弊社の社長が逮捕されまして

ゴオルド

社長がプライベートでやらかして逮捕されるとか予想外すぎて

 カクヨムコン7に出すためのエッセイを書こうと思い(追記。落選しました~)、私も何か珍しい体験ってなかったかな? と自分の人生を振り返ってみて、一つ思い出しました。勤め先の社長が逮捕されたことがあったんですよ。罪状は詐欺です。

 詐欺――それは人を騙してお金を奪うという犯罪。

 弊社社長がそんな詐欺をやらかしました。やらかして、逮捕されて、刑務所に行って、今はもう出所してるはずです。イエーイ、社長~! 見てる~? ちゃんと被害者に弁済してくださいよぉ~!


 ちなみに私自身も被害者なので、刑事さんからは「被害届はいつでも受理します」と言われて、そのまま保留となっております。なぜ保留なのかというと、刑事さんから「もう既に十分な証拠がそろっているから、ゴオルドさんの被害を事件化しなくても社長を刑務所に入れられますよ」と言われたからです。「逆恨みされても困るでしょうし」と。有罪になることが既に確定しているのなら、あえて私が恨みを買うことをしなくてもいいかなあと思って保留にしました。

 私は事件の被害者でもあり、さらにいうと私への賃金も未払いなんですよね。イエーイ、社長、見てるか、このやろうぅぅぅぅぅ!



 では、私の身に何が起ったのか、これから語っていこうと思います。一部フェイク有りです。御了承ください。


 当時の私はまだ20代のうぶな女で、世間の暗闇や落とし穴にも気づかずにぼんやりと生きておりました。私の人生はどっちかっていうと落ちこぼれなんですが、まあとりあえず健康だし、住む家もあるし、お風呂も毎日入れるし、好きなビールもたまに飲めるし、趣味もあるし、低賃金でも恋人もいなくても自分の人生をそう悪くは考えていませんでした。我ながらポジティブ~!

 ダメ人間なので20代にして既に何度か転職しており、3社目にこの職場――探偵事務所に入社しました。探偵っていうとバーの片隅でわけあり女性から依頼を受けたり、殺人事件を解決したりというイメージがありますが、現実にはそんなこと全然なくて、やっていたことは浮気調査、パワハラ、セクハラ、ストーカーの相談、あとは「雑用」がメーンでした。雑用というのは人見知りですっごく無口な人が銀行口座をつくりたいので付きそうとか、借金の返済ができない人の代わりに謝りにいくとかですね。あと外国人がトラブったときに仲裁役をやったり。日本人から差別を受けているというので話を聞いてみたら、文化の違いからくる誤解としか思えないようなケースが結構あったりしました。また別の依頼ではある女性から立会人になって欲しいと頼まれて、浮気した旦那さんと怒りのおさまらない奥さんと浮気相手の3者面談に同席したりとかもしました。これってどういう仕事……? いやほんと雑用としかいいようがない感じでした。

 小さい事務所でしたが社長の人脈の広さのおかげで仕事は多く、毎日14時間ぐらい働いていましたけれども、それなりに充実した毎日を送っていました。ちなみに私は探偵なんてできませんので、おもに事務系と「雑用」の仕事をしていました。

 ちなみに探偵事務所なんだから社長じゃなくて所長なんじゃないのとか、弊社という言い方も違うのでは等々、いろいろ奇妙に思われるかもしれませんが、それは社長の希望でそうなっております。「所長より社長のほうがカッコイイ」とかなんとか。見栄っ張りといいますか、はったりを張る方なのです。特に夜のお店に私が同行したときなんかは、キャバ嬢の前では絶対に社長と呼べと念押しされるほどでした。というか、私に「社長」と呼ばせるために、キャバクラに私を連れていってるという感じですね。それでキャバ嬢に対して、ほら本当に俺は社長だろう? って言いたかったみたい。しょうもない……。

 あと、事務所の場所についても「カッコイイ地名のところにした」と言ってたっけ。立地条件とかガン無視です。それでも繁盛しているのが詐欺師の持つカリスマ性のすごさなのでしょう。まっとうに生きれば幸せになれる資質を持っているのに、なぜ道を踏み外してしまうのか。不思議なもんですね。なんの資質も持たず社会のよどみの中に落されて、それでもまっとうに生きている人間も多いのにね。



 そんな探偵事務所に就職して1年ぐらいの頃のことです。あれは確か初夏のことで、依頼者さんと外でお会いして、事務所に戻る途中、木漏れ日のさす歩道を機嫌良く歩いていたときでした。刑事を名乗る男性から私の携帯に電話がかかってきたのです。まさに青天の霹靂でした。だって探偵事務所とはいえ、ただの事務員である私の携帯に直接警察がかけてくるなんて変ですし。

