断罪されし聖女は龍の王のつがいとなり。
友坂 悠
「おまえの罪を数える!」
大臣ギリアム・デイソンがそう声を張り上げた。
大仰に右手を掲げ指を突き立てるその姿は民衆向けのパフォーマンスなのだろう。
「一つ! 天の神デウスより民を導く使命を授かった聖女の身でありながら、堕落の道に進むとは万死に値する!」
「二つ!
「三つ! 聖女の身でありながら、碌にそのチカラを持たぬ事! 未だに雨乞い一つ出来ぬとはな情けない!」
ギリアムはフンと鼻を鳴らし、続けた。
「以上の罪を持ってこの前聖女、セリーヌ・フォン・ヴァインシュタインを神への
集めた民衆を睨み付けるギリアム。人々は黙り込み、誰一人声を上げることはなかった。
そこには一人の少女が後ろ手に縛られたまま、膝をついていた。
金色の髪に碧い瞳のその少女、ボロボロの貫頭衣を身に纏っただけの裸足の足を晒して。
灼熱の太陽に焼けた砂の上、潮が満ちれば海に飲み込まれるそんな中州の真ん中にただ一人残されたように。
海岸沿いの砂浜には大勢の民衆が集められ、その少女が断罪されるところを見物していた。
それは見せしめ、でもあり。
デイソン大臣の私兵が取り囲む中、まるで生贄を捧げるそんな場面、かのように。
ギリアムはそのまま海岸を歩き少女の脇まで来ると、縛られ膝をついている彼女の耳元に囁く。
「まあお前が俺の申し出を断るからいけないのだ、よ。せっかく嫁にしてやると言ったのにな」
「兄を殺したあなたの言うことを聞けるわけがないでしょう」
気丈にもギリアムを睨み、そう答えるセリーヌ。
「まあいいさ」
ギリアムは剣を抜くとセリーヌの首元に置き、また民衆に向き直り大声を張り上げ言った。
「こやつに一つ、チャンスをやろう。この晴天の空を潮が満ちる前に曇らせ雨を降らせろ。さすれば命だけは助けてやろう」
首元の剣の腹で二、三度彼女の肩を叩くと、ギリアムはそのまま元の場所まで戻る。
そして、大勢の民衆が見守る中、前聖女、セリーヌ・フォン・ヴァインシュタインは両手を後ろ手に縛られ中洲にひざまづいたまま残された。
⭐︎⭐︎⭐︎
王宮にそれが現れたのは、まだ3日前の事。
漆黒な三角錐のボディに昆虫の様な細長い三本の脚。
目は、あるのか? 時々丸い光が見える。
肩、の部分らしいその場所から、何本もの鞭のような触手を伸ばしたそれは、周囲のものを切り刻み、破壊した。
漆黒機。
その漆黒の塊は、神の
厄災の御使い、と、そうも。
そんな漆黒機がいきなり十数体王宮に出現し、王の間を目指し暴れ。
それが大臣ギリアムによるクーデターであったとわかるのは全てが終わった後であった。
近衛騎士団の団長を務めていたセリーヌの兄ジークフリードはギリアムの手にかかり。
王はギリアム一派の手に落ち、その他主要な貴族や閣僚もギリアム大臣に賛同しなかったものは皆捕らえられたか幽閉されているという。
セリーヌの目の前で、ギリアムは騙し打ちのようにジークフリードの背中から袈裟懸けで切りつけた。
その時のことは多分一生忘れられないだろう。
崩れ落ちるジークを泣きながら抱きしめ。
「兄様、兄様、兄さまー!!」
そう泣き叫ぶセリーヌはギリアムの配下によって兄から引き離され、地下牢に幽閉されたのだった。
カツカツカツ
地下牢に響く靴の音。
薄暗い石造りの通路をギリアム・デイソンが供も連れず歩いていた。
最奥の牢に閉じ込めてあるセリーヌの元まで。
魔力無効フィールドに包まれたこの地下牢は、空間転移なども妨害する特殊な魔術式で構築され。
それがたとえ百戦錬磨の魔導師であっても決して脱出することの出来ない堅牢な造りの牢であった。
その際奥まで辿り着いたギリアムは牢の中程に横たわるセリーヌを睨め回す。
「そろそろ気が変わったか?」
音のないその暗闇に、ねっとりとしたその声がこもる。
「あなたの言いなりになることはありません」
