第31話 コンビニ店員の困惑
暫く車を走らせている遠くにコンビニの明かりを見つけた。
山に入る前に立ち寄ったコンビニだ。
「やった!」
コンビニの灯りを見つけた敦は心底ホッとした。
「開いてて良かった……」
恐らく、今の時点で日本一コンビニの灯りに感動している人間に違いない。
敦はコンビニの灯りを目指して更に車の速度を上げた。そのままコンビニの駐車場に物凄い勢いで車を侵入させ、急ブレーキ音を響かせながら停車させた。
敦は車から出ようとして転んでしまった。シートベルトが旨く外れておらずズボンに掛かってしまっていたのだ。
「クソッ こんな時に……」
もう一度シートベルトを外そうとしていると自分の手が震えていることに気が付いた。
「落ち着け……落ち着け……落ち着け、俺」
そう呪文のように呟き続けブルブル震える手でシートベルトを外そうとしている。額にはビッショリと汗をかき前髪が額に張り付いていた。そして、汗が染みたのか目からは涙が溢れている。
やっとの事でシートベルトを外して駆け出した。
「け、警察を呼んでくれっ!」
敦は店内に入るなり叫んだ。中に居たコンビニ店員は電話機を持ったまま固まっている。
「あっ…… すいませんでした………… 警察をお願いします……」
いきなり汗でびっしょり濡れた髪をして、取り乱した男が飛び込んできたら誰だって困惑してしまう。
「思惑山にある廃墟で友人たちが消えてしまったんです!」
その事に思い至った敦は慌てて取り繕ってみた。ある程度、事情を話さないと店員も困ってしまうと思ったのだ。
「黒い手みたいな影に襲われて引きずり込まれたんです!」
「四つん這いの男に追いかけ回されたり、黒い目をした白衣の連中に叫ばれたりしたんです!」
「もう一人は扉の中に消えていったんです!」
敦は泣きそうになって次々と矢継ぎ早に言った。
「あっ、はい。 今かけています……」
コンビニ店員は自分が持つ受話器を指差して答えた。そして、受話器に何かを囁いたかと思うと元に戻した。
「警察はあと10分程で到着するのだそうです……」
コンビニ店員は引きつった笑顔で答えた。
恐らく店員としては、不審な人物が店に近付いて来るのが見えたので、警察に電話する事にしたのだろう。
何しろ、敦は全身が泥だらけであった。しかも、逃げるのに夢中で棒切れを持ったままだったのだ。
どう見ても危なっかしい人物である。
「…… そうか…… 良かった……」
敦はコンビニのカウンターに両手を付いてため息をもらした。これで雄一たちを助けに行ってやれる。
やがて一台のパトカーがやって来た。若い警官とベテラン風の警官だ。たまたま近くを警ら中だった為、この店に派遣されて来たらしい。
コンビニ店員が敦の事を警官たちに説明しているらしい。しかし、警官たちもコンビニ店員もお互いに困惑した顔をしている。
「じゃあ、君は友達二人と一緒にこの店に来て…… それから雨宿りで廃墟に行ったと……」
「そうです、川崎雄一と豊平善治です」
「で、友達二人が何かに捕まってしまって、この店に助けを求めに来たんだね?」
「そうっ!」
「でも、川崎・豊平・国分と君で四人になるよね?」
「なんで友達が二人から三人に増えてるの?」
「ここには友達を含めて三人で来たんだよね?」
「だから、何度も言ってるじゃないかっ!」
職務とは言え警官の度重なる質問にイライラが募ってしまう。もっとも、同じ質問が繰り返されるのは尋問で良くある方法だ。矛盾点などが無いかを確認しする為に同じ質問が繰り返されるのだ。
人間の記憶は案外いい加減なものなので、シッカリと思い出させる効果もあるようだ。
「増えているのは小学校の知り合いで途中で会ったんですよ!」
「……」
もう一人の警官は、コンビニ店員を奥の事務所に連れて行き防犯カメラを確認していたらしかった。
コンビニ店員は何か深刻そうに話をしていて、警官はそれに聞き入っていた。
「早くしてくれっ!」
まるで動こうとしない警官たちに向かって怒鳴ってしまった。
「その友人の特徴を教えてくれないかね?」
ベテランの警察官が尋ねて来た。
「え?」
「背格好とか服装とか髪型とか……」
敦はここで友人の顔を思い出せない事に気が付いた。一緒に行動していたはずなのに服装や髪型などがモヤッとしたままなのだ。
「ええと……」
川崎は灰色っぽい服で豊平は茶系統の服だった気がするがスッキリと思い出せなかった。
「あの廃墟の事は自分も知ってますが……」
若い方の警官がそこまで言ってから、何やらヒソヒソとベテランに進言していた。
「いや…… これは困ったな……」
ベテラン風の警察官が困った顔を敦に向けていた。どう扱っていいのか判断に迷っているようだ。
「なあ…… あの廃墟に行く前に俺たちはここに寄っているだろう?」