 電話の声から察するに、相手は中年男性のようでした。男性はなんの説明もなく、唐突に我が家に来たいと言うのです。え、嫌です。刑事が自宅に来るような心当たりなんてないですし。どういうことなのか尋ねても詳細は電話では教えてもらえず、「詳しくはお会いしてから」とのことでした。うーん、見知らぬ男性が部屋に来るのはちょっと嫌だなあ。当時、私はアパートでひとり暮らしをしておりましたし余計に嫌です。というかそもそも刑事って本物なの? 偽物じゃないの? 最初は信じられなかったんですが、部外者は知らないはずの弊社内部の情報にお詳しい。ここで、おや? これマジなやつ? となって、我があばら家に2課の刑事が来ることになりました。2課ってのは詐欺とか横領とかの知能犯罪を扱っている課だそうです。知能犯罪……。つまり何らかの犯罪が絡んだ話が私にあるというわけですね。この時点では社長のことはまったく疑っていなかったので、お客さん関係の話なのかなと思っていました。

 日時は私の好きなときでいいというので、私のシフトが休みの日の昼過ぎにしてもらいました。午前中は洗濯とか掃除とかしたいですしね。

 このときはまだ半信半疑でした。私、どんな事件に巻き込まれてるの!?


 約束の日、時間ぴったりに刑事さんが2名いらっしゃいました。一人は中年男性、きっと電話の相手です。もう一人はなんと若いイケメンでした! 公務員でイケメンとか勝ち組すぎる! 正直妬ましい! 前世でどういう徳を積んだらこういう顔に生まれることができるのだろうかと思いながら、私はお二人のためにお茶を淹れることにしました。イケメン公務員というだけで一方的にいじけてお茶も出さないなんて、あまりに器が小さいですもんね。

 刑事さんにお茶を出しながら、これって推理ドラマのワンシーンみたいだなってふと思いました。すると不思議なもので急にドキドキしてきました。指先が冷えて震えたのを覚えています。

「実はおたくの社長、詐欺容疑での被害届が出ているんです」

 中年のほうの刑事さんがいきなり本題を切り出しました。ああ……詐欺……。殺人とかじゃなかったのは良かったけれど。容疑者は顧客ではなくて社長でしたか……。そのときはとても信じられないという気持ちではありましたが、それでいて心のどこかで「やっぱり」という気もしました。社長のカリスマ性、交友関係の広さ、夜の世界とのお付き合い……、まっとうな道を外れてしまう誘惑は常に身近にある、そういう世界で生きている方でしたから。

 お茶を飲みながら刑事さんたちから話を聞いていたら、私にも聞きたいことがあると話を切り出されました。え、私に? 事件に引っ張り込まれて、どきりとしました。私は第三者のはずでは?

「Aさんと会ったことはありますか」

 知らない人でした。

「Aさんって誰なんですか」

「それはちょっと……」

 刑事さんははっきり答えてくれませんでした。のちにわかるのですが、Aさんはヤミ金の人でした。


 ひととおり話が終わると、刑事さんから「刑事と会ったことは社長には言わないでください」と口止めされたんですが、「お断りします。全部しゃべります。そして自首させます」と無謀にも宣言し、私は刑事さんと別れるとすぐに職場に赴き、社長に「警察が動いてますけど、どういうことなのかさっさとゲロって自首してください」と迫りました。私の正義の心が暴走しちゃってる! 人ときちんと向き合って対話すればきっと思いは通じると、当時はそう信じてしまうほどに若くて甘かったのです。

 社長はあからさまに動揺し、「誤解だと思う」と見苦しい言い訳をしました。誤解とかある……? でも世の中、冤罪とかあるらしいし……?

 その翌日。

 弊社の私以外の全従業員3名が事務所からいなくなり、音信不通になりました。私から社長のヤベー話を聞いたあと、朝、昼前、昼過ぎって感じで時間差でいなくなったのです。逃げ足が早いなあ。

 で、さらにその翌日、社長も職場から逃げて音信不通になりました。

 ……待って待って! あなたは逃げたらだめでしょう!

 つまり社長はクロだということです。もしかしたら冤罪かも? ってちょっと期待した気持ちもあったんですが逃げよったわ。クロだわ。正直悲しかったです。私、自分で思っていた以上に社長のことを信じていたみたいです。こんなの夢であって欲しかった。でもこれって現実みたい。社長とのこれまでの思い出が走馬燈のように脳内を駆け巡ります。どこにも行く先のなかった私を雇ってくれたこと、仕事でミスしても怒らず指導してくれたこと、世間知らずな私にいろんな世界を見せてくれたこと……。涙がでちゃう。


 さて、皆さんなら、こういう状況になったらどうしますか?