伏せったまま、そう、もう何度目かの同じ返事を返すセリーヌ。
ギリアムは苦々しい顔をして、苛立ちを隠すこともなく手に持った鞭を勢いよく地面に叩きつけ。
「処刑の日は明日だが……、直接手を下すのも無粋なのでな。お前は民衆に対しての見せ物になって貰う事にした。せいぜいそれまで強がって見せてくれ」
それだけ言うと踵を返し元きた道を戻っていった。
灼熱の砂に耐える顔。
そんなのを見て楽しんでいるのだろうか? と、そう苦々しく思うセリーヌ。
ただひたすら時が過ぎるのを待っていたセリーヌと対照的に、海岸の向こうからこちらを見ているギリアム・デイソンの顔は笑っていた。
陽がだんだんと翳ってきて、海面もじわりじわりと上昇してきていた。
足首が完全に水に浸かり、海岸との砂浜の道も海に沈んで。
「これまでか?」
そうギリアムの声が聞こえる。
「何も出来ずただ溺れるだけか。聖女の血は役に立たなかったな」
そう、吐き捨てるように言うギリアム。
もう誰もがこのままセリーヌは海に飲み込まれるのだろう。そう思ったその時。
それまで雲一つ無かった空に、灰色の雲が急激に広がり、辺りが強烈な風にみまわれた。
そして。
嵐は唐突に現れた。
雨が激しく地面を打ちつけ、人々から視界を奪う。
薄闇の夕暮れがあっという間に紫色になり、そして。
その紫に光る雲の間に龍が現れた。
金色のドラゴン。
真龍。
神の使い、そうした言葉がふさわしい。そんな存在。
雨が割れ、そして空を覆うように辺りが
畏怖に
中洲に取り残され足首まで海水に浸されたセリーヌだけが、真っ直ぐにその龍の瞳をみる。
「ジル? ジルなの!?」
幼い記憶にあるその瞳の色。
何故か、そう感じる。
エメラルドグリーンのその瞳は、彼女に懐かしい気持ちを思い出させて。
ジルと呼ばれたその龍は、彼女にだけは優しい笑みを見せた。
「助けに来たよ。セリーヌ」
そう声にはならない声で、言ったのだった。
☆☆☆
あれはまだセリーヌが幼い少女だった頃。
その日は嵐だった。いや、明け方まで嵐だったと言った方が正しいか。
セリーヌは朝早く貴族街を抜け出し、嵐の名残を見に海岸に向かっていた。
粗末な麻の服をきて、まるで男の子のような装いでこっそりと抜け出したのだ。
下町、ゲイトヘルズを抜け海岸まで走る。
堅苦しい貴族の煩わしさから抜け出して。秘密の匂いのするそんな冒険が楽しくて。
浜辺について半刻も過ぎた頃、彼女は浜辺の北端にある岩場へ向かった。わりあいと登り易く、上部は座って海を眺めるのに丁度良く、中頃には人が三人ほど入る事の出来る洞窟があり、小さい頃からの遊び場となっていた。
以前はよく兄ジークフリードに連れられてこの洞窟に遊びにきたものだった。
子供達にとって、ここは大人達からのがれて身を隠す秘密の基地であり、自由そのものであった。
何かあるとこの場所に遊びに来て。
今日だって本当だったら兄を誘ってここに来るつもりだった。でも。
最近では大人びた笑顔でセリーヌ、あんまりおてんばばっかりはいけないよ、と。
そんな風に、嗜める様な言い方をする様になった兄様。
大好きな兄だからこそ寂しくて。今日は一人、海を見ようとやってきたのだった。
岩場に近づくと、それまで遠目に見ていたときには流木だと思っていたのだが、岩場の下の海に面したところに舟のようなものがあることに気がついた。
「夕べの嵐で流れついたのだろうけど?」
と、つぶやくと、人がいるかも知れない、と思いながらセリーヌはその舟に近づいてみた。
舟は太い木をくりぬいてできた丸木舟だった。その中に一人の男が倒れていた。一瞬死んでいるのか、と思ったが、すぐにそれが間違いであるのに気がついた。
息は、ある。
でも。
怪我をしているのか、その男性の生命力が弱っている。そう感じた。
助けなきゃ。
そうは思う、けれど。
街に見知らぬ男性を連れて行く事は出来ない。
じゃぁ。しょうがないか。
