異世界仕事人

小説の悪魔(見習い)

第1話

ギフト。一部の人間が先天的に得る固有スキル。後天的に得る加護を持つ者が尊敬の念を集めるのに対し、ギフト所持者は差別の対象になっている。俺もギフトではなく加護ならと何度思ったか分からない。ギフトと加護には先天的か後天的かの違いしか無く、ギフトを持っているメリットは全て加護にも言えることだからだ。


そんな事を考えても仕方ない。そう気を取り直した俺は今回の標的に意識を割くことにした。


(吸血鬼1、眷属が少なくとも10体か)


吸血鬼は他の生物の血を吸うことで眷属を作り出す。そして眷属達が捕らえた生物の血を吸い再び眷属を作る。そうやって勢力を拡大していくのだ。


(最低でも1対11、普通なら勝ち目は無いな)


だが忌々しいギフトのおかげで勝ちはもらったも同然だ。


(Block)


心の中でそう唱え、吸血鬼のすぐ背後に回る。俺のギフト、気配遮断によりこちらに気付く者は誰もいない。とはいえずっとこうしていては気づかれてしまう。早く済ませよう。後ろから短剣で吸血鬼の心臓を一息に貫く。本来かなりの強さを誇る吸血鬼が呆気なく絶命する。これで1対11の戦闘は終わりだ。何故なら


「グァァ…」


眷属達が苦しみながら消滅していく。親元の吸血鬼が死ぬと彼らは存在し続けることができないからだ。


仕事を終えて一息吐きながら、夜の月を見上げる。廃墟から見る半月はとても綺麗だった。


吸血鬼を殺した次の日、珍しい依頼人がやって来た。


「もうあなたしか頼れないんです」


獣人の夫婦はそう言った。何でも村が人攫いにあい、娘が攫われたのだそうだ。本来こういった案件は冒険者にクエストとして依頼されるのだが、ギルドにメンバーの斡旋に時間がかかると言われ、進展はないらしい。その間に奴隷として売り飛ばされたら夫婦は2度と娘に会えないだろう。そこで非公式冒険者である俺に依頼してきたというわけだ。俺は冒険者ではないが、このような仕事をしている。完全に犯罪だ。しかし、冒険者ではクエストがないと自由に動くことができない。昨日のような存在を自らの手で素早く裁くことも出来ないのだ。


「分かりました、その依頼受けましょう」


俺なら無駄な手続きが無い分素早く今回のような依頼に取り掛かることができる。正直昨日の夜は遅く、まだ寝ていたかったが仕方がない。泣いて感謝する夫婦から依頼料を受け取った俺は早速行動を起こすことにした。



「おいガキ、今日から俺のところに来い」


ある日、後に師匠になる男にそう声をかけられた。まだ12歳の頃の話だ。ギフトのせいで親に虐待を受け、村でも虐められていた俺は師匠のもとで育てられることになった。殺し屋を職業としていた師匠に、殺し屋という仕事なら俺のギフトが役に立つのではないか、そう縋るような思いで聞くと師匠は少しの間の後に頷いてくれた。それから俺のギフトを役立てるための特訓が、殺し屋になるための特訓が始まった。特訓の内容は厳しかったが、師匠は教えるのが上手く、俺は順調に殺しの技術を獲得していった。


俺の育ての親であり、良き理解者だった師匠。そんな彼はもういない。ある日瀕死の重傷で帰ってきて、そのまま亡くなってしまったからだ。


依頼の前に師匠のことを思い出すのは俺の悪い癖だ。こんなところを師匠に見られたらなんて言われるか分かったものじゃない。依頼に集中しよう。幸い人攫いの集団の潜伏先はすぐに突き止めることができた。この国の使われなくなった砦を根城としているようだ。そこまで分かれば話は早い。後は娘を救出するだけだ。


砦の様子を伺った結果、どうやら娘の他にも攫われた人はたくさんいるようだった。こんなにも大規模な行動を取っている人攫いのグループをギルドは放置しているのかと驚いたが、俺のやる事は変わらない。


(Block)


まずはギフトの効果が切れるまで投げナイフを投げ続ける。おかげで標的の大半は無抵抗で殺す事ができた。しかし気配遮断もこの辺りが限界だ。干渉しすぎたことでギフトの効果が切れ、こちらに気づいた標的達が武器を手にこちらに向かって来る。ここからはギフト関係無しの戦いだ。


