星降りの地(5)

 三日後、夜半に星の位置が揃う。ベッドタウンに立ち並ぶ民家から明かりが漏れることなく皆が寝静まっている。それどころか、雨戸が全てしっかりと閉じられている事から伝達は上手く行っている様だ。


 何人かの陰陽師たちが近くに待機しており有事には被害を最小限に抑える結界を張る準備をしている。そのただ中、外套を風にはためかせながら晃人は荒野を進む。


「ここからは私と神鷹じんようだけで良い」

「ご武運を、中尉。年末の飲み会の会計は中尉なのをお忘れなく」

「やべぇと思ったら逃げた方が良いっすよ」


 同じ班の部下たちの言葉に肩を竦めながら晃人は笑えば、灯りを持った神鷹を伴い荒野の中心部へと進む。


 身を切るような寒さは健在だが、心なしか先日よりは吹きすさぶ風は弱い。


 荒野のただ中まで至れば晃人の脳裏に何者かの意識が滑り込む。


「キタカ」

「来たとも。今宵、星辰は揃った」


 晃人が答えると怪異は姿を見せる。黒い縄めいたむき出しの筋肉を絡ませ蠢かせる奇怪な怪物は、その姿を見て息をのんだ神鷹に視線を無得たようだったが、灯りを見て無数ある紅玉を全て筋肉で覆い隠した。


「准尉、灯りを消せ」

「分かりましたであります」


 神鷹が言われた通りに灯りを消すと、怪異は人心地着いたように紅玉をあらわにして少しだけ体の力を弛緩させたようだった。その様子を見て、晃人はを放つ。


「UuuuuuuAaaaaaaaaa」

「RuuuuRaaAaaaaa」


 怪異が合わせるように言葉を放つと晃人は右手の人差し指と中指を九字でも切るように突き立てて、口元辺りまで掲げた。そして、指先が徐々に空へと向かうと、晃人の視線もまた空へと向かう。


「UuuuuRaaaaAaaaaaaaa」


 互いの言葉が絡まり合い螺旋を描き空へと延びる姿を晃人は幻視する。それはまるで光の柱だ。光の柱は光より早く空へと延び、宇宙のかなたまで突き進む。そんな幻視を思い描きながら言葉を放ち続ける。


 三分、五分と続けても何も起こらなかった。十分も続ければ喉は痛みを訴えだす。もはや人の喉が耐えられる音ではないが、バベルの使い手たる晃人だからこそ放てるのだ。その彼をもってしてもそろそろ限界であろう。


 十二分と時間が過ぎれば既にデッドラインを超えている。晃人の放つ言葉は濁りが出てきていた。喉の内部はひりつき、裂傷すらできている。血が流れているのかせき込みそうになりながらも懸命に言葉を放っていた晃人だったが、怪異が不意に言葉を放つのを止めた。


「がっ……げほっ……なぜ、とめた?」


 晃人は咳と共に血を吐き出し、声を枯れ果てさせていたがそれでも怪異に何故止めたのかを問うた。


「モウ、ヨイ」

「なぜだ?」

「トドイタ」


 神鷹がせき込む晃人の背中をさする中、晃人は怪異との意識のやり取りに集中していた。届いた? あのサインが届いたのだろうか? 周囲に異変はまるでみられないが……。


 再度晃人がせき込むと、神鷹が背を擦る手を止め、小さく呻いた。晃人は何事かと重たい頭を持ち上げて神鷹が見上げる空を同じく見やれば……空には光通さぬ暗闇が覆っており、そこから無数の肉の筋が伸びて来た。皮膚が無いのかむき出しの黒い筋肉が縄のように数十と伸びてくる。


 その肉の筋は地面に降り立つと周囲をまさぐるように蠢いていたが、程なくしてまっすぐに星降りの地に巣食う怪異の元へとのびてきて、その体をそっと包み込んだ。


 それは正に異形の光景であった。冒涜的とすら思わせる人理を超えた光景だった。だが、それこそまさに親子が抱擁している姿でもあったのだ。


 怪異は親のかいなに抱かれてソラへと戻っていく。その姿はソラへと消えていき、天を覆っていた暗闇もいつの間にか消えていた。天には数多の星が輝く冬の夜空だけが残った。


 晃人と神鷹は暫し空を見上げていたが、我に返りベッドタウンの方へと視線を転じる。夜だと言うのに立ち並ぶ地蔵が蜃気楼のように揺らめく姿がはっきりと見て取れた。


「……ああ」


 晃人は神鷹に肩を借りながらベッドタウンに向かって歩き出し、しわがれた声で呟く。


「地蔵は子供の守り神でもあったな」


 賽の河原で石積む子供らを鬼より匿い助けるのは地蔵菩薩。ゆえに現世においても子供たちを助けるのは地蔵とされていた。それに、道祖神もまた子供に親しむ神であった。


「見守っておられたか」


 怪異と言えども子供は子供。もしかしたら地蔵はベッドタウンを守っていたのではなく、異郷に一人佇む幼子を見守っていたのかも知れない。そう思うと立ち並ぶ地蔵が皆、微笑んだような気がした。晃人は自然と揺らめく地蔵に頭を垂れていた。


星降りの地 <了>

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怪異猟兵一之瀬晃人の日常 キロール @kiloul

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