この泉に落ちた幼馴染は『お姉さんぶってあなたを甘やかしちゃう世話焼き系』ですか? それとも『無自覚装って密着してきちゃう からかい系』ですか?

笠本

【短編】この泉に落ちた幼馴染は『お姉さんぶってあなたを甘やかしちゃう世話焼き系』ですか? それとも『無自覚装って密着してきちゃう からかい系』ですか?

 森の中を愛犬と散歩していた幼馴染が泉に落ちたらしい。

 木陰のベンチで休んでいた僕をマロン(10歳・紀州犬)が呼びに来て、駆けつければそこには白いローブ姿の美女。


 水面に立ち、たおやかな微笑を浮かべたその人は言った。

「あなたが落とした幼馴染は『才色兼備でお姉さんぶってあなたを甘やかしちゃう世話焼き系』ですか?」


 女性が右手を上げれば水面から幼馴染が浮かび上がってきた。

 

 くせ毛で裾がはねるといつもぼやいていたショートヘアは、今は肩まで伸びてサラサラに。

 地味な黒縁メガネはスマートな銀フレームに代わり、レンズ越しの瞳は伏し目にもならずキョドキョドと泳ぐこともなく、知性の輝きをのせてまっすぐにこちらを見据える。


 背丈は伸びて胸部もぐっと豊かに。僕をいざなうように厚手のニットを盛り上げている。


 膝下も魅力を増した身体を支えるにふさわしい肉付きのよさ。


 きっとその膝を枕にして寝転べば、優しく子守唄でも口ずさんで甘やかしてくれるんじゃないか。「はーい」と手を振りながら包容力ある笑顔を向けられて、そんな想像が浮かぶ。



「それとも『無自覚装ってフランクに密着してきちゃうからかい系』ですか?」


 ローブの女性が左手を上げれば、そこに浮かんできたのはやはり幼馴染。


 ショートヘアは更に短くカットされ、少しボーイッシュな小顔へと。


 メガネも安定感のあるスポーティなタイプに代わっていて活発な印象を与える。

 白い歯を見せるにかっという笑顔も爽やか。


 上着は乱雑に背後に放り出されてワイシャツ一枚に。襟も大きくゆるめているものだから素肌が晒されてしまっていますよ。

 スカートはかなり短いのに右足は片膝立てて、左足はあぐらをかいたラフな座り方をしているものだから、見えそうで見えなくて。


 直視できずにいる僕に、「おーい、どうした?」とにやにや笑いを向けてくる。


 ああ、これはほんとは自分が際どい姿勢をしていると分かっている顔だ。動揺し邪念と戦う僕をからかうべく、わざと密着してきてその慌てぶりを楽しむに違いない。


 提示された二人の幼馴染。


 どちらも等しく魅力的。違いはあれど、なおのことどちらも触れたくなる。


 優劣つけられない二つの魅力が並んだこの構図には覚えがある。そう、これは言うならば『幼馴染 金・銀』。


 なのに女性は無慈悲に決断を迫るのだ。


「さあ、選びなさい。あなたの幼馴染はどちらですか?」


 この女性が何者なのか、さっぱり分からないけれど、ここで決断しなきゃいけないということだけは分かってしまう。


「くっ……だけどこんなの決められないよ。『才色兼備でお姉さんぶって甘やかしてきちゃう世話焼き系』と『無自覚装ってフランクに密着してきちゃうからかい系』なんて究極の二択じゃないか!」


「ちょっと! そこは『少し地味だけどほんとはけっこう可愛い系』幼馴染一択でしょうが!」


 水面から顔を出していたのは、さっきまで一緒にいた幼馴染、春香はるかだった。

「あっ、『幼馴染 鉄』だ」


「んだとこらあ!」


        ****


「つまりあなたはあのイソップ童話に出てきた泉の女神さまなんですね」


 イソップ童話『金の斧 銀の斧』――――

 木こりが鉄の斧を泉に落としてしまうが、そこから現れた女神さまが彼に金の斧と銀の斧を見せる。どちらが落とした斧かを問われて木こりが正直に鉄の斧だと答えると、その心を褒められ三つ全部がもらえたという正直の大切さを教える寓話。


