第15話 あの子が苦手な自分勝手な理由②
朝焼けを呪いながら必死に生きようとするゾンビ。メインストリートをフラフラ進む僕らは傍から見ればだいたいそんな感じだろう。なんとか医学部棟の教室にたどり着いた僕らは、誰もいない講堂の一番後ろ右端で仮眠を取っていた。
「……ふあ」
目をさますと8時過ぎ。30分程度は仮眠が取れただろうか。さっきよりは多少ましな体調になっている。
「……酸っぱいものが飲みたい」
痛む頭を抱えながら、講堂前の自販機でグレープフルーツジュースを購入。
しかし、やたら柑橘系の飲み物のラインナップが多い気がするが、もしかして二日酔いで授業に来るような輩が多いのだろうか。自分がそのお世話になっている以上、ありがたい限りだが、なんとも微妙な気持ちになる。
ここで、頭痛に響く、甲高い音が廊下に打ち鳴らされる。恐らくハイヒールが廊下を叩く音だろう。何気なく、そちらの方を見て――
「……あっ」
その音の主たる女生徒が何者なのか認識した瞬間、僕は思わず声をあげてしまった。
「何ですか?」
「いえ、別に」
彼女は訝しげな顔をしながらもそのまま教室に入っていく。大変に見覚えのある人間だ。
そう、入学式で灰谷に「喧嘩を売っていた」女子である。もちろん、彼女にしてみればそんなつもりもなかったのだろうし、昨日の僕としても特になにも思わなかった。しかし、灰谷の個人的事情を踏まえてみると、彼女が激怒したのも分からなくはない。その女子からすれば青天の霹靂もいいとこだろうが。
その女子――枝川とか言っただろうか――は、何かを思ったのか教室の後ろの方、つまり灰谷の方に向かって行く。昨日あんなことがあったというのに、一体何を考えているのか。
しかし――その背中に、青色が混ざり始める。
大学構内では初めて起こる、最低のくそったれ。しかも、僕の調子は最悪のようで今回見えたのはアイツだけではなかった。
枝川の背中から分裂するように青い青い影が伸びて、青い青い青い枝川が出現する。そして、教室の後方真ん中あたりには例のアイツが。青い燐光をまといながらも妙にくっきりしており、目の動きや口元の笑みすらもはっきり見えてしまう。
枝川Aはニコニコしながら灰谷に話しかけ、枝川Bは青色のアイツとニコニコと談笑する。青いか青くないかという違いはあるものの、枝川が目の前の相手に向ける視線は全くの同質。端的には――憧憬、とでもいうかのようにキラキラとしていた。
自分でも最低だと思う。枝川は当然ながら何も悪くない。そんなのは分かりきっているのに、彼女の行動に、その目線にひどく吐き気を催した。
僕の親友と僕にとって最悪に嫌いな人間。彼女はそれらを同一視しているように思え、ただただ嫌な暗い気持ちになった。
僕がその場から動けずにいると、灰谷は枝川をあっさりとあしらって、こちらにやってきた。
「奉助、ちょっと他で時間潰そう。アイツはちょっと……何があった? 大丈夫か?」
げんなりしたにやにや顔という特徴的な表情を、さっと引っ込め眉をひそめる。
「……あっ、ああ。大丈夫だ。二日酔いで戻しそうに……」
「嘘だな」
灰谷はあっさりと断定する。
「今の言い訳は恐ろしくできの悪い嘘だ。不格好でとっさのもの――とても嫌なことがあったんじゃないか。もう一度聞くぞ、何があったんだ?」
恐ろしく澄み切った、鋭い白黒の優しさ。そんな彼女の瞳に見つめられると、なぜだか少しだけ落ち着いた。
「ちょっと、嫌な青いものが見えただけだ」
青いもの。僕の吐き捨てた言葉だけで灰谷には十二分に伝わったようだ。
「……そうか。ま、ちょっと落ち着くためにも少しその辺をあるこーぜ」
「……あんがと」
灰谷は気にすんな、とでも言うかのように僕の背中を軽く叩いてから歩き始める。ニヤニヤした悪戯好きな表情をよく見せるけれど、彼女は優しい人間であることはこの24時間でなんとなく伝わっていた。
結局、僕と灰谷はこの授業を取った。枝川は初めの方は負けじと灰谷に話しかけてきたのだが、いつの間にかそういう感じじゃなくなり、話しかけることはなくなっていた。しかし、虎視眈々とその機会を狙っているのは、授業前後にそわそわチラチラと僕らの方に向ける視線で僕でも分かった。
いずれにせよ――あっちのアイツとつながりが深いのか、枝川が近くにいるときには妙にアイツの姿を見ることが多い。教室内に彼女がいるだけで、当社比三倍は視界が青く染まった。
故に、僕は彼女が苦手である。
◇◇◇
件の枝川は真面目な顔で僕に告げる。
「ま、いいけどさ。ほんと、もうちょっとその格好はどうにかしたほうがいいわよ」
多分、僕みたいのが灰谷とつるんでいることが気に食わない――というより、単に羨ましくてやっかんでいるのだろう。彼女の態度はやや僕に対して冷たい、と思う。
「……前向きに善処する」
自分でも末恐ろしいほどの空返事である。
「はあ……アンタ、そんなキレイな瞳しているんだから、ちゃんと磨けば光ると思うわよ。そんじゃーね」
さっき褒めてくれたお礼として覚えときなさいねー、なんて言いながら、最低に気分が悪い褒め言葉らしきものを口にして枝川は去っていった。
……本当に、悪いやつではないと思うのだが。多分、最悪なまでに僕や灰谷と相性が悪いに違いない。
僕は、今の出来事を頭から追い出すために首を振り、当初の目的である教科書の物色を始めた。
わったからふるわーるど みょうじん @myoujin_20200125
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