 みんな逃げ出した職場に、自分だけ残されて、目の前には仕事が放置され、お客様は何も知らずにいるというこの状況。


 とりあえず私は一旦自宅に帰りました。うん、ちょっと考えよう。

 いつもは発泡酒を買う私が珍しく日本酒を買ってかえって、日も高いうちから冷やで飲みながら、考えて、気づいたのです。

「職場に一番最後まで残っていた人が貧乏くじをひくパターンのやつだ、これ」

 どうやら私は貧乏くじを引いてしまったようでした。逃げおくれちゃった~。最後の1人って、無責任に投げ出すわけにもいかなくないですか? ラストワン賞、そんな言葉が頭をよぎりました。コンビニのくじ引きで、最後のくじを引いた人は特別な景品がもらえるあれ。私の場合はもらえるのが景品じゃなくて厄介事でしたが。


 その夜、社長は無事逮捕されました。逃げ込んでいたホテルで身柄を確保されたそうです。そう刑事さんから電話で教えてもらいました。正直ほっとしました。なんかそれで「区切り」がついた気がしたんです。ここがこの事件のエンディングだと、その時は思ったんですね。もちろん違いましたけれど。そして、後日また刑事さんと会う約束をしました。えっ、まだ私に何か用が?


 社長が逮捕されて、ここからが大忙しだったのです。


 翌朝、社長がいなくなって、ほかの従業員もいなくなって、誰もいない職場にひとりで出勤し、さてどうしたもんかと考えていたら、電話が鳴りました。出てみると顧客の一人でした。「社長が逮捕されたと知り合いから聞いたが、今頼んでいる仕事はどうなるんだ」どうなるんだって、まあ、仕事はできませんよねえ。「困るんだが」そう言われましても。これって私が謝るのってなんか違うような気もしながら、でも迷惑をかけている事実はあるから「御迷惑をおかけして申しわけありません」と一応謝ると、相手は「もお~」と大きな声で言って、電話が切れました。

 そこから電話の嵐です。社長逮捕のニュースは地元メディアで報じられたそうで、うちの仕事はどうするんだ、あの仕事はどうなる、そんな電話がいっぱいかかってきました。私、謝罪しまくりです。

 それとは別に、社長のご友人たちからの誹謗中傷っていうか「ざまぁ!」っていう勝ち誇ったような電話もかかってきました。意外なことに「この犯罪者め!」みたいなストレートな批判をぶつけるような電話はなくて、「いやあ、お気の毒ですねえ、うはははは」みたいな社長逮捕について喜びを表明する電話ばかりでした。オッサンたち、なんでそんなに嬉しそうなの? 社長の交友関係どうなってんのかな。やばい人ばっかりじゃん。


 社長は家族のいない人だったので、社長に関するいろんな問題が放置されることになりました。これは早急に社長の弁護士に話をしないといけないと思い、私は社長の弁護士は誰なのかを調べることにしました。ようするに弁護士に問題を丸投げしたかったのです。だってこの探偵事務所は社長のものなんだから、社長が弁護士に頼んで仕事の問題を対処すべきでしょう。

 まず弁護士会に相談してみたのですが、社長の弁護士は誰なのかは本人に直接聞いてくれということでした。本人って言われても。逮捕されてるし。しょうがないんで留置所に面会に行きました。国選なり私選なりがついているはずですし。

 しかし、面会を断られてしまいました! 嘘でしょ! 逮捕後は面会できないんですね、知りませんでした。

 受付窓口で「会えませんけど、差し入れだったらできますよ」って言われました。服とか本とか現金とかを差し入れできるんだそうです。

「洗い替え用の服を差し入れしてくれませんか?」

 いやいやいや……。こっちが助けてほしい状況なのに、なんで私が社長に差し入れをして留置場生活を支えないといけないのですか。差し入れなんかしませんよ! 私がそう断ると、受付の人は残念そうにしていました。うう、そんな悲しげな顔で私を見ないで! 社長ったら現金は持っているらしいので自分で買ったらいいんじゃないですか? 留置所の中で服を買えるのかどうかは知りませんが。


 結局、社長に会えないし弁護士もわからないしで行き詰まりました。

 これはもう私の手に余ると思い、社長の恋人に助けてもらおうと思って、警察署の1階のベンチに腰掛けて電話をかけてみたら、なぜか着信拒否されておりました。以前は自分勝手な要件で電話してきていた人なのに、例えば「社長の浮気相手を尾行して自宅を突き止めろ」とかいうわけわからんことを私に言ってきていたのに、社長逮捕後は着信拒否ですか、そうですか。一緒に後始末をする気はないという意思表明ですかね。チクショウ!

 ……うう、でもまあ、ただの恋人ですもんね、恋人には仕事を手伝う責任とかないですもんね……。だけど、せめて社長の弁護士探しぐらいは手伝ってほしかったな。ちっ。

 ついでに、かつて一緒に働いていた元仲間たちにも連絡してみました。さすがに電話には出てくれましたが、協力は拒否されました。

「ゴオルドさんも逃げなよ」

 うーん、そうはいってもね。

「どうせろくなことにならないよ」

 ですよねー。だけど……。


 私は警察署から戻ると、自宅のキッチンの床に座り込み、缶ビールを飲みながら、決意しました。

 これはもう腹をくくるしかない。後始末ができるのは私しかいないんだ!