 この女性はその女神さまその人なんだと。


「あのお……私、自分で転んで落ちたんですけど……なんで陽向ひなたの落としものになっているんですか?」


 幼馴染の春香がおずおずと尋ねる。


 基本この幼馴染は内弁慶だから、慣れた僕には強気だけど初対面の相手には下手したてにでるのだ。


「あら、女神なりの優しさなんですよ? あなた頭うって気絶して落ちてきたからそのままじゃ溺れています。この少年の落としもの扱いにして助けてあげたのですが?」


 なんか縛りがあって、泉に落ちたものは必ず所有者に儀式を課さないと返却できないとのこと。

 実際、春香は水中から上げてもらえたものの、泉から1メートル以上の外には見えない壁に阻まれて一人だけ出てこれずにいた。


「まあいいじゃん。おかげで金と銀の幼馴染が来てくれるんだから」


 僕が金の幼馴染と銀の幼馴染に目を向けると、二人とも柔らかな微笑みといたずらっぽい笑顔を返してくれる。


「はっ、来たよ陽向の調子こき。なに私にデレデレしてんの! 言っとくけど三等分の幼馴染が始まると思ったら大間違いなので!」 


「だってテンプレなら三人で帰ってくるんでしょ。僕正直に答えるからさ。落としたのは鉄の幼馴染だって」


「ひどくない!? 幼馴染を鉄とか。分けるんなら私が試作機で後から出てきたあっちが量産機とかでしょ!」


 それはそれでいいのか? という抗議をする春香(試作機プロトタイプ)。

 でも僕は正直に言うと量産機の方にロマン感じちゃうのだけど。

 だが女神さまからそんな分類よりももっと重大な発言が。


「うふふ、もう勝った気でいるようですが、そんな簡単にはいきませんよ。たしかに言い伝えでは正直に答えると全部もらえることになっていますが、あれは子供向けに分かりやすくしたお話。現実にそんなガバガバなルールのはずがないでしょう?」


「えっ……?」


「その言い伝えでは正直な木こりの次に嘘つきの木こりも同じことしたのは知ってますね。自分が落としたのは金の斧だって嘘ついて全部没収されたことになってるんですが、本当はちゃんと鉄の斧だって答えていましたよ」


「あれ……いや、たしかに。子供でもそう答えた方がいいって分かるのに、とは思ってましたけど……」


「ええ。嘘つきこそ普段は自分は善人です、みたいな顔してるんですから。鉄だと答えて得したって聞けば平気で正直者の振りするでしょう。私たちって人間の心からの想いや信仰を糧にしてるから、そういうの許せないんですよね」


 女神さまはそこで強調するように自分の瞳に指を添えた。


「だから神の目できっちりと判定します。その者が本当に鉄の斧を求めているかをね。例の嘘つきの木こりもそれで弾きましたから。口先だけでごまかせると思わないでくださいね」


 「これは試練なのですよ」と女神さまは言う。

 本来は地上から失われたものを取り戻そうという願いに応えて、自分という神が顕現したのだと。だから女神の前に立ち、失せものを求める者はその覚悟を証明しなければならないのだと。


 つまり落としたものより価値のあるものを並べられ、そちらに心揺らいでしまえばもう二度と落としものは取り返せない。


「嘘でしょ……そんなのもう詰んでるよ……」

 僕は三人の幼馴染に目を向けた。


 今は近寄ってきたマロンをぐりぐりと可愛がっている新しい二人。


「マロンはいい子ですねえ」

「ははっ、マロンってばおちんちん丸出しにしになっちゃってるよー」


 ごろりと転がりお腹を見せて、白い毛並みをされるがままのマロン。

「くぅーん」


「おいこらマロン! ご主人さまの顔を見忘れたので!?」


 上品にしゃがみこんでの可愛がりが似合う幼馴染。

 フランクに下ネタを口にしちゃう幼馴染。


 愛犬にも軽んじられてしまう陰キャで、すぐ僕に泣きつくくせに威張ってばかりの幼馴染。


 こんなの心揺るがずにいられないよ!


