二人の姫様
赤城ラムネ
二人の姫様
長きに渡る戦いは、ついに終局を迎えようとしていた。
東の赤き国、『赤いきつね国』。
西の緑の国、『緑のたぬき国』。
二国による争いは苛烈を極め、お互いに最終決戦兵器の使用を余儀なくされた。
「システムオールグリーン、『タヌキオン』発進スタンバイ」
鉄と機材に囲まれた格納庫の中、直径20メートルはあろうかという、巨大な緑のたぬきが、格納庫からカタパルトへと移動させられる。雄々しいその姿を、誘導灯を持った作業着の兵士が、誇らしげに見送る。
「カタパルト接続。発進、10秒前――」
緑のたぬき国の兵士たちが、その雄姿を見守っている。手を振りながら、歓声を上げながら。きっとこの最終決戦兵器が、勝利を導いてくれることを願いながら。
「タヌキオン!発進!」
火花を散らしながらカタパルトデッキを走るタヌキオン。どんぶり型をしたそれは、勢いよく空中へ、荒涼とした大地の空へ飛び出す。
地上で戦う緑のたぬき国兵士たちから湧き上がる歓声。
空中で停止するタヌキオンの姿は、緑のたぬき国の兵士にとって希望の塊だ。
だが、その歓声は、あるものの出現によってどよめきへと変化する。
どよめきに何事かとカタパルトデッキに集まった兵士たちが見たものは、タヌキオンの向こう側に同じように空中に停止する、赤い物体。
『キツネイザー』
タヌキオンと同じ大きさの、赤いきつね国最終決戦兵器である。
両者は暫し空中でにらみ合うと、同時に攻撃を開始した。
キツネイザーから何本もの赤い直線レーザーがタヌキオンへと降り注ぐ。同じタイミングでタヌキオンからは、緑の曲線レーザーが放たれた。双方にレーザーが着弾したが、全ては表面を包む保護フィルムバリアでかき消された。
「レーザーでは決定打にならん!バリア解除して変形だ!」
キツネイザーとタヌキオンを保護していたフィルムバリアが剥がされる。
「変形!決戦形態!」
キツネイザー、そしてタヌキオンが、体制を変え、お互いに平らな蓋面が向かい合う状態となった。とたん、カップの下半分がガシガシと変形し、人型の腰から下を形成する。それから今度はカップ上部が展開したりひっくり返ったりして、人型の上半身を作り出した。
30メートルの、赤い巨人が地面に降り立つ。
30メートルの緑の巨人も、地面に降り立った。
睨みあった両者が最初に繰り出したのは、パンチ。お互いの顔面をとらえる。鋼が唸り火花が散り、どちらも大きくのけ反ると、距離を空けた。
「カマボコスライサー!」
「カマボコブーメラン!」
キツネイザーとタヌキオンそれぞれから発射された半円形の武器が、空中でぶつかり合う。同等の威力を持ったそれは、激しくぶつかり合うと四散した。
「超銀河割箸剣!」
「ギャラクティカオテモト!」
キツネイザーが、タヌキオンが、長剣を振るう。再び鋼が唸り火花が散ったが、とにかく性能が拮抗しているのか、まったく決定打にならない。
――かくなる上は。
キツネイザーは最終兵器・超爆発アブラアゲに手をかける。なんと、惑星の半分を吹き飛ばすほどの破壊力だ。タヌキオンが手にしたカキアゲ・ボムも、同じ威力を持つ。
最悪の破壊兵器を使用する間合いとタイミングを計るキツネイザーとタヌキオン。爆発に巻き込まれてはたまらんと、逃げ出す赤いきつね国、緑のたぬき国の両兵士。その兵士の波を分けて、キツネイザーの前に立つものがいた。
「お待ちください!」
ミルキーホワイトのふんわりした長い髪を揺らす美しい女性。赤いきつね国の姫であった。奇しくも同じタイミングで、タヌキオンの前に立つ、長い銀色のストレートヘアの美しい女性。緑のたぬき国の姫であった。
姫の登場に、超爆発アブラアゲの使用を取りやめるキツネイザー。タヌキオンも、カキアゲ・ボムを格納した。
「もう、こんな戦いは終わりにしましょう」
二人の姫は同時にそう言うと、赤いきつね国の姫は赤いきつねのカップ麺を、緑のたぬき国の姫は緑のたぬきのカップ麺を、それぞれ取り出す。兵士たちが、巨大ロボが見守る中、二人はカップの蓋を開け、油揚げを、かき揚げを取り出した。
ぱきっと、二人はその手にした具を半分に割ると、交換しあった。
「おお!」と兵士たちが声を上げる中、二人の姫はそれぞれのカップに半分づつの具を入れるとカップ自体を交換した。
「おおお!」とさらに大きな声が上がる。
赤いきつね国の姫は油揚げが半分入った緑のたぬきを手に微笑む。
緑のたぬき国の姫はかき揚げが半分入った赤いきつねを手に微笑む。
二人は、カップにお湯を注いだ。
三分経って、赤いきつね国の姫が、食べたそうに緑のたぬきのカップを見る。緑のたぬき国の姫は、にっこり笑って「お先にどうぞ」と言った。
蓋を開け、湯気に包まれる赤いきつね国の姫。湯気の向こうに、油揚げとかき揚げの乗った贅沢なそばが見えた。
ふう。
姫は優しく息を吹きかけると、一気にそばを啜り上げる。出汁が絡んだ麺が、つるつると口の中へ、噛んだ麺を飲み込むとそばの風味とのど越しが姫を温かく潤した。
ほう。
姫は息を吐くと、スープを口にする。かき揚げの油で滑らかになった出汁の味は、この戦争のせいで遠ざかっていたあの味だ。
さらに二分経って、緑のたぬき国の姫は赤いきつねの蓋を開ける。久しぶりに見る油揚げに、姫は我慢ならなくて最初に齧った。
熱いっ。
熱々のスープを湛えた油揚げが姫の口を火傷しそうになったが、そんなことよりこのスープたっぷりの油揚げの旨味がずっとずっと勝った。
視線があって、にっこりと微笑みあう二人の姫。
兵士たちの我慢はもう限界であった。
あちこちで次々に、兵士たちはカップ麺の蓋を開ける。そして二人の姫がしたように、具を半分こにし、カップ麺自体を交換しあった。
三分経って、五分経って、そこにあるのは皆、笑顔ばかりになっていた。
この日を機に、赤いきつね国と緑のたぬき国の戦争は終結する。両国は二人の勇気ある姫様を、いつまでも称えたという。
二人の姫様 赤城ラムネ @akagiramune
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