第49話 大隣家
翌日
二人は大隣家の前に来ていた。
だが、入ることを躊躇っていた。
怪物の気配を感じる。しかも、一体ではないし、家の中にいる。さらに、家の中に人間の気配もある。色々と大変なことになっていそうだった。
おそらく、その怪物たちも悠莉と聖響の魔力が発する気配を感じ取っているだろう。
「聖響、一旦押してみろ」
悠莉は聖響にインターホンを押すように指示する。
聖響は恐る恐る押してみるが、特に何も起こらない。それもそうか。そんな大きな仕掛けがあるわけもない。仮に仕掛けの準備をしていれば、昨日のうちに悠莉が気付いていただろう。
すると、扉が開き、中から誰かが飛び出して来た。
その瞬間、一気に怪物の気配が強くなった。
悠莉は家の門を囲っていたレンガにスッと飛び乗り、暗くなっている家の中を睨んだ。
家の中から飛び出して来た人物は、門を飛び出して聖響に飛びついた。
「えっ……」
急なことで、聖響は何が起こっているかわからなかった。
「お兄ちゃん……助けて」
聖響に飛びついた少女は、聖響の胸に顔を
その直後、少女は力が抜けたように崩れ落ち、聖響がなんとか受け止めた。
おそらく、この少女が大隣楓里なのだろう。というか、聖響という兄がいることを既に知っていたとは……聖響は色々なことが起こりすぎて、混乱していた。
「悠莉……俺……」
聖響は悠莉に判断を仰ぐ。もう、自分で判断も出来なくなっていた。
その時家の中から何かが出てこようとしていた。
だが、悠莉の魔力を前にしてなのか、それ以上は出て来れずに、玄関で立ち止まった。
「返せ……返せ……子供を返せ……カエセ……カエセ……! レクヲカエセ……!」
その人物は完全に呪人化し、正気では無くなっていた。喋っているだけまだマシなのかもしれないが。
「聖響、その子を連れて逃げろ。全て終わったら連絡する。その子は、お前の妹だ」
「……わかった」
聖響は少女を抱えて、家から遠ざかるように走って行った。
それを見届けると、悠莉は凛空に電話を掛けた。
『もしもし』
「あ、凛空? 出番だよ」
『了解』
その時悠莉に向かって何かの術式が放たれた。
悠莉はそれを片手で防ぎ、ビクともしていなかった。
だが、スマホの向こうにいた凛空には暴風での音割れ音声が大音量で伝わっていた。
『だ、大丈夫……?』
凛空は心配して声を掛ける。だが、悠莉が大丈夫じゃなさそうな状況で電話をかけて来るとは思えないか……と思い直した。
「できるだけ早く来い。いいな?」
『うん』
そして悠莉は電話を切った。
「はぁ……」
悠莉はため息をつきながら、レンガの上から飛び降りて、家の敷地内に入った。
「こんな真っ昼間から戦うことになるとはな……すまないが、本調子じゃない。一瞬で終わらせてやる」
今いる怪物は二体。おそらく、大隣朱音と大隣生馬。このケースは夏向のケースとよく似ている。
人間には誰しも一定の魔力がある。だが、普通はそれで術式を作れるほどの量は無い。
その上で、魔術師は一定以上の魔力を持っているから術式が発動できる。
魔術師はその魔力量故に、呪人にはならないし、怪物にもならない。
だから、今二人が呪人化しているため、二人はどちらも魔術師の家系ではないことが言える。
魔術師の家系に生まれれば、少なからず一定以上の魔力が得られる。子に引き継いでいるのなら尚更だ。
それなら、聖響はどうして一定以上の魔力を持つのか。その理由を、悠莉はわかっている。
――怪物に殺されかけたから。
それが理由だ。
ほとんどがそこまで行くと殺されてしまう可能性が高いから、ケースとしては少ない。だが、有り得ない話ではない。
夏向だって、同じような仕組みで魔力を扱えるようになった。ただ、夏向の場合は元々一定以上の魔力を持っていて、それを襲われたことによって干渉され、魔力を自覚した感じだが。
聖響は、襲われたことによって魔力干渉され、その魔力が残った感じだ。そして、数年をかけて自分の魔力にしていった――と思われる。