「陽向、なに下むいてあきらめたみたいなムードしてんの!?」


「無理だよ……だって僕、こっちの世話焼きお姉さん系には膝枕して欲しいしあわよくば耳かきまでして欲しいし、からかい系には男っぽい座り方してもらってちゃんと座れよって言って、あれ何意識してるんだよって言い返されたいもん」


「なにその微妙なフェチは!? どうりで本棚あさっても陽向の性癖が掴めなかったわけで!」

 春香がスカートを伸ばして足を隠すようにしながら叫んだ。


「こんなのクリアできる人いるわけないよ。現実は試作機は完成された量産機に勝てっこないんだ。…………って、そういえば最初の木こりはどうやって鉄の斧を選んだんです?」


「ああ、あの彼はごりごりの職人気質でしたからね。こんな金や銀の斧で木が切れるかって、微塵も迷いもしませんでしたよ。おまけの金銀もさっさと売り払って山の権利買って死ぬまで木こり一本でやってましたもの。私もこの稼業は永いけど、あそこまでストイックな人間はそうはいなかったですねー」


「他にいないんですか、試練を乗り越えた人は」


「一番新しいのでメガドラ◯ブを落とした人間ですね」


 って、何だそれ?


「ほら、あれだよ陽向、昔の黒いゲーム機。レトロゲームってやつ。たしか30年くらい前にマニアックなゲームばかり出してて人気だったっていう」


 こっそりゲーム実況配信(再生数がマロンのひなたぼっこ動画の一万分の一)なんてやってる春香のフォロー。


「どういう状況でこんな所でゲーム機なんて落としてるんですかね!?」


「その人間はSwit◯hとプレス◯5を並べられてもメガド◯イブを選択しましたよ」


「割と最近だった」

「なんか揺るがぬ信仰を感じますので」


「どうしよう、何も参考にできそうにないよ」


「さあ、それじゃあ選んでもらいましょうか。あなたの落とした幼馴染は金ですか? それとも銀ですか? あるいは『地味で陰キャな内弁慶で僕だけに強気に接してくる系』? 心からの真実を聞かせてください」


 そして女神さまは胸元から何かを取り出した。「このセンサーでドキドキ指数を測って判定しますからね」って言って。

 いや、神の目はどうしました。っていうかそれ赤外線で心拍数測れるSwit◯hのコントローラーじゃん。


 そんなふざけたような女神さまの振る舞いだけど、その眼差しは真剣で。この判定結果次第で幼馴染が失われてしまうのは事実なのだと理解させられる。


「ちょ、陽向。大丈夫だよね、心から私を選んでくれるよね……?」


「女神さま、これって三人とも没収になったとき、またここに来れば春香には会うことできますか?」


「なんでもう負け確モードなので!?」


「残念ながら試練を失敗して失ったものはもう地上には戻れません。でも取って食うわけじゃないですよ。ちょうどマリカーの対戦相手が欲しかったんですよね」

 コントローラーをもう一個春香に差し出しながらの女神さまの笑顔。


「そういえば泉の中で女神さま、Swit◯hで遊んでたよ。リングもってフィットネスしてた。プレス◯5も置いてあった」


 うん、さっきから気づいてたけど、女神さまの格好。慌てて羽織ったらしいローブの下はジャージが透けてるし、なんなら頭の上で天使みたいに光ってる輪っかはあのリングだよ。