 みんな逃げてしまって、もう自分しかいないし、肝心の社長本人は留置所にいて連絡が取れないし、弁護士も誰だかわからないという状況が、私の逃げようとする心を押さえつけ、そしてやる気に火をつけたのでした。

 もちろんこれは本来社長が対処すべき問題であって、私が首を突っ込むのは違うんじゃないのかという気持ちもありました。私はただ雇われていただけなんですから。しかし、だからといって無責任に放り出して逃げても良いのかっていうと、それもまた違うように思いました。なんせラストワンだしねえ。ストーカーとかで困ってる人を放り出したらダメじゃない?


 それから1カ月ぐらいですかねえ。後始末ために、ただ働きをすることになってしまいました。社長が逮捕された月の給与も未払いのままだし、合わせて2カ月分のただ働きです。もう!

 しかし、そんなことはお客様は知るよしもなく、当然感謝なんてされず、むしろ私が加害者だといわんばかりでした。まあ、お客様からしたらね、そう思うのは仕方がないんですが、正直ちょっとつらかったです。私は何も悪いことをした覚えはないのに。社長が勝手になんかプライベートで人を騙したせいで、こんなハメに……。おのれ社長。

 後始末の具体的内容は、お客様と電話で話すことがほぼメインでした。あとは書類の受け渡しですかね。同業他社を紹介したりとかもしました。お金が絡む話はノータッチで、そこは社長と直接交渉してもらうようにお願いしました。

「弊社の社長が逮捕されまして」そう説明するたび、何で私がこんなことしないといけないんだろうって思いました。

 後始末をするんだって決意したくせに、私も逃げたいって毎日のように思っていました。皆も逃げたんだし、私も逃げてもよくない? でも、これは誰かがやらないといけないことであるのは間違いなくて、私のかわりにやってくれそうな人はいないのでした。


 どんよりとした気持ちで毎日職場に向かい、電話を掛けたり、訪問してこられた顧客に対応したりしていたら、ある日、テナントの管理会社の方がお見えになりました。その人は、しゅっとした細身のスーツ姿の男性で、「こちらのテナントの家賃が2カ月分滞納されているので、様子を見に来たのですが、どうか……されたんです……ね……」と最後まで話しおわる前に、どんよりとした私の雰囲気から何かを察したようなお顔をされました。テナントを多く扱っている会社の方ですし、やはりそれなりにトラブルの場数を踏んでいらっしゃるのでしょう。

「弊社の社長が逮捕されまして」

 私の説明を聞いても、男性は「そうでしたか……」と言って深く頷いただけで、あまり驚いていないようでした。

「そういうことでしたら、こちらは強制退去ということになるかと思います。ですので、やり残した仕事が残っているのでしたら早めに片づけていただけますか」

「本当に済みません。ご迷惑をおかけして……」

 私が頭をさげると、男性は「従業員さんも大変でしたね」とねぎらってくださって、私は目頭が熱くなりました。だってこれまでずっと誰も私をねぎらってくれなかったんですもの! 辛くて泣くことは少ない私ですが、優しくされたら泣くタイプなんです。

 未納の家賃については直接社長との交渉になるというので、いま社長がどこの留置所に入っているのかお伝えしておきました。もっとも行ったところで会えませんけども。

 さて。職場にはパソコンが数台ありました。ここを強制退去になったら、これらの備品ってどうなっちゃうんだろう? 事務所の備品は社長のものだから私が勝手に処分するわけにはいきません。探偵事務所の顧客情報って、つまり浮気情報とか、近いうちに会社の上司をパワハラで訴える情報とか、そういう個人の名誉にかかわるものばかりですから流出したら困ります。とりあえずパソコンにはロックをかけて、顧客情報などのデータ自体にもロックをかけて、パスワードを入力しないと部外者が見られないようにはしておきました。

 ロックをかけることは刑事さんには一応電話で伝えておきました。我が家を訪問されたときに、名刺をいただいていたのです。そちらを見てお電話しました。

 すると、「もう事件の証拠は出そろっているので、警察がいまさら社長のパソコンを見ることもないからロックをかけても構わないですよ」とのことでした。そういうものなんだ……。

「そもそも捜査に必要な物は既に押収済みですし。職場からなくなっているものが幾つかあるでしょう?」と言われて、すごく驚きました。刑事さんたち、いつの間に職場に。というか、えっ、職場からは何もなくなってないと思いますけど!? 

「いやいや、職場から押収したものもありますよ。今手元に押収品リストがないんで、具体的にどれとは言えませんが、何かしらを持って帰った記憶がありますし」

 ええ~。どれよ、どれが……、うーん、わからん。どこにも変化がないように見えるんだけどなあ。警察すごいや。荒らすことなく目的の物だけ持っていけるだなんて。妙なことで感心してしまう。あっ、USBメモリがないっ!



 1カ月ほど頑張って雑事を片付けて、「さあ、事件ももうおしまい! 次は転職活動だ!」って頃に、刑事さんから電話がかかってきました。調書をとりたいから警察署まで来いというのです。ああ、そういやそんな約束をしましたね……。社長が逮捕された日の電話でそんなことを言われましたっけ。うう、なかなか元の日常に戻れません。


 げんなりしつつも警察署の2課まで出向くと、中年の刑事さんが私を見ると手を上げて近づいてきました。きょうはイケメンはいないようです。

「今、取り調べ室が満員なんですよねー。ちょっと待ってもらうことになりそうです」などとおっしゃる。そうですか、取り調べ室が……と、取り調べ室ですと!? え、取り調べってことは私って容疑者なの?

