第9話 聖なる子

 俺には生まれた時から日本人の社畜だった頃の記憶があった。

 けれどそんなもの、海辺のジャングルに住み原始時代さながらの生活で生きる部族に生まれて何の役に立つだろう。――そう、思っていた。


「お前の額には星のような模様がある。これは先祖からの言い伝えによると、我ら部族を救う聖なる子の証」


 村長にあたる祖父にそう言われた時、乾いた笑いが漏れた。

 未開の文明に生まれて前世知識で成り上がりって元居た世界でもそんな小説確かに好きだったけどさ、だからといってスマホを一から作れる訳でもないし、精霊とか神々とか普通に日常会話に出るこの世界で近代知識って、ぜってー悪魔扱いだろ。


 そう思ったからあえて普通の少年のように振る舞った。でも聖なる子の概念は強すぎて、目が合うとさっと道を譲られるとかかくれんぼしても鬼にならないとか、よく言えば特別扱い、悪く言えば腫れ物扱いな対応ばかりだった。


 本当に何か特別な能力を持って生まれたのかも、と半信半疑で色々試してみるも、この世界に魔法の概念はなく自分も特別な能力は何もない、との結論が出ただけだった。


 他の子より特別っていったらもう前世の記憶しかないけど、それだって一般常識がせいぜいだし、治安も生活レベルも全然違う日本基準の知識なんて何の役に立つだろう。あとは……前世ではちょっとした本好きで、週に一回は何かの本を買って読むのが習慣だった、くらいだろうか。でもほんとそれくらい。


 悩む俺を、叔母に当たる人だけが普通の少年として扱ってくれた。

「どうしたの? 何か困りごと?」

「叔母さん!」

「周りは貴方を聖なる子っていうけれど、あなたのおしめを代えたこともある私としては貴方は可愛い甥っ子でしかないのよねえ。で、その可愛い甥っ子が何か困ってるみたいで、おばちゃん心配よ」

「うん……。俺も自分が聖なる子って自信ぜんぜんないんだ」

「そうなの? 別に聖なる子じゃなくてもいいじゃない。貴方は貴方よ。……代わってあげることは出来ないけど、本当に困ったら叔母ちゃんとこの子におなり」

「叔母さん……ありがとう!」

「元気が出たみたいで良かったわ。ほら、海で取ってきた魚、食べる?」


 俺は前世でも魚が好きだったからか、今世でも魚が好きだ。欲を言えば刺身があるといいんだけど、自分じゃ再現できないし料理もしたことがない。まあ取り立ての魚は何でも美味いし、贅沢を言うのも野暮だな。


「貴方は本当に魚好きね。おばちゃんも捕りがいがあるわ。でも肉とかは食べないの?」

「んー、あんまり好きじゃない。魚が一番好きだし」

「そうなの? でも最近村一番の戦士が亡くなったでしょう? 柔らかい部分だけでも食べるのよ」


 何だろう。話の流れがよく分からない。


 その後、叔母と一緒に村に戻る時に、ある家から笑い声が聞こえた。

 そういえばこの村、規模が小さいから特定の遺伝病が出やすいとかあるんだろうか。パーキンソン病と思しき人が何人かいるんだよな。あと急に激しく笑ったり急に落ち込んで家から出なくなったりする人とか。俺の両親もこの病気で亡くなった。でも伴侶は隣村から娶るみたいな決まりもあるし、近親婚が盛んって訳でもないのに何だろう?

 その謎はその日に解けた。


「これより村一番の戦士の魂を取り込む儀式を行う」


 祖父にそう言われてある家に行くと、その村一番の戦士の身体を解体して食べる儀式が行われた。何でもこうすることで戦士の魂を供養し、またこの村に生まれ変わってくるようにしているらしい。

 変わった風習を野蛮とかいって咎める気は毛頭ない。

 けどこれやばいだろ。もしかして村で流行ってる病気ってクール―病じゃ……。


「おじい様! 食べてはいけません!」


 一斉に大人達がこっちを見た。叫んでから気づいたが、村の伝統を子供一人でやめさせるって無理ゲーじゃね? いや、村長の息子と聖なる子の肩書きがある。上手く説明すればいけるかも!