「死ねぇ!」


1人が剣を振りかぶってくる。武器を使い慣れてこそいるが隙だらけの素人だ。武器を振り下ろす前に懐に踏み込み胸に短刀を突きたてる。そのまま別の1人に死体ごと壁に押し付ける。その1人がもたついている間に胸から短刀を抜き、眼球に突き刺す。これで2人だ。最初の1人が使っていた剣を持って残りに向き合う。俺が只者でないと感じたのか、誰も迂闊に踏み込んでこない。ならばこちらから行こうと踏み込みかけた時だった。残りの標的の位置からはあり得ない方向から風圧を感じた。咄嗟に剣で防いで攻撃の正体を探る。


「あーくそ、惜しかったなぁ」


攻撃したのは奥にいた男だった。男の持つ剣が伸びてこちらまで届いていたのだ。それよりも驚いたのは剣の切れ味だ。仲間の身体を真っ二つにしており、俺が防ぐのに使った剣も使い物にならなくなっていた。


「けどまあ問題無いだろ、お前と俺とじゃ相性が悪そうだぁ」


実際その通りだ。男が使っている武器は恐らく魔力を通すことで真価を発揮する”マジックアイテム”の一種だ。刃の形状が自在に変化する剣といったところだろう。つまり向こうはリスクを取らずに遠距離から攻撃できるが俺はリスクを負って距離を詰める必要がある。


「残念だったなぁ!死ねぇ!」


伸びてくる剣をかわし、投げナイフを飛ばす。しかし伸びた剣の横から新たに生えた盾のような刃に防がれてしまった。投げナイフなら距離を取りながら攻撃できるが、刃を盾のような形状に変化すれば容易く防げる。普通に戦えばゆっくりと負けるだけだ。


「打つ手無しなんじゃ無いのぉ!?死んだんじゃ無いのぉ!?」


勝ちを悟った男は余裕の表情を浮かべている。こちらの狙い通りの行動を取っているとも知らずに。


「終わらせるぞ」


俺は男に向かって駆け出しながら投げナイフを複数飛ばす。


「それは効かねえよ!」


男は刃で作った盾でこれを防ぐ。今だ。


(Block)


俺のギフトは見られていたら意味がない。だが盾を作らせて視界を塞ぎ、こちらに打つ手が無いと思わせ油断を誘い、ある程度警戒を解いたことで何とかギフトが有効なレベルまで持ち込むことが出来たようだ。ギフトを使った状態で後ろに回り込み、短剣で首を抉る。


「嘘…だろ…」


男は信じられないという表情のまま生き絶えた。男からしたら今まで前にいた人間が後ろに現れたような感覚だろう。


「…何とかなったな」


戦闘が終わり、息を吐く。正直かなり厳しい状況だったと言わざるを得ない。今のギフトが通じなかったらそのまま刃に貫かれて死んでいただろう。「終わらせるぞ」と言って仕掛けていったわけだが、自分を終わらせてしまう可能性も充分にあったというわけだ。


「あとは捕まった人を解放するだけだな…」


俺はそう呟き、まずは死体から鍵を回収することから始めた。



囚われた人を解放し、砦を出た俺は獣人の夫婦のいる村に向かっていた。幸い砦には馬が繋がれていたので快適な旅にはなっていた。1つの懸念材料を除いて。


「おい、眠いのは分かるが馬から落ちても知らないぞ?」


「…ハッ」


今のが懸念材料だ。このサラという少女が依頼してきた獣人夫婦の娘なのだが、思っていたよりも幼く、今日だけで3回も馬から落ちそうになっている。まだ幼そうな見た目を考えると仕方ない。仕方ないのだがこの娘を守りながら移動するというのは、人生のほとんどの時間を1人で過ごしてきた俺には荷が重い。


「す、すみません。眠いのもあるんですけど、安心しちゃって」


サラはこう言っているがこれも仕方ない。いきなり知らない連中に連れ去られ、売り飛ばされるところだったのだ。最初に見つけた時は「お父さん…お母さん…」とずっと泣いていて困らされたものだ。しかし1日以上一緒にいたことでサラも俺に慣れてきたのだろう。泣くことも無くなり、なんなら眠くなるくらいには安心するようになった。