「違いますよ、容疑者だとは思ってませんよ。うちは調書をつくるときは取り調べ室を使う決まりなだけでして」と言われましたが、本当か? そういって油断させる気か? と疑ってしまいました。もう世の中何も信じられないっ。

 取り調べ室があくまでの間、警察署内をうろうろして、いろんな場所で刑事さんと話しました。まず会議室に行きまして、ジャブとして天気の話をしていましたら、スーツ姿の警察官が現われ、これから会議をするとのことで追い出されました。次に向かったのが更衣室。ええ、こんなところで話するの……? まあ無人だし、いいか……と思いきや、まるでアメフト選手みたいな重装備の男性警察官がぞろぞろと入ってきて、なんか脱ぎだしたんですけど!?

「こういうの気になります? ほかの部屋に行きますか」と刑事さんに言われて、いや、まあ、防弾チョッキ的なものの脱ぎ着だったら私も別に構いませんと、そうお答えしたものの、言ってるそばから上半身裸になってる人がいる! これはアウト! っていうか、半裸の人、前回うちにきたイケメンなんですけど、どういうこと? 彼は2課の刑事なんじゃないの? なんで重装備で汗だく? きゃーイケメンの半裸を見てしまったわ! いや、そんなことよりアレです、プライバシー的なアレがアウトです。

「あのっ! 私は構わないですけど、着替えをする人が気の毒ですから移動したいです!」とお願いしました。

「男なんですから、別に見られても平気だと思いますけどね」と刑事さんは時代錯誤なことを言ってましたが、もうそういう時代じゃないのですよということで今度は交通課へと行きました。破れて綿の出た長いすに腰掛けて、話を再開。しかし、ここは人の行き来が多くて、お風呂帰りと思われるほかほかと湯気をただよわせたTシャツ短パン姿(まさかトランクスじゃないよね、じゃないと思いたい)の警察官があらわれては、私たちに気づいて「あっ」と小さい声をあげて、慌てて奥に引っ込む等、どうも話に集中できません。はやく取り調べ室に行きたい……。そんなふうに思う日がくるなんて。

 刑事さんはここでは事件に関する話をする気はないようで、「うちの食堂、めっちゃマズイんですよ」などの話を伺いました。ごはんがマズイのは辛いですねえ。「だから私らは基本、外で食べてますね。あとコンビニで買ってきたりとか家から弁当持ってきたりとか」ここの食堂、潰れるのでは? 刑事さんはこういう雑談をして、こちらの気持ちをほぐそうとされているのでしょうか。なかなか海千山千の気配を感じます。

「そういえば、私の家に来ていた若い刑事さん、さっき機動隊みたいな格好をしていましたよね? あの方は2課じゃないんですか?」

「ああ、いや、彼は2課ですよ。でも、よその手伝いに行くこともままありましてね」 

 へえ。そういうものなんですか。

「うちは事件が多くてね。警察官が不足してるんですよ」

 そんなに治安悪いんですか、この街!?

 しばらくしたらやっと取り調べ室があいたので、そちらに移動して、調書をとられることになりました。本当に申し訳ないんですけど、結構ダメ出しさせてもらって、調書を何回か作り直してもらいました。不正確な記載にサインはできないので。


 ちなみに2課用の取り調べ室は2部屋ありましたが、常に満室で、使う場合は予約制みたいな感じになってました。正直2部屋じゃ足りなさそう。それぐらい多くの詐欺などの知能犯がこの町にいるのかと、とても驚きました。

 私は容疑者ではないからという理由で、取り調べ室のドアを開けたまま調書を取られたので、お隣の部屋の人の出入りが全部見えておりました。ひっきりなしに人が出入りしていました。私がいる部屋も、私のあとは今日逮捕した人を取り調べる予約が入っているとのことでした。「今、被疑者を移送中でして、こちらに向かっているところなんですよ」ですって。いや、そんなん教えられましても。移送が終わる前に調書づくりを終えてくださいってことですか。いいかげんもう調書にOK出して署名してくれよおという遠回しなメッセージでしょうか。

 何度も修正した後、どうにかこうにか調書が完成し、さあ帰れる~と思ったところで、刑事さんがまさかの爆弾発言をしました。

「社長はゴオルドさんのことも騙してましたけど、まだお気づきでない?」

 ……はい?

 刑事さんがジップロックに入った1枚の紙を私に差し出しました。それは借用書でした。しかも、借り主は私の名前! 額は400万円! ご丁寧にハンコまで押してある。

「うえええええ! いやいやいや、知らないですよ、私はお金なんて借りた覚えはないです! 何だこれぇぇぇぇ!?」

「まあまあ落ち着いて」

 これが落ち着いていられるかあああああ!