(お願い。この人を助けて)
セリーヌの両手から金色の粒子が溢れ出し、周囲が金色に包まれた。
癒しの光がその男性を包み。
そして。
その男性がうっすらと目を開けて、言った。
「ありがとよ、えっと……」
「セリーヌです。セリーヌ・ヴァインシュタイン」
「そうか。セリーヌ嬢ちゃんか。ありがとよ、ほんとに助かった」
金色に風になびく髪と髭は百獣の王であるライオンをおもわせる精悍な顔立ちの男だった。その瞳はエメラルドグリーンに輝き、透き通った宝石のように綺麗に見えた。
セリーヌに使える力はそんな癒しだけであったから。
家系に連なる大聖女が使用したと言われる聖結界や、天候操作、嵐や厄災から人々を護る力などは未だ発現せずじまいであった。
それでも。
今の自分にも、この男性を助けることができたこと、それが嬉しかった。
「おじさんはどこから来たんですか?」
「おじさんはひどいなあ。これでもまだ二十を過ぎたばかりなんだぜ」
とはいうものの、口まで覆う髭はとても兄とふたつしか違わないなどとは、セリーヌには思えなかったのだが。
「俺の名はジル、ジルコニアン。東の果てメコンから来た」
メコン? 聞いたことが無い、かな。そう記憶を探るセリーヌ。
「まあ、知らないだろうな。機械神ニャルラト・ホテップの支配する暗黒大陸に存在する我が祖国メコン。主神、デウス・エクス・マキナを信仰するこの国とはほぼ接点が無かったから」
「遠い、の、ですか?」
「位相が、若干ずれてるのさ。まあ今となってはそれも……」
ジルの顔に影が見える。
「ああ、あの嵐の竜、黒竜ブラドのやつ、まだ残ってやがる。こちとら瀕死だったっていうのにな」
スクッと立ち上がるジル。
「本当にありがとうな。嬢ちゃんは命の恩人だ。この借りはいつか必ず返す。俺はまだあの黒竜を追いかけなきゃならんからこれで行くが、お前さんは良い聖女になれそうだ。そこまで精霊が集まってくる様なやつは見たことがないからな。頑張れよ!」
そう言うとふわりと浮き上がり、ジルコニアンはセリーヌには積乱雲にしか見えない遠くの黒い雲に向かって飛んでいった。
人が空を飛ぶなんて。
それも、不思議だったけれど。
あの人、精霊が見えるんだ、と。
そちらの方が不思議で。
それはほんの小一時間の
☆☆☆
「ジル? ほんとに、あの時の?」
龍の大きな顔なのに、そのオーラは間違いなくあの時のジルコニアンだとセリーヌにはわかる。
水に浸かったセリーヌの身体がふんわりと浮かぶ。
ジルの力?
その龍の魔力は強大で普通の人には恐怖さえも与えるだろうと思われるほどであったけれど、セリーヌにはどことなく頼りになる、リラックスできる、そんな心地よいチカラに思えて。
優しく包まれるそのチカラに完全に身を任せたセリーヌ。
改めて自身の身体に癒しの力を振りまいた。
黄金の粒子に包まれ、火傷も擦過傷も、そして傷だらけになっていた腕も。全てが元の白い肌へと再生し。
「ああ、大きくなったねセリーヌ。君の気はどこにいても感じられたよ」
優しい声。
でもそれはセリーヌの心の中に直接響くように聞こえてきて。
「さあどうしてやろうか。セリーヌを傷つけるこんな国、滅ぼしてしまおうか」
大きな口を開けてそう叫ぶその声は、先ほどまでの優しい声とは裏腹にそこにいた人々を恐怖に陥れるには十分であった。
「な、な、なんだというのだ! こんなところに厄災竜だと!?」
そう震えながらも声を上げるギリアムに。
「はは。この俺が厄災竜に見えるのか! この姿、真龍、龍王エレメンタルクリスタルのこの姿が!」
ブァオーと呼気も荒くそう叫ぶジルコニアン。
「龍王だと、馬鹿な!」
ギリアムの背後では民衆が我先にと逃げ惑っていた。
大臣の私兵たちも浮き足立ち何人かは逃亡を図って。
「狼狽えるな馬鹿者! こちらには漆黒機がいるのだ!」
ギリアムが一人そう叫び、兵を鎮めようとしていた。
そんな中。
ヴァ!
