第4話

「ダメ、なの?」

 いつの間にか猫を抱き上げて、手で温めてやりながら、少年は上目遣いにゆかりの顔を覗き込んだ。子猫の視線と相成って、それはひどくゆかりの心を揺らす。

「もう!」

 なるようになれ!と、心のなかで叫んで、ゆかりは箒にまたがった。

「乗って!」とゆかりの言葉に、少年の顔がほころぶ。ゆかりの胸が再度鳴ったのは秘密である。少年は子猫を抱えたまま「ありがとう!」と言った。

 箒の後ろに少年がまたがったのを確認して、ゆかりは少年にしっかり掴まるように促した。少年の腕が腰に回されて、ゆかりに後ろから抱きつき形になる。少年の服の合間から顔を出した子猫が出発を促すようにニーと鳴いた。ゆかりは頬に熱を帯びるのを感じながら、飛んでと箒に語りかけた。

 すると箒にとっては重たかったのか、ざわりの毛先がざわつき、しなるようにゆっくりと上昇を始めた。

「本当に飛んでるや」

 興奮した少年の声が飛ぶ。ゆかりはなんだか嬉しくなって、箒の柄を上に向けた。どんどん高度が上がって、人々の差す傘が点々とモザイクのようである。

 けれど周りの空気が薄くなってきたことを感じて、ゆかりは箒を止めた。

「家は見つかった?」

「うん。あのマンションだよ」

 少年の指差す方向をみれば、茶色のマンションが目に入る。同時にいつの間にか雨雲も薄くなり、晴れ間がのぞき始めている。そのことに気づいてゆかりは慌てて箒の柄を地上へ向けた。少年が身体に回した腕に力が入るのを感じる。これ以上人に見られては、ママがもうひとりで飛ぶことを許してくれないだろう。

 次第に頬を打つ雨はなくなり、雨の後の澄んだ空気がゆかりの頬を撫でた。

 箒についた雨粒がきらきらと軌跡を描き、ゆかりの後を追う。その軌跡が出てきたお日様の光を浴びて七色に輝いている。

 ゆかりは慌てて少年のマンション近くの公園に降り立った。見上げた空にはゆかりが飛んできた軌跡に沿って大きな虹が掛かっている。

「わぁ、魔法みたいだね」

 後ろにいた少年が思わずつぶやきをもらした。

 飛行機雲のように、雨上がりに魔女が飛んだ軌跡には虹がかかる。ゆかりの瞳は、その虹の光を映して虹色に輝いていた。

 虹をかけるその魔法をゆかりはこの日初めて知ったのだった。


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箒から輝く メグ @color_aqua

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