(警官に言っても埒が開かない)
そう悟った敦はコンビニ店員に詰め寄った。
「ええ、覚えていますよ。 レジにいたのは自分でしたから……」
コンビニの店員は困惑気味に答えてくれた。
確かに敦が買い物の会計をした時にいたコンビニ店員のような気がする。しかし、ハッキリとは覚えてなどいない。
「ほらっ、ほらっ、俺の話は本当だったろ? 廃墟に行ったと言う話も本当なんだ!」
コンビニ店員の一言を聞いて喜び勇んで警官に言った。
それでも二人の警官は戸惑っているようだった。眉間に皺を寄せたまま動こうとはしなかった。
「なあ頼むから早くしてくれよ…… 友達が心配なんだ……」
そんな警官たちの態度に焦れた敦は泣きそうになっていた。
こうして、のんびりとしている間にも、友人たちは黒い霧のような何かに捕らわれたままだからだ。
「んー…………」
しかし、警官たちは困っているようだ。それはコンビニ店員と敦の話の内容に食い違いが有るせいだった。
コンビニ店員も困惑したままだった。
「そうだ! 母親なら証言してくれる!!」
敦は母親に電話を掛ける事にした。自分が友人たちと出掛けたのだと証言してもらう為だ。
そして、簡単に状況を説明したのだった。しかし、母親から帰ってきた答えに困惑してしまった。
『何言ってるの…… 川崎雄一君は中学の時に海で溺れて死んだし、豊平善治君も高校の時に山で遭難して死んだじゃない。 あんた忘れたの?』
母親の話では、川崎雄一は趣味のスキューバダイビング中に、海底に捨てられていた釣り糸に絡まって溺れてしまっていた。その釣り糸も一本二本などでは無く数百本単位で絡みついていたそうだ。何故、そんなに捨てられた釣り糸が有ったのかは不明だった。
豊平善治は登山道に有った方向指示標識が、間違った方向を示していた為に遭難。自力で下山しようとした彼は崖から落下して死んでしまった。それなりに経験があるのだから、川沿いに下山するのは危険だと知っているはずなのにだ。
「いや、彼らから電話が有って誘われたんだよ」
母の説明に納得がいかなかった敦が反論した。渓流釣りに行った事や、迷子になって廃病院に入り込んだ事を説明した。
『川崎くんたちのお葬式に行ったじゃないの……』
「え? 大学から帰ってきて一緒に遊んでいたぞ?」
『大学って…… 敦は大学になんか入らなかったでしょ。 貴方が行ってたのは療養所なのよ?』
敦の説明に母親は呆れたような返事をしてきた。
「え?」
『心配して付いて来た見守りの人が途中で姿を見失ったって言ってたけど……』
「見守り?」
『廃病院で転んだ所を見られた時に、敦に酷く驚かれたって言ってた』
四つん這い男の事だと敦には分かった。思い起こせばコンビニの店内でも見かけた気がする。
彼は怪異の仲間では無かったのだ。
『それから警察の人が来てペット霊園で何をしていたのか質問していったわ……』
「ペット霊園って骨が盗まれたった言ってた所?」
『そう、防犯カメラに敦が写り込んでいるので事情を聞きたいって言ってた』
「……」
『あなた……ペット霊園なんかで何をしていたの?』
「……」
敦には人間を含めた生き物全般が苦手だ。無論、ペットなど飼った事は無い。だからペット霊園なんかに用は無い。
そこに訪ねた記憶すら無いのだ。ところが防犯カメラには自分が写っていると言われている。
はたと気が付いた。廃病院の屋上に有った裏五芒星用に使われていた動物の骨の出どころだ。
そして、五芒星について妙に詳しかった自分。
『まだ、具合が悪いの?』
「…………」
敦は言葉を失っていた。
知らない所で訳の解らない事をしている自分が居る事に驚愕していたのだ。
『何処に居るの? お父さんに迎えに行って貰うから………………』
「………………」
敦の額を汗が一筋流れ落ちていく。
知らない自分は『オーセマモドキ』で召喚したナニカを送り返そうとしていたのかも知れない。
或いは、自分が巻き込んでしまった人たちを生き返らせようとしていたのかも。
『ア・ツ・シ…… 聞いてるの?』
「……………………」
母親の話は続いていたが、敦の耳には何も届かなくなっていた。
自分自身、何がなんだか分からなくなって来ているのだ。
警官たちも怪訝な表情になっていた。そして、お互いに顔を見合わせていた。色々と事情を察したのであろう。
そんな敦が戸惑っている最中にコンビニ店員が声をかけてきた。
「あの……」
敦が店員の方を虚ろな目で見ると、コンビニ店員の困惑した表情が見えていた。
「お客様は…… お独りでいらっしゃいましたよ?」
コンビニ店員の困惑 百舌巌 @mosgen
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