「悪いが我慢してくれ。もう少しで村に着くからな」


「ホントですか!?やった〜」


サラは本当に嬉しそうだ。嬉しそうにするサラの姿を見て俺もなんだか心が暖かくなった気がした。



鍋がグツグツと音を立てている。娘の、サラの好物のシチューはもう少しで完成だ。依頼をしてまだ3日も経っていないが初めての希望に私はそわそわして仕方なかった。自分でも浮かれすぎだと思うのだが、あの人の噂を聞くと期待せずにはいられなかった。ギルドも冒険者も当てにならず困っていた私達は、非公式の冒険者であるにも関わらずその実力は冒険者以上という彼に頼ることにした。実際彼はギルドの連中とは違い、すぐに依頼を受けることを約束してくれた。そればかりか依頼料も私達の懐事情を考えて設定してくれたのだ。彼のような人間が何故非公式の冒険者をしているのか不思議でたまらなかったが、彼にも何か事情があるのだろう。


「ただいま、今帰ったよ」


そんな事を考えていると、夫が買い物から帰ってきた。サラがいつ帰ってきても良いように買い物に行ってもらっていたのだ。


「おかえりなさい、あなた」


そう言って私は夫の元に小走りで向かう。夫の手にはパンや果物などが入った袋が抱えられている。どれもあの子の大好物だ。


「お疲れ様、こんなに運ぶの大変だったでしょう」


「いやいや、このくらいなんて事ないさ。それより、シチューできたみたいだね。家の外からも良い匂いがしたよ。相当気合が入っているみたいだね」


「そりゃそうよ。サラが帰ってくるかもしれないんですもの。いつ帰ってきても良いように腕によりをかけて作らないと」


「そうだね。…また3人で食卓を囲える日が待ち遠しいよ」


「そうね。…きっともうすぐよ。あの人がサラを連れ帰ってきてくれるわ」


「いや、悪いがそんな日は来ねぇよ」


急に私でも夫でもない声が会話に入ってきた。声の正体は夫の後ろに立っていた。


「そ、そんな…どうしてあなたがここに」


「んー?また良い女の獣人でもいたら攫おうかと思ってな、有望なのはいなかったが…ここに来たことはどうやら正解みてぇだな」


ギャハハハ!とその男は笑う。サラを攫っていった人攫いグループのリーダー、私達とサラが離れ離れになった原因を作った張本人だ。


「まさか冒険者以外のやつにも依頼してやがったとはなぁ。獣人のくせに賢い真似しやがって」


男はそう言うと剣を抜き———夫の腹部に突き刺した。


「う…!」


肉を切り裂く音と共に夫は倒れ、うずくまる。その様子に私の腰は抜けてしまう。体が震えて上手く動かせない。


「そうだ良いことを思いついた」


男はそう言いながら再び夫に剣を突き刺す。


「娘の救出が成功していようがいまいがここでお前らを殺しときゃ親子の再会とやらは叶わねぇよなぁ!ギャハハハ!まあでもそれじゃあまりにも可哀想だからよぉ」


男はそう話している間にも夫を何度も何度も刺している。夫は既に痛みに悶えることすらできなくなっている。そんな夫に少しの関心も抱かずに男は会話を続ける。


「ここでこのまま待って、帰ってきた娘を殺してあの世で再会させてやるよ。もっとも?依頼が成功するとも限らねぇけどなぁ!ギャハハハ!」


「あ、あぁ…」


「まあ全ては?”転移者”である俺様に楯突いてしょうもない依頼しやがったテメェらが悪いんだ!仕方ねぇよなぁ?ギャハハハ!」


もうおしまいだ。夫は助からず、私も殺される。


———サラ、せめてもう1度あなたに会いたかった。



村に来た俺は目を疑った。獣人の村は壊滅状態だったからだ。建物は壊され、燃やされ、壁や床には血飛沫が飛んでいる。それを見たサラは今にも泣きそうな顔でこちらを見てくる。


「とりあえず2人を探そう」


そう言ってサラの手を取り、歩き出す。正直この状況で助かっている人間がいるとは思えないが、サラのためにも諦めることはできない。


獣人の夫婦を探して少しした時だった。ギャハハハ!という笑い声が聞こえた。声のする方を見ると、少し離れた所に砦にいた連中と同じ格好をした奴らがいるのが分かった。


「ギャハハハ!恨むなら依頼したあのバカップルを恨むんだなぁ!」


そう言って男が獣人の男を何度も何度も串刺しにしている。周りの奴らより良い格好をしていることから、奴がリーダーなのは間違いない。まさか砦にいたマジックアイテム使いがリーダーじゃなかったとはな。