 その借用書は偽造だそうです。別の書類にあった私のサインとハンコを、プリンターでコピーして作られたものだとか。多分だけど履歴書のやつだな、これ。

 どうやら社長は、おのれの借金を自社の社員になすりつけようとしていたようでした。とんでもねえやつだった。クロとおりこして闇。で、その借金が表沙汰になる前に返済しようとして、詐欺に手を染めたようでした。初めから私に全部おっかぶせようとは思ってなかったところはまだ救いはあるのかもしれないけれども。ちょっとひどくないですか。

 ああ刑事さんよ、調書を取る前にこれを見せてくれなかったのはなぜ。先に見せてくれていたら、「社長は気の良いところもありました」なんて絶対言わなかったのに! もう調書に署名したから取り消せない……。

 私がお金を借りたことになっている相手、その人はAさんという人で、おそらくは個人でやってるヤミ金でした。怖い……。この借金、私が返済するの? 嘘だよね? 震えるわ……。

 しかし、後日、Aさんは「ゴオルドとは会ったことがないし、ゴオルドにはお金を貸していない」と一筆書いてくださったため、私は身に覚えのない借金を背負わずに済みました。良かったぁぁぁ!

 Aさんが言うには、社長が「うちの従業員がお金に困っているので貸してやってくれないか」と頼んできたのだそうです。それが本当だとして、会ったことのない人の名前でつくられた借用書でお金を貸すだなんて、Aさんは社長が支払わなかったら私に払わせる気まんまんでしょう。こっちもクロだな。

 「ゴオルドには借金はないですよ文書」は、どうも刑事さんが動いてくださったおかげで私は手に入れることができたようでした。ひー、ぎりぎりのところで人の善意に救われました。社長逮捕後、逃げずに頑張ったのが報われたって気がしました。おてんとう様と刑事さんは見ているんだね!

 で、こちらも犯罪なので、被害届を出してもいいですよと刑事さんから言われたのでした。

「まあ、出しても出さなくても結果は同じですけどね。このことは検事も把握してますし、そもそも大もとの詐欺のほうで有罪確実なんで、ゴオルドさんが被害届をださなくても、ちゃんと刑務所に送ってやりますよ」と。

 結果が同じなら、恨みを買うことをわざわざしなくても良いのでは? 逆恨みで出所後につきまとわれても困るでしょうしと説得されたので保留にしたのでした。あくまでも保留です。いつか気が変わることもあるかもですしね! それまでは、あるいは時効が来るまでは保留です。

 あ、そうそう、このとき社長の弁護士さんが誰なのか教わりました。って今さら遅いわー! もうあらかた後片づけが終わっとるわい!

 警察署を出ると、空がオレンジ色に染まり、空気が透き通っているように感じました。警察署に入る前は雨が降っていたのですが、私が調書を取られている間に雨があがり、夕焼け空になっていたようです。

 澄んだ輝く空を見上げて、ああ、なんて美しいのだろうって思いました。どうしてだかわかりませんが、涙が出るぐらい綺麗だと思ったのです。私が大変な思いをしているときでも、世界は何も変わらず美しい。

 社長逮捕の後始末も本日でオシマイです。明日から気持ちを切り替えて、新しい人生を生きていこうと思いました。


 ……このとき、私はまだ気づいていませんでした。被害届を保留にしてしまったせいで、新たなトラブルのステージへと向かうことになるなんて……。もうやってらんねえな!

 保留にしたことで何が起ったのかというと……社長が感動したようでした。

 私が被害届を出さないということは刑事さんを通じて本人にも伝わったらしく、それ以降、私にお手紙が留置所から届くようになりました。お手紙っていうか、ラブレターでした。

「見捨てないでくれてありがとう! 早くここから出て、きみを幸せにするよ」

 いやいやいや、寝ぼけたこと言ってんじゃないよ。というか何を勘違いしているのやら。文面から察するに、恋人から捨てられたようでした。だけどゴオルドは社長を見捨てなかった、なんて健気、一途、可愛い、そういうことらしいです。あと、差し入れ希望だそうです。上着が欲しいんだって。

 馬鹿なのかな。

 もう本当に、馬鹿なのかなあって、それしか言葉が出ませんでした。私が被害届を出していないのは、決して情けをかけたわけではないのです。職場から逃げずに仕事をしたのも、何も知らずに放置されているお客様が気の毒だったのと、私自身がこういうのを無責任に放り出したらあとからクヨクヨ悩む性格だから、後悔しないようにしたかっただけです。断じて社長のためではない。

 それを「俺のことをそんなに思ってくれていたんだね。気づかなくてごめんね」だなんてヘソが茶を沸かすわい! 400万円の借金を背負わせようとしておきながら、よく言うわ! これって私を利用する気満々ですね? じゃないと差し入れ要求とかしないですよ。どうやら社長は根っからの詐欺師だったようです。社長、人としてアウトー!

 私はお返事を書くことにしました。

「社長には良心ってもんがないのですか。もう連絡しないでください。あと出所したらできればこの国から出て行ってください。なんか同じ国にいられても嫌なので。異国でまっとうに暮らせよ!」と書いて送りました。

社長から手紙はこなくなりました。一安心!


