星降りの地(3)

 半ば強制的に過去を思い返していたような奇妙な違和感に感じ、晃人は首を左右に振りながら今の意識は誰のものかを考える。

 ソレダと告げたる者は何を示してソレと言ったのか。


「己が内に去来した感情を示したのか?」


 去来した感情、それは言うなれば郷愁と慕情である。

 母を知らない晃人にとって、洲灯すとうは母親と言う存在を感じる事の出来る相手であった。

 唯一の肉親であった父を亡くした晃人を引き取り、怪異と戦う術を授けてくれた師。

 己の声がいかなる物かを教え諭し、鍛錬してくれた師。

 眠れぬ夜に頭を抱いて共に眠ってくれた最愛の師。


 師である洲灯を思うと、暖かな気持ちを覚える。

 晃人にはそれが肉親に対する愛情なのか、女に対する恋慕なのかは分からない。

 ただ、彼女が大事な人であることに変わりはない。

 人と呼ぶには語弊がある存在であろうとも、その思いは変わりないのだ。


「探っていたのか。私の内面を」


 そう呟き晃人の声は硬い。


 晃人は何ゆえに自分が怪異が巣食う魔所にて追憶などと言う現実から視線を外すような真似をしたのかに思い至った。

 ここに巣食う怪異が晃人の内面を知りたがったのだ。

 通常の怪異ならば対象の精神を打ち砕くために行うのだろうが、ここに巣食う者は少し気色が違うようにも感じた。

 が、それが不躾な行いに対する免罪符とはたりえない。


「勝手に覗き見た……真意を教えてもらうぞ」


 思わず口についた言葉は、晃人自身が驚くほどに冷たく硬い。

 秘すべき思いを晒されたとなれば誰もが怒るもの。

 そう思えば驚くに値はしないかと晃人は一つ頷き、喉を震わせる。


「UuuuuuuAaaaaaaaaa」


 晃人の口より放たれる獣の唸りにも似た音。

 二十世紀最大の魔術師と謡われたアレイスター・クロウリーが野蛮な召喚の名と名付けた召喚術にも似ているとされるの響き

 これこそが晃人が生まれながらに持っている権能。

 有史以前の人々が持っていたとされる力の一端であり、あらゆる怪異に働きかけると言う神の言葉バベル。

 今となっては理解できる者とてない意味不明な音の響きがうねるように高くなり、沈む様に低くなりながら周囲に拡散していく。


「RuuuuRaaAaaaaa」


 するといらえが返る。

 荒野の中ほどから目に言えぬ何者かが晃人のに反応を返した。

 ならばそれは人にあらず。


 晃人は九字でも切るように人差し指と中指を顔の前で立て、喉を振るわせながら応えがあった方角へと顔を向ける。

 拡散していた声は二本の指先に集まり、指向性をもって放たれる。

 

「AaaaaaaaaaUhaaaaaaaaaaaa!」


 力強さを増す晃人の声は、喉を振るわせ波動となる。

 すると姿を消していた潜む者の真の姿があらわになった。


 皮膚は無いのかむき出しとなった無数の縄めいた黒い筋肉が絡まり合いながらカエルにも似た姿を形作っているソレを晃人は何と呼ぶのかは知らない。

 体のあちこちに点在する紅玉めいたものが瞬く様に黒い筋肉に隠れるのは、本当に瞬いているのかもしれない。

 その姿を現した者は、恨みがましく『らぁるるる』と鳴いた。

 いや、恨みがましいと感じるのは晃人がどこか後ろめたさを感じたためかもしれない。


 見た事もない怪異、先ほどの声の様子からかなりの力を秘めた怪異であろうと当りを付ける一方で晃人は直観的に悟る。

 こいつはまだ子供なのだ、と。

 それも母親のぬくもりを欲してやまないほど幼いのだと。


 晃人はのたうつ怪異を前に、一度だけ視線をソラに転じる。

 吹き抜ける風の冷たさは、幼子には堪えるだろうか。

 それとも外宇宙から飛来せしめたような強靭な存在には、地球の環境など大したことは無いのだろうか。


「ハハウエ……」


 晃人の脳裏に怪異の意志がよぎる。

 それだけで母親の元に帰りたいと泣きじゃくる幼子を前にしたような心地を覚えた。

 戦えばどれ程の被害が出るのかは分からない相手、それほどの力を感じる存在がただただ母を求めて泣いている。

 

「童謡であったな」


 迷子の子猫を前にして弱り果てる犬の警察官と言う牧歌的な風景を歌った歌を思い出し、晃人は再び天を仰いだ。

 その瞬間に、脳裏に閃く物があった。

 晃人は囁くような声で怪異に告げる。


「いかなる伝説上の怪物でも子を殺されると怒ると言う。ならば、お前の親も同じかもしれない。子が行方知らずとなれば探しているかも知れないな。ならばお前の声をソラまで届かせてみよう、私も手伝ってやる」


 まあ、それには百年前の星の位置を割り出す必要があるがと一人呟いてから晃人は待っていろとだけ告げて踵を返す。


「ナゼ」

「そうしたくなっただけだ」


 意識に滑り込む怪異の意志にそう返事を返して晃人は聞き込みを続けている相棒、神鷹じんようの元に向かった。

 皇国の科学技術の粋を集めた神鷹がいれば、正しき星の位置を割り出せるだろう。

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