「まあねー。こんな稼業じゃおいそれと外にも出れないんですよね。こないだの挑戦者チャレンジャーが獲得した賞品を残してってくれてよかったです」


「ああ、さっきの話に出てたメガドラ◯ブの人」


「なんか『我が信仰を揺るがさんとする悪魔め、失せよ』って言ってましたね」


「実はけっこう揺らいでたんだ」

「ぎりぎりだったので」


 なんだかこの女神さまって俗っぽいよな。

 でも、そこにすがることができるかも。

 僕は春香から預かっていたバックを開けて中をまさぐる。


「女神さま、これおやつのいちご大福です。これを泉に落とします」

「私のおやつが!」


 僕は大福を女神さまに手渡した。すると泉から浮かび上がってきた新たな大福が二つ。


「あっ、東京ぷりん亭のぷりん大福と銀座ティロノルの夏限定メロン大福!」


 どちらも開店10分で売り切れるとか、ネット予約が一年待ちだとかで春香が騒いでたやつだ。


「僕が落としたのはぷりん大福です」

 僕は正直に自分が食べたい大福を選択した。


 女神さまはニコっと笑顔を見せると両方を一口ずつかじって「おいし」と舌なめずり。


 どうかな、これで少し判定甘くしてもらえないだろうか。


「仕方ないですね。ちょっとヒントをあげましょう。神ってこういう供物には弱いんです」


 女神さまは春香を呼び寄せ、何やらごにょごにょと耳打ちする。

 ふんふんと頷いていた春香が他の幼馴染二人に向かう。


「あのー、何ていうか、お二人ってすごいキレイですよね。いや、その、間接的に自分のベースがいいぞとかいうわけじゃないんですよ。あっ、そんなのどうでもいいですよね。あの、それに二人は頭良さそうだしスポーツとかできそうだし、いや、その、皮肉じゃなくってですね――――」


「この子、自分相手にキョドりだしましたね」

「とにかく陽キャやリア充のオーラに弱いんですよ」


「――――そんなお二人はここから出たらどうするんでしょうかね。陽向は美少女幼馴染三人に囲まれるなんてチョロい妄想してるんですが。


 でもクラスカーストトップ級のリア充なお二人は、優しさだけが取り柄の成績も運動も中クラスの陽向に見向きもしないでサッカー部のエースとかイケメン大学生なんかとくっついちゃうんですよね?」 


「何いってんのこの幼馴染は!?」


「そうだよ陽向、これが残酷な現実なので! 美少女な幼馴染なんて何か思春期に入って気後れして疎遠になっているうちにリア充にさらわれちゃうのがオチなんで! 


 そう、女神さまは外見や性格はアップグレードしたけどね、別に陽向のことを好きになるようなご都合設定はしてないんだってさ! 


 どうせ誰かに奪われるちゃうような美少女幼馴染に夢見て惨めな思いするなら、誰にもモテない陰キャな幼馴染にしとくべきなので!」


 ときどき見せるテンパリモードになった春香が叫んだかと思うと、はっと目を見開いた。

「待って……もしかして陽向がNTR好きだったりしたら逆効果に!?」


「んなわけあるか! ……って、えっ、えっ!?」

 