「突然どうした」

「村で流行っている奇病はこの行為が原因です! 食人をやめれば収まります!」

「お前は何を言ってるんだ。祖父の代から続く神聖な儀式にケチをつけるのか?」

「奇病は本人の不摂生か神の怒りだ。何で食人が関係あるんだ」


 あかん。俺も元々口がまわるほうじゃないし、脳に存在するあるたんぱく質が原因で~なんて説明しても近代医学の知識がない人達にはなんのこっちゃだろ。けどこの儀式を続けさせる訳には絶対いかない。訳も分からず苦しんで死ぬ人を見たくない。こうなったら……。


「こ、これは……人が人を食べる行為を神が怒っているのです」

「神が? しかし、奇病は女子供を中心に出ている。どうして一番食べる成人の男達は病気にならない?」

「それだけ神の怒りが激しいのです。男達をより苦しめるためにまず女子供から苦しめている。病人が家族に居る人はお分かりでしょう。介護をする人がどれほど大変で苦痛か……。とにかく人を食べる行為をとめてください。神の怒りが静まるまで。そうすれば奇病もやがて収まります」


 疑う声も多かったし、食べるのを楽しみにしていた人達からはブーイングがあがった。けれど最終的には祖父の一声で決定した。

「聖なる子の言うことじゃ。騙されたと思ってその通りにするがよかろう」

 ひとまず食べずに済んだ。

 ……実を言うとこの病気は潜伏期間も長くて厄介なのだが、それでも少しずつ減っていくだろう。俺の見立てが間違っていなければ。



 食人の風習をやめて一年。すぐに結果が出る訳じゃないから、風習を気に入っていた人から俺は目の敵にされた。

「聖なる子なんてただの言い伝えだ。あいつがしたことはただでさえ食料が不安定な村の食料をさらに減らしただけだ」

 ……事実と言えば事実。それでも聞こえるように言われると気が滅入る。こういう時は好きな物を食って気を紛らわせたいところだが、生憎日本ではないのでそれも容易ではない。はぁ……。


 そこへ、どすんと地面が異様な振動を伝えてきた。


 周りは大地が揺れたという経験が初めてなのか慌てふためいているが、前世が日本人なら慣れたもの。と、言いたいところだが、日本でもこれは震度6に該当しそうな揺れでさすがにびびる。


 なんとか揺れが収まる頃には足ががくがく震えていた。

 それでも聖なる子としてのプライドですぐ確認しなければならないことがあった。


 まず村人全員の安全確認をしようとして、村人の中でも特に目の良い人間が興奮しながら海辺へ走る姿を見た。

「どこへ行くんですか! 危ない!」

 後ろからそう声をかけるも、彼らは「見ろよ波が沖のほうまで引いて魚が浜辺に打ち上げられてる! 取り放題だ!」 と構わず走っていく。


 沖まで波が引くって……津波の予兆でしかないじゃないか!


「戻ってくれ! 山のほうに逃げてくれ! そ、それは……海の悪魔の罠だ! 水に呑まれるぞ!」

 必死に声をあげるが、元から反抗的だったものは馬鹿にした笑いを見せながら海に走っていった。村長である祖父に恩義があったり従う気のある者は躊躇しつつ村に戻ってきた。見捨てるようで気が重いが、既に海に行ってしまった者はもうどうにもならない。残ってくれた人数だけでかなりいる。この人達だけでも安全な場所に移動させないと。

 病気の人や赤子、老人達を支えながら高台のほうへ逃げる。ゆっくりした移動なのが歯がゆい。だが間一髪。避難し終えた時に津波がやってきた。

 一緒に避難した村人達は眼下に広がる水の暴走を目にしながら放心状態だった。


 その後、もう誰も俺を馬鹿にする人間はいなくなった。けれど順番が逆だったら……と思わずにいられなかった。そして、聖なる子として未熟だったゆえの後悔も生まれていた。


「あのね、お母さんが魚を捕りに行ったっきり戻ってこないの。最近ふさぎ込んでいる甥っ子にあげたいからって言って真っ先に捕りに行って……それっきりなの」


 最愛の叔母の娘、俺の従姉妹にあたるジャンナがそう言ってきた。ジャンナと俺は、人目もはばからず泣いた。祖父により、両親がいなくなったジャンナの保護という目的もあり、俺達は婚約者となった。



