第14話 あの子が苦手な自分勝手な理由①
入学二日目。つまり入学式の翌日である。多くの新入生はこれから始まる大学生活に胸を踊らせ、緊張でなかなか寝付けない夜を過ごしたのだろう。
一方、僕はといえば――
「頭が、割れそうだ……」
「お前もか、灰谷よ……」
人生で初めてのオール及び二日酔い。
つい先刻まで、僕たちは顔を突き合わせて酒を飲んでいた。うつらうつらし始めてようやく解散となったのだが、「絶対遅刻する、今日だけじゃなくて明日の一限も含めて」という灰谷の呟きにより、とりあえず一度着替えに戻ってから再度集合していた。
「……ハンバーガーいらない?」
灰谷は自分の目の前に置かれたチーズバーガーをずいっと押し出してくる。
「すまないが、僕も食べる余裕がない……」
僕は僕で反射的に注文してしまったフィッシュバーガーを食べられないでいるのだ。
大学の最寄りのハンバーガーチェーン。日中はなかなかの賑わいを見せるのだが、この時間だとちらほらとスーツ姿のサラリーマンがいるくらい。これから仕事に向かうためにカロリーを補給していくのだろう。
それと対照的に、顔を青くして水分補給で手一杯な馬鹿が二人。
灰谷は、オーバサイズのニットにジョガーパンツ、僕はサイズを間違えて注文してしまったブカブカのパーカーとジーンズに見えるスウェットパンツという格好だ。 「締付けをゆるく、身体を楽に!」という似たような発想のもと選ばれた服装のはずなのに、灰谷は洗練されて見えるのはズル臭い。
「あー、授業出たくない!」
ガラガラ声の灰谷が思いの丈を叫ぶ。
「気持ちは分かるけど、入学式の翌日、授業初日だ……。流石に今日は出るぞ。だが、もう二度と酒なんて飲まない……」
ついつい、呟いてしまった僕の一言に灰谷はニヤリと弱々しく笑う。
「予言しよう、君は絶対に今後も酒を飲み続ける」
「その根拠は?」
「私が飲むつもりだからな。それに付き合うのは親友の仕事だろう?」
「へいへい」
どういうわけか、諸々と相互に胸襟を開きあった結果、なんか友人を通り越して親友になった。
なんか、とはなんかである。昨日というか今日知ったことだけど、僕はお酒を飲んでいるときのほうが記憶が鮮明になるらしく、昨日の会話のほとんどを思い出すことが出来た。そのため、友人になった経緯をまとめきれない結果の「なんか」である。
「今日の講義……とりあえず、一限目の奴に出てみるつもりだけど、君はどうする?」
とりあえず、この後の予定の話題を振ってみると、思いがけない言葉を灰谷は返してきた。
「それって教養棟じゃなくて、医学部棟でやる奴だったりしない?」
「よく分かったな。もしかして取るつもり?」
「一応その予定。気になった奴にはだいたい目星をつけて……こんな感じ」
灰谷はそういいながら妙に大きいリュックサックから、端が折れてしわの目立つルーズリーフを出して見せてくる。
「……まじかー」
その内容を確認した僕はつい驚きの声を挙げてしまう。偶然なんて言うにはあまりに出来すぎていたし、運命なんて言うにはあまりに僕らは酒臭かった。
「ん? どうかした?」
その驚きの意味を捉えかねたのか、灰谷は純粋な疑問の表情を顔に出す。
「……はい、僕の授業予定」
僕は手帳に挟んでいた授業スケジュールを彼女に出してやる。それをちらりと確認した灰谷は、嬉しそうなそうでもないような微妙な表情になる。
「……なるほど、ほぼ丸かぶりだね」
そう、数多ある授業の中から選択したはずなのに、第三言語の授業を除いて彼女と僕の授業は完全に重なっていた。
「とりあえず、よく知らない奴の隣に座る羽目にはならなそうだ」
「一番後ろを占拠する?」
「それが一番目立たなそうだ」
そうして僕らは笑いあう。あまりに弱々しくて、唇の端を歪めているようにしか見えないのはご愛嬌、ということで。
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