『ゾーン』 …忘却の彼方へ…

紫恋 咲

第1話  『ゾーン』 …忘却の彼方へ…

俺はやっと希望していた製薬会社に入社出来た。

大学の研究室で学び、製薬会社で人の為になる薬の研究をしたかったのだ。

人は俺の事を真面目過ぎるとか、融通が効かないと眉を潜めるが、真面目で何が悪い?

よく「空気を読め!」と言われるが、それなら「目の前で空気に文字を書いてみろ!」そう言いたい。

俺は研究者に雰囲気は必要ないと思っている、事実にしっかり目を向けて確実に積み重ねる、それしか無い。


製薬会社で俺が配属された所は、なんと水虫の薬を研究している部署だった。

「マジか!…………」

このコロナ禍で、ワクチンなどの研究に携わりたかった俺には、全く力が抜けてしまう、そんな所だ。

しかし実績の無い俺を、いきなり第一線に立たせるのは無理がある様にも思えたので、ここで実績を上げようと思った。


「初めまして、この度こちらの水虫課に配属になりました、間俊輔はざましゅんすけです。

頑張って研究に没頭いたしますので、宜しくお願いいたします」

「あっそう!良かったねここに来れて、私が課長の山田です、よろしくー」

優しそうなおじさんだった、働いてる他の人も、みんなおっとりした感じで緊迫感のない職場だ。

しかし、なかなか入れない製薬会社なので、給料はかなり良かった。


ある日課長に呼ばれた。

「間くん、靴脱いで」

「えっ?」

「良いから脱いで」

「はい」

靴を脱ぐと、足の裏にテープを貼られた。

「何ですかこれ?」

「これは水虫の菌を付けたテープだから、一週間程このままにしておいてよ」

「えっ?なぜですか?」

「だから、君の足に水虫を培養させて、その実態を体験してもらうんだよ」

「ああ……そういう事ですか……って、俺水虫になるんですか?」

「なって見なきゃ分かんない事もあるからねえ、これはみんなやってる事だから」

「そうなんですか?」

納得するしかなさそうだ……。


一週間程経過すると、テープの所がかゆくなった。

自宅で靴下を脱いでみてみた。

「えっ!水虫になったの?」

見るとそこの皮膚はカサカサになっている。

「かゆい……ポリポリ……ううううううう……かゆい……」

「うわ〜!!!水虫になってしまった!」

俺は愕然となった。


しばらく固まって見ていると、何か出てきた。

小さな子供のパジャマのような服を着た10センチ位の老人が立っている。

「何?……誰?……」

「こんばんは、水虫の妖精、可由志です(かゆし)です、しばらくご厄介になります」挨拶した。

「水虫の妖精?」俺は耳と目を疑った。

「何か悪い夢でも見てるのか?」ほっぺたをつねってみた。

「いたた……」夢じゃないようだ。


「水虫にも妖精がいるの?」俺はとりあえず質問した。

「はい、あまり知れられていないと思いますが……」

「しかも……かなり高齢の方ですよね?」

「はい、私はもうすぐ定年退職ですので、しばらくの間勤めさせて頂きます」

「妖精に定年とかあるの?」

「はい、おかげさまで……」

「ちなみに定年後はどうするの?」

「田舎で盆栽でもいじって暮らそうかと思っています」

「そうなんだ…………って危うく信じる所だった、今のは絶対嘘でしょう?」

「おそらく、そんな風に言った方が喜ばれると思いまして……」妖精?老人?はにっこりと微笑んだ。

それから夜は度々その老人妖精と話をして仲良くなった。


そんなある日、会社で親睦会のキャンプがあった。

「大丈夫か?コロナ禍なのに……」

夜になり俺はテントで老人妖精と話していると、彼は急に落ち着かなくなった。

「どうしたの可由志さん?」

「近くに嫌なものがあるようで……」

「俺は辺りを見回した」雪の下の葉っぱが目についた。

「もしかしてこれ?」

「それです!早くそれを何処かに捨ててください」かなり嫌がっている。

「もしかして?………」雪の下の葉っぱを足の水虫にすり付けてみた。

「やめてください〜!!!」可由志さんは悲痛な悲鳴をあげた。

「もしかして、これは水虫の特効薬になるのか?」さらに続けた。

「もう少しで定年だったのに……無念じゃあ〜……」妖精は消えた。


俺は会社の研究室で雪の下を分析して水虫の特効薬を作り上げた。