 さて、村が壊滅してしまったし、余震の問題もあるから海辺にはいられない。日本みたいに津波警報もないし。

 そこで山のほうにある村に行って頭を下げ、そこに住まわせてもらうことにした。

 山の村の長は難色を示した。そりゃそうだ。ただでさえ災害の直後だっていうのに、食い扶持が一気に増えるのだから。しかしそこを認めてもらわないと困る。祖父と一緒に聖なる子として村長との会見に臨む。


「ふむ。そちらには聖なる子とかいう風習があるようだが。聖なる子ならあの山のことが分かるだろうか」

「山のこと?」

「ああ。これは我が村が長年頭を悩ませている問題でね。あの山のある場所に立ち入った者が、その……。数日は元気なのだが、どんどん体調を崩していき、ついには死に至るという謎の現象が起きていてな」

「お父様!」


 そこへ村長の娘と思われる少女が飛び込んで来た。日に焼けた褐色美少女だ。絵になりそう。


「この村の人間でもないのに分かるものか! お父様ともあろう人がよそ者の知恵を借りるなんて!」

「マイヤ、やめなさい。よそ者だろうがなんだろうがあの山の真相が分かればいいじゃないか」

「ダーナが亡くなったからってそんな弱気にならなくてもいい!」

「ダーナ?」

「ああ、すまない。この子の友人の少女なんだが……戦士として認められるために山に何日も泊まって……体調が悪くなったと急に戻ってきたと思ったら、ほどなく死んだ。それまで病気一つしたことないダーナの弱りぶり、そして異様な死に様に皆が恐れおののいて……」

「ダーナが神の怒りに触れたとでも言うの!?」

「お、落ち着いてください。ともかくその場所に案内してもらえませんか? 見ないことには何も言えません」



 案内人のマイヤによると、昔から山のある場所に行くと人が死ぬと噂されているらしい。正直なところ、山のことなんて何も知らんし行って解決できるとも思えないけど、不自然な死っていうのが気になるんだよなあ。


 山を登っていく途中で、この山が鉱石が豊富な山だと分かった。山については知らないけど、鉱石については本で読んで知ってるぜ。そうでなくても昔から綺麗な石とか拾って持って帰る性質だったし。さて山肌に見えるこの綺麗な鉱石はなんだろなっと。歩きながらひょいと覗き込む。


……!?


「マイヤ、帰るぞ」

「え、どうしたのよ。ダーナが居たのはもっと奥……」

「駄目だ。長時間いたらまずい。ここ、天然原子炉だ」

「てん、ねん……げん、しろ?」

「ええと……一帯が呪われているんだ、死ぬぞ!」


 本で読んでその存在は一応知っていた。奇跡みたいな確率で天然の原子炉が出来た事例があると。アフリカのほうだったかな。山肌から露出していた鉱石はウランだった。地球の天然原子炉もウランの豊富な場所で起きていた。

 加えて最初は元気なのに徐々に弱っていく症状。放射線を大量に浴びたからと考えれば説明がつく。異様な死に様というのはおそらくDNAが破壊されたことで細胞が更新できなくなり、皮膚や臓器が……うう、これ以上は思い出したくない。


 ともかく山の村長にはそれらしく説明した。

 あの山のあの一帯は、昔魔術師が生贄を使った恐ろしい魔術を行おうとして失敗して亡くなった場所なのだ。不用意に近づくと同じ死に方をすると。

 それを聞いて村長は意外なほどあっさり納得してくれた。というか、どうも村人を近づけさせない理由が欲しかったふしがある。

 村の若者の度胸試しにあの場所が使われているようで、同じ場所に行っても死んだり死ななかったり(たぶん滞在時間の差じゃなかろうか) するから格好つけるには良い場所扱いになってるそうだ。

 よその村の聖者のお墨付きを得たことで堂々と立ち入り禁止に出来たようだ。うん、そのほうがいいよ。



 結果的に俺は聖なる子らしい行動ととり続けている。結局これって偶然なのか? それとも神の意思なのだろうか。

 いや、どちらでもいい。結局俺は不幸を見過ごせないから。やらない偽善よりやる偽善だ。

 そうだよね、叔母さん。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る