第48話 援軍要請
約一時間後、誰かが部屋の扉をノックした。聖響は感じられる魔力から、それが悠莉だと思った。
聖響は自分の感覚を信じて、部屋の扉を開けた。
「聖響、ちょっと遅くなった」
「遅いよぉ……」
聖響の感覚は間違っておらず、扉をノックしたのは悠莉だった。
悠莉と聖響は部屋に入り、ベッドに腰掛けた。
ホテルの部屋はごく一般的なホテルの部屋で、二人で泊まれるビジネスホテルと言ったところだった。
「悠莉、どこ行ってたの?」
「その住所……大隣家に行ってみた。魔術師かどうか、確認しようと思って」
「行ったって……?」
「会ったわけじゃない。近くに行っただけ」
「なるほど」
悠莉は聖響が自分の魔力がどこから来ているのか気になっていることに気付いていて、それを確認しようとした。
本当なら少し血筋を調べてわかることなのだが、聖響の場合は養子であることがわかり、調べようがなくなった。
行けばわかることなのだが、子供が魔力を持っていても、必ずしも両親も魔力を持っているとは限らない。その場合、さらに調べないといけないことが多く、できるだけ早い方がいいと悠莉は判断した。
それに、『何があるかわからない』というのが常に悠莉にはあり、安全確保のために事前調査をしに行ったというわけだった。悠莉のその考えは、悠莉が『最強の魔術師』と呼ばれているが故だった。
「それで、どうだった?」
「ちょっと、ややこしいことに……なりそうだった。援軍が必要かも」
「えっ……?」
「別に手に負えないわけではないが……何が起こるかわからない」
聖響は何が起こっているのか、悠莉が何を見て感じたのか、全くわからなかった。
いや、あえて悠莉が濁している。聖響には衝撃的すぎるから。行けばわかることだ。
聖響は、とにかく何かが起こっているが、それは今は言えないことだと理解し、とりあえず話を進めようとした。
「援軍って、どうすればいい?」
「一人で十分だけど、聖響のことを知ってる人がいいよな」
「確かに」
聖響のことを知っているというのは、『名前を知っている』とかそういうところではなく、『魔術師になったきっかけを知ってる人』のことだ。
現状、聖響本人と悠莉以外には、悠莉が調査を依頼した悠月、当時悠莉とかなりの関わりがあった快音、大阪校の一年担当である音緒くらいしか知っている人はいない。
「悠月は予定があるらしい。東京校は概ね帰ったから快音も難しいかな」
「音緒さんも忙しそうだし……」
「音緒は俺が頼めば喜んで来てくれそうだけど、あまり教師が席を空けない方がいいかな……上層部に何か悟られちゃ困るし」
え、そんなことなのか……?
と聖響は動揺していた。
だが、そこまで壮大なものではない。『また悠莉が何かした』と思われたくない、悠莉が聖響の過去を探すのに手伝ったとかとなれば、上層部はよく思わないだろう。単純にそれだけだ。
魔術師本部としては、聖響の件はもう終わったこと。だから、それがまだ終わっていなく、真実が解明されていなかったとなれば、汚点にはなるだろう。だから、それを認めたくはない。それを、『よく思わない』と言っておく。
だが、単純にプライドが高いだけだ。
「一年は……援軍にならなさそうだな。シンプルに」
「うん……あんま、知られたくないし……」
「大阪校じゃない方がいいか? そもそも」
「でも……他に選択肢ないし……」
「いや、まだある。一人だけ」
「え?」
悠莉には大阪校じゃなくて、でも関西にいて、そこそこ戦力になる魔術師に心当たりがあった。
「風晴凛空、東京校一年生。皐月家の血筋で、実力もそこそこ。足りないのは経験だから、経験を積ませるには持って来い。それに、同じような過去を持ってるから、そう簡単に誰かにバラしたりはしないし……そもそも東京校だ」
悠莉はその心当たりのある人をそう説明した。
「でも、東京校は帰ったって……」
「いや、今日大阪皐月家に行くって言ってて、元々落ち合う予定だったから、まだ居ると思う」
「えっ……」
それは朗報だ。
「どうする? 頼んでもいいか?」
「……うん」
「でも、何かあった時だけ呼ぶから、待機しててもらうことにする」
「……わかった」
そして二人は凛空に援軍を頼むことにして、悠莉が凛空に連絡した。
凛空は今日大阪皐月家に泊まることにしていたらしく、明日は神戸に来てくれるとのこと。二人にとって最適な形となった。
「ねえ、具体的に、どんな感じなの?」
聖響は悠莉にそう聞いた。
やっぱり、ちゃんと説明してもらわないと聖響も納得できない。
でも、悠莉からしてみれば、今は本当に言えないこと。そもそも、まだ保険をかけている段階に過ぎない。
「まだ確定じゃないし、何が起きるかわからない。まだ何とも言えない」
「それなら……」
凛空を呼ぶ必要なんてあるのか?
「『念には念を入れよ』だろ?」
「そうだけど……」
聖響はこれ以上言い返すことができなかった。悠莉の方が経験も実力も上。圧倒的弱者である聖響が、『最強』と呼ばれる悠莉に、何を言う事もできない。
「そこまで言うなら言っておく。怪物の気配があった。周辺をうろついてる普通の怪物か、俺たち……いや、俺の動きがバレているのか、それとも……」
悠莉は言うのを躊躇っているのか、一旦そこで黙った。
だが、悠莉は再び口を開いた。
「……怪物化しているか」
「えっ……」
一つ目は理解できる。普通に有り得ることだ。
二つ目は聖響には程遠い世界だが、『最強の魔術師』であれば、怪物の上位陣営に狙われることも有り得るだろう。
だが三つ目は、聖響には考えつかなかった。
「でも、まだ人間の気配もあるから、よくわからない。近寄ると俺がバレるから、あんま近寄れなかった」
「そっか……」
悠莉は、まだ可能性が絞り切れていない以上、聖響に伝えるつもりはなかった。
「そこまで気にしなくても大丈夫だと思うが……気配的には、倒せない相手じゃない」
悠莉は聖響を安心させるためにそう言った。
そもそも、悠莉が倒せない相手なんて、ほとんどいない。悠莉がいるというだけで、相当な安心材料であるはずだ。
「……ありがとう、悠莉」
聖響は素直にそう言った。
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