自分の足で実験して、確証をえた。

喜んで課長に報告した、喜んでもらえると思ったら意外な反応だった。

「ダメだよ、直ぐに治る薬とか作っちゃあ」

「ええっ?、なぜですか?」

「そんな物を作って売り出したら、みんな水虫が治って薬が全く売れなくなるじゃあないか」

「水虫がどれだけの経済効果をもたらしていると思ってるんだ、君の給料は水虫が払ってくれている様な物なんだよ」

「じゃあ、治らない薬を作ってるんですか?」

「勿論治る薬だが、努力を伴う様に作ってあるんだ、だから頑張った人だけが治る、実に美しい状況だろう?」

「そういう事なんですか?」

「何事も『過ぎたるは猶及ばざるが如し』というじゃあないか」

「そんな事なんですか?」

「よく考えてみなさいよ、電化製品だって時期が来ればキチンと壊れるだろう?」

「そう言われればそうですけど……」

俺はその薬を捨てるしかなかった。


そしてまた、足に水虫のテープを貼られた。

一週間程経つと、またかゆくなった。

そしてまた妖精が出てきた。

今度はボンテージファッションの女王様風の妖精だった。

「あなた、うちの妖精に酷いことをしてくれたらしいわね」睨んでいる。

「どなたですか?」一応聞いてみた。

「私、華結美よ」

「えっ?まゆみ?」

「違う!華結美!」

「えっ?あゆみ?」

「お前!耳が腐ってんのか?カユミだよ!」彼女は怒って突然大きくなった。

「うわっ!怖……」俺は後退りして腰を抜かした。

「どうやらお仕置きが必要なようね」不敵な笑いを浮かべた。

「お仕置きですか?……」俺は妖精さんを見上げた。

『ピシッ!』妖精さんは持っていたムチで俺の足を鞭打った。

「うわあ〜……かゆい!!」

「ほれ、どうだ……かゆいだろう?」

『ピシッ!ピシッ!ピシッ!ピシッ!ピシッ』たまらなくかゆい。

「華結美様とお呼び!ピシッ!」

俺はあまりのかゆさに身悶えた。


その日から毎晩、華結美様のお仕置きを受け続けた。

そして掻きむしった足は痛みがするようになってきた。

「ふふふ……そろそろ仕上げに行こうか」華結美様はさらに鞭打った。

「かゆい……しかし……痛い……」俺は恍惚の表情を浮かべた。


「遂にゾーンに入ったわね、かゆみと痛みの間にある恍惚のゾーンに」華結美様は悩ましい目で俺を見た。

よく見ると華結美様はとてもスタイルが良くて美人だ、その上にセクシーでもある。

俺は心を持っていかれた。


「かゆい……痛い……気持ちいい……」

俺は華結美様の奴隷となった。

しかし、心のどこかで『自分を取り戻さなきゃあダメになる』そう思った。

必死に自分を奮い立たせて雪の下を取りに行った。

「華結美さん、俺は負けない、自分を取り戻すんだ!」そう言って雪の下の葉っぱで足を擦った。

「ふふふ……花の咲いてない時期の雪の下なんか何にも怖くないわよ」嘲笑うよに俺の足を鞭打った。

「そうか!花が咲いてる時期の雪の下じゃないと効果が無いのか……無念じゃあ〜」俺は力尽きた。

「ああ…………ああ…………」もうだめだ、俺は諦めて華結美様の奴隷に成り下がった。


そんな事があり、日々の俺は少しずつ変わって行った。

真面目すぎたのは程々になり、会社の他の人ともにこやかに話をする様になった。

仕事終わりにはみんなと居酒屋にも行くようになった。

「やっと間くんも社会人らしくなったねえ」山田課長は嬉しそうに言った。


やがて一年が過ぎて新入社員が入って来た。

可愛い女子社員だった。

「初めましてあゆみです」

「えっ?華結美?」

「えっ?……」

何処か華結美に似ている歩さんを好きになってしまった。

二人は交際して結婚した。


たまに歩が実家に帰ると、俺はソワソワした。

「やっぱり会いたくなったのね、可愛い奴隷ちゃん」華結美様は微笑んでくれた。

『ピシッ!ピシッ!ピシッ!』

「あ〜あ〜あ〜……〜あ〜あ〜あ……」俺は空な目になった。

「余程嬉しいのね、声が裏返ってるわよ」

俺はゾーンに入り込んだ、そして快楽の渦に飲み込まれた。

そして俺の魂は忘却の彼方へと消えて行った。

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