「よーし!これでこの村の奴は全員ぶっ殺した!あとは娘が帰ってくるのを待つだけだ!」


男がそう発破をかけると周りの取り巻き達も威勢が良くなった。やはり奴がリーダーだ。


「…ッ」


嗚咽が聞こえたのでそちらを見ると顔をぐしゃぐしゃにして泣いているサラがいた。ようやく親に会えると思った矢先にこれだ。むしろ声を押し殺して泣いているだけ立派なものだ。俺はしゃがんでサラに言葉を投げかける。


「サラ、よく見てろ。今からお父さんとお母さんの仇を討ってやる」


サラは泣きながらも俺の言葉に頷いてくれた。アイツを殺したからと言って両親が戻ってくるわけではない。だがせめてこれくらいはしなければ。


(Block)


ギフトを使えばアイツがどんなに強かろうが関係ない。リーダーさえ殺せば他の奴らはどうとでもなる。


(こいつさえ、こいつさえ殺せば)


ギフトのおかげでリーダーの後ろを簡単に取った俺はそのまま首を掻っ切っろうとした。


———しかし。


「!?」


信じられないことが起きた。ギフトを使った俺の一撃がリーダーの持っていた剣で防がれたのだ。


(何でだ!?俺のギフトでの初見の攻撃を防ぐなんて…あり得ない!)


そもそも効かないならまだ納得がいく。しかし、攻撃は効かなかったのではなく防がれたのだ。


「ユウトさん!大丈夫ですか!?」


「死ねおらぁ!」


ユウトと呼ばれたその男は俺に向かって剣を振り下ろす。かなり速い攻撃だったがその後が隙だらけだ。俺は攻撃を紙一重で躱し、隙のできたユウトに短剣を突き立てる。今度こそこれで終わりだ。…終わりのはずだった。


「…何?」


俺の一撃は再びユウトに防がれていた。あり得ない。今のはどう考えても間に合わなかったはずだ。


「さっきの不意打ちと言い、少しはやるみたいだなぁ」


ユウトはのんびりした調子でそう言うと攻撃に転じる。粗暴な言葉使いや態度とは裏腹にまるでお手本のような剣撃に防戦一方になる。常に最適解を出すような攻撃に、徐々に防ぎきれなくなっていく。


「おらぁ!」


最後の薙ぎ払いを何とか防いだものの、あまりの力に後ろに吹っ飛ばされる。身体にも何箇所か傷を負っており、状況はあまりに悪かった。


「ギャハハハ!おいおいどうしたぁ!?そんなもんかよぉ!」


「…どういうことだ。さっきの2撃はどう考えても防げるものじゃなかったはずだ」


「まあそうだよなぁ。そうなるよなぁ。教えた所で対策なんてできねぇし、冥土の土産に教えてやるよ」


そう言ってユウトは剣を肩に掛けながら流暢に話し出す。


「俺様は”転移者”だ。神に授かりしチートスキルはフルオート。人間の反応を超越した全自動戦闘でどんな状況にも対応し、確実に敵を殺す最強のスキルだ」


転移者…か。それならこの強さも、俺の攻撃を防いだのも納得だ。フルオートが俺のギフトにも対応してくる以上現状打つ手がない。ギフトを使っても、致命的な隙を作っても駄目。これは、本格的に


「詰みだなぁ。お前は俺に傷1つつけられない。かと言って俺の攻撃を防ぎ切る事もできない」


残念ながらその通りだ。サラにあんな事を言っておいて情けない。ユウトが剣を構える。何か、何か手はないか。


「だめー!!!」


その時だった。サラが俺とユウトの前に割って入ってきた。これには思わずユウトも動きを止める。俺はその隙を突いてサラを抱き抱え、一目散に逃げ出す。


「なっ、クソ!おい!追え!ぜってぇ逃すんじゃねぇぞ!」


ユウトの声が聞こえるが恐らく逃げる事は容易い。フルオートは誰かと対峙した時には力を発揮するが逃げる相手に対して有効なスキルではない。1度撒いてからギフトを使えば気付かれずにこの場を離れることができるだろう。ここで仇を討つと約束しておいて情けないが、今は逃げるしかない。馬を走らせながら、俺は思わず唇を噛み締めた。


