第10話 ベテルギウス

 おそらく遙か未来の地球に産まれた、んだと思う。

 五才までは前世の記憶がある幼児なだけで普通に過ごした。ただ機械がやたらハイテクで、少し死んでる間にずいぶん技術が進んだもんだなと感心したくらい。あと太陽が前世の時より大きく見えたが、星にも寿命があるもんなとあまり気にはしなかった。

 五才になった途端に「この星はもう危ないから、他の銀河で見つかった生存可能な星に移住しましょう」 と両親から言われた時は驚いた。

 全人類――と言ってもどうやら前世よりは減ってるらしいが――を乗せられる巨大宇宙船に乗って星を離れた。数少ない外が見える窓から見える宇宙の風景には思わずため息が出た。


 ここでは恒星が寿命を迎えるたびにこうして移住を繰り返しているらしい。まあ、命には限りがあるから確かにいつかはこうなるよな。と、偉そうには言うものの、前世の自分は二十代で親孝行もこれからというところで、車の事故に巻き込まれて亡くなってしまった。あのあと、一人っ子の自分を亡くして親はどうしたんだろう。

 せめて今いる両親を大事にしなければ。しかも両親は人類の中でもトップクラスの地位だというし。

 両親のお陰でハイレベルな教育を受けられたのはあとから考えても幸いだった。前世ではあんまり裕福じゃなかったから高校止まりだったし。宇宙船内であっという間に義務教育を修了し、親も歩んだ惑星関連の研究者への道を進んだ。


 ワープを何度か繰り返して目的の星についた。まだ若い星で人類は誕生していないらしい。人がいたらどうするのか? 移住しないのか? と両親に聞くと人がいると移住対象からは自動的に外されるらしい。確かに、侵略者になりかねないもんな。


 星について家々を建てて地球に居た頃のような街並みがあっという間に整った。これで宇宙船の狭苦しくて週に一度は避難訓練だの脱出訓練だのが義務付けられている堅苦しい生活からおさらば……かと思いきや、つくなりすぐに次の移住先を探し始めた。

「いつ何が起こるか分からないし、そうでなくても定期的に移住は行っている。技術が失われないように」

 人類は宇宙を出ても苦労が絶えないんだな。



 研究室で近くの銀河の星々を一つ一つ観察する日々。同じことの繰り返しでもこの作業は飽きない。星には個性があって面白いから。しかし今日のところは収穫無し。

 一旦望遠鏡から目を離し、ちょっとした思い付きで近くの投影機を使い付近の銀河をプラネタリウムさせる。彼女がいればロマンチックかもなと笑う。


 コーヒーを飲みながらぼんやりと星々をあらゆる角度で見ていた時、既視感に気づいた。


 この星、いや星座は見たことある。

 宇宙船で青春を過ごした現世ではなく、前世で見た。

 星座に疎い俺でも冬になればすぐ見分けがついた。特徴的な形。個人的には砂時計座って読んでいた。だってオリオン座よりそれっぽかったから。そうだ、オリオン。これは、この角度は地球から見える星座だ。

 慌てて望遠鏡をのぞき、付近の星をくまなく探す。あの角度から見える位置。水金地火木土天海冥……あ、冥王星は惑星から外れてたっけ。とにかくこの並びの公転している惑星と、その中心の恒星が、必ずあるはずだ。……あった!



 新たな生存可能な星を見つけたとして研究者達の間で一瞬話題になった俺だが、それでも人類がいると知ってすぐ興味を失われた。

 だがそんなことは問題じゃない。

 地球があるじゃん。ってことは、俺は未来の地球の人類に産まれたんじゃなくて、他の銀河の人類に産まれたってこと??? そんなことってあるの?

 だがそれよりも、ずっと気になることがある。……前世の両親はまだそこにいるのか?

 常識的に考えたらいるはずない、はずだ。死んですぐ生まれ変わったとしても、魂が地球からはるか遠くの銀河の星に産まれたとしてその移動速度はどうなる? 光速越えてない? いや菊花の契りとかいう話では「魂は一日に千里を走る」 とかあったし、魂に速度とか関係ないのかも? 分からん。

 混乱することは多かったが、それよりも地球を調べた他の研究者の一言が俺をさらに驚愕させた。

「あの惑星なんだが。比較的近くにある星が間もなく爆発する。ちょうどガンマ線が当たる角度にいるから長くないな」

 ……え?

 そういえばなんだっけ。前世の頃からある星が爆発するってするする詐欺していたような。そうだ、オリオン座のベテルギウスが。

「それってもしかしてあの惑星から見てこの位置にあるこの恒星ですか?」

「そうそうそれ」

 間違いなく、ベテルギウスだった。



 両親が高い地位にいてくれて助かった。でないと人類の持つ最先端技術なんて普通の人は近づくこともできない。

 高い水準の教育を受けさせてくれて助かった。でないと操作方法が分からなかった。



 ベテルギウスが爆発する寸前にその軌道を僅かに変える特殊な装置。使い方を間違えると星が滅ぶ。核兵器何百個集めても足りないくらいの力があるから。

 けれど、あの星の記憶がある自分は、それでもどうにかしたかった。滅びの運命から。

 父さん、母さん。



『……ベテルギウスが爆発しました。一時は地球が強力なガンマ線を浴びてしまうのではと言われていましたが、幸いその予想は外れ、昼間でも見られる星としてベテルギウスの爆発は我々の娯楽となっております』


 そんなテレビのニュースを見ながら、ある老夫婦が話していた。


「あの子がいないのに生き残ってもね……」

「母さん。そんな風に言うな。あの子が守ってくれたのかもしれないじゃないか」

「お父さんって変なところでロマンチストなのね」

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異世界夢幻十夜 菜花 @rikuto

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