アウトロー神様とツンデレ巫女さんの、嬉し恥ずかしダブルデート!
東紀まゆか
アウトロー神様とツンデレ巫女さんの、嬉し恥ずかしダブルデート!
山の向こうに、夕日が沈んで行く。
のどかな山村を見下ろす、小高い丘。
そこに建てられた、小さなヤシロの前に。
どこからか飛んできた一人の少年が、スタッ、と着地した。
「へへ。もうこの時間だ。神頼みする人間は帰っただろうよ」
貫頭衣の腰を帯で結んだだけの簡素な衣服に、ザンバラ髪を伸ばしっぱなしにした少年の頭部には。
両のこめかみの辺りから、木の芽の様な小さい角が、二本、生えていた。
次の瞬間。
少年の顔に、よく熟れた柿が投げつけられ、グチャッ!と果肉が潰れた。
「ちょっとガウ君!どこ遊び歩いてたのよ!ちゃんと村の為に働いてよ!」
少年に柿を投げつけたのは。
顔立ちに幼さを残しながらも、気の強そうなショートカットの巫女少女だった。
ガウと呼ばれた少年は、顔中に付いた柿の果肉を、手で拭いながら言う。
「シャラ!自分が祀ってる神に、何しやがる!」
「こっちこそ、あんたみたいな不良神様を祀ってあげてんだからね!今日だって、沢山の人が神頼みに来たのに、サボって逃げ出して!」
そう言うとシャラは、ガウの手を引いて、ヤシロの中に入った。
そこには、村の人々がガウにお供えした農作物が、山と積んであった。
「はい、お礼を先にいただきました。皆の願いをかなえて下さい」
「いや、俺、物を食わねぇから。これお前が食うんだろ」
「アナタのお世話と、ヤシロの管理をするのは私ですー。だから間接的に、このお供えは、アナタの為になるんですー」
たとえ神でも、女子に口ゲンカでは勝てない。
ヤシロにいなければ、村人の願いを聞かずにサボれると思ったのに……。
今までの巫女は、年に数回の神事の時しか、ガウと接して来なかったが。
少し前に、巫女がこのシャラに代替わりしてからは。
便利屋か、お手軽な修理業者の様にこき使われる。
肩を落とすガウに向かい、シャラが、書き留めておいた村人たちの願いを読み上げていく。
「えっとぉ、畑がイノシシに荒らされて困ってるんですって」
「わかった。獣たちに村に降りない様に言っとく」
「次。旦那さんが酒ばかり飲んで働かず、困っている奥様からのお便りです」
「それ家庭内の問題じゃね?神に頼む事か?」
シャラは黙って、山積みになっているお供えを指さした。
「わかったよ……。旦那に言え。働かねえと俺がバチを当てるぞって。次!」
「おばあちゃんしかいない家の、雨漏りが酷くて困ってるそうよ」
ガウは「それ、俺の仕事なの?」と言いたげに、シャラの顔を見た。
シャラは腕組みして頷く。
「明後日、直しに行ってやるよ……。それまで雨は降らさない」
そんな感じで、全ての村人の願いを聞き終わる頃には、夜はとっぷり暮れていた。
「おめぇなぁ。神様は便利屋じゃねぇんだぞ」
「あんたみたいな、はぐれ神を祀ってるだけ有難く思いなさい。ウチの村も、由緒正しい鎮守様だったら良かったのに」
ガウは、はぐれ神。いわばフリーランスの神。
鎮守神とは、徳を積んだ神だけが所属出来る組織イズモの一員。エリートの神だ。
「鎮守神は鎮守神で、メンド臭いんだぞ。あいつら」
そう言ったガウは、突如、西の方向に殺気を感じ、表情を険しくした。
「シャラ、奥の部屋に隠れろ!絶対、外に出るんじゃねぇぞ!」
「ちょっと!また縄張り争い?」
シャラの声を背に。ヤシロの庭に飛び出したガウの前に。
ズゥン、と丸太の様な二本の足が踏み下ろされる。
そこには、巨大なはぐれ神が立っていた。
はるか頭上から、雷鳴の様な声が轟く。
『ガウ!今夜こそ、お前の村を明け渡してもらうぞ!』
「またお前か!何回もしつけぇぞ!」
叫ぶとガウは、はぐれ神の正体を現した。
見る見るうちに体が膨れ上がり、両こめかみの二本の角が長く伸びる。
木々の高さを越える、筋骨隆々の巨体となったガウは、敵の神に襲い掛かった。
二体の荒ぶる神の、肉弾相討つ激闘が開始される。
イズモに所属しない、はぐれ神は、いわば野良神。
自分が祀られる土地を手に入れる為……また信者を増やして霊力を高める為。
しばしば、他のはぐれ神と争い、土地を奪い合う事があった。
ガウもここ数日、夜になると村を狙って何処からかやってくる、この神と戦っては、撃退を繰り返していた。
長引く戦いの中、ガウは思った。
コイツ、なかなかの強さだ。目だ、目を狙うんだ!
