第2話 神様のいたずら

 

 とある2階木造建築の一軒家。部屋の中、1人の少女が目を覚ます。

 彼女は体を起こし背伸びをすると、ベッドから降り歩を進めた。向かった先は部屋の中にあるタンスだ。


 ーーさて、何の服を着ようかな。

 そういえば今日は花の水やり当番だっけ。

 なら、汚れても大丈夫な服にしよう。


 彼女はタンスから黒色のワンピースを取り出し着替えると、軽やかな足取りで部屋の扉を開けた。2階から1階へと降り、玄関から外へと出る。外へ出ると目に広がるのは、のどかな田園風景。家は4.5軒あるかないかの田舎だ。

 

 目が眩むような日差しを浴びながら、彼女は庭の花達に水を与える。花に散った水しぶきがキラキラと光る様は大変美しく、彼女はそれを見てとても満足気だ。彼女が鼻歌交じりに水やりをしていると、何処からか自分を呼ぶ声が聞こえてくる。


「エマー。もう朝食ができるから家の中に入ってなさい」


「はーいお母さん!」


 母の声を聞き、彼女は家の中へと戻っていった。少しくたびれてはいるが、大きく立派な家の中へと入ると母が出来上がった朝食を机に並べているところだった。


「水やりで服が汚れたから、ちょっと着替えてくるね」


 彼女は母にそう言い残すと、自分の部屋がある2階に上がり、部屋のドアをパタンと閉じた。


 


 部屋に入るなり彼女『エマ・カナリアーナ』は独り言を零す。


「あ〜、疲れた。思ったより汚れたなぁ。黒い服にしてて正解」

 



◇◇◇◇




 エマ・カナリアーナ5歳。よく笑い、よく遊び、お転婆のようだが時には自分を洋服で着飾ったり、花を愛でるという優雅な一面を持つ女の子!……そんな彼女は現在、黒いワンピースの端を摘み苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。5歳のうら若き少女がしていい顔ではない。


 彼女、見た目は少女だが中身はアラサーの元社畜である。そう、彼女は黄泉楓なのだ。


 楓はボロッボロのアラサーから、何故かピッチピチの5歳に若返っていた。いや、若返ったというのは大きな語弊がある。


 結論を言うと、楓はエマ・カナリアーナとして"生まれ変わっていた"。


 ーーとうとう頭がおかしくなった!と思われかねない事ような内容だが、事実である。

 

 ゲーム中にとんでもない疲労感により意識を手放した楓。疲労の中でも期待を抱くことを忘れなかった彼女だったが、そんな彼女の想いを裏切るかのごとく、目を覚ますとぼんやりとした視界の中にとんでもない光景が広がっていた。


 見覚えのない天井、見覚えのない人々。


 「ーーーーッ!」

 「ーー……ーーーー。」


 聞き覚えのない言葉。

 そして自分の体の異常な違和感。自分の目の前に腕を伸ばしてみたら、今まで見てきた彼女の物とは違う……小さい手が目に入った。楓はぼんなりとした意識の中、夢にしては思考がクリアな事に気づかず


 ーー随分と変な夢だなぁ

 

などと呑気な事を考えていた。しかし、1人の女性が楓を軽々と持ち上げ抱き抱えると、先程までの考えが一掃される。


 人の体温を、しっかりと感じる。それに感触も。


 それは夢の中の曖昧な感触ではなく、触られているというのがはっきり分かるほどだった。彼女はこの体は幻ではなく自分の物で、今見ている景色は現実である事を早々に悟った。今思えばかなり気が動転していて、正常な判断が出来なかっただけかもしれない。

 漫画とかドラマとか小説でしか知り得ない現状。脳裏に過ぎったのはーー転生。


 そんな馬鹿な、あり得ない……!!

 

 楓は普段は考えないような事を考えた結果パニックに陥り、まだ喋る事がままならない赤ん坊の彼女はそれはそれは泣き喚いた。

 その時はわからなかったが、母親に何か言われていた記憶が薄っすらとある。恐らく、元気な子だなどと褒められていたのだろう。ただ非現実さを嘆いていただけだが。


 エマは今軽い気持ちで過去を振り返っているが、当初はかなり焦っていた。


 エマの記憶の隅々刻まれているのは、社畜として馬車馬の如く働き、しょうもない事でクビになりその結果やけ酒、最後はゲームを夜通ししていたという事実だけ。

 目覚めた瞬間目に映るはずだった景色は、ちゃぶ台と大量の空き缶、スマホに映るゲームのインストール完了画面だったはずなのだ。ーー何もかもが理解できなかった。


 そんなエマが最初にしたのは文字と言葉の学習だ。まず何事も情報収集が要だと、社会経験と今までの人生経験で知っていたからだ。

 

 文字を学習する事に対して苦労すると覚悟していたが、意外にもすんなりと事が運んだ。エマが産まれた国は子供の識字率というのを非常に気にしているところで、どの家庭にも子供が産まれた時点で教科書の配布がされるようになっていたからだ。


教科書の種類は以下である。


①3歳からでも分かる言語辞典

文字通り幼い子供でも分かるような簡単な言葉の辞典。

 

②アルケニル王国の歴史

エマが転生した国の主な歴史。


 ②はともかく①は非常に勉強になった。3歳からでもと書いてあるようにかなり分かりやすく言語の説明が記載されており、中身アラサーのエマはかなりのスピードで言語をマスターしていった。


 問題は、これからどうやって過ごしていくのかだった。楓がエマになって1番悩んだ事は、"親に違和感を持たれずに普通の子供として過ごすにはどうすべきか"だ。

 楓は、演技が得意なタイプではなかった。子どもっぽくしすぎて、後々に自分の大根演技がバレても困るので、とにかく違和感を持たれない事が重要だった。その為エマは、ある程度の子供っぽさを残しつつ、所々少し大人びた発言をするように必死に心掛ける事にした。


 そのおかげか、周りからの評判はやたらと良く、普通に行儀の良い女の子くらいを目指していたのが、"お嬢様"と言われるまでランクアップしてしまった。とんだ誤算である。


それにしても


「やっぱり似てる」


部屋の中にある姿鏡を見ながらエマはポツリとつぶやく。そう、彼女は自分の姿にどこか既視感を感じていた。


 顔は地味めだがある程度整っていて、目の色は青みがかった紫。そして、この世界ではあまり見かけない綺麗な黒髪。……見た事があると、エマはずっと思っていた。楓がエマとなる直前までしていた乙女ゲーム『12の異能者達』の"とあるキャラクター"にそっくりだと。



「どうからどう見ても、主人公じゃないの!!」


 エマは、遠い目をしながら思った。


 ーー神様は大変いたずらがお好きなようで。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

推しの為に私、義姉兼主人公になります! 沙羅音(さらね) @rao-horn

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