悠莉が脳内でそんなことを言っていると、現場に凛空が到着した。
「やっと来たか」
「これでも急いだ方だし……」
凛空は言い訳するようにそう言う。
「とにかく、突入するから、片方頼む」
「……わかった」
悠莉はこっそりと凛空にそう指示を出し、怪物たちを睨んだ。
「行くぞ」
「うん」
そして二人は家の中に突入した。
◇ ◇ ◇
一体は一階にあるリビングの方に逃げた。
その怪物には、その方向にいた悠莉が対応することになった。
怪物は走って逃げるが、悠莉はそれをゆっくりと歩いて追いかける。
怪物は悠莉の凄まじい魔力に圧倒され、わざわざ行き止まりに逃げ込んでしまった。
「残念だ。せっかく聖響は、君たちを探して来たっていうのに。しかも、自分の娘を襲うだなんてな」
悠莉は怪物にそう言い放つ。
「……カエセ……レクヲカエセ……!」
怪物はまたそんなことを言う。
「恨みか。自分の子供を返してもらえなかった」
悠莉は恐怖に震える怪物の前にしゃがみ、そう言った。
それと同時に、悠莉は二人を囲うように膜を張った。逃げられないための保険だ。
「その恨みが溜まり、そこに怪物が寄って来た……と」
悠莉は怪物を真っ直ぐ見つめてそう続ける。
「詳しく話を聞いてもいいか? 俺はお前らを狩る魔術師だが……お前らの息子の命の恩人でもある。話を聞かせてほしくて今日は来た」
悠莉がそう言うと、怪物はすごく驚いた表情を見せた。
「今……レクは幸せ……?」
怪物は悠莉にそう質問する。
「レク……?」
悠莉はそう聞き返すと同時に、部屋に貼ってあった命名書を発見する。片方は『
「……幸せかどうかはわからない。両親は死に、妹も死に、しかも、養子だなんて知って。しかも、産みの親が怪物化。散々だと考えてもおかしくはないな」
「そんな……」
「でも、魔術師になった。同じように魔術師になった高校生と、普通ではないけど、楽しい日常を送っている……とも言える」
これは魔術師になった全ての人に言えることだ。
辛い過去、苦しい過去があり、思い出したくも無い。魔術師になっても、実力故の責任、目の前で人が死に、自分の命だって危険に晒される。散々な日常だ。
でも、魔術師になって出会った人たちとの日常を楽しんでいる自分がいる。
これが幸せかどうか、それは自分でもわからない。
なのに、他人である悠莉が、聖響が幸せかなんて、わかるはずもなかった。
「引き取ろうとしても、色々と理由をつけられて引き取らせてもらえなかった。でも、経済的に問題はなく、迎える意思はかなり強くあった」
「……ええ」
「だからこそ、恨んだ」
「……そうよ」
「しょうがなく、もう一人子供を作ったが、やはり諦めきれなかった」
「……そりゃそうでしょ。あなただって……同じことを思うはずよ」
「高校生に聞かれても困ります」
もっと子持ちレベルの奴に言ってくれ。と悠莉は言ってしまいそうになった。
「気を取り直して……理不尽だったのはわかる。でも、それはどちらが悪いのかわからない。当時の担当者は退職済みで、音信不通。引き取った両親も死亡。水掛け論だ」
憎んだって、恨んだって、何も変わらない。
でも、そんなこと今更言う必要は無い。言っても無駄だ。呪人化した人は、元に戻らない。
悠莉は立ち上がり、膜を消し、背中を向けて立ち去ろうとした。
「殺さないの?」
「……お前はもう堕ちている」
「え……?」
怪物には何が起きているのかわからないようだった。
「……じゃあな」
悠莉がそう言うと、怪物の身体に黒い痣のようなものが広がり、怪物は息途絶えた。
悠莉が使ったのは『悪魔の目』。知樹と同じ術式だ。
悠莉が『最強』と呼ばれる理由は、その術式のレパートリーにもある。悠莉はほとんどの術式が使える。何故かはわからないが、朝吹家の魔術師は別属性の術式でも複数使うことができる。その進化系だと思われる。
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