鋭い爪を振り下ろしたものの。
狙いは外れ、敵の左頬の皮を抉り取った。
その時。
「ちょっとアンタ達!いい加減にしなさいよ!」
ヤシロから出て来たシャラが、二体の巨神に怒鳴った。
『バカ、危ねぇぞ!引っ込んでろ!』
『ちぃっ、人間がいたのか。勝負は預けたぞ!』
はぐれ神とは言え、人間を護る存在。
敵の神は、地を蹴って山の向こうに飛び去った。
ガウの巨体はしぼみ、少年の姿に戻る。
「もうガウ君ったら。なんでいつもケンカするの?」
「ケンカじゃねぇよ。アイツが村を奪おうとするからだよ」
「鎮守様だったら、人の姿のままで、はぐれ神ごとき一捻りなんでしょ?」
シャラの言葉に、ガウは黙っていた。
はぐれ神は、
イズモと繋がって初めて《魔の力》を払拭し、神になれる。
「あ~あ。明日お出かけするのに、ケチが付いちゃったわ」
その言葉に、ガウはキョトンとした。
「出かける?どこに」
「約束したでしょ?秋の奉納祭の飾りつけを、一緒に町に買いに行くって」
「俺を祀る飾りつけを、俺が買うの?」
「あんた毎年、飾りつけに文句言うからじゃない!」
◆
都が燃えている。
栄華を誇った人間の都が。
『この都の人間は享楽をむさぼり、悪事を重ね、我々、神を敬う事を忘れました。ですので、根こそぎ滅ぼします』
イズモの鎮守神たちの言葉に、ガウは唖然とした。
だって……人間を守って祀られる事で、俺たちは力を得られるのに……。
『人間は知恵を付け過ぎ、信心を忘れました。皆も厳しく監視する様に』
その後も鎮守神たちは、信心を忘れた人間の都市を、海に沈め、塩にして、火山で焼き尽くした。
俺は……人間を罰するのは嫌だ!
イズモを飛び出したガウは、はぐれ神となって各地を放浪し。
山奥にあった、まだ神の住むヤシロを持たない、今の村にたどり着いた。
シャラが生まれる、何世代も前の話だ。
◆
「ありがとう、助かったわ」
町まで牛車で送ってくれた農夫に礼を言い、シャラは荷台から降りた。
ずいぶん昔の夢を見たぜ……。
ガウも伸びをして荷台から降りる。やはり、昨晩の戦いの疲れが取れていない。
それにしても町は人が多い。ガウが祀られている山村とは大違いだ。
シャラは、近くにいたカップルに手を振った。
「あ、いたいた、リミちゃ~ん」
シャラと同じ巫女服を来た少女が手を振り返した。
その横には、神職の正装をした優男が立っている。
「なんだよ、誰かと待ち合わせしてたの」
「山向こうの村のリミちゃん。去年の巫女総会で知り会ったの。今日、一緒に奉納祭の買い物しようって約束したんだ」
という事は、隣に立つ男は、山向こうの神か?
いっちょ前に正装しやがって。鎮守神か?
