星降りの地(4)

 荒野よりベッドタウンに戻った晃人あきひとは、程なくして相棒である神鷹じんようと再会する。黒い髪を背中でまとめた肌の白い神鷹はどこか生気に乏しい娘だ。が、その正体を知ればそれもその筈と誰もが納得するだろう。


「一ノ瀬中尉! そちらで異様な数値を検知したのでありますが」

「この地に巣食う怪異の大元に会った」


 晃人が告げると、神鷹は驚きに目を見開く。その表情だけを見れば、人間そのものなのだが……。


「国立天文台のデータベースにアクセスは?」

「A級情報までは可能でありますが、何をお調べするでありますか?」

「怪異猟兵としての仕事だ、コードを打ち込みS級まで精査してくれ」

「了解であります」


 見た目よりも快活な受け答えをする神鷹は、己のこめかみ辺りに指先を当てて黙り込み暫く視線を彷徨わせていた。そして、ようやく晃人を見やり。


「それで何をお調べするでありますか、中尉」

「一九二二年の十二月の星図を」

「S級で秘匿されるような情報は無いのでは?」


 不思議そうに問いかける機械仕掛けの同僚を見やって晃人は肩を竦める。


「そいつを確かめたいのさ」

「了解であります」


 それ以上問いかけることなく神鷹は作業に取り掛かった。


 民家があれば無線の通信電波が飛んでいる時代、彼女は常時ネットワークに接続できる強みを持っている。


「S級該当件数二件、A級該当件数四件? 星図にこれほどの開示制限が掛かっているとは……」

「魔術師は星を見る、我が国の陰陽寮の達人たちもな」

「そして中尉も、でありますね?」

「私のは師の受け売りだがな」


 師が最も得意とするのは薬学の知識や宝石の知識だが、一般的な魔術知識も晃人は叩きこまれている。それに、亡き父は魔術師であった。その血は晃人にも脈々と受け継がれている。


「ダウンロード終わりました」

「一度戻り星図を印刷せねばな」

「コンビニで印刷可能でありますが?」

「どこの世界に開示制限情報をコンビニで印刷するアホがいるのか?」


 晃人がじろりと横目で睨むと神鷹は首を竦めつつも。


「しかし、どう見てもただの星図でありますが……」


 そう弱々しく抗弁する。


「秘匿されている以上は意味があるのだ、詰め所に戻って印刷だ」

「了解であります」


 その様なやり取りをしてから詰め所に戻り、星図を印刷した。そのうちの一枚こそ晃人が求めていた正しい星の位置を示していた。


「これで帰してやれるかな」


 そう呟いた晃人を神鷹は物珍しそうに眺めていた。


※  ※


 印刷された星図を確認した晃人は、三日後の夜に星図と最も近しい形で星の位置が揃う事を割り出す。それは純粋な星の位置のみによらない魔術的な計算の結果である為、神鷹では割り出すことが出来ない隠秘学の知識。


「三日後か」

「その……中尉。声をソラに届かせるのは厳しいのではないかと思われるでありますが……」


 神鷹は晃人の計画を聞いて、おずおずと口を挟む。


「厳しいと言うか通常は無理だ。私とて真空では音が伝わらない事も音速も心得ている」


 晃人は素直に頷きを返した。それには問いかけた神鷹が驚いたようで。


「そ、それではこの計画は!?」


 と素っ頓狂な声を上げた。


「無論、魔術的、隠秘学的な計画だとも。星辰の力を借り、荒野に巣食う怪異と共鳴する事で私は対象そのものに言葉を投げかけるつもりだ」


 晃人がそう告げやるも神鷹は今一つ理解していないようで眉根を寄せながら問う。


「えっと、良く分からないであります」

「君は召喚の魔術を見た事はあるか? 時間と空間を飛び越え言葉を対象に放つ事で悪魔や神霊を呼び出す。原理はあれと同じだ」


 原理は同じと言ってから気づいたが、神鷹はたぶん理解できないであろう。まだまだこの方面には疎い新人、科学の粋を集めた機械仕掛けの同僚には荷が重い話かもしれない。


 だが、神鷹は少しの時間押し黙ってから、晃人を見据えて口を開く。それは晃人が予期していた言葉ではなかった。


「小官には分からないでありますが、中尉ならば成し遂げると信じているのであります」

「……そうか」


 幾つかの怪異に遭遇し、実際に今の科学ではどうしようもない事実に彼女は何度かぶち当たっている。その経験がそう言わせたのかも知れないと思えば、彼女の成長を感じ取ることが出来た。なるほど、三雲みくも大佐が現場へ向かわせたがる訳だ。

 

 ともあれ後は実際に星の位置が整うのを待つしかない。それまでに各所に連絡を入れておかねばならないだろう。行うのは自分と怪異の二人だけではあるが、言葉の波動に感受性の強い者が影響を受けないとは限らない。


「三日後までに関係各所に連絡を入れて後は待機だ」


 陰陽寮、幾つかの政府特務機関、それに軍部。連絡を入れる箇所を数えながら晃人は自身のスマートフォンのパネルをタッチし始めた。私的な連絡先に連絡を入れるために。

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