どれだけ長い距離を走っただろうか。もうとっくに追っ手は撒いているのだが、サラのことを考えると念には念を入れた方が良いと考え、俺は獣人の村からかなり遠くの街の宿に泊まる事にした。そして、俺はサラに問いただしておかなければならないことがある。


「サラ、何であんな事をしたんだ」


「だ、だって…」


「ただでさえ危ないのに、ましてや転移者だぞ?」


転移者とはある時突如この世界に現れた最強級のスキルを持った者達の事で、彼らは自らを転移者、使う力をチートスキルと呼んでいる。転移者は元々この世界にいる者達とは一線を画す強さを持ち、対抗できるのは同じ転移者かこの世界のごく僅かな存在だけである。それ故に彼らは我が物顔で世界を暴れ回っている。そして実はこの転移者の行動がギフト所持者の首を絞めていることにもなっているのだ。というのもギフトもチートスキルも先天的に得られる正体不明の力だ。名称や強さが違うだけで本質は同じと言っても良い。そのせいでもともと呪われた子として扱われていたギフト所持者には、転移者と似ているという新たな差別する理由が見つかり、さらに風当たりが強くなっているのだ。


そんな危険な相手の前に何の力もない幼い娘が立ちはだかるなど自殺行為だ。到底理解できない。


「で、でも」


サラは言葉を詰まらせている。問い詰めているようで酷だが、あれは本当に危険な行為だ。問い詰めずにはいられない。


「何故あんな事をしたんだ?」


サラは答えない。俺は思わず少し語気を強めながら再度尋ねる。


「あれがどれだけ危険な行為か分かっているのか?」


「それは…分かってます」


「じゃあ何で」


「なんていうか!お兄さんにまで死んでほしくなかったんです!」


涙目になりながらのサラの叫びに俺はハッとした。村までの移動の中でサラにとって俺の存在はそこまで大きくなっていたのだ。


「それに…まだ仇を討ってもらえてないです」


サラは目を逸らしながらそう付け加える。


「そうだったな」


サラの姿があの頃の自分と重なる。両親はおらず頼れるのは裏の仕事をしている男1人…状況がまるであの頃の自分そっくりだ。


(しかしどうやってユウトを殺したものか)


サラの気持ちに応える為にもユウトにはもう1度挑まねばなるまい。しかし相手は転移者で、フルオートととかいうチートスキルを使う化け物だ。俺のギフトも決定的な攻撃も通用しない以上打つ手は…


「…待てよ」


1つだけ奴を倒す方法を思いついた。奇跡的にピースも揃っている。


(しかしこれは)


サラの方を向いて考える。今頭に思い描いている作戦を実行するにはサラの協力が不可欠だ。


サラを見る。やはり彼女の姿はあの頃の自分と重なったままだ。そして同時に思い出すのは師匠が死んだあの日。師匠は自分が誰にやられたのか教えてくれなかった。もし知ることができていればと何度思ったか分からない。


———もしサラがあの頃の自分と同じなら。


「サラ、今から作戦を伝える。その後君がどうしたいかを決めるんだ」


こうすることを誰よりも望んでいるはずだ。何の根拠もないはずなのに、何故か絶対的な確信があった。


砦に帰ってきた俺はイライラしていた。ギルドを強さで黙らせ、やりたい放題だった俺に楯突く奴が現れたからだ。そして、あの妙に不意打ちが上手い男と獣人のガキを取り逃したからだ。


「さっさとアイツらの居場所を割り出してこいノロマ共が!」


そう一声あげると忠実な駒達は手分けして奴らを探しに出掛けていった。砦の守りは薄くなったが問題はない。フルオートを持つ俺を倒せるやつなど存在しないからだ。


「次に見つけたら今度こそこの手で殺してやる」


そう呟いた時だった。駒の1人がこちらに駆け込んできた。


「ユウトさん!大変だ!砦に残ってたアイツらが!」


アイツらとは村に行く前に残しておいた駒共のことだろう。砦に戻った時に奴らの死体は処分するよう命じたはずだが


「アイツらが動き出して、襲いかかってきたんだ!」


「何だと?」


まさか吸血鬼に死体を利用されたか?