っという音とともに砂浜の下から無数の黒い塊が顔を出す。
砂をかき分けて蠢くその漆黒。
徐々に顔を出したそれは空中に浮き上がり。
そして一塊の竜の姿に変わる。
「ブラドか!」
大量に存在したかに見えたその漆黒機は全て一つにまとまると、大きな漆黒の竜へと変貌した。
暗黒の厄災竜、漆黒の黒竜ブラドは鎌首を持ち上げて云った。
「久しいな、ジルコニアン王よ。わしのせっかくの暇潰しをよくも邪魔してくれおって」
「そうだな。お前がセリーヌに仇なすなら、俺は今度こそお前を消し去ってやるさ」
雷鳴にも似たそんな会話の後。
黄金の真龍と漆黒の黒竜は空中で激突したのだった。
嵐は次第に激しさを増し人々が逃げ惑う中。
「黒竜さま、お助けください黒竜さま!」
そう震えながら叫ぶギリアムの姿があった。
「ギリアム様、ご指示を」
「撤退の指示を!」
数人、配下の兵からそう声が上がる。
巨大な嵐の激突は周囲に強風を撒き散らし、逃げ惑う人々ももはやまともに立っていることも難しく。
ジルコニアンとブラドの激突が始まってからもジルの手の中にそのまま収まっていたセリーヌ、
「お願い、ジル。このままでは地上の人々は皆死んでしまうかもしれないわ。助けたいの。お願い降ろして!」とそう懇願して。
「セリーヌ、ダメだ。あんな嵐の中に君だけを残して行くなんてできはしない。そもそもだ、君が傷つけられるのを黙って見ていた人間なぞどうなっても構うものか!」
「だめ。だめよジル。あそこにいた人たちは皆悪い人ではないの。ギリアムに集められただけの王国の住人、わたしが守らなければいけない人々なの」
「しかし!」
「それに、ね。あなたと厄災竜の戦いが激しさを増せば、王都だって無事じゃ済まないわ。あそこにはまだわたしの両親や、知り合いや、愛する人々が大勢いるのだもの。お願いよ」
しばしの沈黙の後。
「わかった。せめても、だ」
ジルコニアンの周囲の
それは眩い光を放ち真円の宝玉へと変化した。
「これを持っていけ。龍玉のオプス。俺の力の一部、カケラだ。きっとこれがあれば君に眠っている力も引き出すことができるはず」
セリーヌはその龍玉を手のひらで包むと、ジルコニアンに心の中でありがとうと囁いて。
そして、自身の周囲に力を、ありったけの願いを込めて精霊を呼んだ。
まずその呼びかけに答えたのは風の精霊アウラ。
アウラはセリーヌを包み込み。そしてその背に純白の羽根を形成した。
それまでは。その力を発現させることこそは出来なかったけれど、それでも幼い頃より精霊と心を通わせることはできていた。世界の仕組みも精霊の
「ありがとうアウラ」
そう優しく微笑むと、彼女はそのまま地上へと飛んだのだった。
金の粒子と漆黒の粒子が吹き荒れる嵐の中、黒竜の周囲には三角錐の漆黒機が数機、槍のようになって飛び回る。
真龍エレメンタルクリスタルが吐き出すブレスをもその漆黒機でガードする黒竜。
そのままそのブレスを巻き込み竜巻状に回転する漆黒が、その回転数を上げ真龍の腹につき刺さった。
「ジル!」
地上に降りたセリーヌはそんなジルコニアンの助けになるように祈りを捧げ。
癒しの精霊キュアを呼ぶ。
「お願いキュア。ジルを護って」
この世界には無数の精霊たちが次元の隙間に隠れて存在している。
彼女のその聖なる
セリーヌの魂から溢れ出る聖なる
(これなら。きっとだいじょうぶ)
セリーヌは人々が逃げ惑っているその場所まで飛ぶと。
まず彼らを護る風の盾を張り巡らせ。
急に静かになったその場所で。
金色の髪を靡かせ天に祈るその姿に気がついた民衆は、その聖なる姿に両手を合わせ拝むのだった。
「おお、セリーヌ。助けてくれ、俺を助けてくれ!」
セリーヌの姿に気がついたギリアムがそうすり寄って。
龍の気にあてられたのか、嵐の勢いに完全に戦意を喪失してしまったのか、自身を助けるようにそう乞うた。
パチン!
セリーヌは彼の頬を平手ではたき。
「あなたにはまだやらなければならないことがあるでしょう? 仮にも人を導く身であれば、ここにいる全ての人を避難させるように指示してください!」
と、そう叫んだ。
一瞬。
呆然としたギリアム。
しかし周囲にいた側近に諭されるよう兵をまとめ避難を開始して。
人々も全て王都に避難できたことを確認したセリーヌ。
風の盾を王都周辺に限定し結界を強化するとそのままその中心、王宮の尖塔の上に立ち。
そして。
その結界を維持するよう天に祈りを捧げたのだった。
その戦いは三日三晩続いた。
激しい嵐が吹き荒れる中、ただ一人、人々を守る金色の聖女の姿があった。
王都を街ごと結界で護り、そうして人々を救った後。
その聖女は真龍とともに
聖女を手にかけようとした大臣は断罪され。
人々は平穏を取り戻した。
真龍と聖女はつがいとなり、末長くこの世界を見守っているという伝説だけが、のちの世に残されたのだった。
End
断罪されし聖女は龍の王のつがいとなり。 友坂 悠 @tomoneko299
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