鳥籠の翼

☀シグ☀

鳥籠の翼


 鉄格子越しに、僕は空を仰ぐ。

 今日もいつもと変わらない空を、白い大きな雲がゆったりと流れて行く。

 雲を見送るのも、これで何度目になるのだろう。


 もう忘れてしまった。


 僕がここに来てから、どれだけの年月が流れたのだろう。

 碧く美しい空への想いも、いつからか消え失せてしまった。

 この大きくなった翼も、この鳥籠せかいを狭くしているだけ。

 飛び方を忘れた今では、広げるだけ邪魔ないらないもの。


 でも、それでいいの。


 種火のような僕を、君は助けてくれた。

 食べ物をくれて、家においてもくれた。

 ここに僕が移動してからも、毎日会いに来てくれる。


 僕は君の手がすき。


 僕を拾い上げてくれた手。

 君の服の裾を咥えれば、必ず僕の頭をなでてくれた手。

 他の子にじゃれつかれたりして、傷だらけの手。

 そのしわくちゃで大きな手で頭をなでられると、胸が燃えるようにあつくなる。

 おかしいよね。燃える炎よりも、僕の方が熱いのに。


 君と話す時間がすき。


 生まれた僕に、初めて向けられた声。

 その低い声で紡がれた言葉は、やさしく僕の耳に響くんだ。

 君は君の言葉を僕が理解出来ないと思っているみたいだけど、僕はちゃんと相づちをしている。

 他の子の体調を気遣う話から、他の子の翼を褒める話、仕事場での失敗談まで。

 全部しっかり理解出来たし、憶えている。


 でも、君が僕とふたりの時だけにする事は、よくわからない。


 どうして、鍵を開けて、この扉を開くのだろう?

 どうして、「お逃げ」って言うのだろう?

 僕のせかいはここなのに。

 もう空は飛べないのに。

 もしここから出たとしても、君がいなければ意味がないのに。


 炎の前の旗の様に、ふわりふわりと波打つ僕の尾羽。

 その先が格子に触れて、小さく音を立てる。

 僕は僅かに身動いだ。



 本当は知っているよ。



 この鳥籠いえがある屋根の下には、君を雇っている伯爵って人間がいる事も。

 君が伯爵に逆らえない事も。

 僕が伯爵の権威を示すための見せ物にされている事も。

 伯爵が僕の血に興味がある事も。


 みんなみんな知っている。


 それでも、僕はここにいる。

 なのに君は、「ここから出ろ」って、「自由になれ」って言うんだ。

 僕には、僕よりも君の方が窮屈に見えるのに。


 僕が上げていた頭を下ろすと、小さく歓声ざつおんが聞こえた。


 伯爵邸の内と外を分ける柵。

 鉄で作られた黒いそれに、頭を近づけて、沢山の人間が僕を見上げている。


 あの人集りは、いつまでも見ているだけでは終わらない。

 いつかは僕へと、その手を伸ばす日が来る。

 伯爵と一緒だ。


 でも、それでいいの。

 君と一緒にいられるのなら。


 蹄鉄の音が近づいてくる。


 下の屋敷がなにやら騒がしくなってきた。

 留守にしていた伯爵が帰って来たみたいだ。

 伯爵が帰って来るのなら、君も帰って来る。

 それはとてもうれしい。

 どうにかして、君へと届けられないだろうか。


 今の僕の想いを。


 僕は深紅の翼を広げた。

 日の光に照らされた僕の翼が炎の様に煌めく。

 翼の先が格子に触れて音を立てた。


 一瞬の静寂の後、歓声が沸き上がった。

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