「くそ、こんな時に!おい、おま…」


そう言いながら顔をあげた俺は目を疑った。そこにはさっきまで話していた駒の変わり果てた姿と


「何でお前が…!」


俺が探していたあの男がいた。


「お前を殺しにきたからだよ」


俺はユウトの問いに簡潔に答えた。


「はっ!お前に俺は殺せねぇ!それがさっきわかったから逃げたんじゃねぇのか!?」


激しく苛立っているものの、ユウトは相変わらず強気なままだ。


「そうか?案外簡単に殺せるかもしれないぞ?そこにいる奴、いや奴らみたいに」


そう言って俺は左手に持つマジックアイテムに魔力を込める。マジックアイテムの名はマリオネット。吸血鬼の死体から作る、自分が殺した相手を操る代物だ。操られた死体が10、20と集まってくる。


「まさか、さっきの騒ぎは」


「そういうことだ。お前以外は今こうして操られているよ」


「くそが!だがいくら駒がいても俺は倒せねぇぞ!」


怒りを爆発させた様子でユウトが叫ぶ。


「それはどうかな」


死体をユウトに向かわせる。お前が単騎での強さで戦うなら、こちらは手数で勝負だ。



かつての駒達が一斉に襲ってくる。その事実がただただ腹立たしかった。


「死ねくそ共ぉ!」


しかし俺が死ぬ事がないことはこの少しの戦闘で分かった。敵の数はただ減るばかりで相変わらず俺には傷1つついていない。


「ギャハハハ!こいつは死ぬ気がしねぇなぁ!」


フルオートで振るった剣を躱せるはずもない。気付けば死体は全滅。やはり俺が死ぬ事はない。と、そこに投げナイフが飛んできた。それを剣で防ぎ、時間差で攻撃してきた奴の攻撃も容易く防ぐ。その後も一方的な展開だった。フルオートで防ぎ、攻撃する。それだけで奴は簡単に追い詰められていき、みるみる傷は増えていった。


「ギャハハハ!これで終わりだ!」


最後は俺の手で殺してやる。満面の笑みで満身創痍の奴に剣を振りかざした時だった。背中と胸に激痛が走った。


「…は?」


何だ?何が起きた?正面を向くと奴が笑っているのが見えた。


「悪いがこちらは手数で勝負している。お前の負けだ」


遠くから伸びた剣に貫かれ、ユウトが倒れる。念のため頭に短刀を突き刺し、サラのもとに向かう。


「私がやった…?」


サラは自分の両手を見つめている。


「そうだ、君が2人の仇を討ったんだ」


「やった…お父さん、お母さん、やったよ」


思っていた通りサラは嬉しそうにしている。こちらも捨て身の作戦を実行した甲斐があったというものだ。こちらの作戦は簡単に言えば油断させるというものだ。村の戦闘でのユウトの一撃目は速さこそあったが隙のあるものだった。つまり、あの時の攻撃はフルオートを使っていなかったのだ。その事に宿で気づいた俺はユウトを油断させることに全力を注いだ。マリオネットが切り札であると思わせ、あえて無謀な戦いを挑み、ユウトに勝ちを確信させたのだ。案の定勝ちを確信したユウトは、最後にフルオートを使わずに止めを刺そうとした。そこをサラの一撃で勝負をつけたのだ。いくら油断させても俺の攻撃ではユウトはすぐにフルオートを使ってしまう。だからサラの協力は不可欠だったのだ。


「ありがとうございます。おかげで仇を討てました」


サラが頭を下げる。そんなサラに俺は最後の助言を投げかける。


「俺の知り合いにマジックアイテムを扱う店をやっている奴がいる。そいつを頼れ。そいつなら君を雇うくらいはしてくれるだろう」


無事親の仇を討てたサラに殺しの道はもう無縁のものだ。別の生き方を探すべきだろう。


「…さすがに身体がキツいな」 


今になって身体がうごかなくなってきてしまった。思わず目を閉じると意識は一気に闇へと沈んでいった。


ようやく家についた。依頼が長引いたせいで夜になってしまった。以前までなら帰る時間など気にしていなかったのだが、少し前から事情が変わった。


「お帰りなさい、師匠。ご飯できてますよ」


以前は誰もいなかった家で、獣人の少女が俺を待っていてくれている。結局、あの後サラは自分の意思で俺といることを選び、俺は久し振りに誰かと一緒に暮らす事になった。サラ曰く、師匠のように自分もなりたいのだと言う。まさか自分が師匠と呼ばれる日が来るとは思わなかった。こちらを呼ぶサラの声に応えるべく早足で向かう。


———ふと空を見上げると綺麗な満月が浮かんでいた。

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