13日目 十三段の階段を上る途中
「今日は芹沢さん休んでるよ」
恥ずかしさをこらえ二年七組の生徒に芹沢さんはいるかと尋ねたらそう返ってきた。
「あ、そうなんだ」
「芹沢さんになんか用だった?」
「いや、そういうわけじゃ」
「ふーん」
男子生徒は特に気に留めるわけでもなく、「じゃ」と言ってその場を離れようとする。僕は慌てて引き留めた。
「今日宿題とかッ! 出てない?」
〇
僕はトートバックをぶら下げて芹沢さんの部屋の前に立っている。バックの中には今日の授業の宿題プリント数枚が収められたA4のクリアファイルが入っている。芹沢さんと会う口実欲しさに特に持っていくことが義務付けられているわけでもない宿題を無理やり受け取り現在に至る。五人組の友人たちにも今日は先に帰ると告げてきたが、先の裏切り者の件もあり、かなり怪しまれた。念のため、尾行されていないか確認しながら帰ってきた。
インターホンを押す。少ししてドアが開かれると芹沢さんではなく、栗毛で長髪の女性が現れた。
「君、誰?」
「あの、芹沢さん、が今日休みだったので、学校の宿題を……」
「宿題? わざわざ届けに来たの? 今どきの高校は小学校みたいなことするんだねぇ」
栗毛の女性が不思議そうな顔をする。
「村瀬くん?」
女性の後ろから芹沢さんの声が聞こえた。栗毛の女性がドアを少し押し広げ、身体をどけると芹沢さんが出てきた。
「これ、今日の宿題だって」
「え? わざわざ持ってきてくれたの? 宿題なんか?」
「う、うん」
「別によかったのに」
僕が照れ隠しに頭を掻いていると、栗毛の女性がにやにやする。
「村瀬くんって言ったっけ? うち上がる?」
「え!?」
「ちょっとモモさん!?」
僕と芹沢さんはぎょっとする。
「いや~せっかく、先生に言われたわけでもないのにわざわざ宿題持ってきてくれたんだよ~? お茶のひとつでも出さなきゃ悪いでしょ~」
「え、でも――」
「だめですよ、モモさん! 何言ってるんですか!」
芹沢さんがちょっと強めに止めるため僕はしゅんとしてしまった。そして、モモと呼ばれた女性のさらに後ろから背の高い男がのそっと姿を見せた。
「そうだ。芹沢のことも考えろ。そんな場合じゃないだろ」
モモと呼ばれた女性をいさめたあと、男は僕を見下ろした。男の目は真っ暗の穴、底の見えない井戸を覗いているように感じ僕は動けなくなってしまった。
僕が何も言えないでいると男は言葉をつないだ。
「それに入れるならそっちの男どもも全員入れつもりだったのか?」
「え?」
男が僕の後方を指さす。その方向、二階に上がりきる前の数段下ったところ、そこに男四人が身をかがめてこちらをうかがっていた。五人組の男子たちだった。
「お前らッ!」
「やべ! 見つかった!」
尾行には注意していたつもりだったがつけられていたようだ。
「さすがにこの人数じゃ入りきらないねえ」
「いいですよモモさん。わたし、まだ体調万全じゃないですし。悪いですけど、帰ってもらいます。村瀬くん、ごめんね。宿題ありがとう!」
「あ、うん……」
そういって芹沢さんはドアを閉めてしまった。
残された五人組のうち僕だけが厳しい目線を向けられている。
「お前まで裏切り者かよぉ!」
「とりあえずお前ん
「そういうんじゃねえって!」
確かに僕は無理やり都合を作ってでも芹沢さんに会いに行こうとした。しかし、それは決して芹沢さんに惚れているから、だけが理由ではない。
昨日の夜、コンビニに買い物をしに行ったとき見てしまったのだ。大勢の男たちに連れられるように裏道に向かう彼女を。まるで、死刑囚が絞首台に続く十三段の階段を上るときのように、恐怖でも悲しみでもない、虚無の心象をまとい歩む彼女を。
そのあと、やたらと喧嘩強い男が現れ芹沢さんを救っていき、さらには芹沢さんの部屋の前ではさっきの背の高い男も尋常ではない動きを見せていた。その光景をずっと陰から見ていた。
彼女の周りでは何かが起きている。
僕は、彼女に、彼女の周りで何があったのかを知りたかった。そして、僕に何かできることがあるのではないかと思ってしまった。寂しそうに猫の来世を想った彼女の表情をまた見たかったから。でもきっと僕一人では何もなすことはできないだろう。だったら――。
「さあ村瀬。もう言い逃れはできないぞ。お前にも――」
「みんな、聞いてくれ!」
五人組のメンバーはきょとんとする。
「重要な話がある。これは他言無用だ。約束できるか?」
とある街の降誕節 四方山次郎 @yomoyamaziro
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