そこでガウは、その男の違和感に気づいた。
なんであいつ、顔をそむけてるんだ。
「初めまして。今日はシャラちゃんが神様をお連れするというので、ウチの村の鎮守神、ダイラ様にも来てもらいました」
「わ、リミちゃんとこは、鎮守様なんだ。いいなぁ」
女子同士の会話には構わず。
ガウはジーッ、と、リミの横に立つダイラを見つめつづけた。
ダイラは必死で、顔の左半分が見えない様に顔をそらす。
その左顔面に、自分が付けた引っかき傷を見つけたガウは、思わず叫んだ。
「あっ、てめぇ、昨夜の!」
「ちょ、ちょっと待て!」
ダイラはガウをヘッドロックして押さえつけると。
「ちょっと、神同士の話があるから、二人は待ってて!」とシャラとリミに言い残し、裏路地にガウを引きずっていった。
ダイラのヘッドロックを振りほどくと、ガウは彼と対峙し、身構えた。
「どういう事だ。昨晩襲って来たお前が、なんで鎮守神を装ってんだよ」
「油断したぜ……。リミさんが約束していたのが、お前の巫女だったとはな」
ダイラはしばらく無言でガウを睨みつけていたが。
不意にガバッ、とその場に土下座した。
「頼む!俺が、はぐれ神だという事は、リミさんに黙っててくれ!」
予想外の反応に、ガウは毒気を抜かれた。
「どういう事だ?」
「俺は数年前、他のはぐれ神との闘いに負けて、自分のヤシロを追い出された。何年か各地をさまよい、住んでいる神のいないヤシロを探して、リミさんの村を見つけたんだ……」
主のいなかったヤシロに住み着いてすぐ。
ヤシロの手入れに来たリミが、ダイラを見つけると、嬉しそうに言ったのだ。
「わぁ、ウチのヤシロに、鎮守様がいらっしゃった!」
神を見た事がないリミは、ダイラを鎮守神と勘違いしたのだ。
「あの子は俺が鎮守神だと信じている。夢を壊したくないんだよ……」
「偉そうな事を言うが、なんで俺の村を狙うんだ」
「俺は本当の鎮守神になりてぇ。その為に領土を増やして、位を上げたかったんだ」
それを聞き、ガウはポツリと言った。
「鎮守神なんて、ロクなもんじゃねえぞ」
「え?」
「何かとイズモに呼びつけられるし。村を守る以外の用事を言いつけられるし」
それに、人間を罰せよと命ぜられるし……。言いかけてガウは、言葉を飲み込んだ。
「お前、鎮守神だった事があるのか?」
ダイラの問いを誤魔化すため、肩をすくめてガウは言った。
「わかった。もう俺の村を狙わないなら、黙っててやる」
「お、恩に着るぜ」
喜ぶダイラの背後から、シャラの声が聞こえた。
「ねぇ~、何の話してるの~」
「悪ぃ悪ぃ、今行くー」
ガウとダイラが走り去った後の裏路地で。
物陰に潜んでいた気配たちが、ひそひそと会話を始めた。
『あれは、ガウとダイラだ。はぐれ神の中でも、最強の二人』
『ここで何をしてるんだ?まさか手を組むのか?』
『奴らに組まれたらマズい。仲間を集めろ。ここで仕留めよう。奴らの土地も奪える』
『まて。この町で事を起こしたら、ここの鎮守に成敗されないか?』
『今をいつだと思っている。神無月だ。鎮守はイズモに行っていて留守だ』
陰に潜んでいた気配たちは、いずこへか姿を消した。
◆
「それでガウは夏が好きだから、なかなか季節を秋に変えなくて」
「わかる~。ウチのダイラ様は、春が好きなの。なかなか梅雨にしなくて」
女は買い物とお喋りが好きだ。
一通り奉納祭の為の買い物を終えたシャラとリミは、茶屋で休憩しがてら「神様あるあるトーク」に花を咲かせていた。
少し離れた席で、団子を齧りながらガウが言う。
「リミちゃん、いい子じゃねぇか」
「そうだろ?」
「だが巫女としては、まだまだだな。今は神無月だろ。お前が鎮守神ならイズモに行ってなきゃおかしい」
それを聞き、ダイラは飲みかけていたお茶をブーッ、と噴き出した。
「忘れてた!どうしよう」
オロオロするダイラを見て、愉しそうにガウは言った。
「おめぇ、あの子に惚れてんな。止めとけ。人間は先に死ぬから辛いぞ」
「お前、人間に惚れた事があるのか?」
「まぁな。俺たちが出来るのは、せいぜい人間を守る事だけだ……が……」
ガウが気づいた気配に、ダイラも気づいた様だった。
「早速、その時が来たな」
ゆらり、ゆらりと、茶屋の前に。
人の姿をしているが、人間ではない物たちが集まりつつあった。
「はぐれ神の中でも下級だな。怨霊や亡霊に近い」
「七体か。俺が四体、お前が三体って所だな」
ガウは立ち上がりかけたダイラの肩をガシッと掴んで言った。