 それから月日が過ぎて……。

 社長が出所したころに、社長の元恋人が我が家に突撃してきました。なんなのよ。私はもうとっくに転職してるのに。なかなか事件のことを忘れさせてもらえません。本当に迷惑だなあ。

「あんたがあの人をたぶらかしたんでしょう!」

 そして、相変わらずわけのわからないことをおっしゃる……。この方は、出所した社長に復縁を迫ったら断られたとかで、その理由が私のせいだと思ったそうです。被害届を出していないのは愛している証拠だ(保留ですよ)、二人は付き合っているんでしょう! とのこと。付き合ってませんし、あなたがフラれたのは逮捕後に見捨てたからだと思いますけどね? 本当もう被害届を出しとけば良かったな。

 私は携帯の通話履歴を見せて、社長からの電話もないし、私からも電話していない、そもそも社長が出所後の新しい携帯番号も知らないことを説明して、どうにか納得してもらい、それ以降社長の恋人が私に接触してくることはなくなりました。やれやれです。彼女はきっと今も世界のどこかで元気いっぱいに社長を追いかけていることでしょう。

 詐欺で逮捕されるような人っていうのは、お金がなくても前科があっても、こんなふうに人から執着されてしまうぐらいカリスマ的な魅力がある人物なんですよね。社長ったら多くの人から愛されているのに、どうして道を踏み外してしまうんでしょうか。私は陰キャなので、道を踏み外す陽キャの気持ちがわかりません。



 さて、私にわけわからんことを言ってきたのは社長の恋人だけじゃありませんでした。時期的には社長が裁判中のころでしょうか、私の携帯に知らない男性から電話がかかってきたんです。社長の身元引受人になったという男性でした。ちなみに男性は社長とは面識がなく、身元引受人になってから初めて社長と会ったそうです。何だそれ……。裁判って身元引受人がいると多少有利に進むらしいんですけど、そのために金で雇われたとか? でも社長、お金ないし自力で雇ったとは思えない。ということは、この男性には別の魂胆があって身元引受人になったということでしょうか?

 男が電話をかけてきた用件は、「社長が使ってたパソコンにロックがかかっていて困っている」とのことでした。中のデータが見たいのだそうです。怪しい。もう怪しさしかない。ロックかけて良かった! 過去の私ぐっじょぶ! と内心思いつつ、

「へえ、そうなんですかあ」ととぼけました。

「あのパソコン、最後に使ったのはあなたですよね?」

「へえ、そうなんですかあ」

「パスワードがわからないんですよ」

「へえ、そうなんですかあ」

「めちゃめちゃ困ってるんです。社長のおつとめが終わる前に、中を見たいんですよ」

「へえ、そうなんですかあ」

 おつとめ……。なんかそういう言葉を使うところも怪しい。カタギじゃないのかな。そして、この人はどういうわけか「パスワードを教えてくれ」とは言わないのです。教えろと匂わせながら、決してそう言わない。「自分は聞いていない、相手が勝手にしゃべった」ということにしたいのでしょう。こういうことに慣れている人のようです。ヤミ金関係の人でしょうかね? それか名簿業者かな。

「あの、話わかってます? 俺は困ってるんだけど!」

「へえ、そうなんですかあ」

「パスワードがわからないって何度も言ってるんだけど! 聞いてんの!?」

「へえ、そうなんですかあ」

「何なんだ、あんたは! もういい!」

 電話は乱暴に切れました。やれやれです。わりとあっさり引いてくれて助かりました。シロウトですかね? 結局何者なのか謎のままでした。

 こういう怪しい輩が定期的に連絡してきて、本当か嘘かわからない話をして、私から情報を引き出そうとするので、いつまで経っても事件のことが忘れられないのでした。

 携帯の番号を変えればいいのにって思うでしょ? 私もそうしようかなって考えました。でも、そんなことしたら怪しい輩がうちに来そうなので、怖くて番号変更ができませんでした。家に来られるぐらいならまだ電話のほうがマシ。そもそも彼らの目的もよくわかりません。何かを探しているようですが、一体何を探しているのか……? 多分、顧客の個人情報が欲しいんでしょうけど、それをどう利用するつもりなのかがわかりません。強請ゆすりのネタでも探しているのでしょうか? 社長、顔が広かったからなあ……。政治家にも知り合いがいたみたいですから、そっちですかね。


 ある日、「社長の携帯が欲しいんだが、おまえが持っているんだろう」っていう電話をしてきた男性もいました。携帯なんか何に使う気なの……。知らない人ですけど、話し方がガラ悪いなあ。

「おまえは社長とグルなんだろうが。おとなしく携帯をよこせ。素直に従うのなら、〇〇社長のパーティーに呼んでやる」

「はあ、パーティーですか」

 いやあ、なんだろうこれ。〇〇社長って誰だか知りませんけど、取引条件としてあまりにしょぼくないですか?

