もしもし』

「大丈夫か?」

『……大丈夫じゃない……どんどん息が弱くなっていくし……俺、どうしたら……』

「落ち着け。今どこにいる?」

『わかんないけど……路地裏』

「位置情報送れ。こっちは片付けたから、今行く」


 悠莉は聖響にそう言い、電話を切った。


 聖響はすぐに悠莉に位置情報を送った。


「……なるほど」


 悠莉はそれを見て小さく呟く。


 確かに路地裏だが、何でそこにいるのかわからない場所だった。


「怪我人ならすぐ運べるけど、どうします?」


 それを見計らってなのか、事後処理部の一人が悠莉にそう言った。


「あー……じゃあ、お願いします」


 怪物による怪我。それは現実の事故や事件では片付けられない不審な怪我が多い。だから、魔術師と裏で繋がっている病院に運ぶ必要があった。


 関西にその病院が無いわけではないが、息が弱くなっているのなら、そこまで持つかわからなかった。


 だが、事後処理部の手配する搬送だと普通の救急車と同等の権限を持つため、比較的早く運べると言える。だから悠莉は即決した。


「じゃあ、ここは任せてください。怪我人の方は任せましたよ」

「おう」


 そして悠莉と凛空は聖響の家を後にして、聖響のいる路地裏に向かった。


「リハビリにはちょうどよかったな」

「う、うん……っていうか、ここに来る途中、こっちから大阪校の杠葉くんが来たけど……俺、必要だった?」

「必要。聖響にこれはできない」


 凛空には、ここが聖響の実の親の家だということも、聖響が養子だったことも、一切伝えていなかった。


 凛空は、家族を失う気持ちがわかる。だから、聖響に同情してしまうかもしれない。躊躇してしまうかもしれない。そうなれば厄介だった。


 これはあえて悠莉が伝えなかっただけだが、悠莉は凛空が同情して躊躇い、使い物にならなくなるのを懸念してのことだった


「ここは聖響の遺伝子上の親の家。聖響は今、実の妹を抱えてどこかにいる」

「えっ……」


 凛空は、単純に実力差でできないと言っているのかと思っていた。

 別に、自分が聖響よりも強い魔術師だという自信は無いが、悠莉なら、血筋から見てもそうだからと、そんなことを言うと思っていた。


 だが、凛空のその解釈は間違っていた。


「それじゃあ……」

「あの怪物はどちらかが母親で、どちらかが父親だろうな」

「えっ……」


 凛空は自分の行動を少し悔やんだ。本当にそれでよかったのか、自分でよかったのか……考えたらキリがない。


「別に重く考えるな。あれ以外に方法は無いし、聖響もそれはわかってる。でも、聖響じゃ手を下せない。だから凛空に頼んだ」


 魔術師である以上、『殺された』と怒るようなことはないだろう。だが、自分で手を下せるかは別の話。悠莉くらいになればできるのかもしれないが、普通の魔術師ではできそうにないだろう。


「……でも、何で……」


 ――何で自分なのか。


 悠莉ほどの魔術師なら、自分で二体くらいは相手できるだろう。なのに、なぜ援軍が必要だったのか。凛空はずっと気になっていた。


「俺は聖響が聞きたかったことを聞き出したかったから、二体同時に相手はできない。そういうのもあった」


 悠莉は凛空が言葉にできなかった続きを聞いていたかのようにそう言った。


「な、なるほど……」


 凛空は理解したが、そんな時に自分が頼られているのが嬉しくもあった。

 さらに、凛空の最初の予想、『時間稼ぎ』というのは、見事に当たっていた。


 そんな話をしている間に、二人は聖響がいる路地裏に到着した。


 それと同時に、事後処理部が手配した救急車がそこに到着した。


「悠莉……」

「大丈夫。落ち着け。まだ生きてるし、このまま行けば死なない」


 悠莉は気がおかしくなりそうになっている聖響を、そう言って落ち着かせた。


 そして、聖響、悠莉、凛空の三人は、意識のない楓里と共に救急車に乗り込み、魔術師と繋がっている病院に向かった。


 事後処理部が手配した救急車は、見た目は普通の救急車だが、しっかり魔術師と繋がっている。だから、消防署所属の普通の救急車ではない。


 とはいえ、救急車である以上、それなりの早さで病院に到着した。

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ソーサラーワンダー―普通の高校生が最強の魔術師になるまで― 月影澪央 @reo_neko

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