 そこで新しい幼馴染の二人が僕の左右から迫ってきた。


「ほら陽向ちゃん。土汚れがついてるよ。きれいにしてあげるからじっとしててね」


 甲斐甲斐しくパンパンと僕の汚れを落とし、乱れた服を直してくれる幼馴染。


「陽向ー、泉に落ちたから何か服が濡れてる気がすんだよね。陽向のと交換してくれない?」

 自分のシャツを緩めながら近づいてきて、整えられた僕の服をひっぱり脱がそうとする幼馴染。


「えっ、あの二人ともどうしたの!?」


「あら、私は陽向ちゃんより一月早く生まれてるんだから。私がお姉さんでしょ。幼馴染のお世話して可愛がるのは当然だよね」


「なんだよ陽向。子供のころから一緒にお風呂入ったりしてたろ。恥ずかしがることないじゃん、ほら早く脱げよ。私のシャツ代わりに貸してあげるからさ」


 柔らかな笑顔といたずらっぽ笑顔のまま、互いに僕の服を整え、乱す幼馴染。

 その過程で胸が当り、指で身体を弄られ、足を絡められ。

「あっ、やっ、ちょっ!?」


「陽向ちゃんどうしたの? 顔赤いよ。熱でもあるのかな」

「風邪じゃない? 温めてやろっか?」

 両側から金と銀の二人に挟まれる僕。


「ええっ!? ええっ!? なぜにそんなアプローチ!? 女神さま、話が違うじゃないですか!」


「違いませんよ。彼女たちの少年に対する好感度はなにもいじっていません。


「えっ……あれ、そんな…………それじゃあ実質、私が装甲強化されたようなものじゃあ」


 春香と女神さまが何かを言っているが、僕は挟まれた幼馴染の感触にそれどころじゃなかった。


「そんな……もう勝てない」

 春香ががくりと膝をついた。

「くぅーん」とマロンがそっと寄り添う。


「ねえ、覚えてる陽向ちゃん。昔、私が風邪ひいてお母さんも仕事で一人で寝てて心細かったとき、こっそり家に入ってきてずっと看病してくれたよね」


「あったあった。陽向あん時、自分にうつせば治るからって言って、布団に入ってきたよな。んー、あん時のお返ししよっか?」


 二人の幼馴染がそう口にした時だった。


「うわああああ!」

 春香が顔を上げて叫んだ。


「取るなああ! それは私と陽向の思い出だからあああ! …………いいじゃん二人は顔でも胸でも脚でも使って誘惑すれば。いいよ、それで陽向が二人を選んでこっから出れなくなっても、諦めつくよ」


「だって、陽向って結構女子のあいだで人気あるし。でもなんかいつも地味なメガネ女がセットになっててめんどそうだからって近づいてこないだけなの知ってるし。だからいつか本気になった人がいたらあっさり奪ってくんだろなって覚悟してるもの」


「でもこの十年以上の陽向を独占してきたのは私なのはもう変えられないから。陽向が子供の頃はぽっちゃり型でころころに可愛かったのも、忍者になるって修行しだして痩せてかっこよくなったのを間近でみてのは私だけなので」


「あーはいはい。自分も同じ記憶があるっていうんでしょ。でも陽向との十数年をたかだか生まれて30分でインストールして幼馴染気取りとかありえないので。はあ? なにそれ? ファスト映画ってやつ? おいしいとこだけちょろっとつまみ食いして幼馴染になれた気でいるとか、ありえないので」


「大体二人とも解釈浅すぎ!」


「看病してくれたのがいいエピソードみたいにいってるけど、あん時の陽向がいそいそやってきたのは私の部屋ならどんだけゲームやってても怒られないからだし、お見舞いって言っておばさんにプリン買ってもらう名目だし、私の分も食べてたし。風邪うつれば自分もズル休みできるって本気で狙ってたし」


「ダメなところもダメって認めた上で丸ごと愛するのが真のファンってやつなので! 私はそういうのも全部大切にしてるから。陰キャなめんな、こっちは陽向との思い出を毎日反芻してんだからね! おお! 陽向との思い出エピソード勝負すっかコラぁ! いつのどのエピソードもいくらでも語れるので!!」


 二人がドン引きしてるのも構わず、わあっとまくし立てている春香。


 涙にまみれた顔。きっと自分でも何言ってるか分かってないんだろう。


 幼いころから何度も見てきた姿だ。

 

 そしてそんな彼女を助けなきゃって思う僕の心も。


 僕はもう一度困り顔の二人を見る。才色兼備なお姉さん系幼馴染。フランクな態度なからかい系幼馴染。

 どちらも魅力的で、この二人のどちらかを選ぶことなんてできそうもない。


 でも、僕の思い出にある春香の無数のエピソードからはこの彼女たちに繋がるものは何もないのだ。

 例え彼女たちが春香と同じ記憶を持っていたとしても、やはり僕が過ごしてきた幼馴染は春香一人だし、僕が守ってあげなきゃって誓った相手も彼女だけなのだ。


 いつ自覚したのか自分でも覚えていない、僕が好きな相手も――――



 そうだ。世の中最新ゲーム機よりも黒い陰キャっぽいゲーム機を選ぶ人だっているのだ。何も不思議はないさ。

 僕は自然と春香のそばに寄っていた。


「春香」

「ふぇっ」

 手を取って幼馴染を立ち上がらせた。


「女神さま」


「ええ、FファイナルAアンサー?」


 僕はうなづくと春香を抱きよせた。

「もぶっ!?」

 二人の間の見えない結界に阻まれて変顔になってる幼馴染の肩を抱いたまま、僕は叫んだ。


「はいっ! 僕が落ちたのは『陰キャで内弁慶なポンコツだけど、僕だけがその可愛さを知っている系』幼馴染です!」


 その瞬間、パリンと音がしたかのように透明な結界がかき消えて、春香がこちらに倒れてきた。


「うわっ」

「ひゃいっ!?」


 勢いついて一緒に地面に横になってしまった僕ら。

 

