第8話 死者の復活システム
ここが異世界だと分かったのは、奇妙な風習……習俗? 習慣? がこの世界にあると分かったからだ。
この世界には神様がいる。これを大前提として。
その神様は慈悲深いらしく、不慮の事故で命を落とした人間がいると、縁者が望むならひと月――三十日だけその死んだ人間を復活させるのだ。
隣に住んでいたお姉さんが、可愛がっていた息子を病気で亡くした時、神様に頼んで復活させてもらったのを見て、私は前世を思い出すと同時にここが異世界だと認識した。
お姉さんは病気でどこにも行けなかった息子をあちこち連れて行った。息子さんも生きていた間ずっとベッドに縛りつけられていた身体から解き放たれて、自由に動く身体で生まれて初めて動き回って、その姿は本当に楽しそうで――最後は安らかに眠ったそうだ。
正直なところ、無駄なシステムだなと思った。だって時間制限付きとか余計空しくならない? 未来のない息子に構うより、自分の将来のために時間を費やしたほうが有意義だろうに。
そう復活システムに思ってから十年後、まさか私も同じことをしようとは……。
◇
恋人のアルミロが亡くなった。原因は史上最悪と言う人もいる台風。多くの家が倒壊し、海辺の町は荒れ狂う波にのまれてしまった。そんな人の力ではどうしようもない自然災害だった。
アルミロがよみがえってからは、極力普通に過ごしている。
彼の好きな食べ物を作って振る舞う。……悔しいことに料理はアルミロのほうが上手いんだけど、こういうのは気持ちの問題よね?
好きなスポーツを一緒に楽しんだり、漁師一族の彼にいつかは習おうと思っていた海と魚のあれこれを聞いたり。
身体は重ねなかった。彼から拒否された。万が一出来てしまったら、女手一人で育てるのは大変だろうって言われた。そうなってもいいと言ったけれど、彼はどうかこのひと月で自分のことを忘れてほしい、これは気持ちの整理をつける期間だからと言って私に触れなかった。
この世界はこんな復活システムがあるからか、日本の法事にあたるような風俗が希薄だったのを思い出した。
ひと月はあっという間だった。
アルミロの姿がぼやけてきたから、彼が復活してからの間、私はずっと思っていながらも言えなかったことを初めて言った。
「最後にあんなこと言ってごめんね……」
台風が来る日の直前、私とアルミロはしょうもないことで喧嘩した。目玉焼きに何をかけるかで売り言葉に買い言葉。
『もういいわよ! こんな人だと思わなかった! あなたって最低よ!』
そう言って彼と同棲していた海辺の町を離れて実家へ戻った。再び海辺の町に戻った時には史上最悪の災害と呼ぶにふさわしい瓦礫の山が出迎えた。どんなに叫んでも彼の声はどこにもなかった。
「俺が死んだ時さ」
恨み節を言われるのだろうと思った。
「君は無事でいてくれってずっと思ってたんだ」
「……なにそれ」
「俺って気が利かないところあるけど、君のことを好きって気持ちは本物だって自信はあるんだ」
「……アルミロ」
「だから気に病まないでくれ。そして……どうか生きてくれ」
そう言って、アルミロは消えていった。
もうすぐ死ぬって分かっていれば、あの時あんなこと言わなかった。最後の言葉が罵倒だなんて。
そんなつもりじゃなかった。もう長くなかった彼を余計苦しませるつもりなんかなかった。
償わせてほしい。やり直させてほしい。謝らせてほしい。
気がついたらあんなに馬鹿にしていた復活システムを頼っていた。
「神様……感謝します」
心の整理をつけられる世界。私はこの世界のことをそう思っている。
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