「高い酒やうまいもんをたらふく味わえるし、金持ちの男とも知り合えるぞ。ローカル放送だがテレビにも出してやる」

 うーん、しょぼいなあー。

「あの、私は社長の携帯なんて持ってないから、そんなこと言われても困るんですよ」

「グルなんだから預ってるはずだ。だから被害届を出してないんだろ?」

「私はグルではないですって。というか、なんで私が被害届を出していないのを知っているんですか?」

「占い師に聞いた」

 占い師! これあれです、隠語ですね。情報屋や探偵のことを占い師とか予言者とか言う業界の人なんですね、きっと。

 ……つまり反社じゃん!

 もう勘弁して欲しい。

「こういう電話があったこと、刑事さんに伝えておきますね」

「こっちは警察に顔がきくんだ。余計なことしたら逆におまえを冤罪で逮捕してやる」

 ほほー。

「証拠なんていくらでもでっち上げられるんだからな。おまえはバックに誰がついてる? 誰もいないんだろ。ただの一般人は逮捕されたらおしまいだぞ」

 やだー、逆ですよ逆、逆~。何もバックがついていないホワイトな一市民だからこそ、闇社会の権力を振りかざした脅迫が私には通用しないんですよ、わかってないなあ。いや、違うか、わかっているからこそ最初は男との出会いだのテレビ出演だので釣ろうとしたんでしょうね。甘いエサに食いついたら、そこが弱みになって、将来的に付け込まれて利用されていく感じになるんですよね。おまえが社長の携帯を横流ししたせいで大変なことになったぞ……道義的責任を取るべきだ……とかなんとか言われてしまうんでしょう。探偵の仕事で、そういう甘いエサに食いついてしまったがために大変なことになった依頼者をいっぱい見てきました。あの人たちはカタギには手を出さないとか大嘘だと思う。

 被害者は弱みを握られていて警察や弁護士に相談できないから、社長のゆるい人柄(?)を見込んで、うちみたいな探偵事務所に相談にくるのです。なかには自殺するまで追い込まれた人も……。失踪した人もいます。どういうわけか反社に食い物にされた人って顔つきが似てくるんですよ。恐怖で目つきがおどおどして、絶望で顔の筋肉が緩んでいくのです。人をそんな顔に変えてしてしまう反社が私は大嫌いだし、絶対にそんなのに引っかかってたまるもんですかと思っています! といっても社長の携帯を私は持ってないから引っかかりようがないのですが。ともかく、こういう人にはきちんとNOの意思表示をすることが大事です。飴も鞭も通じないと示さなければ。

「さっきから何度も言っておりますが、私は社長の携帯を持っていません。それとですね、私、事件以来、通話を録音するようにしているんですよ。もちろんこの通話も……」

 ぶつりと通話は切れました。それ以来、もう電話はかかってこなくなりました。この人だけじゃなくて、誰からもです。占い師が「ゴオルドのやつは録音してるらしいぞ」って拡散したのかもしれません。


 そうして、やっと、やっと、私は平穏な日常を取り返すことができたのでした。めでたしめでたし!

 

 あ、ちなみにですけど、社長の携帯がどうなったのか、実は私は知っています。刑事さんから聞いたんですけど、社長、逮捕前に中古ショップに売ってるんですよ。とりあえず金目の物を売って、逃亡資金にでもするつもりだったんじゃないですかね。あるいは詐欺の証拠隠滅のつもりだったのかもしれませんが。動機はともかく、携帯は怪しいやつらの手に渡らずに済み、社長の手元には幾らかの現金が残ることとなり、留置所にいるときに現金の差し入れを私に要求してくることはなかったというわけです。すっとこどっこいの社長でしたが、逮捕前に携帯を売ったのは正解でしたね。


 あと、未払いの賃金は泣き寝入りです。2カ月分のお給料約40万円は私にとって大金ではありますが、そこにこだわって社長と関係を続けるより、縁を切ったほうが良いと思ったのです。その判断は正しかったと今も思っています。



 以上が、社長が逮捕されて、その会社の従業員が巻き込まれたトラブルの一部始終です。

 もしも勤め先の社長が逮捕されたら、逃げるが勝ちです。私も状況が許したなら逃げてました。おろおろと状況を見守っているうちに逃げおくれてしまった! 私の馬鹿! でも、逃げずに踏ん張る人もきっと必要なんですね。その貧乏くじをひくのは、次はあなたかもしれない……。




 <終わり>




 随分と長文になってしまいました。お読みくださった方、本当にありがとうございます。

 私はこの事件後、速記事務所に転職しまして、テープ起こしの仕事をやることになります。ほら、いろいろ隠し撮りしたでしょ。これをテープ起こししたら楽しくって!

 人生どこでどんな出会いがあるかわからないものですね。今はその速記事務所は辞めて違う仕事をしておりますが、テープ起こしをしていた頃は毎日充実していました。いい思い出です。

 人間万事塞翁が馬ですね☆

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弊社の社長が逮捕されまして ゴオルド @hasupalen

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