「はい、ドキドキセンサーがとっても高い数値。正直な気持ち、頂きました。あなたの落とした幼馴染はお返しします」


 女神さまが両手を広げると、左右の幼馴染が光の粒子となっていく。


 お姉さんぽい柔和な笑みを浮かべ、こちらを励ますように手を振りながら。

 ちぇー、と口を尖らせながらも目は笑いながら。


 ふわあっと光の粒子は春香の身体にまで漂ってきて、やがて消えていった。


「二人が消えた……っていうかなんか春香に吸収された、みたいな」


「あら、やっぱり金と銀も欲しかったですか? まあ、そこはアシストしてあげた代償ということで我慢してください。今の時代、戸籍とかいろいろ厄介ですからね。元々ここでしか顕現できない仮初のアバターだったんですよ」


「あっ……そうなんですね」

 いや、現実的にはそうなんでしょうけどね。


「でもちょっとだけご褒美。あの二人のイデアをプレゼントしときましたから、幼馴染ちゃんのがんばり次第で鉄でもあれくらいの輝きになれちゃいますよ」


「つまりは春香もあれくらいに豊満で甘やかしてきちゃってフランクで密着してきちゃうようになると!?」


 僕がいまも抱き寄せたままの格好になってる幼馴染を見ると。むっとしたり赤面したり、いろいろ表情を変えた末、僕の胸に顔をうずめて言った。


「その……いきなりあれはキツイけど…………膝枕と短パンであぐらまでは頑張る……ので」


「うん……お願いします」



 そうして僕らは女神さまに見送られながら泉を後にする。


 と、地面に埋まっていた石につまづいた僕は無理に体勢を直そうとして。


「うわっ」

 泉に滑り落ちてしまった。


 慌てて手足をばたつかせる僕に、春香が手を伸ばそうとして引っ込めた。そして女神さまに向かって叫んだ。


「女神さま! 『壁ドンあごクイが通常攻撃な強気に迫ってくる俺様系』幼馴染でお願いします!」


「いいでしょう。もう一人は『他の男と会話するだけで誰の所有物かわからせにきちゃう病み系』では?」


「さっすが女神さま分かってるう!」


「おい、まて、助けろ!」

「ワンワン!」


 そして何とかマロンに助けられながら泉から這い上がった僕の前には。


 椅子にふんぞり返っている春香。その両側には陽と陰のイケメン二人をはべらせて。


「でえ? さあさあ、陽向。この私をぐっときさせてくれたまえよ。このイケメンなんかより陽向がいいって思わせるような熱い口説き文句を頼みますので。あっ、女神さま。ハイレゾモードでお願いします」


 横には春香のスマホを構えて撮影している女神さま。


 マロンだけが主人の蛮行を恥じるようにシュンとなっている。


「こ、こいつら……」


        ****


 その後。


 マロンの定番の散歩コースに組み込まれた森の中。

 ときおり僕らは泉のそばでシートをひいてのんびりとくつろいでいる。


「女神さま、これ東京ぷりん亭の新作スイーツです」

「あら、ありがとー」


 お供えしたおやつを増やしておすそ分けしてもらったり、最新ゲーム機で対戦したり。

 今は恋人となった幼馴染との定番の休日の過ごし方。デートにしてはのどかすぎるけど、僕達らしくて気に入っている。


「あれ、陽向。なんかWi-Fiが届かなくなってる。ちょっと場所動いて」

「んー、おかしいですね。ちゃんと泉の外まで届くように強力なのにアップグレードしましたのに」


「騙されないよ」

「ちっ」


 ただ一点、すきあらば幼馴染が僕を泉に落とそうとするのだけは困っている。

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