「バーカ。お前は鎮守神って事になってんだろ」
立ち上がると、七体のはぐれ神たちに歩み寄りながら、ガウは言う。
「リミちゃんの前で、醜いはぐれ神にはなれないだろ。俺に任せな」
そう言うと、ガウは。
体を膨れ上がらせ、二本の角を生やし。
七体のはぐれ神に、一気に襲い掛かった。
敵も一斉に正体を現す。
「な、なんだ!」
「ひぃっ!バケモノだ!」
巨神たちの戦いに、町の人々が騒ぎ、逃げ惑う。。
まずい。人間や建物を巻き込む訳にはいかない。
「おい、大丈夫か!」
思わず叫ぶダイラに、ガウは言い返す。
『いいからお前は、女を連れて逃げろ!』
振り返ったダイラが見たのは。
怯えて座り込み泣いているリミと、彼女をかばうシャラだった。
「怖いよーっ!殺されちゃうよー!」
「落ち着いて、リミちゃん。ガウ君が守ってくれるから!」
だが、そのガウも。
一対七では多勢に無勢。
しかも、人間をかばいながら戦っているせいで、思うように戦えない。
ガウの危機を見て、シャラはダイラにすがりついた。
「お願いダイラさん。ガウ君を助けて!ダイラさんは強い鎮守様なんでしょ?」
シャラの言葉を、ガウが遮る。
『俺の事なんかいい!シャラ、ダイラと逃げろ!』
ダイラは迷った。
どうすればいいんだ、俺は。
大好きなリミさんの夢を守るのか。
その為に、殺されそうになってるガウを見捨てるのか。
どうすれば。
その時。
ずっと泣いていたリミが、ダイラに言った。
「ダメです!いくらダイラ様でも、あんなバケモノと戦ったら殺されちゃいます!」
あんなバケモノ、か。
フッ、と笑うと、ダイラは自分にすがりついているシャラの腕を、そっと外した。
「ごめんなさい、リミさん」
一歩一歩、戦場に歩いて行きながら、ダイラは言う。
「俺、あなたにウソをついてました」
『バカ野郎、女に正体がバレてもいいのか!』
叫ぶガウに向かい、ダイラは言った。
「守りたいのは……秘密じゃなくて、誇りだよ」
目を見開く、リミの前で。
ダイラの体が、膨れ上がっていく。
「リミさん、俺も、あんなバケモノなんです」
はぐれ神の正体を現したダイラは、ガウを袋叩きにしている連中の中に飛び込んだ。
『おらーーーーっ!最強はぐれ神のダイラ様だ!当たると痛ぇぞ!』
助けられたガウが、敵を蹴りながら言う。
『これで失恋だな、バカ野郎!』
『へん!お互い人間の女には縁がない様だな!』
『じゃぁバカ同士、一気に行くぞ!』
『よっしゃぁ!』
はぐれ神最強の二人は、七体の敵を、空の彼方まで蹴り飛ばした。
◆
戦いが終わり。
報を聞いてイズモから戻って来た、この町の鎮守神の前に、ガウとダイラは正座していた。
「町の者が、邪神から貴方達に助けられたと言っています。よくやってくれました」
ガウの横で、ダイラが平伏した。
「ははっ、ありがたきお言葉」
「つきましては私の町を守ってくれた礼として……鎮守神になれる様に、イズモに口添えしますが、どうでしょう」
「本当ですか?ありがとうございます!」
喜ぶダイラの元に、リミが駆け寄った。
「良かったですね、ダイラ様!」
「リミさん、ごめんなさい。ずっとウソをついて」
「いいの。私を守って戦ったダイラ様、カッコ良かった!それに、本当に鎮守様になれるじゃない!」
ラブラブな二人の横で、ガウは立ち上がった。
「俺はいいです。コイツだけ鎮守神にして下さい」
「お前、何言ってんだよ」
「そうよガウ君!鎮守様になれるのよ」
鎮守神は、優しくガウに言った。
「あなたの事は知っています。イズモはもう、あの頃の様な組織ではありませんよ」
「ええ。でも一度決めた事ですから。ダイラ、鎮守神になっても、リミちゃんと仲良くやれよ」
迎えの牛車へと歩いていくガウを、慌ててシャラが追いかける。
「なんで?どうして鎮守様にならないの?」
「俺やダイラですら、鎮守神には跪くんだぜ。人間なんか、普通なら顔も見られない。俺に、そんな偉い神様になって欲しいのか?」
歩みを止め、シャラの顔を見て、ガウは言葉を続けた。
「俺は、お前ら人間と、気楽に口ゲンカが出来る神でありたい」
「ガウ君……」
右の拳を自分の胸に当てると、ガウはニヤッと笑って行った。
「それが俺の、たった一つの勲章だからかな」
アウトロー神様とツンデレ巫女さんの、嬉し恥ずかしダブルデート! 東紀まゆか @TOHKI9865
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