12日目 十二人目の暴漢

「着信見たときから嫌な予感はしてたんだよ」


 電話を受けた菊田はアスファルトを靴でジャリジャリといじる。近くに控えた任務遂行のため、周囲の最終確認に出ていた菊田は早々に仕事を中断されげんなりとしていた。やはりこいつは何か任務成功を阻害する運命でも持っているのではないか。


「今回はわたしのせいじゃないですよ? 完全に別の業者ですよ。むしろお払い箱にしなかっただけほめてくださいよ。警察に行かれてやりづらくなるのはわたしたちですよ。とりあえず早くナオちゃん来てくださいよ。今その暴漢を撃退したハヤトくんって子とその妹ちゃんも家にいますんで」

「わかったわかった。すぐ行く」


 菊田は電話を切り、歩みを進める。俺たち以外にも芹沢ナオを狙う輩? あの女、いったい何者だ。大手企業の一幹部の令嬢だからといって何がある? 父親の芹沢ツトムを脅す材料、本当にそれだけか? 


 菊田は部屋の前までつくとドアノブを握り、ちらりとドアに目を向ける。透視するかのように見つめてからドアを開く。


「どうも」


 目の前に前髪をヘアピンでまとめた青年がいた。これがモモの言っていた十一人もの男たちを撃退した男か。返事をしようと菊田が口を開きかけた瞬間、顔面目掛けて拳が飛んできた。頭を右に振ってよけ、その右腕をつかむ。それに対し、青年はすぐさま膝蹴りを繰り出してきた。菊田が同じように膝を上げると相手の膝下にぶつかり鈍い音が響く。青年は顔をゆがめた。次いで、菊田はそのまま空いた手で相手の顎をたたこうとして、やめた。

 つかんでいた右腕を放し、一、二歩下がった。青年は自身の膝をさすり、一息ついて「あんた強いな」といった。


「いきなりすまなかった。この子を守れるくらいなのかと疑問に思ってな」

「十二人目の暴漢かと思ったよ。まあ、疑うのはいいことだ」

「あんたなら大丈夫そうだ。あんたはナオちゃんの事情知ってんのか?」

「残念ながら俺も知らない。だが、俺が守れる間は守ってやれる。それだけは言える」


 青年、長澤ハヤトが試すように菊田の目を見つめるが、何かに納得したように表情を緩める。


「わかった。この件が解決しようがしなかろうが連絡してくれ。関わっちまったんだ。このままさいならなんてできない」

「初対面の男と連絡先を交換するのは気が引けるんだが」

「連絡先なら俺の妹がモモさんと交換してる」


 菊田は部屋の中のモモに目を向ける。モモは芹沢ナオと長澤ミオと一緒にコタツに入っている。モモは右手の指で丸のマークを作り、ウインクする。


「じゃあ、ナオちゃん。俺たち行くから。あんたらくれぐれも頼むぜ」


 そう言い残し青年とその妹は帰っていった。


「随分世話焼きな男だな。さっき会ったばっかりの他人にここまで入れ込むとは」

「ナオちゃんは美人さんだもんねえ」

「……巻き込んでしまってすみません」

「頼れとは言ったが警察じゃなく俺らに頼るとはな。何でそうした?」


 菊田が問うと芹沢ナオは目を伏せる。


「警察には、言えません。たぶん、わたしの父親に迷惑かけることになるから」

「警察にも言えなくてかつ父親が困るようなこと、つまり犯罪に関与してるってことか?」


 菊田の追求にナオは沈黙した。それがしばらく続きらちが明かないと考えた菊田は質問を変える。


「まあそれはいったん置いとくとして、なんで俺たちに頼った?」


 それは、とナオは声を絞り出した。


「お二人も、こういうことに慣れた人たちだと思ったからです」


 勘が鋭いな、と菊田は思った。


「さっきのハヤトさんとの応酬を見て確信しました。先日わたしと会ったのも偶然ではないんじゃないですか?」

「そんな馬鹿なことがあるか。仮にそうだとして、俺たちがさっきの暴漢たちと同じ側の可能性もあっただろう。そうだったらどうするんだ? せっかく助けてもらったのにまた危険地帯のど真ん中だぞ。お前は死にたがってるのか?」

「そう、かもしれません」


 想定外の返答に菊田とモモは目を合わせる。彼女は意を決したように告げた。


「わたし、人間じゃないんです」


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